Ep.3-1 千里の道も一歩から
酷く痛む身体と共に、視界が少しづつ開けてくる
口の中に鉄の味が満ち、視界のピントは合わず、酷い耳鳴りが響き渡るが、少なくとも五感はどれも失われていないようだ
そして目の前、木漏れ日が交差する森林の、何の変哲もない木の根本に1人の少女が座っている
こちらが目覚めた事を確認したのか、手に持った本をパタリと閉じて腰の袋にしまうと、口を開いた
「あら、よいお目覚めですか?」
「まさか...クソ、ここはどこだ?あんたは?」
「大陸西方の小規模都市、ヤーメントです。私はヴァンピールの...そうですね。エルメジンデ、とでも名乗りましょうか」
「ヴァンピール?本気で言ってるのか?」
「えぇ、本気ですとも」
そう言って人差し指で頬を引いて見せると、少なくとも人よりは多い犬歯が見える
おぼろげな視界がクリアになり、今一度少女の姿があらわになった
足首丈の白いフード付きの外套を羽織り、手先には黒い手袋
腰ほどに伸びた髪は毛先に向かって紫から青色に変わるグラデーションになっており、それを飾り付けるように後ろで結んでいる
凛とした顔立ちと、吊り目に飾られた瞳は色が定まらず、乱反射した陽のように様々な色が輝いている
背丈は160強、華奢な身体付きのせいか手足は叩けば折れそうな程に弱々しく見える
「俗にヴァンプと呼ばれる、古吸血鬼族でしてね。夜中に変な音が聞こえたかと思えば、あなたが森の中に落ちていくのが見えましたので」
「......なるほどな。俺はクズネツォフ。ミハイル・クズネツォフだ。アスティア連邦軍のな」
「なるほど、察しはついていましたが...やはり、貴方はエグラントで連合軍10万を葬った軍団の人間、という事ですね」
「だったらどうする。とっ捕まえて情報でも抜き取るか?」
「まさか。私は軍属どころか、市民権もありませんし、あんな連中の事は大嫌いですので」
俺は市民権がない、と言う言葉に引っ掛かりを覚えるも、逆に情報を入手しようと質問を続ける
「この街からエグラントの海峡までどれぐらいある?」
「だいたい....そうですね、900kmと言った所でしょうか」
単位が共通な事にも疑問と安心感を覚えつつ、次の質問に移る
「じゃあ地図はあるか?俺は可能な限り友軍支配地域に近付き、救助を求めたい」
「精度の高い民間用の地図は、各種の仲介機関に加入すると、それに応じた物が貰えますが......あなた、ギルドに加入するつもりで?」
「厳しいか?身なりをこの辺りの物に置き換えるだけじゃ厳しいのか」
「はい。ギルド加入にはまず何の『魔導』が使えるかが絶対条件になります。ですが...」
「んなもんは使えないからな...奪うか」
「ですね」
「いや、ですねじゃないが」
さも当然の如く同意したエルメジンデに対し、すかさずツッコミを入れる
「最近は盗賊が増えていますので、連中から奪いましょう。商人襲撃に村落からの略奪、女子供の誘拐に人身売買や暴行と、殺しても問題は無い屑共の集まりですが、その多くはギルド崩れです」
「地図程度なら持っていると?」
「はい。小規模の野営地ならば、2人だけで壊滅せしめる事が可能です」
「...そうかよ」
身体の痛みが治まったのを確認すると、シートベルトを外して立ち上がる
座席に取り付けてあったAK-12を拾い上げ、ストックを展開する
「あなたの武器ですか?」
「あぁ。貰いもんだがな...そうだ、俺と一緒に落ちてきたもんを見てないか?俺と同じくらいの大きさの木箱みたいなやつだ」
「あれならば、だいたい400mほど離れた木に引っかかっていましたね。あれも貴方の物で?」
「敵地生存用の装具1式が入ってる。それを回収してから色々と考えよう」
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Su-57から投下されたウェポンベイの半分ほどの大きさをした木箱を引き下ろし、蓋をこじ開ける
中にあるのは、おおよそ敵地での1月以上にわたるサバイバルを視野に入れた物資である
カッパ、軍靴、濾過機能付きの飲み口を備えた水筒にナイフはもちろんのこと
1週間分のレーションや筆記用具、120発分の7N39 igolnik徹甲弾を装填した30連発マガジンが4本
医療品を詰めたポーチに野戦手術キットもあった
6B45プレートキャリアーに6B46チェストリグ、Gssh-4Eヘッドセットと、外敵からの自己防衛を目的にした装備もある
「飛行服はここに捨てて行く。少し着替えるから、あんたは周りを見張っててくれ」
「わかりました、パッパと着替えてください」
「わかってるさ」
とりあえずヘルメットを外し、対Gスーツを脱ぎ捨てる
つなぎも脱いでから、コンバットシャツとコンバットパンツに着替えて、その上からプレキャリとリグを装着する
キャップを被った上にヘッドセットをつけてから動作チェックを行い、次にマガジンをポーチに詰めた
リグの空きスペースにナイフと医療品ポーチを取り付け、そして雨具とは別のフードが付いた外套を着る
対赤外線加工の施された、上手くやれば無人機の赤外線カメラからも逃れられる優れ物だ
これらのほとんどが地上軍からの横流し品で、どこぞの少佐がくれた物だ
いや、今はもう大佐だったか
次にバックパックにレーションなどを入れ、それにも専用の対赤外線加工を施した覆いをかけ、AKをワンポイントに吊り下げてから外套の中に隠して、行動の準備が完了した
立木の隙間から見えた彼女の背中に向けて声を掛けると、倒れた枝木を跨ぎながらこちらへ近づいて来た
その両手には2本の直剣が軽く握られている。
刃渡40センチ程度の両刃剣は刀身から柄まで白く、処刑人の剣のように切先がない
「賊が2人以上、200m下から来ています。どうしますか?」
「逃げてもいいが、箱やシートの痕跡を隠していない。この文明には似つかわしくない物だ、発見される前に殺す」
「待ち伏せと行きましょう。ミハイルさんもどこか近くに隠れてもらって。ここにおびき寄せてから叩きます」
軽く同意の意のこめて首を振ると、少し登ったところにある岩を隠れ場所と決めた
AKを取り出してセーフティを解除し、チャージングハンドルを引いて薬室に初弾を装填
心地よい金属音は、試合開始の鐘だと彼女も察したのか、驚異の跳躍と共に木の上に隠れ込む
遅れを取らない様に斜面と岩を登り、AKを突起に預けて狙いを定める
少しして聞こえた足音は3人…いや4人分。
セミオートの射撃モードにレバーを動かして、呼吸を整えながらその瞬間を待つと、30秒ほどでそいつらの姿が見えた
所々がほつれた服に、腰にぶらさげた湾頭
頭には鉢巻を縛り、痩せこけた顔は下ひた表情を浮かべ、ジリジリと登ってた
何やら話しているが、風と葉の擦れる音にかき消される
箱の前で屈み込むと、手を擦り合わせて期待を膨らませたような顔付きに変わり、箱に手を掛けた
その瞬間、エルメジンデが直剣を手に木から飛び降りた
「ひとぉつッ!」
掛け声と共に、屈んでいた賊の後頭部に直剣が叩き込まれる
慌てても即座に剣をぬこうとした賊に向けてトリガーを3度引くと、5.45mmの徹甲弾はいとも容易く身体を引き裂き、族は後ろによろめいて倒れる
「ふたぁつッ!」
次の賊に照準を付ける前に、そいつはエルメジンデが懐から振り上げた直剣に下顎ごと顔面を破壊され、程なくして絶命した
「最後か?」
「えぇ、辺りに人の反応はありません」
「よく分かるな。じゃあとりあえず...」
「剥ぎ取りますか」
「だろうな」
何となく察していたが、やはり倫理観というか、その辺の価値観が中世の様だ
容赦の欠片もなく先手必殺で剣を振り下ろしていたし、賊も速攻で湾刀を抜いていた
しかも目の前で死体から使えそうなものを剥ぎ取っている
「クッソ...俺は無事に帰れんのかよ...」
独り言ちる彼の声は、確かにエルメジンデが聞き取っていた




