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隣の席の美少女に話しかけられるけど人見知りの俺はまともに返事も出来ずに困っていたら、いつの間にかそのコと付き合ってました

作者: イヌネコ

 桜も散って少し経ったその日、俺の左隣には美少女がいた。


 日比谷ひびや (かおる)。学校一の美少女と噂される女子だ。いや、噂というか、たぶん事実だ。


 肩まで伸びたサラサラの黒髪は、光の加減によっては赤っぽくも茶色っぽくも見える。眉毛はキリッと凛々しく、まつ毛はくるんとカールしていて、目はパッチリの二重で少し目尻が上がっている。鼻筋は緩やかな曲線を描いていてその先はやや小ぶり。唇の厚みは薄めでほのかに桜色をしている。


 身長は155センチくらい。顔はかなり小さい。腕や足は細いが、不健康な感じはしない。


 そんな彼女が俺の隣の席になった。


 中学2年生になって、クラス替えが有った為だ。俺は特に何も期待していなかったが、こういうのを無欲の勝利と言うんだろうか。


「日比谷薫です。よろしくね」


 彼女は周りの席の生徒に気さくに挨拶をする。学校一の美少女にもかかわらず彼女がそれを鼻にかける事は無い。美少女な上に明るく気さくで気遣いも出来る、それが日比谷薫という女子だ。そしてもちろん彼女の挨拶は俺にも。


「あ、うん・・・」


 俺はそう答える事しか出来なかった。ただでさえ人見知りの俺がこんな美少女に話し掛けられてまともに会話など出来る訳が無い。無愛想な返事をするのが精一杯だ。


 しかし俺の返事に日比谷は満足しなかったのだろうか、彼女は続けて、


「名前は?」


 と聞いてきた。俺は日比谷の顔を直視できずに彼女の左耳を見ながら、


「西山」


 とだけ言った。ちなみに耳も可愛かった。


「下の名前は?」


 さらに続けて聞いてくる日比谷。


弘也(ひろや)


 俺は彼女の右耳を見ながら言った。右耳も可愛かった。


 こうしてファーストインパクトを終えた俺は、日比谷に大したインパクトを与えられずにその日を終えた。




 2年生になり、それなりにイイ出会いをした俺。ここで少し俺自身の事を考えみよう。


 西山弘也。中学2年生。誕生日は2月15日。


 身長161センチ。体重48キロ。

 得意科目はナシ。苦手科目はナシ。友達ナシ。恋人ナシ。

 美術部所属。

 勉強も運動も得意ではないが、それなりに出来る。

 人見知りで、人付き合いがスゴく苦手。


 まぁ、こんな所かな。




 次の日。登校すると日比谷から挨拶をされた。


「おはよう、西山くん」


 俺は無言で頭を軽く下げた。突然の事に言葉が出なかったのだ。俺に、俺なんかに、美少女が挨拶をしてくれるなんて思ってなかった。


 昨日のは初顔合わせにおける挨拶。つまりは自己紹介だった訳で特別な挨拶だ。しかし今日の挨拶は普通の挨拶で日々の挨拶だ。今日挨拶されたという事は明日も挨拶されるだろう。俺は日比谷から日々の挨拶までされるとは思ってもみなかった。


 明日には挨拶を出来るようになっておこう。いや、それはムリか。せめて来週までには。




 3時間目の数学。俺をドキリとさせる出来事が有った。


「西山くん、消しゴム貸して」


 日比谷の声だ。俺は黒板を見ながら左腕をグイッと伸ばして日比谷の机の上に消しゴムを置いた。視線は正面に向けていたが間接視野で日比谷を見た。日比谷の姿はぼやけていたが可愛かった。




 今日から給食が始まった。2年生最初のメニューはカレーライスだ。よし! 俺は心の中でガッツポーズをした。


 給食の時間には近くの席の生徒と机をくっつける。そしていくつかの班に分かれて給食を食べるのだ。


 そこで俺は気づいた。俺の正面に美少女が降臨する事に。天国にして地獄。至極にして典獄。俺は美少女を見ながら食事が出来るという幸福を予見しつつ、美少女に見られながら食事をするという圧迫面接への恐怖を感じていた。


 変な食べ方をしたらダメだ。その意識が働きすぎてカレーライスの食べ方をしばらく忘れる。


(あれ? スプーンはどうやって持つんだ? 左手はどこに置けば?)


 カレーライスを前にして、まごまごと慌てる俺。そんな俺の姿はさぞや滑稽なモノだっただろう。


「くぷっ」


 と妙な音が聞こえた。俺は音のした方を上目遣いで見た。すると日比谷が唇をギュッと力強く締めてニヤニヤとしているのが見えた。おそらく俺の慌てぶりに笑いをこらえていたのだろう。


(やってしまった! 圧迫面接に負けてしまった! いつもの自分を出せなかった!)


 しかし、まぁイイ。笑いをこらえる日比谷も可愛かったから。


 その後、ようやくカレーライスの食べ方を思い出した俺は一心不乱にカレーライスを凝視して黙々と食べた。カレーライスを食べる日比谷を見たかったが、女子の食事姿をまじまじと見るのは失礼だろう。それに日比谷がその口にスプーンを入れる瞬間など見てしまったら、おそらく俺は死ぬ。流石にまだ死にたくない。どうせ死ぬのなら、せめて2年生最後の日がイイ。いや、2年生最後の日の翌日がイイ。俺は2年生の間は絶対に死なないと誓った。




 翌週の月曜日。


「おはよう、西山くん」


「おはよ・・・」


 日比谷からの朝の洗礼にもだいぶ慣れた。あとは〈う〉を言えるようになるだけだ。あと一文字だ。来週には言えるだろう。


 そんな自分の成長に自信を感じていた俺だったが、2時間目の国語で自尊心が崩壊する。大事件が起こったのだ。


「あ・・・ 教科書・・・」


 事件の発端はそんな日比谷の一言だった。彼女は国語の教科書を忘れた。そして1分後、俺の机と彼女の机がドッキングしていた。日比谷が俺のすぐ左隣にいる、その距離は推定30センチ。俺の心臓が悲鳴を上げている。16ビートで。


(なにこれ? 罰ゲーム? 俺の心臓を破裂させようとしてる?)


「ゴメンね、西山くん。教科書、見せてもらっちゃって」


「いや・・・」


(なぜ謝る? 本来ならこっちが金を払ってもおかしくないイベントだぞ?)


 俺は自分の机のほぼ真ん中に座っている。とはいえ、せっかくの機会だから3センチほど左に寄っているが。対する日比谷はかなり右寄りに座っている。そしてやたらと教科書を見ている。言うまでもなく俺は間接視野で日比谷を見ている。ぼやけていても、やはり可愛い。


 しかし妙だ。何か変な音がするのだ、日比谷の方から。この音はなんだ? 俺は横目で確認する事にした。


 すると、日比谷が俺の教科書をペラペラとめくっている。いや、パラパラと。


(しまった! 見られた!)


 そう。俺は教科書の隅にパラパラ漫画を書いていたのだ。それを日比谷に見られた。2年生になってまだ1週間も経ってない、今日は6日目だ。それなのにすでに教科書に長編のパラパラ漫画を掲載している俺。いかに授業をまともに受けてないかを日比谷に知られてしまったのだ。パラパラによってバレバレだった。こうして俺の自尊心が崩壊した。




 その日の給食の時間。俺はショックを引きずっていた。パラパラ漫画を見られてバラバラになった自尊心をかき集めていた。


 この日のメニューは揚げパン。いつもなら小躍りする所だが、残念ながら揚げパンでもこの日の俺の心を癒す事は出来なかった。パンは揚げられているが、俺のテンションは上がらない。アゲアゲにはならない。


 圧迫面接はこの日も続いていたが、だいぶ慣れてきた俺。数日前にはコッペパンの袋の開け方を忘れてしまい、日比谷の肩をカタカタと震わせていたが、もうそろそろ本来の自分を取り戻せるだろう。


 しかし食事中の日比谷の姿を直視する事は、未だに出来ていない俺。そちらは一生掛かっても克服できないかもしれない。まぁ、日比谷の食事姿を一生見続ける事なんて無いだろうが。


 いや、待てよ? 結婚すれば有り得るのか。


 そこで俺は自分の頭に浮かんだ身分知らずの考えに対して、神への冒涜と背信者に対する罰への恐怖と羞恥心とを感じた。自分の顔が赤くなっていくのが分かる、あぁ、ダメだ。万死に値する妄言を吐いてしまった。頭の中でだけど。


 しかし俺は2年生の間は死なないと誓ったので、万死に値する今回の罪を水に流す事にした。しかし洗い流せなかったモノが有った。俺の顔の赤さだ。それに気づいたのは日比谷の〈くぷぷっ〉という声を聞いたからだった。たぶん俺の顔の赤さに笑いをこらえていたのだろう。その声も可愛かった。



 そんなこんなで1ヶ月が過ぎた。この頃にはもう朝の洗礼にも慣れた。


「おはよう、西山くん」


「おはよ、う」


 ほら、この通り。しかし連休明けの学校は危険だ。いや、連休明けの日比谷は危険だ。そのあまりの美少女っぷりに殺されそうだ。


 連休の間は特に何も無かった。それはそうだ。日比谷に会ってないんだから。その時、俺の人生は大きく2つに分けられる事に気づいた。日比谷に遭遇する以前と以後に。今や俺の頭の中は日比谷でイッパイだ。俺は幸せ者だなぁ。


 しかしそこで、頭の中を日比谷でイッパイにしている場合ではない事に気づいた。数日後に中間試験があるのだ。頭の中から日比谷を少し取り出して英単語やら数学の公式を詰め込まないとイケない。あぁ、なんて事だ。


 中間試験はなんとか乗り切った。正直、試験勉強は大した事は無かった。問題だったのは試験当日である。


 間接視野で日比谷を見ていた俺は、答えを記入したり消しゴムで消したりして慌ただしく動く日比谷に見とれていて、なおかつ応援までしていた。ガンバレ、ガンバレと。もちろん心の中で。おかげで自分の答案用紙を埋める為の時間が少し足りなかった。しかし試験を受ける日比谷も可愛かったのでイイ。もちろん、ぼやけてたけど。


 中間試験も終わり、答案用紙の返却も済んだ。日比谷から、


「西山くん、どうだった?」


 と言われた時には、口をすぼめて2度うなづく事しか出来なかった。伝わっただろうか、まぁまぁだよ、と。


 そして、いよいよ月末には体育祭となった。


 といっても俺は特に何も無い。良くも悪くも目立たず。


 しかし日比谷は違う。輝いていた。躍動する美少女はいつもと違った。いやいや、いつも可愛いけど可愛さの方向性が違った。躍動する日比谷を見た俺は、泣きそうになっていた。それくらい感動的だったのだ。結果は普通だったけど。日比谷は運動神経が特にイイわけではないようだ。




 6月に入ると教室に不穏な空気が流れてきた。湿気だ。多くの女子が〈髪の毛のセットがぁ~〉と湿気を敵視する。しかし日比谷は違う。サラサラのストレートヘアをなびかせて笑顔を見せる。ヘアコンディショナーのCMに出ていてもおかしくない。うん、可愛い。


 この頃には、俺は給食の時間に本来の自分を出せるようになっていた。つまり、普通に食事が出来るようになった。圧迫面接に慣れたのだ。とはいえ、日比谷の姿は直視できない。間接視野でギリだ。しかし、なんだろう。最近の日比谷はなんとなく楽しくなさそうだ。そんなある日、


「ねぇ、西山くん?」


 と日比谷が俺に話し掛けてきた。教室内ではない、廊下でだ。トイレの帰りを待ち伏せされた。俺は焦った。


(臭くないよな?)


 いやいや、大きい方はしてないし、変な事もしてないが、なんとなくな。うん、なんとなく。


「・・・なに?」


 俺は足を止めて日比谷に返事をした。もちろん俺の視線は日比谷の顔を捉えてはいない。


「最近あれ、やらないね?」


 はて? あれとは、なんぞや? 俺は頭をフル回転させたが、何も浮かんでこない。素直に日比谷に聞こう。


「・・・あれって?」


「給食の時の・・・ 1発ギャグ」


 おいおい、待ってくれ! あの数々の奇行をギャグだと思ってたのか!?


「スゴく面白かったのに、なんでやんないの?」


 そもそも俺はギャグだと思ってやってないから! あんな事、したくないから!


「いや、まぁ・・・」


「もう、してくれないの?」


「・・・考えとく」


「ホントに! 面白いの、イッパイ考えてね!」


 そう言うと日比谷は嬉しそうに教室に戻っていった。


(え? あれ? 〈考えとく〉って、〈やるかどうかを考えとく〉って事だよ?)


 ・・・俺、今日からギャグを考えないとイケないのか?




 6月下旬。再び日比谷に待ち伏せをされた。イヤな予感がする。


「どうしたの? 西山くん」


「・・・・・・・」


 俺は何を言われているかは分かっていた。しかし何も言えなかった。いや、まぁ、普段から大して喋れてないけど。


「スランプなの?」


 さっきから日比谷が話しているのは、そう。給食の時間のギャグについてだ。俺はギャグを考えて実行した。来る日も来る日も・・・ しかしスベり続けた。


「もしかしてギャグをやらなくなったのって、スランプに入ったからなの?」


 違う。俺はそもそもギャグをしていない。単に挙動不審だっただけだ。


「そっか、それで・・・ ゴメンね、ワタシ・・・ 気づかなくて・・・」


 俺は何も言っていないが、深刻な表情はしていただろう。その表情を見て、日比谷は勝手に解釈した。すでに梅雨に入っている。そして俺の心も梅雨入りした。




 7月に入り、梅雨はまだ続いていた。天気も俺の心も。


 ギャグをやらないと日比谷が楽しくなさそうだ。かといって、やってもスベったら意味がない。必ず受けるギャグをしないとダメだ。俺は窮地に立たされていた。どうすればイイんだ。


 俺は日々追い込まれていった。そうなると慣れたはずの圧迫面接に再び恐怖を感じるようになった。マズい・・・ しかしマズくなかった。俺はまた挙動不審になり、日比谷が笑いをこらえるようになった。




 数日後、またまた待ち伏せをしていた日比谷。


「スゴいね、西山くん。スランプ脱出だね!」


(いや、スランプ復活だよ? 日比谷は俺のスランプを笑ってるんだよ?)


 褒める日比谷に対して〈エヘッ〉という気持ち悪いであろう笑顔を見せる事しか俺は出来なかった。


 そして期末試験。俺は中間試験の反省を踏まえて間接視野で日比谷を見る時間を減らした。おかげで答案用紙の記入欄を埋める事は出来た。





 明後日から夏休み。俺には心配な事が有った。


(1ヶ月以上も日比谷に会わなくて大丈夫なのか、俺は?)


 深刻な日比谷ロスを起こすかもしれない。禁断症状が出るかもしれない。あぁ、恐ろしい。俺は夏休みを生きて乗り越えられるのか?




「ねぇ西山くん。連絡先、交換しない?」


 日比谷にそう言われたのは、一学期の終業式の後だった。突然の、あまりの出来事に対して俺の頭は追い付かない。


(・・・連絡先? 俺の? ・・・なんで?)


 俺の体はフリーズしていた。


「・・・ゴメン、ダメだった?」


「い、いや・・・ 別に・・・」


 こんなチャンスは2度と来ないだろう。俺はフリーズしていた体をなんとか動かそうとした。ズボンのうしろポケットからスマホを取り出す為だ。すると俺の動きがロボットダンスみたいになってしまった。


「アハハハッ! ちょっと西山くん!」


 日比谷が笑う。


 なんとかスマホを取り出した俺の手は震えていた。そして、いざ連絡先を交換しようとしている今も。


「アハッ! やめてよ、西山くん! ワタシの手も震えちゃうよ!」


 例によって、これも俺のギャグだと思っている日比谷。


「ダ、ダメだよ! 震えて読み取れないよ!」


 お互いに手を震わせているので、連絡先の読み取りが出来ない。


 結局、連絡先の交換をするのに30分掛かった。




 7月も残り数日を切った頃。


 《文字だとイッパイしやべってくれるね》


 俺は日比谷とスマホでやり取りをしていた。〈や〉を小さくし忘れている。可愛い。


 俺は人見知りなので、面と向かっての会話や即答は苦手だ。しかしスマホで文字をやり取りする分には支障はない。相手の顔が見えないし、即答する必要もないからだ。


 《そうかな?》


 などと送ってみる。いや、そうなのは分かっている。もう分析した。


 《そうだよ、いつもクールだし》


 は? クール? サムいのか? スベってるって事か? あんなに笑ってたクセに・・・


 《おもしろくない?》


 と送る俺。


 《おもしろい、ギャップヤバい》


 面白いのか? じゃあ、クールって何の事だ? それにギャップ? どんなギャップだ? 俺は考えてみた。


 クール? もしかして〈物静か〉とか〈落ち着いてる〉って事か? いやいやいや、単なる人見知りだから。日比谷、勘違いしてるぞ? 俺は人見知りで挙動不審なだけだ。普段は物静かで時々爆笑ギャグをするナイスガイではないぞ。


 しかし、そんな事はわざわざ教えない。勘違いによって俺の評価が上がってるなら、それでイイ。


 《どしたの? 寝た?》


 おっと日比谷から催促が来た。考え事をしてる場合じゃないな。


 《起きてる、寝る?》


 と送る俺。


 《一緒に?》


 は? 〈一緒に寝る〉だと!? それってセッ・・・


 《こまめん、変換ミス》


 《いつもは何時、寝る?》


 なんだ、変換ミスかよ。っていうか、〈こまめん〉とは?


 《ゴメン、変換ミス》


 《打ち間違えた》


 ああ、〈ゴメン〉が〈こまめん〉になったのか。


 《だいたい12時すぎ》


 と送る俺。


 《じゃあイッパイしやべれるね》


 また〈や〉を小さくし忘れている。くそっ、可愛い。




 8月上旬。もはや夏休み中の日課となった日比谷とのスマホでのやり取り。それを俺は今日もしていた。


 《お盆どこか行くの?》


 盆休みかぁ・・・


 《田舎に行く、親父の方の》


 と送る俺。


 《そっか、いつ帰る?》


 えっと、たしか・・・


 《16日》


 と送る俺。


 《他の日、なにしてる?》


 おいおい、日比谷・・・ 俺の心をえぐるなよ。他に予定なんか無いぞ。


 《なにもしてない》


 と送る俺。むなしい・・・


 《じゃあ遊ぼ》



  !?!?!? はい!? 遊ぶ!? 誰と誰が!?



 いやいや、待てよ? これは、あれか・・・ 男女のグループでカラオケに行ったり、ゲーセンに行ったりする・・・ あれなのか? 俺の苦手とする行為だな。だったら、ここは・・・


 《人多いの苦手》


 と送る俺。なんとか危険を回避したぞ。


 《人少ないところにいく》


 いや、そうじゃなくて・・・


 《グループ行動ムリ》


 と送る俺。これで分かるよな?


 《2人でもムリ?》


 2人? 日比谷と誰が来るんだ? 正直、日比谷以外に仲良くしてるヤツなんて居ないから誰が来ても不安だが。


 《誰が来る?》


 と送る俺。


 《ワタシ》


 いや、それは分かってるよ! もう1人は誰なんだよ!


 《もう1人だれ?》


 と送る俺。たぶん女子だろうな・・・


 《きみ》


 きみ? 〈みき〉かな? ・・・って、はて? 誰だ?


 《ワタシと西山くんの2人だけ》


 ・・・え!? え? え? え?


 俺は一旦落ち着く事にした。深呼吸をして、これまでのやり取りを見直した。


 う~ん・・・ まさかだけど、日比谷は俺と2人で遊びたいのか?


 《ダメ?》


 いや、ダメじゃないけど・・・


 《いや、いい》


 と送る俺。


 《どっち?》


 《いやなの?》


 《いいの?》


 《遊んでいいの?》


 《遊ばなくていいの?》


 連投で来た!? ってか、分かれよ!


 《遊ぶ》


 と送る俺。いや、しかし・・・ 2人でだと!?


「・・・・・・・」


 あれ? 返信が遅いな? なにしてんだ?


 《どこいく?》


 《人少ないとこ、どこ?》


 《なにする?》


 《したいこと、ある?》


 《おしえて》


 また連投かよ! いやいや、その前に・・・


 《いつにする?》


 と送る俺。


 《23》


 23日か。


 《日比谷さんはどこ行きたい?》


 と送る俺。


 《どこでも》


 はぁ? プラン丸投げかよ。さすがは美少女だな。お姫さま扱いしなきゃダメなのか? いや、日比谷はそんな女子じゃないか。しかしだな・・・


 《公園とか?》


 と送る俺。この俺にプラン丸投げなんてすると、こんな事になるぞ。陰キャをなめるなよ。


 《わかった》


 なんで!? 公園でなにすんの? ブランコ乗るの? すべり台すべるの?


 《公園なし、他のトコ、希望だして》


 と送る俺。


 《公園》


 なんでだよ!? あれ、怒ってるのか? 俺のイタズラに怒っちゃったのか?


 《公園なし、他》


 と送る俺。


 《じゃあさんぽ》


 さんぽ? 3歩? 散歩か? なにそれ?


 《どこを》


 と送る俺。


 《北町のへん》


 北町とは、駅の北西側にあたる一帯。閑静な住宅街である。北町? あの辺りって、なんか有ったか?


 《なんかあるの?》


 と送る俺。


 《うん》


 なに? 何が有るのか、教えて!


 《なにがある?》


 と送る俺。


 《いろいろ》


 それじゃあ分からん! あぁ~、もうイイや。


 《わかった》


 と送る俺。


 《たのしみ》


 北町でたのしみ? なにが有るんだ?


 その後、しばらくやり取りを続けた俺と日比谷だった。




 そして8月23日。時刻は午後3時過ぎ。


「こんにちは、西山くん」


 俺の前に天使が舞い降りた。私服姿の日比谷は天使としか言いようがない。


 ファッションの知識も無いし、興味も無い俺だが、目の前の天使の服装は素晴らしかった。なんかヒラヒラの白い服に、水色のスカートもヒラヒラで、〈それ何が入るの?〉というくらいに小さなカバンを肩からはすに掛けて、クツは少し底が厚くて・・・ とにかく素晴らしい! しかもポニテ! ポニーテールだ!


「・・・変かな?」


「いや・・・ 別に・・・」


「そう・・・」


 日比谷がうつむいてしまった。あぁゴメン、日比谷! 人見知りでゴメン! コミュ症でゴメン! 陰キャでゴメン! 心の中では大絶賛してるんだよぉ!


「・・・行こっか?」


「うん・・・」


 そこから俺たちの・・・ いや、日比谷の歩いた道は世界の中心になったかのようだった。だって、そうだろ? 天使が居るんだぞ? 天使が降臨したんだぞ? ここはもう世界の中心だろ? バチカンにだって天使は居ないだろ?


 なんて事を考えていると、


「ここ、入ろ?」


 と日比谷が言ってきた。おしゃれカフェである。住宅街にひっそりと佇むそのカフェは、とてもじゃないが陰キャの中学生が入れる場所ではない。店員さんにつまみ出されるんじゃないか? ドレスコードならぬ、パーソンコードが有るんじゃないか? 陰キャお断りなんじゃないのか?


「どしたの? イヤ?」


 いやいや、イヤなのは店員さんとすでに居るお客さんだろ? 俺なんかが入ってイイ空間じゃないぞ? いくら天使さまの付き人とはいえ、こんな・・・ そこで俺は自分の服装を確認する。


 ジーパンにTシャツ・・・ 以上。


 おしゃれ人間が着ればおしゃれに見えるが、並以下の人間が着たらそのまま並以下に見える不思議な服装だ。ファッション知識が欠落してる俺は、あれこれ考えても仕方ないとこの服装にしたが・・・ 大丈夫か、これ? 陰キャ中学生のジーパンとTシャツなんて、ダサダサだろ?


「ねぇ、どうするの?」


 う~ん・・・ 日比谷は入りたそうだが、やはりここは・・・


「いらっしゃいませ、2名様ですか?」


 ぬぁお!? 店員さんが来てしまった!


 おしゃれかつ洗練された店の制服に身を包み、華やかながらも過度ではない化粧をして髪型もピッチリと決まっているその店員さんは、まさにおしゃれカフェのおしゃれ店員さんである。


 その店員さんがニコニコとした笑顔を俺達に向けている。普通ならばその笑顔からは爽やかさを感じるのであろうが、今の俺にとっては地獄の底に導こうとする悪魔の笑みにしか見えない。


「あ・・・ えっと・・・」


 日比谷が俺と店員さんを交互に見ながら、言葉に詰まっている。逃げよう、日比谷! 今ならまだ間に合う! 地獄の底に行かないで済む!


「テラス席の方へどうぞ」


 あぁ、店員さんが強引に!?


 そして俺たちはおしゃれカフェのおしゃれ店員さんに導かれるままに、おしゃれ席に座った。


「ゴメンね・・・ こういうトコ、イヤだった?」


 日比谷が謝ってきた。いや、別にイヤじゃないんだよ? でも周りの人たちがイヤだと思う・・・


「別に・・・」


 そっぽを向いて視線をフラフラと泳がせながら俺は答えた。


「ホントに?」


「うん・・・」


 2人の間に微妙な空気が流れる。気まずい・・・


「・・・注文、なににする?」


「あ、えっと・・・」


 俺はメニューを見た。しかし・・・ 見てもよく分からん! おしゃれカフェのおしゃれメニューはよく分からん! 俺はカフェラテにした。ちなみに注文は日比谷が頼んでくれた。




 運ばれてきたカフェラテに口をつける俺。すでに3回目だか全然量が減らない。カフェラテの量が多すぎるのではなく、俺の1回に飲む量が異様に少ない為である。過度に緊張している俺は、絶対に音を立てないようにする為に、すする動作を放棄した。かといって豪快に喉に流し込むような事もしない。というか出来ない、熱いから。唇を濡らすようにしてごく少量を口に含んだ。そんなんだから全然減らない。


 俺と同様に無言で飲み物を飲んでいた日比谷だが、とうとうスマホを触り出した。


(そうだよなぁ。俺と居たって、つまんないよなぁ・・・)


 俺が元々ゼロに等しかった自信をさらに減らしていると、ピコンッと俺のスマホが鳴った。


(誰だ?)


 俺はテーブルの上に置いていたスマホを手に取り、画面を確認した。そこには日比谷と表示されていた。


(ん? ん? なんで?)


 俺の視線は、スマホの画面と日比谷の顔を行ったり来たり。日比谷は自分のスマホを見つめている。俺はとりあえず日比谷からの連絡を見てみた。


 《楽しくない?》


 何でわざわざスマホで? と思った俺は、


 《直接聞けば?》


 と送り、日比谷の顔を見た。しかし彼女の視線は自分のスマホに釘付けだ。


 《こっちのほうがいい》


 《西山くんの思ってること、しりたい》


 なるほど・・・ 気を使わせたか。ゴメン、日比谷。まともに会話も出来なくてゴメン。


 そこから俺たちはスマホでのやり取りをしばらく続けた。他のお客さんから見れば変な光景だろう。おしゃれカフェに男女で来ていて、2人ともがスマホを凝視してポチポチしているんだから。




 地獄の底・・・ いや、おしゃれカフェを後にすると、


「イッパイ喋れたね!」


 と日比谷が笑顔で言ってきた。


(あれは喋ったと言えるのか?)


 そう思った俺だが、とりあえずは、


「うん・・・」


 と返事をした。




 その後、またしてもひっそりと佇む店が現れた。今度は雑貨屋である。そしてその後も、またその後もひっそりと佇む店が現れる。俺達はそれらの店を見て回った。


 ひっそりと佇む店ばかりだな・・・


 この北町は閑静な住宅街なので、派手な看板や外観はイヤがられるんだろうか?




 6時を回った頃に俺は日比谷に言った。


「じゃ・・・ そろそろ・・・」


 もうすぐ晩飯の時間である。つまりは帰宅の時間であり、お別れの時間である。


 天使のごとき日比谷の姿に目と心を癒されつつも、おしゃれな店を数々巡って脳と心臓にダメージを受け続けた俺は日比谷に背を向けて帰ろうとした。


 その瞬間、俺の左腕が背後に引っ張られた。驚いて振り返る俺。


 そこには、いつもはキリッとしている眉毛をハの字にした日比谷の顔が。


「まだ・・・ 帰りたくない・・・」


 俺は死んだ。学校一の美少女がその右手で俺の腕を掴んで、そんな言葉を言ったのだ、こんな表情で。それは死ぬだろう?


 しかし2年生の間は死なないと誓った俺は、なんとか蘇生する。


「え・・・ でも、時間・・・」


「大丈夫・・・ 遅くなるって、言ってある」


 俺は聞いてませんけど!? 遅くなるの? 初耳ですよ? 戸惑う俺だったがそういう事なら、まぁ、うん。分かりましたよ。お姫さまはよっぽど遊びたいらしい。


「あ・・・ そう?」


 と言って〈帰るのが遅くなるから〉と俺は家に連絡をした。




 そして俺達は、駅の近くのハンバーガー屋で少し早めの晩飯を済ませた。もちろんその時の俺は挙動不審となり、日比谷は笑っていた。天使の前で食事をするのは大変だった、いつもの圧迫面接よりも。


 そうこうして再び散歩をする俺達。いや、散歩というか連行だ。日比谷は俺の右手首を掴んでスタスタと強い足取りでどこかに向かって歩いていく。俺はそれについていくだけ。まるで捕らえられた痴漢の現行犯のようだ。あれあれ? 俺、なにかしたかな? 日比谷が向かっているのは交番か? 警察署か?




 しかし着いたのは、そのどちらでも無かった。


 公園である。小高い丘の上に有る公園に着いたのだ。7時を回ってほんのりと暗くなってきたその公園には、遊ぶ子供の姿はもうすでに無い。その代わりにチラホラとカップルの姿が見える。イチャイチャしているカップルの姿が。


 おいおい、日比谷? 夜の公園に来るなんて・・・ しかもこの公園、なんかカップルがそこかしこに居るんだけど?


 日比谷は相変わらず俺の右手首を掴んだままで公園の端へと歩みを進める。街を見下ろせる場所まで進むとようやく俺の右手首は解放された。


「そろそろかな」


 日比谷が呟く。何が? 何がそろそろなの? 何をする気なの?


 俺がドキドキしていると、視界の奥から一筋の光が空へと昇った。その光はある程度の高さまで昇ると花を咲かせて、その後ドンッと音を放った。


 花火だ。


 その1発の花火を皮切りに次々と花火が上がる。俺達はしばらくの間、無言で花火を眺めていた。


「今日、隣の市で花火大会が有るんだよ」


 日比谷が俺の右手を握ってそう言った。彼女の左手と俺の右手が触れあっている。俺は日比谷のその行動に驚いて彼女の方を見た。日比谷の顔を直視した。しかし彼女は花火を見たままだ。あぁヤバい、日比谷の横顔に見とれてしまう。


「だったら・・・ もっと、近くで・・・」


 花火は遠くで上がっている。遠くで小さな花を咲かしている。ここからだと花火特有のあの迫力は感じられない。


「人多いのイヤなんでしょ?」


 さっきまで花火を見ていたその顔を俺に向けて、日比谷がそう言った。彼女に見つめられて俺はドキリとした。俺は急いで視線を外した。


 人が多いのは苦手。たしかにそうだ、そう伝えた。日比谷は本当ならもっと近くで見たかったはずだ。だけど俺に気を遣ってくれたんだ。


「花火が・・・ 見たい、から・・・ 今日に?」


 たどたどしく俺は聞く。


 遊ぶ日を今日8月23日に決めたのは日比谷だ。俺は花火大会の事など知らなかった。気にも留めてなかった。


「ううん、違う」


 日比谷は再び花火に目を向けた。


「・・・誕生日なの」


 ・・・? 誕生日? 誰の?


「・・・日比谷の!?」


 俺は大きな声を出してしまった。その声に反応した周りのカップルが俺を見る。そして日比谷も。うぐっ、恥ずかしい・・・ いやいや、それより!


「日比谷さん、今日・・・ 誕生日?」


 またもたどたどしく俺は聞いた。


「うん」


 笑顔でそう答える日比谷。そして彼女の視線はまた花火に向けられた。


 いやいやいやいや! 早く言ってよ! プレゼントとか渡してないよ!? っていうか、用意して無いよ?


「えと・・・ その・・・ プレゼント、とか・・・」


 俺はたどたどしくというか、もはやしどろもどろで日比谷に話し掛けた。


「大丈夫だよ。いっぱい貰ったから」


 そうか、そうだよな。親や友達からいっぱい貰ってるか・・・ って、それとこれとは違うだろ?


「今日は色んな所に行ってスゴく楽しかったし、イイ思い出をいっぱい貰えた」


 ん? それって、俺との思い出? そんなのがプレゼントでイイの? ・・・というか、なんかその言い方だと・・・


「・・・引っ越すの?」


 俺は恐る恐る聞いた。


「え? 引っ越さないよ? なんで?」


 日比谷は驚いた表情で俺を見た。


 おい、言い方! さっきの言い方だと引っ越すみだいだろ! 可愛いから許すけど。


「いや・・・ なんとなく・・・」


「・・・・・・・」


 日比谷が不思議そうに俺を見ている。俺の問題かな? 日比谷の言い方に問題が有ったような・・・ いやいや、それよりプレゼントだ。


「あ、今日は・・・ ムリだけど、今度渡す・・・から」


「イイよ、イイよ。気にしな・・・」


 そこで日比谷がフリーズした。なんだ? 電池切れか? 美少女すぎるとは思っていたが、やっぱり日比谷は造られた存在だったのか。しかしフリーズしてる日比谷も可愛い。


「・・・えっと。でも早く渡してくれないと、何のプレゼントか分からなくなるし・・・ 今月中に欲しいかも」


 上目遣いで申し訳なさそうに日比谷が言う。申し訳なさそうにする日比谷も可愛い。上目遣いの日比谷は言うまでもなく可愛い。


「じゃあ・・・ 今月中・・・」


「ホントに!? じゃあじゃあ、次はいつ遊ぶ?」


 日比谷がグングンと手を上下に激しく動かす。そして彼女に握られた俺の右手も同じく上下に激しく動く。日比谷、落ち着いて! 俺の腕が取れちゃうよ! でも俺の腕をもぎ取ろうとする日比谷も可愛い。


「それは、後で・・・ あの、花火・・・」


「あ、そうだね! 今は花火を楽しもっか!」


 俺達は再び無言で花火を眺めた。




 花火も終わり、俺達は日比谷の家へと向かっていた。時刻は9時を過ぎている。もう遅いので俺は日比谷を送る事にした。その道中で次に遊ぶ日を決めた。日比谷の左手はすでに俺の右手からは離れている。


「じゃあまた、4日後だね」


 自分の家の前でそう言う日比谷はなんだか楽しそうだ。4日遅れの誕生日プレゼントを心待ちにしているのだろうか。一方の俺は気が気でない。タイムリミットは4日後。それまでに何を渡すかを考えて買いに行かなくてはならない。


「来年は・・・ 当日に、渡す・・・から。あと・・・ 花火も、もっと・・・ 近くで・・・ 見よ・・・」


 俺はたどたどしいながらも、なんとか日比谷に伝えた。誕生日プレゼントは当日に渡すべきだし、花火ももっと近くで見ないと迫力に欠ける。うん、そうだよな。


「・・・・・・・」


 日比谷が驚いた顔をしている。


(どうしたんだ? 俺、なにか変な事を言ったか? あっ、そうか! 結構長めに喋ったから驚いたんだな?)


「・・・来年も?」


 上目遣いで聞いてくる日比谷。出たな、上目遣い! やっぱり可愛い!


「うん・・・」


「・・・そっか」


 日比谷がうつむいた。


(ん? なんだ、なんだ? ・・・あ! 勝手に予定を決めたらマズかったか?)


 俺はつい今しがた決めた予定を急いで取り消そうとしたが、


「こちらこそお願いします! じゃ、じゃあね!」


 そう言って日比谷は自宅へと帰っていった。


(こちらこそお願いします? なにを? 来年の花火大会の事か?)


 俺は日比谷の言葉の意味を考えながら帰路へとついた。




 そして2学期の初日。妙な出来事があった。


「おはよう、弘也(ひろや)くん」


「・・・・・・・」


 俺はフリーズした。弘也くん? なぜ下の名前? すっかり慣れたはずの朝の洗礼だったが、呼び方を変えられただけで俺は大いに戸惑ってしまった。しかもポニテだ。今日の日比谷はポニーテールだ。ポニテの日比谷に下の名前で呼ばれた。俺の命はここまでなのか? 心臓もフリーズしそうだ。


「あ、あれ? 弘也くんじゃなかったっけ?」


 フリーズした俺を見て、日比谷も戸惑う。


「いや、まぁ・・・ 弘也・・・ だけど・・・」


「だよね? 良かった、間違えたかと思っちゃった」


 良くないよ? また朝の洗礼に慣れないとダメになったよ?


「ねぇ、弘也くん」


 なんとかフリーズを解除できて席についた俺に、日比谷が続けて話し掛けてきた。連続攻撃かよ!


「・・・な、に?」


 ギ、ギ、ギ・・・と顔を日比谷の方へと向けて、そう言うのが精一杯の俺。


「アハッ! ロボットみたい!」


 ケラケラと日比谷が笑う。楽しそうですね? こっちはイッパイイッパイなんだよ?


「弘也くんって、甘い物は好き?」


 笑いが収まった日比谷が聞いてきた。


「うん・・・ まぁ・・・」


「そっか」


 日比谷がニヤニヤしている。


(なに? なんの質問?)


 この日から俺は、日比谷から弘也くんと呼ばれるようになった。なんでだろう?


 しかし妙な出来事はこれで終わりでは無かった。その日の放課後。


「弘也くん、一緒に帰ろ」


 日比谷が俺の耳元で囁いた。彼女の吐息が俺の耳をくすぐる。


「ひゃへぇっ!?」


 突然の刺激に俺は変な鳴き声を発した。


「アハッ、アハッ! ちょっ、ヤバっ! お腹、痛い」


 奇妙な鳴き声がツボに入ったらしく、日比谷がお腹を押さえて笑う。


(一緒に帰る? なんで? いや、どうやって?)


 俺はお腹を押さえて笑う日比谷を尻目に考えていた。


 学校から見ると、俺の家と日比谷の家は真逆の方向だ。一緒に帰るなんて不可能だ。それなのに、なんで日比谷はそんな事を・・・?


 あ、そうか! 俺は日比谷の家まで行った事が有るから、その場所を知っている。しかし彼女は俺の家を知らない。途中までは一緒に帰れると思ったんだな? しかし、そもそもなんで俺と一緒に帰るんだ? 謎だ。世の中は謎に満ちている。


 だが、この謎はすぐに解けた。


「弘也くんのおウチ、教えて?」


 日比谷は俺の家の場所を知りたかったのだ。しかし、ここでまた新たな謎が生まれた。なんでそんな事を知りたいんだ?


「この辺」


 俺はスマホの地図アプリで自分の家を日比谷に教えた。


「・・・ん?」


 日比谷がキョトンとしている。よく分からなかったのかな? 俺は地図を拡大して再び彼女に教える。


「ここ・・・ この辺り」


「・・・えと、連れてって・・・くれないの?」


「日比谷さん・・・の家とは、逆方向・・・だよ?」


「うん、そうみたいだけど・・・」


 おかしい、何かがおかしい・・・ 今日の日比谷は変だ。俺の事を下の名前で呼んだり、俺の家の場所を知りたがったり・・・ まさか!? コイツは日比谷の偽者か? だから今日は変なんだな? なるほど、なるほど。そういう事なら・・・


「ね、ねぇ・・・ 日比谷さん」


「なに?」


「俺が、あげた・・・ プレゼント、なにか・・・ 覚え、てる?」


「うん、もちろん」


「なん・・・だった? 教え、て」


「・・・? シュシュだよ?」


 当たり・・・だと!? じゃあ、この日比谷は、本物の日比谷なのか!?


 8月27日、花火大会の4日後。俺は日比谷にシュシュを渡した。花火大会の日に見た日比谷のポニーテールが可愛いすぎたからだ。贈ったシュシュに〈またポニテが見たい〉と暗にメッセージを込めたのだ。そしてそのメッセージは幸運にも届いたようだ。


「っていうか、これだよね?」


 そう言うと日比谷はくるりと後ろを向いて、ポニーテールを俺に見せる。ユラユラと揺らしてみせて俺に見せる。テールの根元のシュシュを見せつける。


(ポニテの日比谷、可愛い。ポニテの毛先の1本1本が可愛い)


「・・・うん」


 日比谷のボニテによってメロメロにされた俺は彼女を自宅に連れていく事にした。




「ふ~ん、ここが弘也くんのおウチかぁ」


 日比谷は俺の家をキョロキョロと見たり、マジマジと見たりしている。査定でもしているのか?


「じゃあ・・・ い、行こう・・・か」


 俺はそう言って自宅に背を向けた。


「え!? どこ行くの?」


「・・・ひ、日比谷さんの・・・ 家・・・ 送る、から」


 わざわざ美少女さまがこんなごく普通の家なんかに足を運んでくれたんだから、自宅まで送らなければバチが当たるだろう。


「え? え? イイよ、イイよ! 遠いから!」


 日比谷は首と両手を思いっきり振って拒否をした。


「大丈夫・・・ 別に」


 いや、大丈夫というか送らないとバチが当たるから!


 数ターンのやり取りの後、日比谷は俺の要望を受け入れた。




 しばらく歩いていると、


「あの・・・ 手、つなご?」


 そう言って日比谷は右手を俺の方へと差し出してきた。


(えぇっ!? なんで!? なんでなの!?)


「ダメ?」


 上目遣いで俺を見る日比谷。


(うぐぅっ! 出たな、上目遣い! あぁ、可愛い。こうなったらダメだ)


 俺は観念して左手を差し出した。




 女子は男子よりもスキンシップが激しい。


 これは俺が日々の観察から導きだした持論である。実際、女子は手を繋いだり、腕を組んだり、抱きついたりと身体的接触によるスキンシップをよく行う。


 しかし、それは女子同士での話だ。


 日比谷は今、男子である俺と手を繋いでいる。その意図はなんだ? そういえば花火大会の日にも手を握ってきたよな?


 日比谷と俺は付き合っていない。そもそも付き合える訳が無い。美少女と・・・ いや、天使と俺なんかが付き合える訳が無い。学校一の美少女にして私服を着たら天使に戻る日比谷が俺なんかと付き合う訳が無いのだ。ではこの状況は一体・・・


 あ、そうか。また連行されているのか。前は手首を掴まれたが、たまたま今日は手を握られただけ。そうか、そういう事だな。



「あの・・・ 今日はありがとね」


 と、自宅に着いて日比谷が言う。


「・・・なにが?」


「ほら、おウチ連れてってくれて・・・ それに送ってくれたし」


 いや、送ったのは義務というか、バチが当たらないようにしただけだし。


「別に・・・」


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


 しばらくの沈黙の後、


「じゃね、また明日」


 そう言って日比谷が小さく手を振る。あぁ、可愛い。


 今日は2学期の初日という事で部活動は休みだった。だからこうして2人で下校した訳だが、明日からは部活が始まる。今日のような事はもう無いだろう。




 しかし次の日、またしても俺と日比谷は一緒に下校していた。どうしてこうなった? 少し記憶をたどってみよう。




 部活を終えた俺は下駄箱に到着した。そこで日比谷と遭遇。


「あ、弘也くん。お疲れさま」


 いや、疲れてないよ? 美術部だし。そう、俺は美術部員である。


「うん・・・ 日比谷さんも」


 ちなみに日比谷は科学部だ。渋い。リケジョってヤツかな?


「あの・・・ 今日も、イイ?」




 そして現在に至る。


 たまたま下校するタイミングが重なっただけか。いや、しかし・・・ また手を繋いでいるのは、なんでだ?


「ゴメンね、遠回りになるのに」


「別に・・・」


「あ、そうそう! 今日のあれ、スゴく面白かったよ!」


 〈あれ〉とは、そう。給食の時間の俺の奇行だ。今日は特に酷かった。


 牛乳パックにストローを刺そうとした俺だったが、それがなかなか刺さらない。エイッと力を込めて刺したらストローは刺さったが、パックを握る左手にも力が入っていた為にストローが刺さった瞬間に牛乳がピューッと噴水のように吹き出してしまったのだ。


 しかし事態はこれだけでは終わらない。地球には引力が有る。吹き出た牛乳は酢豚にかかり、牛乳酢豚の出来上がり。パックに刺さったストローを見ると向きが逆だった。そりゃあ刺さりにくいはずだ。


 今日の奇行は日比谷だけでなく、俺と同じの班の全員が気づき、笑っていた。




「弘也くんは天才だね。どうしてあんなに面白い事を考えつくの?」


 いや、考えてやってないよ? 単なる奇行だよ? 日比谷が俺を下の名前で呼ぶから、圧迫面接が復活したんだよ?




 そして1週間後。学校中を揺るがす大事件が発生した。いや、発覚したと言うべきか。ある情報が校内を駆け巡ったのだ。


 日比谷薫に彼氏が出来たらしい。


 その情報は瞬く間に学校中に広まり、ほぼ全員の男子を失意の底に突き落とした。俺もその1人だ。


 いや、しかしまぁ日比谷だし。引く手あまたの中からお眼鏡に叶う男子がやっと現れたというだけの事なのだろう。さすがに200人以上も男子が居れば、1人くらいはそういう男子が居てもおかしくはない。


 それに俺は日比谷と付き合おうなどとは思わない。ただ、そのご威光を拝むだけだ。ありがたや、ありがたや、と。



 ちなみに〈学校一の美少女には彼氏が居る〉という情報の出処は、昼休みに日比谷に告白をした男子だった。〈ゴメンなさい。ワタシ、付き合ってる人が居るから〉とフラれたのだ。



 そうして5時間目の後、日比谷は報道陣に囲まれる運びとなった。報道陣の内訳は、多数の男子と若干の女子だ。


 相手の名前、住所、学年、身長、趣味、性格や、出逢いの日時、交際成立の日時、進行状況や、相手のどんな所が好きなのか? などが質問として上がっていた。


 隣の席の俺はおろか、日比谷の周りの席の生徒たちは〈ちょっとゴメン〉という報道陣の言葉によって、その席を明け渡さなければならなくなった。


 しかし報道陣の熱意と努力も虚しく、日比谷はノーコメントの姿勢を貫いた。




「ゴメンね、弘也くん」


 緊急会見を終えた日比谷が謝ってきた。しかし話題が話題なので仕方が無い。学校一の美少女の熱愛スクープなんだから、これくらいの騒ぎは仕方が無い。いや、これくらいで済んで良かった。今の所、自殺者は出ていないようだから。


「いや・・・」


 と言って俺は自分の席についた。しかし日比谷に彼氏か。となると、俺は今日から1人で下校する日々に戻る訳だ。2学期が始まってから俺と日比谷は毎日一緒に下校していた。どういう訳か、毎日放課後に下駄箱で日比谷と遭遇したのだ。だが、俺は今日から日常に戻る。




 しかし、その日の放課後。


「お疲れさま、弘也くん」


 今日も下駄箱に日比谷が居る。あれ? なんで? あ、そうか。彼氏を待ってるんだな?


「お疲れ・・・」


 と言って俺はその場を離れた。日比谷、彼氏とお幸せに。日比谷の甘く幸せな今後を願い、下校した俺。




 しかし、なんでだ? 日比谷が俺についてきた。


「ね、ねぇ。怒ってるの?」


 日比谷が俺に話し掛けてきた。


(怒る? 俺が? なんで?)


 俺は足を止めてその疑問を日比谷にぶつけた。


「だって、先に行っちゃうから。昼の事、怒ってるんでしょ?」


(昼の事? 報道陣に俺の席を取られた事か? そんな事で怒らないぞ?)


「別に・・・」


「じゃあ」


 と言って日比谷は右手を差し出してきた。


 ・・・? ん? なんだ? 日比谷は何をしてるんだ?


「ねぇ、手!」


 日比谷が顔をふくらませて言ってくる。ふくれっ面の日比谷も可愛い。っじゃなくて! 彼氏が出来たんだよな? それはダメだろ? 手は繋げないだろ?


「それは・・・ ちょっと・・・」


 俺は日比谷を諭した。彼氏に見られたらどうするんだよ。


「あ、そっか・・・ 今日の今日だもんね。また騒がれちゃうね」


 そうそう。熱愛スクープの翌日に二股スクープなんて、目も当てられないぞ?


「あの・・・ 時間ある? 紹介したい人が・・・ いるの」


 え? 俺に? まさか・・・ 彼氏か!? 俺は一応、友達枠に入っているのか? だから彼氏を紹介したいのか?


「うん・・・ 大丈夫・・・」


 日比谷が紹介したいのなら、紹介されようじゃないか。俺は日比谷に返事をした。




 日比谷は俺をファミレスに案内した。どうやらこのファミレスで待ち合わせているようだ。日比谷はスマホをポチポチと触っている。彼氏と連絡を取っているんだな?


 それにしても日比谷の彼氏か・・・ 一体どんな男子なんだ? これはたしかに気になるな。制服で本来の素性を隠している天使さまと付き合える相手となると、王子さまか、騎士さまか、はたまた神か・・・


 俺は想像を膨らませた。




「あっちの奥の席に居るみたい」


 日比谷に案内されながら奥の席へと向かう俺。そして日比谷の彼氏と対面する事になる。




 ・・・はずだった。しかしその席には1人の女子が座っているだけだった。・・・ん? っていうか、倉本?


 倉本は俺のクラスメイト。つまりは日比谷ともクラスメイトだ。


 給食は班ごとで食べる決まりなので、俺と日比谷は一緒に給食を食べている。しかし食べ終わると日比谷は倉本の席に行き、仲良く喋っている。また授業の後の短い休み時間も同様だ。日比谷と倉本は親友なんだと思う。




(紹介したい人って、倉本なのか? あれ? 彼氏は?)


 そこで俺の脳が覚醒する。


(日比谷は倉本と付き合っているのか!?)


 たしか、日比谷は〈付き合ってる人が居る〉と言って告白を断ったんだよな? そして俺にも〈紹介したい人がいる〉と言った。どちらも〈彼氏〉とは言っていない。なるほど、そうか・・・


 日比谷と倉本は親友ではなく、恋人だったんだ!




「あ、来た、来た。遅かったね」


 意外な事実を知って立ち尽くしている俺の横から声が聞こえた。俺はその方向を見た。そこには1人の女子が居た。


「薫。注文した?」


「まだ。今きたトコなの」


 日比谷とその女子が仲良さげに喋っている。


(この女子は、一体・・・)


 あ、俺のクラスによく来る女子だ。


 教室の倉本の席にこの女子もよく居る。日比谷を含めた3人でよく喋っている。顔は知ってるけど名前は知らない、他のクラスの女子だから。


 ん? あれれ? こっちの女子が日比谷の恋人なのか? それともまさか・・・ 2人とも恋人!?


「とりま西山くん、座れば?」


 倉本が声を掛けてきた。


「あ、うん・・・」


 俺は一旦考えを整理する為にも、席に座った。




 かくして日比谷の恋人を紹介してもらう会合が始まる。俺の右隣には日比谷が、正面には倉本が、はす向かいには名前の知らない女子が座る事となった。


 俺と日比谷はドリンクバーを注文して、日比谷が自分の分と俺の分の飲み物を入れに行ってくれた。その際、


「健気だねぇ~、かおちゃんってば」


 と言った倉本に、


「もう! し~ちゃん!」


 と日比谷が言った。


 かおちゃん? し~ちゃん? アダ名か? 随分と仲が良さそうだな。やはり倉本が日比谷の恋人なのか?


 日比谷が戻ってきて再び席につく。4人それぞれの手元に飲み物が置かれ、会合の準備が整った。っていうか倉本ともう1人の女子はすでに食べ物を頼んでいて、結構食べ進めている。


「日比谷さん・・・ えっと・・・」


 俺はおそらくはこの会合の主催者であろう日比谷に進行を任せる事にした。


「あ、うん。こ、こちらが、し~ちゃ・・・ じゃなくて! 倉本静香さんと、秋津洋子さん。ワタシの親友」


「かおちゃんからは、し~ちゃんって呼ばれてるよ」


 と倉本が言う。うん、それはさっき聞いたから知ってる。


「どもども、初めまして。秋津洋子です、よろしく」


 秋津さんが会釈をしたので俺も会釈を返した。


「そ、そ、それで・・・ この人が、西山弘也くん」


「ども・・・」


 俺はやや深めに頭を下げた。


「え? かおちゃん、それだけ? 他に言うこと無いの? ちゃんと紹介してくれないと」


「もう、もう! し~ちゃんの意地悪!」


 おいおい、倉本。天使さまに意地悪したのか? バチが当たるぞ? ・・・っていうか、改めて見るとスゴいな。




 倉本静香。赤みがかった茶髪のロングヘアとキツめの化粧。眉毛は少し細くて、目つきが鋭く、鼻が高い。唇はぽってりとしており、エキゾチックな顔立ちだ。学校一の美少女である日比谷には数段劣るが、倉本も美人の部類には入るだろう。まぁ、いわゆるギャルだな。


 さらには胸元のシャツのボタンは全開。そして胸がデカい。日比谷が天使さまであるなら、倉本は悪魔。それも淫魔だな。けしからん、けしからん胸だ。・・・っていうか、谷間もブラひもも見えてるぞ? 紫のブラが透けてるぞ? イイのか?


「西山くん? ア~シの事、見すぎじゃね? なに? 好きなの?」


「し~ちゃん!」


「でも西山くんがア~シの胸を・・・」


「弘也くんはそんなトコ見ないよ! ね? 弘也くん」


「え・・・ あ、あぁ・・・」


 日比谷、ゴメン。メチャクチャ見てた。なんなら視姦寸前だった。


「ちょっと。やめなよ、静香」


 秋津さんが倉本をたしなめる。




 秋津洋子。セミロングの栗色の髪。眉毛はやや薄くて柔らかなカーブを描いており、目はつぶらで、鼻も口も小さい。まぁ、普通の女子中学生といった感じだろうか。日比谷や倉本ほどの特別感は無い。


「で? どうなの、どうなの? 西山くん」


 秋津さんがグイッと身を乗り出してきた。どうって、なにが?


「え? あの・・・」


「西山くん、ハッキリ言いなよ」


 倉本が追い討ちを掛けてくる。


「さぁ、さぁ、さぁ」


 秋津さんも再び言い寄ってくる。


「ちょっとやめて! 2人とも! 弘也くんは無口でクールなんだから!」


 日比谷が2人を止める。


「クール? ただの陰キャじゃないの?」


「ち、違うよ、し~ちゃん!」


 いや、日比谷。俺はただの陰キャだよ? 倉本の言う通りだよ? 大正解だよ?


「静香。人の彼氏に向かって陰キャって、ひどくない?」


 いや、秋津さん。倉本は正解を出しただけだから。・・・ん? 彼氏? 誰が?


 彼氏という事は、男。この場に男は俺だけ。って事は俺が彼氏・・・ え? 誰の?


 秋津さんは倉本に対して〈人の彼氏に〉って言ったから、倉本の彼氏ではないよな。となると・・・ まさか、秋津さんの!?


 いやいやいや、それは無いだろ。秋津さんとは、まともに会うのは今日が初めてなんだし。だとすると秋津さんの言い間違いかな?


「と、とにかく! 弘也くんはベラベラと喋らないの。だからワタシが話すから」


「お~。じゃあ、かおちゃん。初チューはどこでしたの?」


「し、し、してないよ! まだしてない!」


「え!? まだなの!? 薫、それは遅くない?」


「お、遅くないよ!」


「いや。遅いでしょ、かおちゃん」


「な!? し~ちゃんまで、そんな・・・」


 あれれ? 何の話だ? 俺は何の話を聞かされてるんだ? 今日は日比谷の彼氏を・・・ いや、恋人を紹介してもらうって事でここに連れてこられて、そんで倉本か秋津さんのどっちか、もしくは両方が日比谷の恋人で・・・ それなのに俺が彼氏? 日比谷の? いやいや、そんな訳が無い。天使さまと俺なんかが付き合う訳が無い。付き合える可能性なんて無い。そもそもどうやって付き合ったって言うんだ? 俺も日比谷も告白なんてしてない。告白してないんだから付き合う事も無い。そうだろ? ・・・ん? そうか。これはドッキリだ。日比谷は俺の奇行をギャグだと思ってて、俺を面白いヤツだと思っている。だから面白いヤツにドッキリを仕掛けてみんなで大笑いしようとしてるんだ。うん、そうだ。そうに違いない。


「じゃあ、薫。告白したのは、どっち?」


「・・・弘也くん」


 えええっ!? 俺!? いや、待て。落ち着け、俺。これはドッキリだ。みんな、俺のリアクションを楽しんでるんだ。だから落ち着け。


 その時、俺はふと日比谷の方へと視線を向けた。するとそこには顔を真っ赤にしてうつむいている日比谷の横顔が有った。


 あれ? これ、マジなヤツなのか?


「おぉ~。やるねぇ、西山くん」


 倉本が自分の目の前の料理を右腕で押し退けて、グイ~ッと俺の方へとその身を乗り出してきた。


 倉本、とりあえずお前は身を乗り出すな。胸がテーブルに押し付けられて、とんでもない事になってるから。


「で? いつ告られたの? かおちゃん」


「誕生日に・・・ ワタシの家の前で」


 誕生日? 日比谷の家の前? たしかに行ったけど・・・


「なんて告られたの? 薫」


「ずっと一緒に居よう・・・ って」


 そんな事は言ってませんけど!? 日比谷、どうしたの!? キャトルミューティレーションでもされたの? いや、それだと死んじゃうのか。 アブダクションされたの? 宇宙人にさらわれて記憶を操作されたの?


「ヒュ~。やるじゃん、西山くん」


 俺はそんな事は言ってないんだよ! とにかく黙れ、倉本! あと、その胸をしまえ! 俺の感情を揺さぶるな!


「それで、それで? かおちゃんはなんて答えたの?」


「お願いします・・・って、言った」


 お願いします? あぁ、たしかに言ってたな。〈よろしくお願いします〉って。 え? あれ? じゃあ・・・ 〈来年の誕生日も会う〉っていうのを超拡大解釈して〈一緒に居よう〉と受け取って、告白だと勘違いしたのか? 日比谷、お前は色々と勘違いしすぎだよ!


「はぁ~~・・・ いいなぁ、青春だなぁ。ア~シも早く誰かと付き合ってみたいよ。キュンキュンしたいよ~」


 倉本が両手を胸の前でギュッと結んでそのまま胸に押し付ける。


 だから、そういう事しないでくれるかな? もう、ほら。胸が大変な事になってるから。・・・って、え? 付き合った事、無いの? その見た目で?




 とにもかくにも、どうやら俺は日比谷と付き合っているらしい。8月23日から3週間以上が経って、その事実を知った。ついさっきまで全く知らなかった。知るよしもなかった。どうしよう、俺なんかが日比谷と、天使さまと付き合っていけるのだろうか。学校でイジメられたり、袋叩きにされたり、背後から刺されたりしないだろうか。


 しかしまぁ2年生の間は死なないと誓ったので、なんとかやってみよう。生き延びよう。




初感想を頂きました。送って下さった方、有り難うございます。評価、ブックマーク、いいねをしてくださった方々も有り難うございます。また、呼んで下さった方々にも感謝します。


現在のところ、この作品に関しては ここまでの予定にしておりますが、もし仮に〈続きを読みたい〉というご意見が多数寄せられれば、続きを考えてみたいと思いますので、是非ご意見、ご感想をお送り下さい。お待ちして おります。


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誤字、脱字、その他のおかしな点などが有れば、ご指摘下さい。時折、自分で読み返すのですが、〈なんでこんなミスしてんの!?〉とか、〈え!? なんで前に気付かなかったの!?〉と思う事が多々有りますので、ご協力して頂けると幸いです。


ご意見、ご感想もお待ちしております。ダメ出しもお願いします(特に他作品に関して)。人格否定、罵詈雑言の類いで無ければ大丈夫です。


〈描写が少なすぎる、甘い、雑〉や〈展開が強引すぎる、不自然〉や〈主人公が魅力的じゃない、ヒロインがウザい〉などなど、改善すべき点を教えて下さい。時間の都合も有り、個々への返信は出来ませんが、今後の参考にさせて頂きますので宜しくお願いします。


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[一言] 西山君は人生の幸運を使い果たしましたね… 今後順調に交際は続くのか、はたまた高校辺りで陽キャイケメンにNTRれてしまうのか 私、気になります!
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