木曜日前編 そ、そんなのって、あんまりだよ
いつもおだやかな雰囲気の優子先生が、今日はなんだか様子がちがう。
「ホームルームの前に、みなさんに残念なお話があります」
どうしたんだろう、学校でなんかあったのかな。
「……急な話ではありますが。内田さんがご両親の仕事の関係で、海外に引っ越すことになり、そちらの日本人学校に通うようになりました。今日は引越しの準備を手伝うために欠席しています」
「えっ!?」
一瞬何も考えられなくなってしまった。……どういうこと、そんな話聴いてないよ。突然の里香の転校の話に、もう頭の中はパニック状態。
「うそだよね、優子先生、う、うそなんでしょう、今日はエイプリルフールじゃない、よ」
「……相原さん、すごく残念だけど本当なの」
嘘であってほしかった、だって、里香のいない学園生活なんて考えられない。クラスのみんなもいたから、その場では涙を必死にこらえたけど。たぶん先生からは目が潤んでしまっているのが見えていただろう。
「相原さん、この後職員室に来て、テイラーさんと一緒にね」
「……はい」
ホームルームが終わって、シャルちゃんと職員室にむかう。
「……ユズキ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、だよ、シャルちゃん」
誰が見たって大丈夫じゃない。シャルちゃんはそれ以上は何も言わず、ただギュッと私の手を握ってくれた。心配かけちゃってるよね、つらいのはシャルちゃんも同じはずなのに……
「「失礼します」」
「どうぞ~」
「相原さん、テイラーさん、こっちで話しましょうか」
職員室の奥の方の部屋に行く。
「柚ちゃん、平気?」
………………。
「つらいわよね。里香ちゃんとは、小さい頃から仲良しだったから」
「里香、何でいってくれなかったんだろう」
「ユズキ。きっとリカ、言い出せなかったんだと思います。」
「シャルちゃん。だ、だけど……」
「柚ちゃん、きっと里香ちゃんもつらいと思うの、だから責めないであげて」
「う、うん、わかってる……」
心の中ではわかっているつもりだ。同じ立場だったら、私だって言い出せずにギリギリになっていたと思う。
「シャーロットちゃんは大丈夫?」
「シャル、とてもさみしいです、リカはすごく優しかったです」
お姉ちゃんとシャルちゃんの話を聞いていると、押さえ込んでいた物が今にもあふれそうになってしまう。
「グズッ、うぅ~里香~」
「……!? 柚ちゃん!」
お姉ちゃんがギュッと、ちょっと強めに私を抱きしめた。
「ゆ、優子お姉ちゃん!?」
「ごめんね、先生にはこうしてあげることしかできないけど……」
「ううん、ありがとう」
「落ち着くまでここにいて良いからね、一時間目の先生には伝えておくから」
キーンコーンカーンコーン!
「先生は授業だからいくわ。シャーロットちゃん、柚ちゃんの傍にいてあげてくれない?」
「ハイ」
「お願いね」
そう言ってお姉ちゃんは部屋から出た。
三十分ほど経ち、少しづつだけど落ちつきを取り戻してきた。その間シャルちゃんは、ずっと手を握ってくれていた。
「少しだけ落ち着いたかも……」
「もう大丈夫ですか? ユズキ」
「うん、ありがとうね、シャルちゃん」
けれど、せっかく落ち着いてきたのに、追い討ちをかけるように、悪い知らせが。
「シャーロットちゃん!!」
「Oh~先生?」
優子先生があわてた様子でやってきた。
「シャーロットちゃん、急いで帰る準備をして、おばあさんがご自宅で倒れたそうなの」
「Grandma!?」
急な知らせにシャルちゃんはあわてている。ちょっと待って、シャルちゃんのおばあちゃんが住んでるのって、確かアメリカ。
「……シャルちゃん、アメリカ、帰っちゃうの?」
そんなことを言ってる場合じゃない、それはわかっているつもりだ、けれど言わずにはいられなかった。
「だ、大丈夫ですユズキ、きっと、すぐに帰ってこれるです」
「あっ!? ごめんねシャルちゃん、心配だよね、早くおばあちゃんの所にいってあげて……」
引き止めたい気持ちを、ぐっとこらえるしかなかった。
「Sorry、ユズキ」
先生とシャルちゃんが急いで部屋から出て行き、独りだけになってしまった。
「ねぇ、まってよ、なんで、なんでこんな、シャルちゃんまで……」
その場で、しゃがみこんでしまう。なんでふたりを、私の大切なものを取りあげるの。
「くうっ、くっ、うっ、うぅ~私、何か悪いこと、したかな~」
ポロッ、ポロッ……
さすがにもう限界だった、大粒の涙がとめどなくあふれてくる。
「うぅ~私、これから、ううっ、どうすればいいの~」
………………。
「里香、シャルちゃん、お願いだから。私をひとりにしないで!」