水曜日前編 私って誉められて伸びるタイプみたい
───スケッチ大会当日
描き始める前に、これでもかというくらいジ~~ッ! と本堂を眺めていた。
「う~ん、こんな感じで~、よ~し」
「ねぇ、柚~」
さぁ、はりきって描こう! と思ったら、里香が肩をポンポンと叩いた。
「何、どうしたの?」
「え~っと、何をやってたのか聞いても良いかな?」
「えっ、私なんか変なことしてた?」
「いやなんか、本堂を眺めながら、前に突き出した鉛筆をジ~ッと見つめてたからさ……」
「あ~これは絵を描く前にやるんだよ! なんか画家さんみたいでしょ~」
と自信満々に答える。
「ふ~ん、ちなみにそうやるとどうなるの?」
………………。
「えっ!? あっ、それは~、あれだよ、ほら」
「あれれ~、もしかして柚、形だけ真似してたとか~」
アニメでそんなシーンを見たことがあるだけで、実はよく知らない。どう説明したものかこまっていると、
「比率を測ってた、ですよねユズキ!」
「そ、そうそう。……ってシャルちゃん!?」
「あれ、シャルちゃん、ちょっと休憩?」
「ハイ!」
シャルちゃんが会話に参加してきた。どうやら休憩タイムのようだ。
「ねぇシャルちゃん、さっきの比率って?」
なんか里香がシャルちゃんに質問してるのってめずらしいかも、でもちょうどよかった、私も知りたかったし。
「これのことですか~」
そういうと、鉛筆を持った手を前に突き出した。
「うんそれ~、さっき柚がやってた」
「これは絵のバランスを整えるためにやります。測り棒を使って、縦と横、そしてモチーフと背景の比率をあらかじめ測っておくと、絵が描きやすくなるです」
「すご~い! シャルちゃん美大生みたいだね」
「えへへ~」
褒められて嬉しそうに微笑む。
「どうやって測るの?」
「まず、鉛筆を真っ直ぐに持って、前に突き出してください。そして、対象と鉛筆を重ねるように覗き込みます、覗き込む時は片目の方が良いです」
驚いた、シャルちゃんがこんな知識を持ってるなんて。
「こんな感じ?」
シャルちゃんと同じようにやってみる。
「Good! そしたら鉛筆の先っぽから親指の爪先までの長さで比率を測ります。例えばシャルの絵は、お狐さまを一として下の台座は三くらいの割合にして、こんなふうに1:3の比率で描きました。もっと細かく測るとより描き易くなるです」
「そうだったのか~、あっ!? じゃなくて、それをやろうとしてたんだよ~」
「柚、本当は?」
「……はい、思ってたのと違ってました」
「どういう意味だと思ってたの?」
「えっ、なんていうか、あれだよ。野球でバッターがバットを掲げてホームラン予告するじゃん? あんな感じで張り切って描くぞっていう、あっ選手宣誓みたいな感じ」
「プッ、何それ~ちょっと面白いかも」
「そ、そうかな~」
「柚、それ今考えたでしょ」
「えへへ、ばれた?」
「説明してる時、あきらかに顔が笑ってたもん」
張り切って描こうっていうのは、本当に思ってたりして……。
「じゃあふたりとも、そろそスケッチ再開しよっか!」
「そうだね。あっそうだ里香、シャルちゃん、コレ良かったら」
持ってきてた飴を数個、ふたりに手渡した。
「合間にでも食べて~」
「おっ、気が利くじゃ~ん」
「ありがとうです」
「それとシャルちゃん、コレ被ってみてくれない?」
「Oh~、ベレー帽ですね」
「うん、絵描きといったらベレー帽かなって」
「でも、何でシャルですか?」
「最初は自分で被ろうと思ってたんだけどね、今日は三人の中でシャルちゃんが一番ふさわしいと思って、それに絶対可愛いだろうし~」
「……柚」
里香は少しあきれた様子だった。
「あっ、迷惑かな~、シャルちゃん嫌だった?」
「そんなことはないですよ」
でもシャルちゃんは笑顔で承諾してくれた。
「えへ、似合いますか?」
「うん、最高~」
言うまでも無いが可愛い、めちゃくちゃ似合ってる。そんなこんなで各自、絵の続きに入った。
さて、昨日私の担当は本堂と決まったのだが、やっぱり難しいし大変。お寺や神社などは造形もそうだが、ちょっとした彫刻などもあって細かい。こんなのを建てる職人さん達ってすごいと思う、確か大工の中でも技術力が高いっていわれる宮大工って人達だっけ。そんなことを考えながら描き進めていった。ちなみに、さっきシャルちゃんから教えてもらった方法もちゃんと活用している。今度は正しいやりかたでね。
「前もって比率を測ると、こんなに描きやすいものなんだ~」
少し描きやすくなったとはいえ、やっぱり難しい。
「ハァ~瓦が多いな~気が遠くなりそうだよ~」
あっ、難しいというより、面倒の方があってるかも。
………………。
「よし! ふたりがどんな感じか見にいこう」
このままずっと画用紙とにらめっこしてても仕方が無いので、ちょっと気晴らしにふたりの様子を見に行くことにした。
「里香、進捗はどう?」
「今はこんな感じかな~」
大まかなシルエットはできていた、これから顔や模様に入る所みたい。
「へぇ~思ったより進んでるね、私はまだまだなのに」
「柚の方は何倍も大変だろうしね、てかしゃべってる余裕あるの?」
「う~ん、たぶん大丈夫。どっちにしろ今は集中途切れちゃってるからさ。あっでも、またすぐに描き始めるつもりだから~」
「まぁ、大丈夫ならいいけど」
「じゃあ次は、シャルちゃ~ん見ても良い?」
「ハ~イ」
「おっ、さすがシャルちゃん! 全体的にバランス良し、それに子狐が可愛いね」
里香の方はりりしい感じだったが、シャルちゃんの方はあどけなさを感じた。
「Oh~シャルのお狐さま、可愛いく描けてますか?」
「うん、シャルちゃんも里香も、ふたりらしさがあって良いと思う」
「ユズキの方はどうですか? 順調ですか?」
「う~ん、あんまり順調じゃないかな」
シャルちゃんに途中までの絵を見せた。
「ユズキすごいです!」
「へっ!? そ、そうかな~」
「ハイ、細かい所もていねいに描けています、とても上手です!」
「あ、ありとう。なんだかすごく嬉しいかも~」
シャルちゃんに褒められて、やる気を取り戻した。いや、むしろ最初よりやる気に満ちてきたかもしれない。
「よ~し、なんかやる気出できたみたい」
「ユズキ、ファイトです、がんばってください!」
とても良い気晴らしになったところで、スケッチを再開する。
「うぉ~~なんか筆がすすむ~、私って褒められて伸びるタイプなのかも~」
さっきまでが嘘のように、すらすらと描ける。そんな様子の私を見ていた里香が、シャルちゃんにこっそり尋ねた。
「ねぇ、もしかして狙いどうりだったりする?」
「何がですか?」
「柚をやる気にさせたこと……」
「It's a secret! 内緒です」
シャルちゃんはニコッと微笑み、人差し指を唇にあてながら答えた。普段天使のようなシャルちゃんだけど、たまに小悪魔っぽい一面をみせる。
「シャルちゃんって時々、妙に柚の扱い上手だなって思う時があるんだよね」
「そんなことよりリカ、シャルたちも負けてられないですよ」
「う、うん、そうだね」
三人とも、もくもくと描き進ていった、そして二時間ほど経った頃。
ポッ、ポッ……
「あれ? 雨」
雨が降りはじめた。