火曜日後編 明日の下見してこ~
「里香、シャルちゃん、この後時間ある?」
「シャルは大丈夫です」
「あたしも大丈夫だけど、なんで?」
「ちょっと寄り道していかない? 明日スケッチする場所の下見しようよ」
スケッチするのに良さそうな場所を見て回ろうと提案する。
「Oh~、Good idea!」
「いいね、描く場所決めときたかったし」
「じゃあ決まり」
というわけで、校門の所で場所の候補について話し合うことに。
「どうしようか、ここから近いのは公園かな~」
「そうだね~、シャルちゃんはどこがいいと思う?」
「シャルは神社がいいです」
「神社か~、鳥居とか立派だもんね」
「おきつねさま、可愛いです」
「あ~確かに、あの神社の狐様は可愛いもんね」
うちの地区にある神社には、ちょっとめずらしいお狐様がおわす。本堂前の右側のお狐様は、足元に子狐を連れているのだ。
「じゃあまず公園行ってみて、その後に神社行こうか」
私たちは最初に公園へ向かった。
「一緒に来るの久しぶりだね~」
「だね~、いつぶりだろう」
「リカ、ユズキ、ふたりと友達になった日、一緒に遊んだこと覚えていますか?」
「もちろん、学校の帰りに三人で遊んだよね」
「シャル、日本に来たばかりの時、本当は心細かったです。でもユズキとリカが日本で最初の友達になってくれました。Thank you! ふたりともありがとうです」
「こちらこそだよシャルちゃん、ねっ里香」
「そうだよ、シャルちゃんのおかげであたしたちも毎日が楽しいよ」
あらためて言うとちょっと照れくさいかも。
「あっ! そういえば柚ね~」
「えっ!? ちょ、里香」
「シャルちゃんが転校してきたあの日、『あの子と友達になりたいけど、うまく話せないかもしれないから一緒に声かけて』って、あたしに頼んできたんだよ」
当時のことを本人にばらされてしまった。
「も、もう~、いわないでよ~」
「そうだったんですかユズキ、なんだか可愛いです」
「う~、シャルちゃんまで~」
顔が熱くなってきた、たぶん耳まで赤くなってる。
「柚どうした~、顔が赤いよ」
「あぅ~、誰のせいだよ~」
「な~んか柚って、定期的にからかいたくなるんだよね~」
………………。
「……もう公園内は見たよね、次神社行くよ」
「ごめん冗談だって、あっ、ちょっと待ってて」
そういって里香は公園の端の方に駆けていき、そこで売っていたジェラートを三つ買って戻ってきた。
「はい、好きなの選んで柚」
「あ、ありがとう、じゃあイチゴで……」
「シャルちゃんもどうぞ、好きなの選んで~」
「Oh~ありがとうですリカ、シャルはチョコにしま~す」
「こ、こんなことで……。あっ、おいしい」
我ながらちょろいな、そう感じた。そして、食べながら次の目的地の神社へと向かった。
「柚、ひとくち食べる?」
「うん! おいしい~、バニラもいいね」
「でしょ~」
「はい里香、イチゴもおいしいよ!」
「ありがとう、うん、こっちもおいしい」
いつのまにか、機嫌もすっかり直っていた。
「ユズキとリカだけずるいです、シャルもシャルも~」
「もちろんだよ、は~いシャルちゃん」
「Delicious! すごくおいしいです。ユズキ、チョコもおいしいですよ~」
「ありがとう~」
こうして食べ終わるころに、ちょうど神社に着いた。
「へぇ~、鳥居もだけど、本堂とかもスケッチにぴったりかも、でも、ちょっと難しそうだな~、里香はどう?」
「あたしはそうだな~、この御神木とか」
「ユズキ、リカ、こっちで~す」
少し離れた所でシャルちゃんが大きく手を振っている。
「何々シャルちゃん?」
「良い場所見つけた?」
「ハイ、これです!」
シャルちゃんがビシッと指差す先には二匹のお狐様が。
「あ~、お稲荷様だね」
「はい、シャルおきつねさま描こうと思ってます」
そういえば、神社にするって言ってたのはシャルちゃんだったけ。
「ちなみに里香、シャルちゃん、知ってる? その狐がお稲荷様ってわけじゃなくて、狐はお稲荷様の使い、眷属なんだよ」
「あっ、そうなんだ~」
「Oh~ユズキすごいで~す、他に知ってることはありますか?」
シャルちゃんは興味津々の様子だ。
「そうだね~、じゃあお稲荷様って、なんの神様かわかる?」
「う~ん、シャルはあまり知らないです」
「じゃあ里香は?」
「え~と確かお米、稲作の神様じゃなかったけ?」
「まぁ、一応正解かな」
スチャとおもむろにメガネをかけた、そして説明を続ける。
「付け加えると五穀豊穣、商売繁盛の神様。正式な名前はね、宇迦之御魂大神って言うんだよ」
「それだけ長い名前だと、お互いを呼びあう時とか、大変そうだね」
「たぶん、あだ名とかあるんじゃない」
「すごいです、ユズキとても物知りです」
「エヘヘ、それほどでも~」
「あれっ、じゃあなんでその神様の使いが狐なの?」
「それはね、コホン、色んな説があるんだけど、狐って農事が始まる春先から、秋の収穫期にかけて里に降りてきて、収穫が終わる頃に山へ戻っていくの。そのおかげで他の草食動物が田畑に近寄りにくくなるんだ~だから狐は田畑を見守っている存在だと考えられていたんだよ。いつしか人々はそんな狐を霊獣白狐として信仰して、豊穣の神の使いって呼ぶようになったのです」
「へぇ~、なんか感心した。てか何でそんなこと知ってるの?」
「何年か前に見たアニメの知識だけど」
「まぁ、そうだとは思ったけど、途中からメガネかけたのは?」
「なんかソレっぽいかな~と思って、ほら専門家の先生みたいなさ」
たぶんこれは、アニメオタクあるある。好きなジャンルにもよるが、マニアックな知識を意外とたくさん持っている。……役に立つかは置いといて。あと、私の場合はちょっとした雰囲気作りにもこだわったりする。たとえば何かを説明をする時はメガネをかけたりとかね。
「Oh?」
シャルちゃんは首をかしげていた。
「ユズキ~、後半の説明、言葉が難しいです」
「あっ、ごめんねシャルちゃん、ちょっと難しかったかな? じゃあ~最後にちょっとした豆知識、教えるね」
「Oh~どんなことですか?」
「その狐様、よ~く見ると何かくわえてない?」
「丸いのと……。う~ん、ユズキこっちのは何ですか?」
「それは鍵だね、丸いのは宝珠。この二つは、江戸時代の二大花火師の屋号、あの有名な『たまや~』、『かぎや~』の由来になってるんだよ」
「Oh~シャルも花火を見に行った時、聞いたことあるです、あれは昔の花火屋さんの名前だったんですね」
「ということは、本来の掛け声は、花火大会に参加してる花火屋の名前を言うのが正解ってわけか~」
「おっ、そこに気づくとは、さすが里香~」
「まぁ~ね~」
「ユズキ、リカ、いつか一緒に花火大会行きたいです」
「私も、折角だから三大花火大会みたいな、有名な所に行ってみたい」
「いいね、夏休みにでも三人で行こうよ、浴衣とか着てさ」
ちょっとした豆知識を披露したところで、本題に戻る。
「ねぇ、明日のことだけど、三人でひとつの絵になるように描いてみない?」
「ユズキ、どういうことですか?」
「例えば一人が本堂、二人が狐を描く。そしたら並べて一枚の大きな絵になるでしょ」
「なるほど~、良いと思います」
「あたしも良いと思う、おもしろそう」
ふたりとも賛成のようだ。
「ところで柚さんや、元々描きたいって言ってたシャルちゃんは狐で決まりとして、あたしたちはどう決めるつもり、本堂ともう一匹の狐」
…………。
「ちなみに、里香はどっちが良い?」
「もちろん狐!」
「ですよね~」
即答だった。
ここは提案した私が、大変な方を引き受けるべきだと思うが……。改めて本堂をじっくりと眺める、造形が複雑でけっこう難易度が高そうだ。
困った様子の私を見て、里香が提案する。
「柚、おみくじで決めよう、恨みっこなしで」
「そ、そうだね」
───その結果
「柚がんば!」
「あははは、はぁ~」
私は凶、里香は大吉だった。
「ユズキ、シャルが本堂でも大丈夫ですよ?」
「だ、大丈夫だよシャルちゃん! 難しそうではあるけど絵を描くのは嫌いじゃないから」
心配したシャルちゃんが変わってもいいと言ってくれたけど、でもシャルちゃんには描きたいものを描いてほしいと思う。
「じゃあ、明日はシャルちゃんと里香が狐さま、そして私が本堂」
「無事に決まったね」
「ハイ」
明日描くものが決まった。
「じゃ、時間も良い頃だし、そろそろ解散しよっか」
というわけで、その場で解散することにした。去り際に、里香が耳元でささやいた。
「柚、良いとこあるじゃん! 見直したよ。」
「じゃあ~、変わって~」
「それはまた別の話」
「はぅ~」
「柚、また明日」
「うん、じゃあね~」
「ユズキ、See you tomorrow」
「シャルちゃん、また明日~」
ふたりを見送った後、もう一度本堂をじっくりと眺める。これは久しぶりに気合いれなきゃな、そう思った。
「よ~し、私も帰ろうっと」
帰ろうとしたその時、突然近くの茂みから野良猫が顔を出し、私の足元を勢いよくスルッと通り抜けていった。
「わっ!? あっ、やば、きゃ~~~」
驚いた拍子に足をすべらせてしまい、そのまま尻もちをついた。
「うぅ~痛~い。もう~急に出てこないでよ~」
草が多い場所だったから特に怪我はなかったけど、制服が少しよごれてしまった。
「え~とハンカチなかったけ、んっ? 何これ、ってさっきのおみくじ……。コレが凶ってやつなのかな、はぁ~早く帰ろう」
折角やる気になっていたのに、最後の最後で削がれてしまうのだった。