栞編 12-2
腕を抱きかかえられながら歩く事に慣れた頃、駅の一部が見えてきた。すると栞は辺りをきょろきょろと窺ったあと、いきなり俺の口にキスをしてきた。一瞬だった。
「えへへ」と、ちょっと顔を赤らめながら笑う。「ゲームの中はノーカンだから、ファーストキスよね。それとも、もうちょっとムードのある場所が良かったかな。でもどうしてもマーキングしておきたくて」
その仕草に俺は、より一層の可愛いさを感じた。ゲームをやり始めてからのデレっぷりに、参ってしまったようだ。恋愛とはこんなにも人を変えるものなんだな、と改めて思った。
俺はもう一度、栞を抱きしめた。
「あっ、そう言えば、明日から涼のお昼ご飯、私が作るから」彼女は胸元で俺の顔を見ながら言う。
「えっ! 栞って料理出来るの?」
「何その反応。作れないと思ってるの。私、毎朝自分で作ってるのよ。こう見えてもつくすタイプなんだから!」
俺は、あの武骨かつ豪快な鮭弁を思い出した。あれがこれからの俺の昼飯になるのか……。
「いや、いいよ。多分母さんが作ってくれるから」と、俺はやんわりと拒否した。
「なんで!? 私、頑張るよ!」
「だって、あの鮭弁だろ」
「う、うん。あ、でも焼き鮭だけじゃないからね」
「……。分かった、じゃあとりあえず明日作ってきて欲しい」
栞は大きく頷いた。
嫌な予感がしてたまらない。その日は栞に腕を抱きかかえられたまま帰路についた。
帰宅し、エアコンが効いているリビングのソファーに座った。母さんから説教されることを覚悟していたが、「あんまり女の子を泣かせちゃダメよ」の一言で済んだ。おそらく今日の帰り、車内で京香と色々話したのだろう。
キッチンで晩御飯の下ごしらえをしていた母さんが炊事を終わらせたのか、俺が座っているソファーの斜向かいに座った。
「ところで明日のお昼ご飯はどうするの? 多分もう京香ちゃんは作ってくれないでしょう」
「栞が作るって言ってたから、明日は大丈夫だよ」
「ねぇねぇ、その栞ちゃんってどういう子?」先日リビングを半壊させた、京香の相手ということもあって聞いてきた。リビングはすでに補修され、新築のようになったと、母さんは喜んでいた。
「彼女は俺が真原道場に行ってた時の、師範の娘だよ」
「ああ、中学生の時に通っていた道場の」
「そう。つい先日まで嫌われていると思っていたんだけど色々あって。気が短いところもあるけど、真直ぐで素直な子だよ」
「そうなの。私も仲良くなれると良いんだけど」
それ以上、母さんは追及することなく俺たちは先に食事して、帰宅してすぐ職場に戻った父さんの帰りを待っていた。