栞編 12-1
俺を襲った男は現行犯逮捕された。俺は頬に傷を負っていたので、救急車に乗っていた救命士によって手当てされた。傷は縫うほどのものではないが、少し痕が残るだろうと言われた。俺は頬に中てているガーゼを抑え、圧迫止血をしている。
「ねぇ、病院にいかなくて大丈夫?」栞が覗き込むように聞いてきた。
そのような俺に栞は「傷も男の勲章よね。涼の良さは変わらないもの」とポジティブな言葉を返してくれた。
「うん」俺は空返事を返す。傷とは別の事を考えていた。
その考えていたこととは、この時点で三人の諍いに終止符を打つと共に、告白のタイミングを窺っていたからだ。三人が揃っているタイミングで告白した方が良い。三人の俺に対する気持ちは重々分かっている。そのせいで、他の二人を傷つけてしまうのは仕方ない。自分の気持ちに気付くまでに、時間がかかった自分のせいでもある。
警察署前で解放された俺たちに、香澄は自分でベントレーの後部座席のドアを開いた。両親もまだ車に乗り込む前だった。
「さあ涼君、帰りましょう。遅くなってしまいました」
その言葉をきっかけに、俺は口を開いた。「その前に皆に聞いて欲しいことがあるんだ」
その場の空気が固まったかのように、皆の動きが止まり、視線が集中する。俺の視線は栞を向く。
「俺は栞が好きだ。栞、付き合って欲しい」
さすがに両親がいる前での告白は恥ずかしかったが、毎週末、京香が家に来ているので、その意思表示するためでもあった。
「う、うん!! もちろん!!」と言って、目を輝かせた栞が俺に抱きついて来た。そして俺の背中に左手を巻きつかせたまま、右拳を上げ「やったーー!!」と叫んだ。あまりの大声に耳がキーンとなる。
そうだ、この真直ぐな性格が俺の心を動かしたのだ。俺もつられて笑顔になるが、京香と香澄は泣き崩れた。その様子を見て、俺は一瞬心が痛んだが、中途半端な優しさは逆に人を傷つける。その時は何も語らず歯を食いしばって耐えた。
俺は父さんに、「京香を彼女の自宅まで送って欲しい。俺は栞と電車で帰るから」と言った。京香は母さんに肩を抱きかかえられ、後部座席に乗った。両手で顔を隠し、嗚咽していた香澄も、悲哀の籠る表情の大上さんが肩を抱えて車に乗せた。
やがて二台の車はエンジン音と共に警察署を後にした。蝉の鳴き声のみが響く。夕陽を背に、栞は俺を強く抱きしめ、匂いを嗅ぐかのように顔を埋めていた。俺は優しく抱きかえしていた。よく見ると、あの栞が泣いている。
「どうした?」
「ううん、涼は私を選んでくれないかもと思ってたから。だって毎朝あんなに殴ってたもん」目尻を擦りながら答えた。
「うん、あれは痛かった」
「ごめん……。あの女が一緒に通学していたのが羨ましくて、つい力が入っていたのかも。でももう殴らない。嫌われたくないから」
「それは助かるよ。でもそろそろ駅に向おう。熱中症になっちゃう」
「うん!!」
今にも飛び跳ねそうな栞は、満面の笑顔で俺の腕を抱きかかえる。ちょっと歩きにくいな、と感じながらも彼女の笑顔につられ、俺も自然と笑みがこぼれた。