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第五話 シーン六【八英雄アカネ】

第五話 シーン六【八英雄アカネ】





「私は火の竜神将がひとり、ユグノスと申します。直接お会いするのは初めてとなります。以前闘技場では大変お世話になりましたね」


 竜脈の祭壇の最深部で、竜の巫女を目覚めさせようとした時にユグノスは現れた。


 闘技場で二万人の観客を戦いに巻き込んだ男で、フェルナ王宮を混乱に陥れた黒幕の登場に全員が身構える。


 表面上は理知的な温厚そうに見える男だが、レアンにとっては故郷を壊された元凶だから油断はならない。


「お前は……闘技場にいた悪いやつだな!やっつけてやる!」


 シュウメイが先走って、いきなりユグノスに向かって走る。


「待って!やめなさい!」


「らおしー!心配するな!一撃で倒してやる!」


 キョーコの静止も聞かずシュウメイが突っ込んでいくと、音もなく現れた二体の悪魔に阻まれる。


「そこをどけ!」


 シュウメイが悪魔の腹に綺麗な飛び蹴りを入れるがビクともせず、虫でも払うかのように腕を振るわれて吹き飛んだ。


「シュウメイさん!」


 レアンが目の前に転がってきた彼女に駆け寄ると、すぐに癒やしの奇跡を使う。


「……あれは、グレーターデーモン!」


 普段滅多なことで驚かないハヅキが、息を呑んで名前を口にする。


 レアンは治療の手を休めずに、視線だけ筋肉隆々の禍々しい悪魔に向ける。


 グレーターデーモンとは悪魔でも上位の個体で、上級魔法を使いこなした上に戦士としても一流で、英雄物語にも数多く出てくるドラゴンと並ぶ強敵だ。


 レアンは本能的に恐怖する圧倒的な存在感に、歯を食いしばり見据える。


「てきとにんしき」「てきとにんしき」


『ただちにせんとうたいせいにはいります』


 守護者である少女たちも再びドラゴン体になると、口の中に電撃を溜めはじめる。


「油断した!デーモンだかサーモンだか知らんが、やっつけてやる!」


「待て!まだこやつの強さがわからぬのか?」


 癒やしの力で復活したシュウメイが起きて敵に向かおうとした所を、ミヤコが両肩を掴んで止める。


 そのミヤコでさえもわずかに手が震えている事実に、レアンにまで震えが伝染してしまう。


「……それで何の用なのかしら?」


 だがそんな強敵二体を前にしても、キョーコだけは落ち着いていたのが救いだった。


「竜の巫女を目覚めさせないためですよ……と、建前はさておき」


 ユグノスはまったく動じないキョーコに苛立った様子で、不機嫌な声で続ける。


「この前のお礼をしに来たのです。闘技場では見事にやられましたからね。本日は念を入れて優秀な使い魔を連れて来ましたが、お気に召していただけましたか?」


 ユグノスは圧倒的優位からくる余裕の笑みを浮かべたが、キョーコは軽く笑って人差し指を横に何度も振る。


「ずいぶん強い使い魔なのね♪ただの人間が扱うには持て余しそうだけど♪」


「ええい!強がりも程々にしていただこうか!しかし私も念には念を入れてきました……!」


 いつまでも余裕の姿勢を崩さないキョーコにユグノスは声を荒げると、指をパチンと鳴らして後方から仲間を呼んだ。


「……ごめんなさい、みんな。サツキ足手まといになって……」


 ノーツの町で療養していたはずのサツキが、一体のグレーターデーモンに後ろから拘束された状態で姿を見せる。


「サツキさん!」


「……サツキ!」


 レアンとハヅキの動揺した姿に、ユグノスは悦びの笑みを浮かべる。


「ははは!そのまま動かないでいただこうか!可愛い娘の傷つく姿は見たくないですよね?」


 ユグノスの脅しにキョーコはあくまでも冷静で、いい聞かせるように告げる。


「ユグノスさん。あなた、やっていいことと悪いことの区別がわからないの?」


「何⁉」


「……今すぐ娘に触れる汚い手を離しなさい。二度と関わらないと誓えるなら今回だけは見逃してあげる」


「何をいってるのです⁉グレーターデーモンが三体いれば人間など一〇〇人いようが消し炭です!なにせこのデーモンたちはフェルナ聖騎士団を返り討ちにした精鋭なのですから‼」


 圧倒的有利のはずのユグノスが説教される形になり、ヒステリックに叫ぶ彼を見てキョーコの目が細められる。


「そう……残念ね」


 キョーコがいつの間にか指の間にはさんでいた黒い玉を地面に叩きつけると、爆発とともに煙が彼女の姿を隠す。


 ドサッ


 次の瞬間にサツキを拘束していたグレーターデーモンの首に斜めの切れ目が入り、スローモーションのようにズレて地面に転がり体が後ろに倒れる。


 悪魔なので血も流れないが、不気味な首の断面が視界に映り何が起きたか誰もわからなかった。


「……サツキ、大丈夫かしら?もう安心していいからね」


「……え?ママ?」


 悪魔の腕から刹那の速さでサツキを奪い返したキョーコが、全身に赤い気をまとって娘を抱き寄せる。


「……は?」


 ユグノスは状況を理解できず立ち尽くしていると、守護者のうち一体が危険を察知してキョーコに殴りかかる。


『ウルォォッ‼』


「……遅い」


 デーモンの丸太のようなパンチを、サツキを左手に抱いたままのキョーコが右手で軽々と受け止める。


 そのまま拳を掴んで引き寄せて体勢の崩れた悪魔を、手刀を一閃させて首を斬り落とす。


 遅れて首から上のない体が倒れた光景を見て、規格外の強さにレアンにも寒気が走る。


「あ、あ……あああああ!馬鹿な!グレーターデーモンを……!最強クラスの悪魔を一撃で倒すなんてありえない!……お、おまえ!こいつを殺しなさい!」


 ユグノスの悲鳴に近い叫びに最後の悪魔が魔法の詠唱を行うが、キョーコの姿が消えてすれ違いざまに手を振るうと、首と胴体が簡単に離れて倒れる。


「これでおしまい?じゃあ、次はあなたね」


 キョーコが振り向いてユグノスを見る目は、感情を持たない暗殺者の目だ。


 あまりの強さと淡々とした姿に、レアンはキョーコにはじめて恐怖した。


「あ?あひっ⁉あひいいっ‼『ロスト・イデアル。コード……ヘル・フレイム・インヴォーク!』」


 ユグノスは指輪に手をやり、古代アイテムを起動して赤い光に包まれる。


 キョーコはゆっくり歩いていきユグノスに手を伸ばすと、完全防御のはずの護りに火花が飛び散ってゆっくりと手がめり込んでいく。


「あっ⁉アヒッ⁉……バカな!ロスト・イデアルを破るなんてありえない!」


「ロスト・イデアルの護りを越える力に何があるか知ってる?それはロスト・イデアルそのものと、竜族の力よ」


 恐怖にひきつるユグノスと対照的に、キョーコは無感情に告げる。


「まさか?」


「そう、私はわずかだけど竜の血が流れているわ。それに私が誰だか知らないようだから教えてあげる。私が火の八英雄がひとり、アカネよ。あなたたちの長、八英雄のマヌトゥに聞いてみなさい」


「は、八英雄……!そ、そんなばかなぁ!んひいいいいいいいっ!」


 衝撃の事実に恐怖するユグノスに、キョーコはいたずらを思いついた子どものように目をキラキラさせた。


「そうだ♪次に娘たちに手を出してみなさい?あなたを地獄まで追いかけて、爪を一枚ずつはいで、髪の毛を全部抜いて……それから指を、鼻を、目を、耳をあなたからサヨナラさせていくわ♪殺してくれと懇願するような苦しみでなぶり殺してあげる♪」


 キョーコの身の毛もよだつ宣言にユグノスは無様に尻餅をついて、座ったまま後ずさる。


「ひっ!本物の悪魔……‼た、助けて……‼『ゲートオブリターン!』」


 そしてユグノスは言葉とともにその場から消えた。


 誰も言葉を発せないほどの壮絶なやりとりのあと、キョーコは全身の赤い気をおさめてからサツキのそばに寄って手を伸ばそうとしてためらう。


「……ごめんなさい、怖かったでしょう?ママのこと嫌いになった?」


「ママっ!ママぁっ!」


 サツキはキョーコに抱きつくと、声を上げて泣いた。


 泣きじゃくるサツキを抱きしめて愛おしい表情になる母を、全員が優しく見守る。


 しばらくして泣き止んだサツキの目元をキョーコがキスで拭うと、他の人たちに向き直った。


「いろいろ隠していてごめんなさい。私のことを話すと長くなるから、先に竜の巫女を目覚めさせましょうか」


 そしてキョーコはひとり祭壇に向かうと、装置をもう一度起動させてオレンジのタイルを何箇所も押す。


 すると装置の上の部分が開いて、中から冷気があふれて広がった。


 そこで守護者の少女たちが祭壇に上がり、手をかざして祈る。


「りゅうみこさま」「りゅうみこさま」


『おめざめのじかんです』


 凍った少女を溶かすように手をかざし、熱を送っているようだ。


 レアンたちも祭壇に上がって様子をうかがうと、段々と眠っていた少女の肌の色が赤みを帯びてゆく。


「……んんっ。なんじゃ、もう目覚めの時間か?もう一〇〇年くらい経ったのかの?」


 やがて褐色の八歳くらいの少女は、目をゆっくり開けて辺りを見回した。





(続)

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