第五話 シーン五【竜脈の祭壇】
第五話 シーン五【竜脈の祭壇】
ノーツの町を早朝に出発して南へ半日ほど馬車を進めると、街道から狭い道を東に入って一時間進んだ寂しげな場所に竜脈の祭壇はあった。
レアンは竜の名前がつくので巨大なものを想像していたが、幅と高さが三メートルの入口はまるでダンジョンのようにも見える。
キョーコは馬が逃げないように木につなぐと、太陽の位置を見て全員に告げる。
「今日中に目的を終わらせたいの。行きましょう」
サツキを置いてきたことで気が急いているのだろう、キョーコが先頭に立つと早々に祭壇の入口に足を踏み入れた。
あとの隊列は馬車で決めたとおり、真ん中にハヅキをおいて左右からレアンとシュウメイが支え、後衛はミヤコという並びだ。
「みんな、足元滑るかもしれないから気をつけてね」
たいまつを持ったキョーコがあたりを警戒し、真剣な表情で進む。
祭壇自体は品のある金色に発光する石でほのかに照らされ、罠も魔物の姿もなかった。
代わり映えのしない風景を三〇分ほど進んだ所で、一旦休憩に入る。
「……レアン、シュウメイ、ありがとう。今の所大丈夫だから」
「いえ、一応傷の状態を確認させてくださいね」
ハヅキを座らせてローブを少しはだけさせると、ひどくはないものの包帯に血がにじんでいたので取り替えることにする。
「ハヅキ!町で買っておいたお菓子だぞ!ゴーフルという名前だ!こういうの好きだろう?」
シュウメイは袋から薄い網目状の焼き菓子を取り出すと、ハヅキは受け取って頬張る。
「……ありがとう。……はぐはぐ……うまい。ほんのり甘くてパリパリ……幸せ、です」
治療されながら上機嫌で食べるのは少し変だったが、おかげで傷のことが気にならないならその方がいい。
「では『我が神イウリファス様、どうか癒やしの力をお与えください。ライト・ヒール!』これで傷を塞いで……。はい、新しい布と包帯に替えました。」
レアンが傷の治療と体力回復の意味も込めて神の奇跡を使うと、通路内に青白い光が満ちてハヅキに吸い込まれた。
自分自身でもわかるが、日に日に力が増している気もする。
「……ん、温かい光。レアンの癒やしはすごく染みる感じ、です」
「そんなことはないと思います……」
ハヅキが潤んだ目で見つめてきたので照れてしまい体を横に向けると、肩を叩かれたので正面を向く。
ぷにゅ
その瞬間ハヅキが肩に置いた手から伸びていた人差し指が、レアンの頬に突き刺さる。
「あ……」
「……引っかかった。レアンの負け、です。フフ……」
ハヅキは薄く笑って立ち上がると、キョーコに頷いてみせた。
「早いけど行きましょうか」
それで休憩終了になって、再び下層へと歩を進める。
さらに三〇分進んだがスローペースなせいか、目的の場所には着かない。
階段も終わって一本道の平坦な道になった所で、ハヅキがキョーコに声をかけた。
「……母さん。ここにはいつ頃来たの?」
「……一七年前……あなたたちがお腹にいた頃よ」
「……そうなんだ」
「うん。……思い出した、こんな道だったわ。このまままっすぐ行けば目的の祭壇に着くはずよ」
歩みを進めるとやがて通路の景色も変化してきて、急に通路が五倍以上広くなる。
それに合わせて天井も高くなり、壁全体が目の痛くならない金色の結晶で覆われた空間にたどり着いた。
「綺麗です……」
「……神々しさを感じるな」
レアンに同調したようにミヤコも声を漏らす。
奥の方に見える祭壇は、一見しただけでこの地下全体からの力を集めているのがわかった。
円状の広場の高くなった場所に金属製の棺らしきものが置かれていて、左右に竜の彫像が一体ずつある。
「行きましょう、みんな」
立ち止まったみんなを振り返り、キョーコは真剣な表情で頷く。
「はい!」
「シー!」
レアンとシュウメイが返事をしてハヅキを支えながら後を追う。
すると祭壇の手前に来た所で、左右の彫像の影からローブをまとう六歳くらいの双子の少女たちが現れる。
彼女たちは感情のあまり感じられない声でこういった。
「あなたは」「あなたは」
「さりしときの」「さりしときの」
「あなた」「あなた」
少女たちはまったく同じ声、同じフレーズを追うように繰り返す。
まるで教会のミサのような空気にレアンは息を呑む。
「ほんじつは」「ほんじつは」
「なにようで」「なにようで」
「ございましょうか」「ございましょうか」
人ではない精霊のような雰囲気の少女たちはキョーコの前に立つと、それ以上微動だにせず彼女だけを見つめた。
「……竜の巫女の力を借りに来たの。お願いできる?」
キョーコが腰を落として視線を合わせると、少女たちはまったく同じタイミングで首を横に振る。
「それはなりませぬ」「それはなりませぬ」
「ひめさまはねむりのとき」「ひめさまはねむりのとき」
「どうしてもというのならば」「どうしてもというのならば」
『われらにちからをしめされよ!』
最後だけ声が重なり、少女たちはバチバチッといかずちをまとい目くらむほど光る。
そして次の瞬間には体長二メートルの金色のドラゴンに姿を変える。
「うわっ⁉」
レアンが驚いて声を上げるが、他の四人は冷静だった。
「レアン、ハヅキを任せたぞ。少し下がっていろ!」
「わかりました!」
支えていたシュウメイが抜けてドラゴンの前に立ちはだかると、後ろにいたミヤコも前に出る。
「……俺も参る。キョーコ殿、ここ数日寝ていないのであろう?ここは我らに任せて欲しい」
「……ええ、お願い」
キョーコは素直に下がると、レアンと同じ位置まで後退する。
『くるがよい!』
電撃をまとう金色のドラゴン二匹は、人間の言葉で開戦を宣言した。
「ウチからだ!行くぞ!」
最初に動いたのはシュウメイだった。
二匹いる向かって右のドラゴンに駆けていく。
『これはどうだ!』
応戦した右ドラゴンが口から電撃の丸い塊を吐き出す。
「ふっ!」
シュウメイはそれを大きく横に避けてかわすと、大股のステップで間合いを詰めて回し蹴りを放つ。
ドスッ!
ドラゴンの首元にめり込んだ音は重いが効いた様子はない。
すぐに相手が反撃して尻尾で薙ぎ払おうとしたのを、シュウメイが後ろに三度バク転して距離をとった。
「……いざ、参る!」
次に走ったのはミヤコだ。
刀を鞘に収めたまま走り、ややスローペースで左ドラゴンに向かう。
『かわせるかな!』
左ドラゴンがシュウメイと同じ電撃の玉を放つと、ミヤコは右手のカタナの柄に手をかける。
「……フッ!『五十零式……射抜!』」
ミヤコの眼前が光ったと思った瞬間玉がふたつに割れて消失する、瞬時に抜刀して斬り納刀をする居合の技だ。
そのまま距離を詰めて、左右のカタナを閃かせるとドラゴンの皮膚を切り裂いた。
痛みを感じないのか、ドラゴンが頭で跳ね除けようとするのを後ろに跳躍してかわす。
「ミヤコ!」
「……シュウメイ殿!」
次にふたりは互いの名を呼んで左右へ散り、相手を中心に円を描くように走る。
『にげてばかりか?』
ドラゴンは左右に広く展開したふたりを追いかけるように、玉を何度も放つ。
ふたりはそれが到達するより速く走り、半周向こう側で最接近する。
「仕掛けるぞ!」
「……承知!」
自分を狙っていたドラゴンとは逆の方にシュウメイが駆けるのを見て、ミヤコが反対側の敵へ向かう。
『なんだと⁉』
逆にくるとは思っていなかったのか、ドラゴンが口に電撃を溜めたまま静止した所にものすごい速度でふたりが間合いを詰めた。
「くらえッ‼『虎山地裂脚ッ‼』」
「……フッ!『五十八式……乱斬撃‼』」
シュウメイの体重の乗った回し蹴りがドラゴンの頭にめり込み、ミヤコの連続四回斬りが首の上から下まで切り裂く。
『うわあああ‼』
ドラゴンは痛みの声を上げると、すぐに体がいかずちに包まれて元の子どもの姿に戻った。
「なんじたちよ」「なんじたちよ」
「しれんにうちかった」「しれんにうちかった」
「さあ」「さあ」
『さいだんにあがるがよい』
最初と同じように双子は繰り返し最後だけ声をそろえる。
キョーコが戦ったふたりに頭を下げて祭壇に上がる。
「みんなも来て。この装置は見ておいて損はないわ」
促されて他の人も後を追い祭壇に上がると、金属製の棺桶をみんなで取り囲んだ。
棺桶はやや丸みを帯びていて上部は中が透けるガラスのような材質で、ひとりの少女が眠っているのがわかる。
「……すごい古代のアイテムですね。……女の子、八歳くらい?この子が竜の巫女様ですか?」
「ええ、そうよ。今はコールドスリープ……冷凍睡眠で眠っているわ」
ハヅキの質問にキョーコが答えると、物騒な名称が出てくる。
「あの、冷凍って……凍ると死んでしまうのではないですか?」
「これは古代文明のアイテムだから大丈夫。まったく同じ状態で年も取らずにずっと眠れるのよ」
「えええっ⁉」
返答の内容が突拍子もなさすぎて、レアンは思わず声を出してしまう。
「そんなことがありえるのか⁉寒いのは大変だぞ!北方連合の野宿で死にかけたことあるしな!」
「……波瀾万丈な人生だな、シュウメイ殿は」
他の人も同様に驚いていたが、シュウメイのエピソードにも驚きだ。
棺桶は祭壇を構成する台座といくつもの管でつながっていて、もしかするとこの付近が装置の一部なのかもしれない。
「じゃあそろそろ解除しましょうか。冷気があふれるかもしれないから、私とハヅキ以外は一旦祭壇から降りてね」
キョーコにいわれるがままに全員が下に降りると、彼女はボタンを押して空中に三〇個くらいのオレンジ色のタイルを浮かび上がらせる。
それはハーピーを転生させた錬金釜の時と同じ光景だった。
「じゃあ、解除するわね」
しかし、キョーコがタイルに指を乗せようとすると、急に入口側から男の声がする。
「……そこまでですよ。竜の巫女は目覚めさせません」
聞き覚えのある声に全員が振り向くと、そこには四十代の法衣の男が立っていた。
「誰だ!」
シュウメイが拳を構えると、中年の男は頭を下げる。
「私は火の竜神将がひとり、ユグノスと申します。直接お会いするのははじめてですか。以前闘技場では大変お世話になりましたね」
そういってユグノスは暗い笑みを浮かべた。
(続)
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