第五話 シーン四【思い出話とノーツの町】
第五話 シーン四【思い出話とノーツの町】
湖で水浴びをしてリフレッシュした翌日、朝食を終えてから出発した。
雨で当初より遅れたが、竜脈の祭壇まで残り六日で到着しそうだ。
その後数日は天候には恵まれたが、日が経つにつれハヅキの体調が悪くなりほとんど寝て過ごすことが多くなる。
「……いつもいつもすまないねぇ、レアン。ごほごほ」
「いえ。これも法の神イウリファス様に仕える身なら、当然のことをしただけです」
残り三日になったある日、馬車の中で横になるハヅキを神の奇跡で治療している時だった。
ハヅキは冗談半分で咳き込んでいるが、傷の状態はあまり芳しくない。
治癒の力で一時的に傷を塞げるのだが、数時間経つとまるで花が開くように傷口が開き出血してしまうのだ。
「お姉ちゃん……大丈夫?喉が痛いならハチミツ持ってこようか?」
サツキも心配して顔を出すが、ハヅキは首を横に振る。
「いや、東方物語のお約束をしただけ、です。でもそれは好きから、あるなら欲しい」
「オッケー!ちょっと待っててね」
サツキはすぐに食料袋を探ると、ハチミツのビンと他にいくつか取り出して飲み物を作りはじめた。
レアンはハヅキに体を起こしてもらって、傷口に新しい布を当ててから包帯を巻く。
少し下着は見えているが、こういう時は仕事として意識しない。
「こんなものかな?出来たよ☆ハチミツ生姜」
カップから生姜の香りに混じってほんのり甘い匂いもする。
「……ありがとう。ずず……こくっ……ん。……おいしい」
ハヅキは受け取ってゆっくり喉に鳴らすと、ふうっと息を吐いて少し口元を緩める。
サツキも嬉しそうに笑って、このふたりのやり取りを見ているだけでレアンは幸せな気持ちになった。
「ハチミツ生姜って、ハニージンジャーと同じ作り方ですかね?東方でも一般的なんでしょうか?」
ふと気になって尋ねると、姉妹は互いを見て首をかしげる。
「サツキたち東方の血を引いてるけど、東方には一度も行ったこと無いからね☆いわば中央大陸生まれ、中央大陸育ち的な?」
「……レシピとしてはハニージンジャーと同じじゃない?レアンも飲んで見れば?」
ハヅキは自分の飲んだコップを渡してくれたので、飲もうとするとサツキが「あ!」と変な声を上げる。
「……えっと?どうかしました?」
「いやー!なんでも!そのままだと間接……だし、欲しいのなら新しいのを作ってあげたのにって」
レアンが聞くとあいまいな返事があってきて不思議に思っていると、ハヅキが袖でコップのフチを拭う。
「……これで大丈夫、です。ほら、飲んでみて?」
「は、はい。ごく……んぐ……あ、よく似ています。小さい頃風邪を引いた時に、母さまが作ってくれたのですよ」
レアンが思い出の味に重ねていると、サツキが何かを思いついて手の平をパチンと合わせる。
「あー!思い出した!お母さんと五歳から暮らすようになってね、ある日風邪引いたんだけど、ハチミツに大根を漬け込んだのを飲ませてくれてね。あれ、正直あんまり美味しくないんだけど、すごくよく効くんだ。喉のイガイガ?が治るっていうか」
「……それは私も嫌い、です。でも我慢して飲むと、とても楽になるから」
姉妹の思い出と母の心遣いが知れるエピソードで、その時レアンは思いついて聞いてみた。
「そういえば、おふたりはボクの母のことを覚えていますか?」
「オリアーナさんね。んーっと、物心ついたかつかないかの五歳だったから……。ものすごく優しい人だったと覚えているよ☆」
サツキの話を聞きレアンまで嬉しくなったが、そこでハヅキがボソッと秘密の話を漏らす。
「……サツキは三歳までオリアーナさんにおっぱいねだってた、です」
「へっ⁉」
「え?」
サツキが変な声を上げ、レアンが固まる。
ハヅキは「フフフ……」と不気味な声を上げたが、途中で痛みに顔をしかめた。
「……傷が開くからこの続きはナシで。本当か嘘かはご想像に任せる、です。おやすみ。……ありがとう」
そして横になったハヅキを見ながら話題に触れていいか迷っていると、手綱を変わってもらったキョーコがやってくる。
「おもしろい話してるわね♪でもハヅキちゃんの話はあながち嘘じゃないかもよ♪だってちっちゃい頃のサツキちゃん、ものすご〜く甘えん坊だったから♪」
「ママ!やめてよー!恥ずかしいから……!」
サツキは真っ赤になりながら訴えるが、遠慮して若干小声だ。
そこでレアンは前々からの疑問を、キョーコに聞いてみた。
「そういえばサツキさんの地方言語?は、キョーコさんから習ったのですか?」
「あ~……えっと」
するとキョーコは少し困った顔をしてサツキを見ると、代わりに娘が答える。
「サツキたちは生まれて半年でレアンの故郷近くの大聖堂に預けられたのは知ってるよね?」
「はい、それは聞きました」
「それで五歳の時にママが迎えに来て、その後はラパン村で三年間一緒に暮らしたの。そこでママがまたいなくなっちゃって、そこから二年間その村の人たちに育てられたんだ。で、東方出身の女性にたまたまお世話されてね、その人の地方言語が見事に伝染しちゃったわけ☆」
「ああ……なるほどです」
順を追ってくれたのはわかりやすい。
そしてキョーコがバツの悪そうな顔をしているのは、娘を二度も置いて出たせいかもしれない。
「これでもマシになったほうだけど、ネイティブだと確か……『お菓子ば取っとってって、いっとったろうもん!はー!こすかねー!そげんなんでんかんでん自分のもんにするんやなか!』というとママでもわからないんじゃない?」
「うん、なんとなくしかわからないわ。戻ってきたら自分の娘が変な言葉遣いしてるから焦ったわよ」
「あはは……ハヅキさんは影響を受けなかったんですね」
「ハヅキまで変わってたらショックで寝込んでいたわよ!」
キョーコが渋い顔をしたあとみんなで笑うが、病人がいることを思い出して慌てて口を押さえた。
「それじゃあ、今日の夜はサツキが面倒見るからレアンはゆっくり休んでね☆」
「はい。必要な時は声をかけてください」
その場はそれで解散になり、夕方から野宿をしてゆっくり休んだ。
祭壇まであと二日になった所で、サツキまで体調を崩してしまった。
ハヅキを夜中まで熱心に看病をしていたせいだろうか、客車の中でふたり眠れる広さだったのが救いだ。
夕方まで走った所で街道沿いにあるノーツの町まで来たので、話しあって宿泊することにした。
ここは王都の東側では一番近い町で、旅の拠点になる場所なので泊まるところはすぐに見つかる。
六人分の宿を取って、サツキとハヅキをまずベッドで休ませた。
その後食事を頼んで、病人用に野菜スープや果物も頼んで部屋まで運んだ。
レアンとキョーコで姉妹に食べさせてから、残りの四人でテーブルを囲む。
「竜脈の祭壇まであと半日ちょっとなんだけど、みんな悪いわね」
食事を終えて一息ついている時に、キョーコがそんな風に切り出した。
「謝られることはないですよ。ボクだって昔は寝込んでいてばかりでしたし」
レアンが両手を横に振ると、ミヤコも同意するように目で微笑む。
「……然り。誰だって不調な時はある。移動が長ければ気候の差も激しいゆえにな」
「そうだな!ウチだって拾い物食べたらお腹壊すことだってあるぞ!」
シュウメイの若干ずれた例えに、みんなの顔が少し緩む。
「うーん……どうしようかしら」
これからのことでキョーコは考えを巡らせているようだ。
「キョーコさん、ボクは今日まだ四回くらい神の奇跡を願えます。だから遠慮なく頼ってください」
逡巡するキョーコにレアンが提案すると、シュウメイ以外のふたりは驚いた表情に変わる。
「……え?朝にふたりに一回ずつは使ったよね?もう一日六回使えるの?」
「はい。変でしょうか?」
キョーコにいわれて首を傾げると、ミヤコが御者台の方からフォローする。
「……否、成長に驚いているのだ。ダンジョン探索で出会った時は三回だったはずだが、ふた月でそれだけ成長するとは。素晴らしい」
褒められていることに気づいて、レアンは途端に恥ずかしくなる。
「らおしーどうする?ウチがいうのもなんだが、馬車から降りてふたりを連れて回るのは大変だぞ」
シュウメイがいうのはもっともだ。
サツキも疲れからの体調不良に加えて持病の腹痛も併発している。
さきほども階段を上がるのも苦労していたのだ。
「……少し話を整理させてね。何かあったら意見をちょうだい」
キョーコはようやく考えがまとまったようで話しはじめた。
「まず竜脈の祭壇に行かないといけないのは治療してもらうハヅキ。そして祭壇に行ったことのある私……これは確定ね。祭壇の入り口から最深部までは歩いて一時間かかると思う」
「一時間か……階段の上がり下がりはあるのか?」
ミヤコが質問すると、キョーコは頷く。
「ええ、地下へ降りていく感じになるわ。だから今の状態のふたりを連れていくのは無理かなって思ってるの。やっぱりサツキが回復するまで待つ方が堅実ね」
「ボクがここに残りサツキさんの看病をして、一緒に帰りを待つのはどうでしょう?」
レアンが代案を立てたが、キョーコは首を横に振る。
「祭壇自体は前の時は危険ではなかったと思うけど、道中でハヅキの傷が悪化した場合に備えてレアンくんはいて欲しいの」
「そうですか……わかりました」
ハヅキを治療するのが目的だから、その判断は当然だ。
「というわけで、最初にいった通りサツキの回復を待つことにしましょうか」
そこまでいってキョーコが席を立とうとした時、サツキが階段上から顔を出した。
「……待って。サツキは大丈夫だから、お姉ちゃんを早く遺跡に連れていってほしいの」
「サツキ……あなた寝てないとダメでしょう?」
キョーコが慌てて階段を上がり、他の人も追った。
サツキをレアンとキョーコで左右から支えて、部屋へ連れていこうとするとサツキが立ち止まる。
「あのね、祭壇まであと一日でしょ?罠があるダンジョンじゃないなら、ここで待っててもいいかなって。ついていってもこの中じゃサツキは足手まといだし」
「もう……何いってるの。そんなことはないわよ」
いつもより弱気なサツキに、キョーコは心配そうに背中をさする。
「……ありがと、ママ。前にもあったじゃん。サツキがひとりでお留守番して、お姉ちゃんとママでクエストいったこと。心配ないって☆」
「……ええ、わかったわ。……往復二日くらいかかる思うけど、なるべく早く戻るから」
から元気を見せる娘にキョーコは決心して頷き、サツキをひとり置いていくこととなった。
本人が望んだことなので、他の人たちは誰も何もいえはしない。
翌日になり、宿屋の窓から手を振るサツキに振り返して五人は馬車に乗り込んだ。
たったひとりいないだけで客車は妙に広く感じて、寂しさがつきまとう。
レアンはサツキの無事を神イウリファスに祈った。
(続)
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