第七話 シーン十二【茜色の空】
第七話 シーン十二【茜色の空】
(サツキ・サイド)
雪のオオカミになった姉妹の育ての親シズカや他のラパン村の人との再会は、残酷なものだった。
彼女らは人間としての知性がなくなっていき、いずれ自然災害を起こし人を襲ってしまう存在になるだろうと。
ハヅキやミヤコ、シュウメイが殺してほしいという願いに応えようとしていたが、サツキは悲しくて受け入れられずに見逃してほしいと懇願する。
そこにキョーコが現れてこう告げる。
「……その願い叶えてあげる」
ミンクゥと共に現れた母は、何も読み取れない表情をしていた。
「ママ!やめて!殺さないで!」
サツキはキョーコならためらわないことを直感的に感じ、母の元に走る。
パアンッ!
だが手が届く距離まで近づいたところで、サツキは見えない壁のようなものに弾かれて尻餅をつく。
「キョーコ……その名前に変えてから頑なに使わなかったアイテムを、使うというんじゃな?」
見守っていたミンクゥが真剣な面持ちで言うと、キョーコは目を閉じて紅のカタナの鞘を手に取る。
「……ええ、私は今まで使わないように自分に誓約を課してきたわ。それは、オリアーナやジョルジュを始めとした悲劇を繰り返さないようにという想いもあったけど」
そして鞘を抜いて刀身をあらわにすると、目を見開いて合言葉を放つ。
「……人間の尊厳を踏みにじる『天上のお茶会』が暗躍しているなんて。壊滅させたはずなのに……デボネア、許さない!『ロスト・イデアル……コード・センランレッカ・インヴォーク!』」
瞬間、キョーコの頭上に炎の螺旋が立ち上った。
伝説のカタナは炎をまとい、キョーコの秘められた内面を映し出すように全身に火の粉をまとう。
「……ママ!お願い、シズカさんたちを助けてあげんね!悪いことしとらんとに、何も殺さんでもよかとよ……!」
サツキは圧倒的な力を放つキョーコに恐怖を覚えながらどうにか声に出すが、母は悲しげに首を横に振る。
「錬金釜で元に戻らなくて、いずれ知性がなくなり魔物と化す。……サツキ、それは人間の死と一緒よ。大丈夫、一瞬で終わるから」
そしてキョーコは右手のカタナを逆手に持って前方へ突き出し、左手を手首に添える。
すると力が膨れ上がり、周りの炎が母の全身に集まってくる。
「いかん!あの構えはキョーコの必殺技!みな、星の護りを使う!近くに寄れ!」
何かに気づいたミンクゥが血相を変えて、サツキの前に立ち両手を突き出し護りの力を発動する。
「ボクも手伝います!リーナ、護りを!」
「……サツキ!」
レアンも前に出て星の剣を構え、ハヅキが走ってきてサツキを抱きしめた。
「……なんという力!これがキョーコ殿の本気」
「らおしー……すごい!でも……怖い」
ミヤコとシュウメイもそばに来てレアンやミンクゥを支える。
そして力の渦は吹雪を吹き飛ばす熱気となって、キョーコの全身を赤き炎で包んだ。
『痛い……悲しい……なんでこの方はこんなにもつらい記憶を……』
星の剣に宿るリーナが何かを感じ取ったのか、泣きそうな声を上げる。
「……ダメ!やめて!ママ!何とかする方法がきっとあるけん!」
キョーコにこんな悲しい役目を押し付けてはいけない。
サツキは必死に叫ぶが、キョーコは視線だけ娘を捉えながら悲しみの色をたたえるだけだった。
「手を汚すのは私だけでいいのよ。……元々英雄にはふさわしくない、血塗られた手なのだから」
キョーコが姿勢を低くしてさらに言葉を付け加える。
「……せめて痛みを感じないように楽にしてあげる。竜気功発動!」
さらに奥の手の竜の血を覚醒させるとさらに力が膨れ上がり、吹雪すら蒸発させる炎となった。
「これは……神竜戦争の時の数倍の……いや十倍の強さじゃ!ぐっ!」
「守りの力よ!リーナもっと力を!」
ミンクゥとレアンが必死に護りの空間を使い、どうにか防ごうとする。
その時急にサツキの脳裏に、昔の記憶が呼び戻された。
八歳の時、ラパン村で過ごしていた母娘だったが、ある日突然朝起きるとキョーコがいなくなって、わんわん泣いた記憶。
『ママがいなくなったよぉ!ママぁ……ママぁ……!』
『……大丈夫、サツキには私がいるから!』
泣きじゃくるサツキをハヅキが抱きしめ、必死に慰める姉。
村人たちに交互に世話をされながらひと月後、ふさぎこむ姉妹の前に東方出身の女性シズカが現れる。
『今日からうちが母親になるけん。甘えて良かよ』
ふくよかで人当たりのよい女性に、姉妹は戸惑いを隠せないでいた。
『なるけん?よかよ?』
『……どこの方ですか?』
人間不信になりかけていた姉妹が値踏みするようにシズカを見ると、彼女は横に大きくて柔らかな体でふたりまとめて抱きしめる。
『細かいことはどうでも良か。寂しかったやろ?』
その母性のある身体で抱きしめられただけでなんだか安心して、まだ八歳のサツキは大泣きしてしまう。
姉らしく振る舞って我慢していたハヅキも、あふれるものを止められなかった。
それからキョーコのかわりに母親代わりになり、キョーコが帰ってくるまでの二年間の間お世話になった育ての母親なのだ。
その二年間のシズカとの思い出と、合計五年間いたラパン村の人たちとの思い出とともにサヨナラをする。
「シズカさん!ラパン村のみんな!」
「……シズカさん!……みんな!」
サツキとハヅキが声を上げると、オオカミのシズカは最後に穏やかな声で語りかけた。
『……サツキ、ハヅキ、ありがとうね。……うちの分まで幸せになるとよ』
そして、キョーコの必殺技が完成する。
「……行くわ!『奥義……茜!』」
カタナを構えた低い態勢のまま閃光のように駆け抜けると、遅れて横と縦一〇メートルの炎が上がり、向こう五〇メートルを爆炎ですべてをかき消す。
『……!……!……!』
二〇体以上いた雪のオオカミたちは断末魔さえ飲み込まれ、跡形もなく消え去り雪が蒸発して地面がむき出しになる。
『ありがとう……キョーコ』
最後にシズカの声が聞こえたような気がした。
直後その周辺だけ茜色の空が広がり、まるで夕焼けのような光景が広がり訳もなく泣きそうになる。
「ああ……あああっ……!シズカさん……みんな……!」
サツキは両膝をついて泣き叫んだ。
「……ママを恨んでもいいから、ね?」
そこにキョーコがカタナを収めて、力を収めて帰ってくる。
「……ママ……そんなことできない!……できないよぉ!」
母は悲しみも後悔もない表情で、サツキは責めることもできず抱きついて泣きじゃくることしかできなかった。
そんな娘の頭を優しく撫でながら、キョーコは諭すように語る。
「……サツキ、ラパン村の人たちは運が悪かったのよ。デボネア率いる『天上のお茶会』から目をつけられたらおしまいなの。だから……今は耐えて……ごふっ!……げふっ!」
「え……ママ?……ママッ⁉」
キョーコは突然吐血して、サツキの顔に赤黒い血が降りかかる。
「キョーコさん!すぐに癒やしを……『イウリファス様、どうか癒やしの力をお与えください。ライト・ヒール!』」
突然の変容ぶりに慌ててレアンが飛んできて、すぐに神の祈りを施す。
「……母さん、一体どうしたの?」
「ハヅキ、大丈夫よ。二〇年ぶりにロスト・イデアルの力を使ったからかな?心配しないで」
当然だろう、みんなが心配して周りに集まってくる。
その中で心配そうな顔をしたミンクゥが、ぼそっとつぶやく。
「キョーコ……お主、まさか」
それを見たキョーコは唇に人差し指を添えて、それ以上何も言わせなかった。
(終)