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第七話 シーン十一【シズカたちとの再会】

第七話 シーン十一【シズカたちとの再会】





(ハヅキ・サイド)





 馬だけは連れていくことはできずその場にとどめて、とこねつの玉をたくさん置いて洞窟を後にした。


 レアンの剣『スター・ゲイザー』の加護を得て、まったく暴風雪の影響を受けることない空間と共に洞窟の入り口から右を向いて西側を目指す。


「リーナ、こっちの方で合ってる?」


『大丈夫ですの。向こうもゆっくりこちらに近づいてるので、気を付けてね』


 レアンと剣に宿るリーナの会話が続いて、周りのみんなにも聞こえる形だ。 


 ハヅキにとって、リーナの持つ感知能力は理解不能だった。


 魔法の『遠見』や『聞き耳』を使ったとしても、この吹雪く天候では効果は発揮できない。


 おそらく古代の力なのだろうが、攻守も感知も出来る万能アイテムといったところか。


 しばらくレアンを先頭に五人プラス剣のリーナで進んでいると、ミヤコがカタナを収める鞘に手を伸ばし警告する。


「……気をつけろ、オオカミに囲まれているぞ。数は二〇といったところだ」


 その言葉に一同が立ち止まり辺りを見渡すが、ハヅキには雪と風の音のせいで気配は感じられない。


「本当か⁉ミヤコ!こっちから攻撃するか⁉」


 一番最初に反応したシュウメイが拳を構えて前に出るが、ハヅキがその肩に手を置いて制止して聞く。


「……シュウメイ、オオカミは慎重でずる賢い生き物、です。下手に動くと向こうの思うつぼ。リーナ、オオカミの攻撃は耐えられそう?」


『……大丈夫ですの。ドラゴンじゃないと、ビクともしませんわ』


 尋ねられたリーナは迷いなく答えてきたので、自分の力の強さを知ってのことだろう。


「そうなんだ!そういえばオオカミは本当に勝てそうな相手しか襲わないって聞いたことがあるかも!野生の勘で近づいてこないんじゃないかな?」


「……そうかもしれぬ。だが、警戒だけはしておくことだ」


 サツキが言うとミヤコが念を押して、それぞれの武器を構えながら先へ進む。


 オオカミいるという情報を耳にしてから進むと、時々目の端にチラチラと姿が映りだした。


 しかし、彼らならそれも計算ずくの可能性が高い。


 そこから警戒しながら進んでいくこと一五分ほどだろうか、急に吹雪がやんで銀世界の中に開けた地帯に出る。


「あ、あれは……!」


 そこで先頭のレアンが指をさした先に、ひときわ大きく美しい毛並みの白銀のオオカミがいて他の仲間たち二〇頭以上を従えていた。


 その体は三メートルを優に超え、クマさえ簡単に食いちぎりそうな巨体だ。


 体長で言うと闘技場で戦ったマンティコアに近く、顔には知性が宿り明らかにこちらを意識しているのがわかる。


「ウルゥ……ガルルルルッ!」


 周りの狼も二メールはあり、こちらを警戒してうなっているところをボス格の狼がひと吠えで黙らせた。


「もしかして、シズカさん?サツキだよ!ラパン村で一緒に暮らしていた」


 サツキが先頭のレアンより一歩前に出る。


「……サツキ」


 ハヅキは妹の名前を読んで杖を構えると、残りの仲間も万が一に備えてそれぞれの獲物を構えた。


 お互いが警戒態勢のままで見つめ合っていると、オオカミのボスは口を開いた。


『……大きくなったとね、サツキ。それに後ろの魔法使いはハヅキやろ?ふたりともべっぴんさんになって』


 当時と同じ東方なまりだったシズカの声が、壁に反響したように聞こえる。


 確かべっぴんさんとは、美しくなったという意味だろう。


「……シズカさん、もうこげんことやめんね?この付近におる人達ば困っちょるみたいやん。討伐隊も組織されるかもしれんとよ」


 サツキもつられて東方なまりになる。


 幼い時期に育ててもらった二年間で覚えてしまったサツキが、時折思い出したように言葉の端々に出るのは人間だった頃のシズカの影響だ。


 ハヅキは思い出とともに複雑な気持ちをいだくが、万が一襲われた場合は迷わず魔法を放てるように口の中で小さく力ある言葉を唱える。


『うちらにもどげんすることもできんとよ。……ここにいる人は、ラパン村の生き残りやけど、生きるために寒い地域に移動して人様だけは食わんようにしちょるけん』


 どうしようもない、と言う銀のオオカミは人間のように目を細めて、悲しそうな瞳を見せる。


『ここ数年で人間の言葉ば話せるもんはおらんくなったとよ。周りにおる村のみんなも、知能も低下して野生の動物と変わらんくなったと』


「そんな……そげんことって……ひどかとよ!あんまりだよ……!」


 悲しき事実にサツキは泣いて何度も首を横に振る、そんな彼女を見てシズカはオオカミの姿で優しく微笑んでいるように見えた。


『うちもいつ話せなくなるかわからんとよ。吹雪で苦しめるもんや人を喰うオオカミになりたくなか。うちひとりの力では全員をあっちに連れていくことはできんとよ。……お願い。サツキやハヅキ、お仲間さんに力があるなら楽にしてくれんね?』


 シズカの残酷な願いは、自分では仲間全員を殺せないから代わりに殺してくれというものだ。


 あまりに重い願いにハヅキは錯乱しそうになるが、軍師たる魔法使いのポジションとして冷静に思考を巡らせる。


「……ひとつ手段があった、です。錬金釜の解放での錬成……釜はここにある!」


 ハヅキはカバンに忍ばせた古代アイテムを取り出すと、昔に魔物のハーピーを人間にしたことを思い出そうとする。


「……確か……『ロスト・イデアル・コモンタイプ・インヴォーク!』」


 言葉を放つとハヅキの手に乗っていたツボが分離して、空中に散らばって浮いた。


 錬金釜の破片がオオカミたちを取り囲むように、周辺の空中に広がる。


 そしてあのときと同じ、何もない空間から感情のない声が聞こえてくる。


『適合者の名前を確認します』


 ハヅキは記憶を探りながら言葉を選んでいく。


『エーケーエーエヌイー』


 ハヅキが答えるのはキョーコの本名、アカネだ。


「ハヅキさん、それは……。ハピルさんを人間にした儀式ですか?」


「えっ!そうなん⁉もしかすると、人間に戻せるかもしれんと⁉」


 あの時にいたレアンとサツキがそのことに気づいたが、言葉を思い出すので精一杯で反応できない。


 ハヅキが待っていると、無感情な声が響く。


『種別コードを教えてください』


『ヒュー・フォージ コモンタイプ』


『変換タイプを教えてください』


『スピリット トゥ ヒュー』


 ヒュー・フォージは恐らく人体錬成という意味で、あの時のキョーコは亜人から人間へというキーワード『デミ・ヒュー トゥ ヒュー』といった。


 ということは、スピリット……オオカミの精霊フェンリルから人間に変える方法はこれだと思ったのだが。


 ブブーッ


 耳障りな音が鳴り、ハヅキの思惑が外れたことを知る。


『当該対象は、精霊にも魔物にも亜人にも該当しません。違う変換タイプを選んでください』


「……そんな!」


 最後の望みは無駄だと知り絶望しかけていると、そこにシズカの優しい声が響く。


『……もう良かよ。うちらは人間には戻れんことばなんとなく分かるんよ。残酷なお願いなのはわかっちょるんやけど、ここでうちらを野放しにするのは世界のためにもならんけん……ね?分かってくれんね?』


 オオカミの顔なのにはっきり分かるような、優しい微笑みだった。


 だから、ハヅキは決断しなければならない。


 きっと優しすぎる妹にはつらすぎる、ラパン村の人々との決別を。


「……シズカさん……責任を持って、あなたたちを天に返します」


 ハヅキは表情を変えないように努めて、自分のできるかぎり強い魔法を頭の中に思い浮かべる。


 詠唱しようと杖を構えたところで、サツキが腕にしがみついてきた。


「お姉ちゃんやめて!……だって、ここにいるオオカミは、シズカさんや村の人たちなんやろ⁉お姉ちゃんがそげんことせんだって良かろうもん!見逃してやらんね!」


「……サツキ、離して!シズカさんも雪のオオカミの姿で生きることを望んではないの。他の人に迷惑をかけたくないって言ってる……!」


 やはり妹は止めようとしてきたが、体力的にはハヅキが劣るため振りほどくのは容易ではない。


「サツキさん……ハヅキさん……ふたりともお願いです!やめてください!」


 レアンは喧嘩する格好になったふたりにどうしていいかわからず、間に入ろうとしてくる。


「……っ!」


 そこでハヅキが見守っていたミヤコとシュウメイに視線を送ると、ふたりとも察して頷いてくれる。


「……よかろう。その役目引き受けた」


「……ウチの出番だな!任せとけ!」


 動けないハヅキの代わりに、ふたりが動いてくれるようだ。


「そんな、ミヤコさんもシュウメイも、ダメ!ダメやけん!シズカさんたちを殺さんどって!」


 そのことに気づいたサツキが泣きながらふたりに叫ぶと、ためらって動きを止めた。


「……その願い叶えてあげる」


 そこに新たな声が加わりその方向を見ると、褐色の女の子を連れて女性が現れる。


「……母さん」


「ママ!」


 そのタイミングで現れたのは、だいぶ前に探索に出ていたはずのキョーコとミンクゥだった。





(終)

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