第七話 シーン十【見ぬ姿を追って】
第七話 シーン十【見ぬ姿を追って】
馬車を西に走らせて一六日が経つが、未だレアンの故郷チェリーセにはたどり着かなかった。
その日も夕方になり、吹雪が強くなり洞窟を見つけて野営をする。
入口付近で焚き火をしながら、温かい食事をして毛布にくるまりながら体を寄せ合い天候が少しでも良くなるのを待った。
しかし丸一日経っても状況は変わらず、人間は大自然に対してはあまりにも無力だと思い知る。
「んー……全然良くならない!もう夕方だから、もう一日ここで我慢だね」
サツキが一度洞窟の入口まで戻って報告をして一同頷く。
古代の品「とこねつのたま」をふたりでひとつ持つことになり、ひとつは馬のために使うことになる。
「お馬さん、あなたが一番心配です。何か悪いところがあったら言ってくださいね……『我が偉大なる神イウリファス様、どうか癒やしの力をお与えください。ライト・ヒール!』」
レアンは日に数回、神の奇跡を馬に施していた。
いつも話しかけて世話をすると、それをわかっているのか馬はレアンに良く懐いている。
ちなみにレアン自身は祭壇で治療を終えた後は体調もよく、悪い夢を見ることはほぼなくなった。
「……とこねつのたま、マキシミリアン将軍にもらって良かった、です。無いと寒波が厳しかったかも」
ハヅキがキョーコとくっつきながら赤く光る光るガラス玉を撫でると、じわりと熱を帯びて暖かくなる。
「そうね。ラパン村で過ごした経験からこの地方の気候は理解しているはずなんだけど、こんなに厳しいとは思わなかったわ」
キョーコはさらに隣りにいるシュウメイの頭を撫でると、猫のように目を細める。
さらにその隣に目をやると、ミンクゥがシュウメイの不釣り合いに大きな胸に顔を埋めたままつぶやいた。
「……そうじゃの、わしはドラゴンのはしくれじゃから、寒いのは嫌いじゃ。……シュウメイの体は温かいの♪」
見た目一二歳のシュウメイに八歳のシュウメイがじゃれつくのは、ごく自然に見える。
だが、ミンクゥの女好きを知るキョーコは「変なことはしないようにね♪」と釘を差した。
「……心外な、このような寒い時に人肌を求めるのは当然じゃろうて♪それに昔のアカネ時代のキョーコにそっくりの体型じゃが、シュウメイにはまったくムラムラ……ときめかんのじゃ。むしろ、ミヤコのほうが色香を感じる……くふ♡」
「……む?左様か」
ミンクゥの正直すぎる感想にミヤコが反応して、困ったように笑う。
「なんだこのドラゴン、失礼なやつだな!ウチから離れろ!」
対してシュウメイはジト目でミンクゥを見て、肩に手をやって押しやった。
「……つれないことを言うなシュウメイ♡お主はな、なんというか落ち着くのじゃ。まるで記憶にはない母に抱かれている気にさえなる♡」
「余計に意味がわからんぞ!ウチは子どもを作ったことないんだが!こら、性懲りもなく抱きつくな!」
再びミンクゥがすり寄ってシュウメイが押し返すと思われたが、寒いせいもあるのか無理に押し返すことはしない。
「……変な姉妹、です。」
ハヅキがぼそっと漏らすと、すぐにシュウメイとミンクゥが『お前(お主)に言われたくない!』と同時に叫び、パーティーの仲間から笑いが起こった。
そこからさらに丸一日経ったが、吹雪が止むことはなかった。
もう三日近くこの洞窟に足止めされてみんな疲労が見え隠れする頃、キョーコがカタナを手に洞窟の入口に経つ。
「みんな、聞いて。水は雪からろ過して確保できるけど、このままだと食料もみんなの体調も限界が来るわ。だから私が天候や周囲の状況を見てくるから、ここでお留守番お願いできるかしら?」
突然の提案に全員立ち上がり、キョーコの行動に異議を唱える。
「いくらキョーコさんでも、この吹雪の中を出歩くのは厳しいと思います。あまり無理をされないでください」
レアンが最初に声を上げ、続けてサツキとハヅキが続く。
「ママ!サツキは反対やけん!もう数日したら、天気が良くなるかもしれんとに!」
「……無謀と勇気は違う、です。あてはあるの?」
するとキョーコは「んー?」とアゴに人差し指を当てて、とぼけたようにウインクする。
「……ずばり、勘ね♪でも大きな力が割と近くにいるのはわかるの。それに勝算がない冒険はしないわ。ね?ミンクゥ。一緒に来て?」
「……こうなる予感はしたのじゃ。星の護りを使えというんじゃろう?しかし、この吹雪だとたぶん鼻は効かんぞ」
話を振られ、幼い見た目の巫女はため息をついてキョーコの隣に立つ。
「らおしー!ウチも連れて行け!荷物持ちくらいはできるぞ!」
ついでにシュウメイもついていこうとするが、キョーコに手で制止される。
「シュウメイはだめよ。レアンくんも護りが使えるかもしれないけど、だめね。もしバラバラになった場合、私はロスト・イデアルを発動させるし、ミンクゥは雪くらいで死ぬ生き物じゃない。だから、最善の方法なの」
しっかりとした理由があれば、それ以上止めるだけの言葉が思いつかなかった。
見守っていたミヤコが「……ご武運を」と目で頷くと、キョーコは頷いてから薄く微笑んで見せる。
「大丈夫♪ちょっと偵察してくるだけだから♪」
軽く手を上げてミンクゥの手を引くと、ふたりは吹雪く外に姿を消した。
その後みんな落ち着かない様子でキョーコとミンクゥの帰りを待ったが、一時間経っても帰ってこなかった。
「大丈夫かなー……ママ。ねぇ?お姉ちゃん。大丈夫だよね?」
「……その質問もう一五回目、です。入り口から奥まで行ったり来たりしないで、座ったらどう?」
サツキが一番心配なのか、三〇分過ぎたあたりからずっとウロウロしている。
「……キョーコ殿の強さはここにいる皆は知っておろう。それにロスト・イデアルは外敵や天候などに影響を受けるやわな代物ではない」
そこまで静かに瞑想していたミヤコの冷静な言葉に、サツキも歩くのをやめて毛布の中にくるまった。
「そうですよ、サツキさん。ほら、みなさんもお茶をいれましたので、飲んでください」
レアンが焚き火でわかしたお湯で東方のお茶を入れてみんなに配ると、全員気が緩んだのか「ふぅ」とひと息ついて喉に染み込ませる。
「……なぁ。らおしーはもしかすると、ひとりでケリをつけにいったのかもな」
そんな中、シュウメイがぼそっと口にした言葉は、全員を静まらせた。
誰しも考えた選択肢のひとつ。
イマイ家の母娘以外にはラパン村の人々がどういう存在なのかわからなかったが、村での様子から察するにとても大切な人達だったのだろう。
「それは、狼になったシズカさんたちを探して……って意味だよね?」
「……この広い大地のどこにいるかわからない、精霊のような存在になった狼を探すというの?」
サツキの恐怖のにじむ声にハヅキが眉をひそめる。
シズカをはじめとする狼たちが強いか弱いか以前に、探し当てることやその間大自然に立ち向かうほうが難しいだろう。
「……ボクはあまり現実的ではないと思います。もし探し出す能力があれば……ですが」
そこでレアンが胸元の形見のペンダントを無意識に触っていると、急に淡い光を放って心の中に声がした。
『……レアン、この付近に大きな力が迫っているわ。早く何かしないと大変なことになるかもしれないわ』
それは形見のペンダントに残されたエカチェリーナの意識だ
彼女の意識はレアンにだけ聞こえる声で、心に話しかけてくる。
「え?それはどういうこと?リーナ。洞窟にいたら危ないってこと?」
『そうね。大きな力は自分を抑えられなくなり、暴走するかもしれないの』
予想外の展開に驚くレアンだったが、ここにいるのが危険だとわかる。
「レアン……大丈夫?」
心配そうに見るサツキや周りの人たちに気づいて、レアンは我に返る。
リーナの声は聞こえないので、ペンダントに向かって独り言をつぶやいているのは傍から見ると変だ。
「……えっと、ごめんなさい。ペンダントが教えてくれたんです。この付近に大きな力が迫っているらしいので、何かしら対策をしなければいけないみたいです」
落ち着けと深呼吸をしてからレアンが説明すると、全員がレアンを見て外を見た。
「……それが本当なら打って出なければだめかも、です」
ハヅキがミヤコに目をやって彼の意見を聞こうとすると、東方のサムライはカタナにやって少し考える。
「……確かに洞窟に潜んだとしても、入り口を塞がれてはかなり厳しい状況になろう。外が安全だとはもちろんいえぬが。ただ、相手の居場所がわかるかが問題となるわけだが」
ミヤコの最もな意見にそれぞれの顔を見るが、その沈黙を破ったのはレアンの胸元のアイテムだった。
『そうですわね……たぶん分かると思いますの。寒さに震える狼の群れが……あっ!』
ペンダントから聞こえてきた少女の声に、一斉にみんなレアンの胸元を見る。
「リーナ、分かったよ……ん?みなさんボクを見て……って、あーっ!」
心の中にしか聞こえないと思い込んでいて気付くのが遅れたが、その場の全員にリーナの声が聞こえたのだ。
ペンダントがしゃべる事態にみんながじーっとペンダントを見つめていたが、しばらく何も返答がなかった。
『……気のせいですの』
やがて視線に耐えきれなくなったのか、もう一度リーナの声がしたので『しゃべってるよ⁉』と姉妹のツッコミが入る。
「リーナ、ボクの心に話しかける以外に声を届けられたんだね?」
『……みなさまみたいに直接話せればと思っていたら、いつの間にか話せていましたわ』
レアンがペンダントを手のひらに乗せて聞くと、そんな返答が返ってくる。
続けてペンダントが発光して続きを話し始めた。
『こほん……はじめましての方もいらっしゃるかもしれませんの。私はエカチェリーナと申しますの。イグス領の領主ヤーコフの娘でしたの。今は肉体から解き放たれ、心だけがこのペンダントに宿っておりますわ。……皆さま方にはレアンがお世話になっておりますの。私のことはリーナとお呼びくださいませ』
まるでレアンの母親のように丁寧に挨拶をするリーナに、一番驚いたのは事情を知らないシュウメイだった。
「……このペンダント、しゃべるぞ!どういうことだ?……レアンの知り合いなのか?」
「はい、そうです。イグスという大陸の北東にある自治都市で出会って、色々あって。それがボクの武器……星の力?になってくれるんです」
シュウメイの問いにレアンが返すと、難しい顔をしながらも納得してくれたようだ。
他の姉妹とミヤコは、リーナの最期と葬儀まで知っているので尋ねることはしない。
「……それで、さっきの居場所がわかるというのはどういうことなの?」
レアンが思い出したように聞くと、リーナが発光とともに話しだす。
『大事なのはそこですの。この洞窟を出てすぐ右を向いて山沿いにしばらく歩くと、三〇体くらいの狼の群れがいますわ。今はそしてゆっくりとこちらの洞窟に向かってきていますの』
「え⁉本当なの?リーナ」
リーナの言葉は具体的で、信用してもいいと思わせる情報だった。
現在入り口から外を見渡しても、猛吹雪とはいかなくてもかなり荒れているのは確かだ。
「……問題は、この風雪をどうやって避けていけばいいのかだが、どなたか良い案はあるか?」
「……それでしたら、さっきキョーコさんにも少し釘を差されましたけど、神の奇跡で護りを使えば、少なくてもたどり着くまでは全員を雪からお守りできると思います」
ミヤコの議案にレアンが手を挙げるが、そこに口を挟んだのはリーナだった。
『私が星の力でみなさんを護りますわ。その方がレアンの負担が少ないですの。レアン、星の力を呼び出して?』
その場にいるみんなは驚いたが、レアンはリーナを信じてペンダントを手に合言葉を口にする。
「わかったよ、リーナ……『イデアル。コード……スター・ゲイザー・インヴォーク!』」
レアンが合言葉を唱えると、手の中に星のようなきらめきをまとった剣剣が現れる。
『……うん、調子が良いみたいですの♪ではこれで参りましょう、レアン、みなさま』
「うん!リーナ、力を!……ではみなさん、この力を信じてついてきてもらえますか?」
レアンが星の剣を掲げると、その場にいる全員を包み込むようにフィールドが作られる。
温かみのある空間の中は寒さを全く感じないことに驚き、その効果に他の仲間は互いを見て頷いた。
(終)