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第七話 シーン八【悲しみのラパン村】

第七話 シーン八【悲しみのラパン村】





(サツキ・サイド)





 城塞都市テロンで将軍マキシミリアンとの出会いを経て、一晩の宿を借りたレアン一行は進路を西へとった。


 次の目的地は竜脈の祭壇でおよそ八〇〇キロ、馬車で一六日の距離だ。


 しかし冬であることに加え、事前に冒険者ギルドで聞いた氷の狼の妨害もしくはそれが元とされる大雪にあえば、順調に着くのは難しい。


 実際に雪上の馬車は、上り坂で登れなくなってしまいその都度全員で押しながら進むこともあった。


「はぁー!常熱のとこねつのたまさまさまだー!あったかーい!」


 雪の中を作業していると体の芯から冷えたが、サツキは馬車に戻ると魔法のアイテムの恩恵に預かり暖を取る。


「……将軍様に三個もらってよかった、です。馬用にひとつ上げる余裕があるから」


 ハヅキも同じ玉に近づいて手をかざし、近くにいたレアンを抱きしめて無理矢理に頬を寄せる。


「わっ!ハヅキさんいきなり何を……顔を擦り付けないでください……むぎゅう」


「あ……いいなー!サツキも……えいっ!」


 レアンが困っているのを見てサツキも同じことがしたくなり、反対側から抱きしめて三人くっついているとキョーコが呆れた声を出した。


「あなたたち何やってるの……。まぁいいわ。今日はそろそろ野営の準備しておくわよ。ミヤコさん、シュウメイ手伝ってもらえる?」


「……承知した」


「しー!らおしー!任せてくれ!」


「わしは何をすればいいんじゃ?キョーコよ」


「ミンクゥは馬に餌をあげてちょうだい」


「任せるのじゃ♪」


 そんな感じで各自仕事をはじめたので、サツキたちもじゃれているわけには行かず他の人の仕事を手伝った。


 寒さの厳しい中で洞窟が見つかればそこで夜を過ごし、なければかなり狭いが馬車の客車と御者台を使いどうにかやり過ごした。


 キョーコによれば、雪山などでは穴を掘って体が入るようにして、上に蓋をして雪洞というものを作ってやり過ごすらしい。


 気づけば到着予定の一六日は過ぎていて、寒い中焚き火をみんなで囲んで話をする。


 今日の食事は近くに生えた野草を見つけて、その時偶然見つけた倒れていた野ウサギを拾って簡単なシチューにした。


 雪の中獲物を探すのは困難なので、低温になって死んだウサギに感謝をして食事の材料にする。


「あとどのくらいで祭壇に着きそう?ママ」


「んー……そうねぇ。村の近くまでは来たから、あと二日はかからないと思うけど」


 キョーコが地図で確認すると、あたりの景色を見てハヅキが尋ねる。


「……雪でわかりにくいから確信はないけど、もしかして、ラパン村が近い?」


「……うん、そうよ」


 やや間を開けてキョーコが返事をすると、サツキが驚きの声を上げる。


「え!そうなの⁉それなら村に寄ろうよ!十歳まで住んでいた時以来だもん」


 母がなんで黙っていたのかはわからないが、五年間お世話になった村だ。


 近くに来たなら寄りたいと思うのは当然だろう。


 だがキョーコの反応はあまりパッとせず、困り顔になった。


「……本当に寄るの?また時間がある時にしない?」


「え?どうして⁉だってもう七年近くここに来るチャンスなかったんだよ?ひょっとして何かあったの?」


 母娘での旅は中央大陸の西側に来なかったので、その後どうなったのかはサツキは知らないのだ。


「えっと……ラパン村にはもう誰も住んでいないかもしれません。だからキョーコさんは、あまり気乗りしないのではないでしょうか?」


 そこでレアンが話す時の悲しそうな表情が、村に何かが起こったことを暗に示していた。


「えっ、何?嘘……どうしたの?」


「……何があったの?ラパン村に」


 姉妹で真剣な顔をしてキョーコとレアンを見ると、母が悲しい表情でこう告げる。


「……三年前に伝染病で村人のほとんどが亡くなったと聞いたわ。原因不明で王宮も対処出来なかったって」


「え……?」


 衝撃の事実に頭の中が真っ白になる。


 冒険者のサツキにとっては、育った村は故郷のようなものだ。


「……闘技場でレティにそういう場所があったことは聞いたことがあるかも……。まさかそれがラパン村だったなんて……」


 急にいわれて心構えもできていなくて、それでも唇を震わせながらサツキはみんなを見ていった。


「……でも……でも!誰か生き残っているかもしれない。サツキ行きたい!みんなごめん!レアンも、祭壇まですぐなのにワガママいって」


「いえ、サツキさんの大切な場所なんです。行きましょう」


 サツキの切なる懇願に、レアンも力強く頷く。


「……私にとっても故郷のようなもの、です。みんな、お願いします」


 ハヅキがあらためて隣に立って、仲間たちに頭を下げる。


 もちろん、残りのみんなも断るはずがない。


「……無論だ。向かおう」


「気にすんな!行くぞ!」


「何、それほど遠回りではあるまいて♪」


 返事をするミヤコ、シュウメイ、ミンクゥを見てキョーコが大きく頷く。


「ええ、行きましょう」

 そうして一行はラパン村に向かうことになった。





 翌朝、雪も一時的にやんで天気のいい中すぐに馬車を走らせた。


 半日もしないうちに街道との分かれ道にたどり着くと、はっきりと記憶が蘇る。


 村が近い。


 雪が深く村へ続く道が馬車での通行が困難になっているのは、ここに来訪者がないからだろう。


「サツキ、先に行くね!」


 馬車から飛び降り歩くと後から他の人達が追ってくるのがわかったが、待てずに村の入口に向かう。


 やがてたどり着いた場所は、ツタだらけの門が出迎えてくれる。


「……誰か……おーい!誰かいませんかー!」


 ラパン村に入り、大声で呼びながらあたりを見回すが人の気配はまるでない。


 見渡す限り雑草が茂りいかにも廃村といった光景だが、奥まったところは道が手入れされていることに気づく。


「……どう?上空から見てみる?」


 遅れてたどり着いたハヅキが杖を見せてきたが、サツキは首を横に振った。


「ううん……誰かいるような感じがするんだ!行こう!」


 ハヅキの手を取って村の奥に行くと、小さかった頃よく姉を引っ張り回したなと思い出す。


 ふたりとも見た目は変わってしまったけど、こうやって一緒にいられることが当たり前ではないんだと変わり果てた道を進みながら考える。


 七年前では村長の家だった所を過ぎて奥に続く道を行くと視界が開けて、たくさんの石を積み上げたものが並んでいた。


 ひとつひとつ手作りだろうそれはよく見ると墓で、ひとりの老人が祈りを捧げているのを発見する。


「村長さん!」


 サツキが思わず叫ぶと、ゆっくりと年老いた男が振り向く。


「誰だ?……いや、待てその顔は……サツキか⁉その後ろは……ハヅキ⁉おお、大きくなって……!」


 七年ぶりだがふたりのことを思い出したようで、頼りない足取りで近寄ってくる。


 サツキは今にも倒れそうな村長に駆け寄って体を支えると、生きている人がいたことや久しぶりの再会に目をうるませる。


「お久しぶりです、村長さん。本当に生きててよかった……。そうだ、他の人は?」


 全滅したと思っていた村人が生きていたのだ。


 まだ他に生きている人がいる可能性はあると尋ねるが、村長は目を伏せ力なく首を横に振った。


「残念だがわしが最後の生き残りだ。色々あってな……」


 そのうち仲間たちが追いついてきて、ハヅキがこう提案する。


「……よければ、話を聞かせてもらえませんか?ここでは何でしょうから、どこか落ち着くところで」


 その言葉に村長は頷いて、家へと案内するのだった。





「三年前だったか……出稼ぎに行っていた若者が帰ってきて、どうやら悪い病にかかったらしくてな。それがはじまりだったんだ」


 村長は自宅の居間に座り、ひとつずつ思い出すように話しはじめた。


 その前に姉妹が前に座って、その後ろでキョーコやパーティーのみんなが話をきいている格好だ。


「青年は体の中が燃えるように熱いと、ひどい高熱にうなされていた。どうやら流行りやまいで、看病していた人を介して村中に病気が広がっていった。所用で村を離れていたわしは伝染らなかったのだが、わしが要塞都市テロンに助けを求めようとした時に、ヤツが現れたんだ」


「やつ?」


 サツキが聞くと、村長は身震いして続きを話す。


「ああ、ヤツは薬売りの女でな。突然村にやってきて、薬を差し出したのだ『お礼はいい。ただ、行く末を見届けたいのだよ』といってな。藁にもすがる思いで患者に飲ませると、みるみる熱が下がっていった。これは効く薬だとみんなに飲ませて、全員快方に向かうと思われたんだ。その中にはお前さんたちのよく知るシズカさんもいた」


「……シズカさん」


 ハヅキが反応してサツキも息を呑んだ。


 その反応を見て村長は言葉を探すように視線をさまよわせて、ややあって口を開く。


「……つらい話かもしれないが本当に聞くのかい?」


「もちろんだよ!それは……サツキたちがお世話になったからこそ、聞かないといけないんだ」


 即答したのも当然だ。


 シズカはこの村でキョーコがいない二年間、母親代わりの女性だったからだ。


 村長は「わかった」と続きを話しはじめる。


「……村人たちの熱が下がり安心したのもつかの間、翌日の夜から全員がひどい寒気を訴えはじめた。その震えは段々とひどくなり、最後に全身から白銀の毛が生えて狼の姿に変貌したのだ」


 さらに衝撃の事実にサツキを含め周りの人も絶句する。


 神や悪魔の契約や呪いといったもので獣の姿に変わってしまう話は聞いたことがあるが、薬を飲んで獣になるなんて話は聞いたことがない。


「わしは驚いて薬売りの女にどういうことかと責めた。しかし、彼女は薄笑いを浮かべてこういった『若い男に持たせた薬入りの酒では火の魔人にはなれなかったが、村人たちが飲んだ氷の狼にはなれたようだね。これは愉快』と」


 村長は拳を震わせながら歯を食いしばり続ける。


「わしは女に掴みかかろうとしたが、見えない力で弾き飛ばされた。そして女は満足そうな顔をして村を去っていった。そして白い狼になった村人からは冷気が発せられて、ラパン村を冷気で覆った。わしは氷の狼に食べられるかもしれないと思ったその時、シズカだった狼が吠えて村人たちだった狼をまとめて村を去っていった。これが伝染病の真実だ」


 その場の全員が一言も発せずにいると、村長は最後にこう付け加えた。


「それからだよ。冬が来るたびに彼女たちはやってくる。ここ数年、局所的に起こる寒波は彼女らの悲しむ声だと思っているんだ。以降はわしひとりで、毎日村人たちの魂が安らぐようにお参りしておる」


「村長……ありがとう、本当のことを教えてくれて」


 サツキが村長の肩に両手を添えて感謝を伝える。


 心中は怒りと悲しみいう感情が渦巻いていたが周りを見るとみな同じ思いのようで、サツキは負の感情をグッと飲み込んだ。


「その時に薬売りのくれた容器はまだ残っているの?村長さん」


「……ううむ、まだシズカの家にまだ残っているかもしれない。ついてくるといい」


 村長に案内されて一件の使われていない家に行くと、二年前だが生活感の残った状態の部屋に案内された。


「ここがシズカの家だが、そうだなこのあたりに……あった」


 村長がベッドの横の小瓶に手を伸ばして、ホコリを払ってサツキに手渡してくれる。


 中身は入ってないようだが、側面に特徴的な天使の羽とティーカップのデザインが記されていた。


「……これは、王都で見た天使のコインと同じデザイン、です。どういうこと?母さん」


 それを見たハヅキが指摘すると、途端にキョーコは視線を受け止めて村長に向き直る。


「私にはわからないわ。ただ、こういうことをする人間は許せないというだけね。……村長さん、ありがとうございました。この状況、冒険者ギルドの人間として見過ごすわけには行きません。可能な限り、対応してみます」


 そして頭を下げると一人先に出ていき、慌てて他の全員も頭を下げて追いかけた。

 

「村長さん、この村を守ってくれてありがとう。サツキたちにできることがあるかもしれないから、冒険者ギルドにも声をかけてみてね。これ良かったら使って!」


 サツキは懐にあった常熱とこねつの玉と食料を押し付け、頭を下げてシズカの家を去る。


 外に出てもう一度振り返って家を見つめて、村の入口に向かった他の仲間を追いかけた。


「待って!ちょっと、ママ!みんな!……ハァハァ」


 走って合流すると、キョーコは馬車に乗り込んでから口を開く。


「あの天使とティーカップのデザインは『天上のお茶会』という結社のものよ。神竜戦争のあとミンクゥと一緒に戦って、そしてミンクゥが眠ったあとに滅ぼしたはずの組織よ」


「ママ、それって一体……」


 サツキの当然の疑問をキョーコには応えず、ミンクゥが小さく声を漏らす。


「わしが知る結社『天上のお茶会』は、歴史の裏を暗躍する非人道的組織じゃ。それと戦っていたのじゃが、八英雄のキョーコとわしのペアでも苦労した相手じゃの。詳しくはここではいえぬしキョーコもいいたくなかろうて」


「……ミンクゥ、おしゃべりがすぎるわよ。いずれ関わることがあれば、ちゃんと説明するから、ね?サツキ、みんな」


 そう言われてはそれ以上追求できず、一行を乗せた馬車は次の祭壇への道へと進んだ。





(終)

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