第七話 シーン七【将軍マキシミリアン】
第七話 シーン七【将軍マキシミリアン】
城塞都市テロンの『将軍』マキシミリアンに町中で出会い、話がしたいと誘われたレアンたちは彼の住む屋敷に案内された。
レアンは将軍が自分の知り合いだとパーティーのみんなに伝えて、付き人に案内されて敷地に入る。
建物や庭は質実剛健といった造りで、華美な装飾などない大広間に案内されて席についた。
やがて身長二メートルもあるマキシミリアンが入ってきて、上座に着く。
「待たせたな。よくワシの誘いに応じてくれた。礼をいう」
そして響く声でいいパーティーのみんなの顔を確認すると、レアンを見て視線を止めた。
「生きていて良かった。レアンドル様」
「……お久しぶりです、マキシミリアン様。はい、どうにかここまで戻ってまいりました」
レアンは目を合わせて、眼光鋭い中に優しさもある老人の視線を受け止める。
「そうか。ではあらためて挨拶を。ワシの名前はマキシミリアン。この城塞都市テロンを任されているものだ。レアン様とは幼少期からの知り合いでな。レアンの父ともゆかりあってのことだ」
あらためてマキシミリアンから全員に向かって挨拶すると、みんなも頭を下げる。
「将軍が収めるテロンはボクのいるリーセ領の隣ですし、父ジョルジュの剣の師匠でもあります。かつては神竜戦争に参加して、八英雄にさまざまな武器の使い方を教えたとも聞いてます」
レアンは関係性を話すためにわかりやすいエピソードを出すと、姉妹やシュウメイから驚きの声が上がる。
「八英雄の師匠様⁉それってすごかー⁉……すごくありませんか?」
「……もしかして母さんの師匠でもあるの?」
「なんだと?らおしーのらおしーだから……大らおしーか⁉」
反響の大きさにキョーコが困り顔になり、ミンクゥがフォローしてくれる。
「キョーコ……当時のアカネはカタナ持ちだったから、さすがに将軍でも教えられることはなかった気がするがの。ところでマキシミリアン将軍、わしは見た目が変わらんからバレても仕方ないのじゃが、キョーコのことはよく気づいたの?」
「ハハ……!町中で気づいたのは、燃えるような闘気を隠しきれておらんからだ。油断でもしていたのか?アカネ……いや、キョーコよ」
ミンクゥの質問に、マキシミリアンは愉快そうに笑ってキョーコを見る。
「……常人では気付けないはずなんだけどね♪ところで将軍、私たちは国から指名手配されてると聞いたけど、ここでは歓迎されていると思っていいのかしら?」
キョーコはとぼけた表情をしたあと試すような視線を向けると、マキシミリアンは大きく頷く。
「無論だ。ワシはフェルナ王国とエリック王に仕えるが、宰相ヴィルフレードや、その裏で暗躍するものたちではない。それにかつて共に神竜戦争を戦った英雄に、無礼な真似はできない」
それを聞いて安心して、一同の力が抜ける。
するとそれまで聞いていたミヤコが口を開く。
「……東方まで名は伝え聞いている。お会いできて光栄だ『武人』マキシミリアン様。神竜戦争で劣勢の時に、素質を見抜いて若きエリック王とジョルジュ様を伝説の武器と仲間を探す旅に出させたとか」
「……そんなこともあったな。しかし、ワシはそんな大層なものではない。……ただ王を守れず、戦地近くの町を見捨てることしかできなかったただの老兵だよ。それにもうキョーコ殿には勝てん」
将軍は少しだけ目を細めてどこか遠くを見る目をして、そのあとキョーコに視線を向ける。
キョーコは少しだけ口元を緩めて、しっかりと視線を受け止めた。
「……またまた、ご冗談を。神竜戦争の時、純粋な強さでは八英雄の誰よりも強かったあなたが」
「しかし、今ならどうだ?幾分本調子ではないようだが、齢六十のわしに勝てぬとは思ってないだろう?」
「……昔の血気盛んな私なら、お手合わせを願っていたかもしれませんね♪」
「ハハ!戦士たる血は抑えきれんようだな!」
不敵な笑みで見つめ合うふたりに周囲は息を呑んだが、そこで使用人がノックして入り食事の準備ができたことを告げる。
「急ぎのところだろうが、食事だけでもしていってくれ。少しだけだが麦酒なども用意している」
マキシミリアンが告げると、パーティーの視線がレアンに向く。
キョーコも頷いてくれたので、つまりレアンが決めていいということだ。
「ありがとうございます、将軍。喜んでご厚意をお受けします」
せっかくのご招待を受けないのは申し訳ないのと、どちらにしろ今日はここで食事や宿を取る予定だったので問題はないはずだ。
レアンの返事に将軍は口元をわずかにほころばせると、使用人たちに命じて食事を用意させる。
みるみるうちに、テーブルに太めの腸詰め肉をメインとした料理が並んで、ハヅキがよだれを垂らすのをサツキが拭いた。
「大したものはないが存分に食べていってくれ」
そして出揃ったところでマキシミリアンが声をかけ、レアンたちが「いただきます」と声を揃えて食事がはじまる。
大人であるキョーコやミヤコやミンクゥの前には泡立つ麦のお酒が置かれ、姉妹も「お飲みになりますか?」聞かれたが断った。
「前にぶどう酒飲みすぎて寝たことがあって……遠慮します」
「……お酒より食べ物に集中したい、です」
中央大陸は普通は十五から大人なのでお酒は飲めるが、姉妹が飲んでいるところを見たことがない。
「おいしい♪やはりここのラガーは切れが最高ね♪」
「……これはエール酒と違う味だ。スッキリして飲みやすい」
そして大人代表のキョーコとミヤコは、麦酒を味わって飲んでいる。
「……なんという至福の組み合わせじゃ♪大人のわしにはたまらんのう……♪」
その横で見た目に似合わないミンクゥが、ソーセージを片手に酒を飲んでいた。
なぜか飲みっぷりが年季が入っていて、キョーコがからかうように笑う。
「あまり飲みすぎてうっかりドラゴンに変身しないようにね♪」
「わかっておるわ!それに今は力がないゆえに、変わりたくても変われんのじゃ。安心せい」
レアンはそんなふたりを息ピッタリだなと思いながら、ソーセージを口に頬張ると口の中に肉汁が溢れた。
「おいしいです、将軍。ソーセージといえばテロンのものが一番好きです」
「ハハ……そうだと嬉しい。たくさんあるから遠慮せずにな。それに酒も進めば今晩の移動も困難だろう。寝床の準備もできているので、遠慮なく声をかけてくれ」
将軍は端からそのつもりだったのだろう、お酒の席と一晩の宿を約束してくれてレアンやパーティーのみんなが頭を下げる。
「なぁ、将軍!……ヒック!もう少し強くなったら、ウチと手合わせしてくれ!」
そんな中、なぜか顔が赤いシュウメイがガタンと立ち上がり、とんでもないことを口にした。
一瞬静かになった食事の席に、サツキの声が響く。
「ちょっと!誰⁉シュウメイの前にお酒置いたの!」
「くふ♪わしじゃよ!単なる間違いじゃ……ゆるしてたもれ♪」
ミンクゥが名乗り出たが、楽しそうに笑っているところを見るとわざとのようだ。
「こら、静かにしなさい。サツキ、シュウメイ。ミンクゥはあとで話があるわ♪」
そこでキョーコが落ち着いた声で叱ると、ピタッと動きを止めた三人が一瞬で静かになる。
すると今度はマキシミリアンが下を向いて震えはじめ、驚いたレアンが様子をうかがいながら声をかける。
「え……あの、将軍?騒がしくて申し訳ありません。いつもの癖が出てしまって……」
しかし、そこでマキシミリアンは顔を上げると、響き渡る大声で笑いはじめた。
「ハハ!……ハハハハ!これは愉快!御一行はいつもにぎやかなのか?」
「は、はい……!いつもにぎやかで……ちょっとにぎやかすぎるくらいで」
大声で笑う『武人』を見るのははじめてで、レアンはオロオロしながら様子をうかがう。
するとマキシミリアンは口元を緩めてこういった。
「にぎやかなのは結構!ワシが笑いをこらえきれなかったのはな『あの』アカネという小さな少女が、保護者として立派になったのが愉快だったのだよ」
「……えっと、将軍?それは褒められているのでしょうか?詳しくお聞きしたいところですね♪」
すぐにキョーコが微笑をたたえて聞き返してきて、笑顔だったのが逆に怖いくらいだ。
「ハハ!まぁそう怒るな。神竜戦争の頃からはるかに強くなったという事実が、苦労を物語っている。それよりこの老いぼれに、レアン様の話を聞かせて欲しい。パーティーのみなとの出会いや、これまでの道のりなどな」
そして将軍は、レアンの方を深くまで見通す目で見つめてきた。
「はい……!全部は話せないかもしれませんが、お世話になったここまでの出来事を聞いてください」
レアンは周りの仲間を見て頷き、イマイ家の人たちに出会った頃から順を追って話しはじめた。
食事をしながらゆっくりと、レアンとパーティーの旅路を振り返る話をした。
エカチェリーナのことは触れるだけにとどめ星の力の件は話さなかったが、かなり波乱に満ちた冒険の旅だったと振り返ることで余計に思う。
すべてを話し終えたあと、マキシミリアンは少しだけ微笑んでこういった。
「……そうか。苦労されたのだな、レアン様も。仲間のみなもよくここまで一緒に旅をしてくれた。ワシからも礼をいう」
労われてみんなも会釈を返すと、そこで将軍は元の武人たる真剣な表情に戻す。
「これからリーセに戻る前に、ひとつだけ伝えておかなくてはならない」
「……といいますと?」
レアンが改まって息を呑んで聞くと、マキシミリアンはこう続けた。
「今、リーセの地が急速に軍を増強している最中だと聞く」
「……っ⁉それは一体⁉」
「……王都に戦を仕掛けるためだろう。それをするだけの大義名分はある。理由はわかるかな?レアン様」
「……ボク私の母、オリアーナ領主夫人の救出でしょうか?中心人物は、叔父のロズベール伯爵で?」
レアンは深刻な話になって戸惑ったが、レスティアーナ王女に注意喚起されたことはよく覚えている。
「よく知っているな。それともうひとつ、栄光都市エリオセに監禁されているジョルジュ様の救出だろう」
「父さまがエリオセに⁉もしかしてエルネスティーヌ姉さまのこともご存知ですか?」
レアンは立ち上がりそうになるほど驚き声を上げてしまうが、あくまで冷静に将軍はいった。
「……すまぬ。姉上のことは情報が入ってこないのだ。だが父のことは間違いないだろう」
「……そうですか。すみません、大きな声を上げてしまって。貴重な情報をありがとうございます」
レアンは少し気持ちを落ち着かせようと、自分の心臓に手を当てる。
それでもまた新たな情報が入った。
父は故郷リーセからは南にある領地にいるとわかっただけで、次の行動が決まる。
やがてマキシミリアンは、威圧するような気を放ちこういった。
「もしリーセが反乱を起こし、東側ルートでここテロンを通ろうというのなら、そのときは将軍マキシミリアンの名を持って死守しよう」
その後圧を緩め、こう付け加える。
「レアン様、両親や姉との再会を祈っておるぞ。きっと貴殿は闘技場での活躍を含め、いつの日か英雄と呼ばれる日が来るだろう」
「は、はい……!」
やがて将軍は立ち上がり、レアンの肩を叩いて部屋を去っていった。
その晩屋敷でお世話になり翌日の朝出発することとなったが、マキシミリアンの見送りはなかった。
土産として貴重な常熱の玉をみっつもらい、付き人にお礼をいってから城塞都市テロンをあとにした。
(続)