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第七話 シーン三【厳しい父と優しい母との夢】

第七話 シーン三【厳しい父と優しい母との夢】





 レアンは夢を見ていた。


 望んだものは故郷が平和で幸せだった頃の光景。





「レアン、誰かを守れるように強くなれ」


「……はい、父さま」


 レアンが十歳の時。


 今日も父ジョルジュによる指導の元、剣術の稽古が行われていた。


 だがレアンは人と争うことを好まないので、毎日の二時間が当時のレアンにはつらかったことを覚えている。


「もっとだ……レアン!遠慮せずかかってこい!」


「……はい、わかりました。ていっ!はあっ!」


 父に向かって木の剣で何度も打ち込む。


 ジョルジュは本来の利き手が自由に動かず、左手で軽くいなしているがそれも当然だ。


 父は氷を司る八英雄のひとりで、大陸一の剣聖と呼ばれるほどの実力者なのだ。


 だからこそ息子であるレアンは期待と責任を感じ、厳しく育てられた。


「まだ踏み込みが甘い。本気で打ち込んでくるんだレアン」


「はい!てああっ!あああっ!」


「よし、そうだ。少しはよくなってきたな。これで終わりにしようか」


「はい……はぁはぁ……ありがとうございました……!」


 傷つけなくないという思いをなるべく抑え込んで、ジョルジュへと何度も振りかぶりその日も稽古を終えた。


「あなた~!レアン~!飲み物とタオルを持ってきたわよ~!」


 やがて息を切らして汗をたくさんかいたレアンたちの所に、母オリアーナが駆け寄ってくる。


「レアン~!あなた~!あうっ!……っ……!……!」


 だが途中にあったテーブルの足に小指をぶつけて、その場にしゃがみこんで無言で痛みに耐えていた。


「ああっ!母さま!大丈夫ですか?」


 レアンが慌てて走り寄り心配そうに声をかけると、母は目の端に涙を浮かべながらレアンを見て頭を撫でる。


「だ、大丈夫よ……レアン。『痛いの飛んでっちゃえ~♪』」


 やがてオリアーナは足に手をかざして、個性的な祈りで神の奇跡を代行する。


 それで傷が癒えたのかすぐに立ち上がり、ジョルジュの元へ一緒に近づく。


「……オリアーナ。少しは落ち着きなさい。いつも怪我ばかりして、目が離せられない」


 表情の変化が少ない父にしては珍しくはっきりとした呆れ顔をしたのを見て、母は嬉しそうに微笑む。


「あら~♪それは嬉しいですわ~♪だって、目を離せないのならずっと私のこと見てくれるんでしょう?ね?あなた?」


「……別にそういう意味ではない」


「まぁ、あなたったら照れて~♪……えいっ♪」


「こら、やめないか。レアンが見ている」


 オリアーナはジョルジュに抱きついて、胸に顔をうずめ大きく息を吸った。


「……嫌です~……だって、夫婦なんですから隠す必要ないですから~♪」


 そんな仲のよいふたりを見てレアンは嬉しくなり、もらったタオルで汗をふいて水を口に含んだ。





 ある日レアンは、両親の部屋の前を通った時に会話が聞こえてきて足を止めた。


『……レアンは剣技の基礎はともかく心根が優しすぎる。だがそれでは愛するものを守れない。……私のように自分の無力さを味わってほしくない』


『そうね……でも私はレアンの優しさが強さだと思うの。きっとこれから平和な世の中を築いていく中、誰にでも別け隔てない心が世界を結ぶんじゃないかしら~』


 ふたりの会話を盗み聞きしてしまうようで申し訳なく思ったレアンは、そのまま足音をさせないように自室へと戻る。


「レアン様、今日はこれからお勉強ですか?」


 途中廊下で身の回りを世話してくれる使用人の男が声をかけてきたので、レアンは胸に抱えた数冊の本を見せた。


「いえ。これは創作小説と歴史書です。お借りして読んでいるのですよ」


「なるほど、レアン様は読書が好きですからね。あまり夜遅くまでは読まれませんよう。ランタンの明かりで読むと目が悪くなります」


「はい、わかりました」


 使用人たちの中には先祖代々仕えてくれている人たちがいて、誠意と優しさを持って接してくれる。


 元々レアンの住むここチェリーセの町は、昔はリーセ公国として栄えた中央大陸でも由緒ゆいしょある土地なのだ。


 しかも父ジョルジュと母オリアーナは共に、およそ二〇年前神竜である地竜ヌヴァタグを封じた八英雄だ。


 なのでレアンたちモンフォール家の人たちは、フェルナ王国に統合されたあとも領民からリーセの民から誇りに思われていた。


 コンコン


 そしてレアンが部屋で静かに読書をしているとノックがあり、返事をすると乳母のシルヴェーヌが入ってくる。


「レアン様、失礼します。少しお話をしたのですがよろしいでしょうか?」


「どうしました、シルヴェーヌ?はい、もちろん構いませんよ」


 レアンは何事かと思い椅子の上で姿勢を正すと、乳母は目の前に立ち少しだけ硬い表情を崩した。


「レアン様も、もう十歳になられましたね。私たちは、レアン様が赤子の頃からジョルジュ様に厳しくしつけるよう、仰せつかっておりました。しかし心配するまでもなく、レアン様はいいつけは守り、我々のような使用人まで気を使ってくださる立派な方に育たれました」


「いえ、そんなことはないです……。いつも身の回りの世話をしてもらって、感謝してばかりです」


「そういう奥ゆかしいところもレアン様の美徳でございます。こちらはお役目ですので、当然のことをしているだけです」


「そうですか……。それでも、いつもありがとう。シルヴェーヌ」


 あらたまって褒められるとむず痒くなり、照れて視線をわずかに外すとシルヴェーヌは口元を綻ばせる。


 レアンの父は領主として、母は北の大聖堂の聖女としてさまざまな行事に参加して家を留守にすることも多く、使用人たちにはきちんとした心構えやマナーなどを教わった。


 ただ厳しくする理由のひとつは、母や姉が必要以上に甘やかしてしまうからだろうとはレアンにもわかっている。


 そこで乳母はわずかに眉根を寄せる。


「……私としては、むしろエルネスティーヌ様の方に落ち着いてもらいたいくらいで。……いえ、聞かなかったことにしてください」


「あはは……。姉さまはその……ものすごく元気ですからね」


 レアンも少しだけ苦笑して、乳母たちの苦労を思った。



 

 

 姉のエルネスティーヌは母に似てふわふわした、母性あふれる体つきをした八個上の姉だ。


 だがその実、かなりのお転婆なのだ。


 前にレアンと両親の三人で話していると、ちょうどその話題になったことがある。


「まったく誰に似ているのか……。今日も騎士団の新人を打ち負かしたと報告が上がっている。正直、私としてはうまく声がけしてやることもできず、頭を抱えざるを得ないぞ」


「あら~♪エルは強くて格好いいのですね~♪性格は……あなたに似たのでしょうか~?」


 父ジョルジュがため息をつくと、母オリアーナが嬉しそうに小さく拍手をして隣のレアンを抱きしめる。


 レアンは父の前では甘えないようにしているので、表情は緩めていない。


 ジョルジュはオリアーナの反応を見て、渋い顔をした。


「……私の記憶が正しければ、八歳くらいの誕生日に誰かさんに毛虫の詰め合わせをプレゼントされたな」


「ん~?……ああ~!あれは、あなたが無表情すぎるから、笑っているところが見たくて誕生日プレゼントしたのですよ~♪」


「……あれは驚いたぞ」


「でもあの時はじめて笑ってくれました♪」


 父は母の反応を見て、なんともいえない表情をしたあとふと真顔に戻る。


 レアンが知る限り、ジョルジュがこんな顔をするのはオリアーナの前だけなので笑いそうになったが、怒られそうなのでこらえた。


「……。……エルネスティーヌは、レスティアーナ王女殿下と遊ぶようになってからだな。いたずらをするようになったのは」


「そうですね〜♪でもそろそろお年頃。きっと、落ち着きますよ~♪」


 神経質な父とのんびり屋の母は性格が合わないようで、上手くバランスが取れていると周りからも思われている。


「あとはだな……いまだにレアンと結婚するといい張り、見合いを断るのが困るのだが」


「ん~?私も二十歳までは結婚してませんし、モンフォール家は近親者の結婚はむしろ喜ばれると聞いてますよ?血の濃さを大事にしてますし、あなたとも従兄弟ですし」


 自分の名前を出されて少し驚いたが、代々の血筋は従兄弟や親族に近しい人が好まれることを知っている。


 姉もそのせいかレアンへ必要以上にスキンシップをしてきたり、いまだにお風呂に一緒に入ろうと誘われる。


「それはそうだが……。外交的な結婚はいち領主になったことで必要性は減ったが、エルには本当に好きな相手と結ばれてほしいと思っているよ」


「ジョルジュ……。少しだけ回り道をしたかもしれませんが、私はあなたと結ばれて……エルとレアンという可愛い子どもに囲まれて幸せですよ~♪」


「オリアーナ……」


 やがて父は立ち上がると、母の隣りに座って静かに唇を合わせる。


 レアンはそんな仲睦まじいふたりを見るのが好きだった。





(続)

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