第七話 シーン二【キョーコの傷と旅の途中】
第七話 シーン二【キョーコの傷と旅の途中】
イマイ家の誕生日パーティーは終わり、日も暮れて解散となった。
王女一行と別れを済ませて各自寝る準備をしていると、キョーコが宿屋の空き部屋に入っていくのを偶然見かけてしまう。
レアンは不思議に思って扉の前で声をかけようか迷っていると、扉が開いてキョーコが顔を出した。
「そこに立ってないで、入って」
「……あ、はい」
そのままランタンの明かりが灯る部屋に招かれると、キョーコはおもむろに上着を脱ぎ始め視線をそらす。
「私のことは見てもいいけど、娘たちには見られたくないからね」
キョーコは脇腹の包帯を新しいものに替えていると気づいて、レアンはすぐに神の奇跡を祈る。
「手伝いますね『我が偉大なる神イウリファス様、どうか癒やしの力をお与えください。ライト・ヒール!』」
すぐにキョーコに刻まれた傷が癒やしの力で収まっていく。
「……ありがとう♪レアンくんの癒やしの力、ますます強くなってるわね」
「そうでしょうか?あ、ボクが包帯を巻きます」
「うん、ありがとう」
キョーコから包帯セットを受け取り、ガーゼを当てて包帯を巻いていく。
この傷はキョーコが八英雄時代に古代アイテムロスト・イデアルの代償で受けたもので、呪いとして娘のハヅキに移ったあとまたキョーコに戻ってきた。
だからこの傷も数時間もすれば開いてしまうだろう。
キョーコはやるせない表情で自分の傷あたりを見てつぶやく。
「ん~……この傷だけは竜気功で治せないのよね」
「そういえば、竜の血が流れているから、ある程度の傷はご自分で治せるんでしたね」
「そうなのよ。どうして治らないと思う?レアンくん」
「……いえ、わからないです」
レアンは質問されて少し考えたが答えが出ずに聞き返すと、キョーコは短くため息をついた。
「それはね、限界突破の代償からくる呪いだから……だと思う」
「限界突破だからですか?」
「ええ。限界突破は傷つけた相手の回復を妨げる呪いをかけるような効果があった。そのおかげで圧倒的な回復量を持つ神竜を弱らせて封印できた。一五〇〇年前、昔の古代人が神竜を倒せたのも、防御の力を捨ててまで限界突破を行ったおかげだと記録に残っているわ」
人間が神竜を倒すにはロスト・イデアルの力に加え、限界突破しないと無理だった歴史。
そこでレアンは新たな事実の中に、かつての少女とのやりとりを思い出す。
「……もしかして、ロスト・イデアルを持つリーナに触れられたのは、限界突破していたからだったのかな」
今頃になってその事実に気づくと、キョーコは頷く。
「……彼女のことは娘たちに聞いたわ。解除するにしても接触しないとね。だから以前ヴェイゼルとの戦いの時は、竜気功を使っていたのよ」
「なるほど……それで」
レアンは触れられた理由を今になって知り、限界突破がどれだけ危険かも理解した。
「ありがとう、レアンくん。出ましょ?」
処置を終え部屋を出ようとするキョーコに手を引かれて、自分の部屋に連れてこられる。
「おやすみなさい、キョーコさん」
レアンは看病されていたのもあって、一人部屋なのでここでお別れのはずだ。
しかしキョーコはいたずらっぽく笑うと、手を引いてレアンの部屋に滑り込んだ。
「今日は一緒に寝ましょ♪レアンくんは私と寝るのはいや?」
後ろ手で鍵に手を置いて、レアンを試すように前かがみになる。
「そんなことはないです……好きです」
「あら、素直ね♪じゃあ、いこっか♪」
キョーコは優しく微笑んで鍵を閉めると、レアンと一緒にベッドに潜り込んだ。
レアンは以前みたいに遠慮せずに、キョーコの豊かな体に抱きつく。
しばらくの間キョーコの胸に顔をうずめ頭を撫でられていると、レアンは思わずこうつぶやいてしまう。
「ん……母さま……」
「ん……♪私の可愛いレアン♪」
「あう!ごめんなさい……そんなつもりは」
本当の母オリアーナがいるような錯覚に出てしまった声を引っ込められず、申し訳無さそうにキョーコを見た。
しかし彼女は怒った様子はなく、逆に申し訳無さそうな顔をする。
「すぐ近くにいるのに、助けてあげられなくてごめんね」
「いえ、わかってますから」
この宿からも見える王宮に囚われているだろう母を助けに行くということは、フェルナ王国を敵に回すということだ
「故郷に帰るまでは代わりになってあげる♪」
「はい……」
キョーコが布団の中で優しく包んでくれる。
ふたりは朝まで毛布をたくさん重ねて、互いの体温で暖を取った。
翌日、レアンは王宮を一度だけ振り返り、仲間たちと一緒に王都フェイルナールの北西の門を抜けた。
レアンの故郷チェリーセの町は、西北西に位置する。
そこまでのルートはふたつあるが、今回はレアンの傷を癒やすために北を目指して城塞都市テロンを通り、そこから西へ向かい竜脈の祭壇に向かうことになっている。
馬車の旅は順調で、このままのペースで行けば王都から一三日目にはテロンに着くだろう。
「このお馬さんもヤーコフさんの所から頑張ってくれてるねー!」
「……もう二〇〇〇キロ以上走っているのに元気、です」
姉妹のいう通り中央大陸東にある地方都市イグスから、ずっと同じ馬二頭立てで馬車を引いてもらっている。
本当なら二〇〇〇キロも走れば新しい馬を用意するのが常識だが、牧場主であるシャニィの両親に聞いてみたところまだ走れる良い馬だと教えてもらったので、続けてもらうことになった。
「……理由のひとつは、レアン殿が毎日馬に癒やしの力を使っていたのはあるだろうな」
「そうだな!神の力とやらを馬に使う奴なんて、お前くらいだろう!」
御者台のミヤコとシュウメイに指摘されて、レアンは照れてしまう。
「そんなことはないですよ。お馬さんも旅では一番頑張ってくれてますから。それに、母も以前同じことをしていたのですよ」
昔から家族で馬車旅をする時、母オリアーナは馬にためらいなく神の奇跡を使い話しかけていたのだ。
だから馬にも癒やしを使うことはごく自然なことだと思っていた。
「聖女の癒やしは天にも登る気持ちよさじゃからの♪わしもレアンに癒やされたいものじゃ♪」
ミンクゥがペットのように体を擦り付けてきて困っていると、キョーコが引き剥がす。
「ミンクゥ。そんなに癒やされたいなら、私がたっぷりしてあげるわよ?うふふ♪」
「遠慮しておくのじゃ。……キョーコは嫌な予感しかせんわい」
「あはは……」
キョーコに抱きかかえられて渋い顔をするミンクゥを見て、レアンは笑う。
そして馬車旅の夕食前には、以前と同じく戦いの訓練をしていた。
レアンは無理しないでといわれていたが、体を動かすほうが余計なことを考えないでいいので参加することになる。
「……カタナの握り方だが、サムライとニンジャに持ち方の違いはない。だが、鞘から抜く時、早く抜刀するために一時的に逆手を使うこともある。あと、狭い部屋でかなりの接近戦になった時くらいか」
カタナの使い方をミヤコからサツキが学んでいて、レアンも近くで素振りをしながら話を聞いていた。
「そうね。ニンジャは逆手持ちのイメージがあるけど、それは間違いね。まずリーチが短くなるからやらないわ。あと、私の持つカタナはサムライさんと同じくらいの長さなの。十二歳の時は身長足りなくて、背中に背負っていたわ」
キョーコが伝説の武器『茜蘭烈火』を抜いて見せて、長さを例えてくれる。
サムライのカタナは七〇センチ程度の曲刀が多いが、ニンジャが好んで使うのは四〇センチの直刀だという豆知識も教えてもらう。
「へぇー!でもどうして長いの使っていたの?使いにくかったんじゃない?」
サツキから当然の疑問が出たが、キョーコはなぜかレアンを見ていった。
「レアンくんはどうしてこの長さにしてもらったかわかる?」
「ええええっ⁉ボクですか?……えっと、相手が大きいからでしょうか?」
突然の無茶振りに、レアンは必死に頭を巡らせて答えを探す。
「正解♪」
するとキョーコは笑みを浮かべて、続きを話す。
「私は相手が大きいドラゴンだという前提があったから、ぎりぎり扱える長さの武器を選んだだけよ。戦争では剣より槍の方が強いのと一緒ね。じゃあ、ミヤコさんあとはお願いします。サツキはちゃんとした流派の方に習うほうが近道よ♪」
「……承知した」
「はーい!よろしくお願いします!」
そして新たな武器カタナに挑戦するサツキと、キョーコに戦い方を教えてもらうレアンとシュウメイが日が暮れるまで汗を流した。
レアンは昼間はみんなが目の前にいるおかげで落ち着いていたが、時折夜になると奴隷時代の悪夢にうなされることもあり母娘に側にいてもらった。
そんなある日、ミンクゥの提案で古代アイテムの『記憶のカケラ』を試してみようということになる。
「このアイテムは、寝る時に思い描いた夢を見せることができる、というのは以前話したの。内容を決めるのは他の人でもかまわんのじゃ。レアンが楽しい夢を見れるといいのう」
説明を受けて真っ先にハヅキが夢の内容を決めたいといい出した。
「……私が楽しいことを決めるから任せて、です。フフ……」
「は、はい。お願いします」
レアンは不安もあったが、ハヅキにお願いすることになる。
夜にハヅキと隣り合わせになって、やがてゆっくりと眠りにつく。
次に夢の中で覚醒した時ハヅキが隣りにいて、色とりどりの料理が目の前にある光景だった。
「……レアン。この大会でかならず勝つ、です」
「……え?ここはどこですか?それに大会って?」
隣りに座っていたハヅキは、真剣な顔で説明する。
「……ここは大食い大会の決勝戦、です。これに勝ったら、食事券一年分をもらえるから頑張らないと。本気で勝ちに行くから」
「え?大食い?決勝?ボクはなんでペアなんですか?」
混乱するレアンに無情なアナウンスの声とともに、大会の決勝の火蓋は切って落とされた。
『天下一大食いチャンピオン決勝スタートです!』
『わああああああああっ‼』
観客の声が響くのも気に留めず、ハヅキが目の前の食べ物に食らいつく。
黙々と食べ続ける彼女に圧倒されていたが、レアンも目の前の料理に手を伸ばす。
やがて延々と追加される料理に腹がはちきれそうになり、レアンは限界を感じて食べるのをやめる。
「ごめんなさい、もう無理です。ハヅキさん……」
「……もう少しイケるはず、です。ほら、口を開けて」
だがしかし、ハヅキは無理やり口の中に料理を押し込んできた。
「……もがっ!はじゃきしゃん……もう本当にこれいじょ……うっ!」
食べ過ぎで意識が遠のいていき、次にハッと目が覚めたときにはサツキが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「レアン⁉大丈夫と?さっきからずっと『もう食べられません』ってうなされていたばい……」
「はあっ……はあっ……!サツキさん……夢でしたか。大丈夫です」
ハヅキにとっては夢のようなシチュエーションのようだが、もともと少食のレアンにはかなりの悪夢で汗をびっしょりとかいていた。
「……むにゃ……食べ放題……うへへ」
対して隣のハヅキは、幸せそうによだれを垂らして夢の中を楽しんでいるようだ。
「どうも失敗のようだね。ねぇ、レアン。故郷のことを思い出してみたらどうかな?レアンがもう少し小さかった頃とか」
サツキはレアンの服を脱がせると、タオルで拭きながらそんなことを提案してきた。
「そうですね……少し考えてみます。ありがとう、サツキさん」
レアンはお礼をいって、故郷の記憶をたどる。
厳格な父と優しすぎる母。
甘やかしたりいたずらをしていた姉や、身の回りを世話してくれた人たち。
レアンは『記憶のカケラ』に手を触れて、再び眠りの縁へと意識を伸ばした。
(続)