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第七話 シーン一【母娘のささやかな誕生日パーティー】

第七話 シーン一【母娘のささやかな誕生日パーティー】





 レアンが昔の記憶を思い出し、心を閉ざしたのを呼び覚ましたのは双子姉妹だった。


 一緒のベッドで生まれたままの姿で寄り添うことで、人のぬくもりをこんなにも暖かく感じるなんて思いもしなかったのだ。


 レアンはうなされていた三日間食べられず弱っていたので、そこから体調を整えるためにさらに二日ほど宿屋で療養した。


 やがて旅を再開できる状態まで回復したレアンを含めて、パーティーのみんなで出発日を決めようと集まる。


「それじゃあ、レアンくん。あしたからでも旅を再開しようと思うんだけど、大丈夫かしら?」


 リーダーのキョーコがわずかの不安を残した表情で確認する。


 それにレアンは応えて、精一杯の笑顔を浮かべる。


「はい、体調も問題ないです。ボクは馬車の運転が出来ないのでお世話になるだけですし、どうぞよろしく……あっ」


 ペコリと頭を下げようとしたところで、ふと忘れていたことを思い出す。


「どうしたの?レアンくん」


「あの、ひとつだけワガママを聞いてもらっていいでしょうか?できれば出発はあさってにしてほしいのです」


 不思議そうに見守るみんなに、レアンはその理由を話した。


「明日はキョーコさん、サツキさん、ハヅキさんの誕生日ですよね?それが終わってからでも構いませんか?」





 翌日、二月一五日は朝から宿屋にお願いしてキッチンを借りていた。


 レアンがキョーコやサツキに教わりながらクッキーを作って、ミヤコとシュウメイとミンクゥが買い出しをする。


 ハヅキはつまみ食いをする係だ。


 無事に完成したクッキーを窯から出すと、不揃いながらも一生懸命作ったクッキーが出てきた。


「わぁ……出来ました!美味しくなってるといいのですが」


「大丈夫だよ!レアンの愛情がこもっているから、きっと美味しいよ!」


 心配そうに出来栄えを見るレアンに、サツキが頭をなでてくれる。


「……はふはふ……もぐ……大丈夫、です。……むぐ……美味しいから」


 すぐにハヅキが手を出して熱々のまま口にして、感想を述べる。


 ふたつ目に手を出そうとしたところで、キョーコが後ろから止めた。


「こーら、ダメでしょ?ハヅキ。あんまり食べたらお客様に出すのが足りなくなってしまうわ」


「え?お客様ですか?」


 キョーコの言葉にレアンが不思議がると、彼女は「うふふ♪もうじきわかるわよ♪」とウインクをする。


「……ただいま帰った」


「待たせたな!色々買ってきたぞ!」


「さすが王都。なんでもあるんじゃな♪」


 やがてミヤコ、シュウメイ、ミンクゥたちが手に荷物をたくさん抱えて帰ってきて、借りている部屋へ運び込み、レアンたちも後を追った。


 それから宿にも頼んでおいた料理を運んでもらい、ミヤコたちも買ってきた珍しい果物や飲み物などを並べてテーブルに所狭しと並べていく。


「こんなものかな?じゃあ、ゲストも呼んでくるね!」


 サツキが急いで階段を降りていくと、少しして女性三人を連れて帰ってきた。


「お邪魔します。……ああ、レアン!」


 すぐに最初のひとりがフードを脱いでレアンに駆け寄ってきて、膝をついて抱きしめてくる。


 それは中央大陸を統べるフェルナ王国の王女、レスティアーナだった。


 他に天馬騎士のフェリエとシャニィもいる。


「……っ!レティ……!」


「……本当によかった。ちゃんと意識が戻って……本当に」


 レスティアーナことレティは、レアンを抱きしめる手がわずかに震えていることに気づく。


 部下や一般人には弱音を吐かない強い人が、自分のために本気で心配してくれることに胸がジーンとする。


「レティ……心配かけてごめんなさい。もうよくなりましたから」


「……レアンは悪くない!わたくしは、あなたが笑ってくれるようになったらそれでいいの」


 レアンが謝ると、レティが体を離し顔を見て首を横に何度も振る。


 そして再び抱き寄せておでこに優しくキスをされると、我慢していたものが抑えきれなくなってレティに抱きついて泣いた。


 少しの間その場の全員が優しく見守り、ようやく泣き止んだレアンが赤い目でみんなを見渡す。


「……お待たせしました。泣いちゃってごめんなさい……えへへ。今日はキョーコさん、サツキさん、ハヅキさんの誕生日なんです。みんなでお祝いしましょう!お誕生日、おめでとうございます!」


『誕生日おめでとう!』


 レアンの声を皮切りに全員のお祝いと共に誕生日パーティーは始まった。


 たくさんの料理やお菓子、飲み物や果物があり、それぞれが手に取る。


「……ふご……これも、これもおいしい、です。しあわせ……」


 さっそく食いしん坊のハヅキが、両手に肉とレアンの作ったクッキーを持ち頬張っている。


 レアンは喜んでもらえて嬉しくて、行儀よく果物やお菓子を食べているとサツキが隣に座ってきた。


「レアンが提案してくれてありがとうね!今日は特別な日になったよ!」


「い、いえっ!そんな、こちらこそお世話になってますから!」


 幸せそうに笑うサツキがまぶしくて、レアンは正面から見ることができず視線をそらす。


 そんなレアンを不思議に思ったのか、サツキはこちらをじーっと見つめたあと耳元でささやく。


「レアン……好きっちゃん」


「……ふえっ⁉」


 レアンがびっくりしてサツキを見ると、レティと同じくおでこにキスをして去っていった。


 そのあとサツキはレティと隣になって、仲良く話をはじめる。


「……あら、サツキは距離が縮まったみたいね」


「えへへ。おかげさまで!」


 自分たちのことを話題にされているようで、恥ずかしくなってうつむいていると頭の上にふたつ柔らかいものが乗せられる。


 何が起きたのかと目線だけ上を向くと、ハヅキが料理を持ったままレアンの頭の上に胸を置いていた。


「……今日はありがとう、です。食べ物は大好きだけど、レアンも同じくらい好きだから」


「……ふええっ⁉」


 レアンが変な声を上げたのを確認して、ハヅキは口の端をほんの少しだけ上げて去っていく。


 目であとを追うと、こちらを見向きもせず新しい料理に手を出していた。


「なんだったのかな……?」


 レアンが不思議がっていると、フェリエとシャニィもやってくる。


「レアン様、よくなったようで何よりです。本当によかった……」


「そぉですよぉ!みんなすっごく心配してたんですからぁ!あんなに動揺したレティ様見たの、はじめてですよぉ」


 フェリエは目の端にほんの少し涙をためていて、シャニィはレアンに抱きついてきて困ってしまう。


「……ご心配おかけしました。もう大丈夫ですから」


 レアンが笑顔で応えると、背後からレティがやってくる。


「シャニィ!そのことは内緒でしょう?レアン、気にしないでね。……シャニィはあとでお説教ですから」


「ぶええっ⁉しょんなぁ!」


 抗議の声を上げるシャニィを置いて、レティはレアンを見て優しい笑みを浮かべる。


「レアン、いよいよチェリーセに帰れるのね。あと四〇日くらいよ」


「うん!レティたちとの出会いもあったからだよ。本当に感謝してます」


「あ、そういえばクッキーはレアンが作ったんだって?すごいじゃない!美味しかったよ」


「あ、うん。……半分は手伝ってもらったけどね。王都を出る前に会えてよかった」


 レティとのやり取りは心穏やかで、どこか安心感があった。


 昔から知っているおかげでもあるが、レアンにとっては姉のような存在でもあったからだ。


「必ずエル姉さまも見つけますから。だからレティの成功を祈るよ」


「ええ、お互いにいい結果を掴みましょう」


 そしてレティたちが離れていくと、今度はキョーコがやってくる。


「レアンくん人気者ね♪お姉さんは嬉しいわよ♪」


「あ、キョーコさん」


 キョーコはそれ以上何もいわずレアンの頭をなでて、ずっと続けられると段々安心して眠たくなっていく。


「あ、あの……キョーコさん?」 


「ん~?何?」


「いえ……何でもないです」


「そう?うふふ♪やっぱりマルのいう通り撫でたい頭ランキング上位よね♪」


 キョーコの幸せそうな顔を見てそれ以上何もいえず、レアンはされるがままになっていると、別の所から声がした。


「もう、お姉ちゃん!皮もむかないで食べたらダメでしょう?」


「……穴開けて吸うの、ダメ?」


「何やっているんだハヅキ!これは中の種を取り出して食べるんだぞ!」


 そんな中、姉妹とシュウメイが果物の食べ方について騒ぎ出すと、ミヤコが立ち上がり果物を手にとってナイフを手に取る。

 

「……少しだけ余興を見せよう」


 そして果物を上に投げて、ナイフを閃かせる。


「……斬ッ!」


 視認できない残像を残して果物を斬ると、すっとミヤコが持った皿に果肉が割れて乗り、くり抜かれた種が横に添えられていた。


『おおー‼』


 見事な刃物さばきに一同から感嘆の声が上がり、ハヅキはさっそく皿を受け取って果肉を堪能する。


「……うまー、です。ミヤコさん、流石」


「……気に入ってもらえたら幸い」


 それを見ていたシュウメイがガバっと立ち上がると、両腕に収まるくらいの大きな硬い木の実を抱きかかえた。


「ウチだって!……はあああああっ!」


 シュウメイは体に気を溜めていくと、両手に力が集まってくる。


 やがてそれが膨らみきって木の実に気が流れた時、キョーコが近づいてきて木の実をテーブルクロスでくるんだ。


「……おっと、危ないわね♪」


 パァン‼


 次の瞬間破裂音とともに、木の実は砕け散って中身まで飛び散った。


「ひゃん!」


 シュウメイは間近にいたため、キョーコのテーブルクロスだけでは抑えきれずに上半身果汁まみれになり目をパチパチとさせる。


 しばしの静寂のあと、一同からどっと笑いが起きる。


「だ、大丈夫ですか⁉」


 レアンは心配してタオルを手に駆け寄ったが、シュウメイはプルプルと羞恥に震えて立ち尽くしていた。


「お……お前ッ……!」


「はい?大丈夫ですよ!キレイに拭きますから」


 レアンがタオルで拭いていると、シュウメイは何を思ったのかレアンにガバッと抱きついてきた。


「お前も、こうしてやるッ!」


「うわあああああっ⁉な、なんでですかぁっ⁉」


 シュウメイにヤケクソに体を擦り付けられて、ふたりとも汁まみれになる。


「ちょっと⁉なんばしとっと⁉シュウメイ、離れんね!きゃーっ⁉」


 しまいには止めに入ったサツキまで抱きつかれて被害者が増えたが、キョーコが後ろから羽交い締めにして騒ぎは収まった。


 しばらくの間誕生日パーティーは中断して、着ている服を洗濯して新しいものに着替えてからようやく再開する。


「にぎやか過ぎたの♪ここはひとつ、大人しげな一芸を披露するかの……♪」


 ミンクゥはそこで目をつぶると、大人びた声で歌い始めた。





 あなたは空へ行くの わたしは見上げるしかできないのに


 あなたは外へ行くの わたしは憧れるしかできないのに


 あなたは告げる 共に行こう友よ この背に乗ってどこまでも


 滅びの地を超え 世界の果てまで


 新たなる大地へ かの地に降り立つまで


 何も怖くないよと あなたは笑う


 そうねとはしゃいで わたしも笑う





 ミンクゥの歌声に誰もが聞き入っていた。


 聞いたことのない歌だが、どこか暖かくも悲しく郷愁を誘う歌だなと思う。


「……素敵な歌!パ……巫女さまの声に癒されるね。何という歌なの?」


 サツキが尋ねると、ミンクゥは答えてから頭をかいた。


「そうじゃの……『竜の双星』というべきかの♪すまん、ちょっとしんみりしすぎたかもしれんの」


「いえ、きれいな歌声でした。また歌を聴きたいです」


 レアンは素直な感想を口にすると、ミンクゥは照れくさそうに笑ってレアンに体を擦り寄せる。


「ふたりとも十七歳か……サツキも家事を完全に任せられるようになったし、ハヅキも大人っぽくなってこれからが楽しみね♪」


 そんな中キョーコが感慨深く娘たちを見る姿は、母親の目をしていた。





(続)


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