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第六話 シーン十三【双子の天使】

第六話 シーン十三【双子の天使】





(ハヅキ・サイド)





 レアンと奴隷時代の主人であるアウレー商会のリグルス。


 誰も知らない間にあったふたりの再会は、古傷をえぐりレアンの心を壊してしまった。


 その後マルウィアルの家で一時的にお世話になったが、これ以上迷惑を掛けられないので感謝を告げて引き取り、静かな宿を取った。


「ひとまずレアンくんが少し落ち着くまで、様子を見ましょう。それでいいわよね?」


 キョーコの提案にパーティーのみんなは了承して、王都にしばらく滞在することになる。


 買い物や所要をしっかりと済ませて、いつでも出発できるように準備は行った。


 それからレアンの容態を見守りながら三日過ぎたが、毎日うなされていて食べ物もろくに食べられない上に吐いてしまい胃液だけしか出なくなる。


「レアン……レアン……」


 サツキは今もレアンの側で看病しているが、泣き疲れて彼女自身が食事もあまり喉を通らない様子を見るのはかなりこたえた。


 もちろん母娘三人で交代して面倒を見ているが、レアンに加えサツキも少しずつ衰弱していくのがわかる。


 それにムードメーカーのサツキが沈んでいてばかりだと、パーティー全体も暗くなってしまう。


 そんな中、三日目の夕食の席でキョーコが急にこう切り出した。


「明日起きてよくならなくても、レアンくんを祭壇に連れていこうと思うの」


「そんな……レアンは弱ってまともに歩けないのに」


 当然ながらサツキは反論するが、キョーコは冷静にいう。


「でもこのままじゃレアンくんは弱りきってしまうわ。だからまず恐怖の対象から遠ざけて、祭壇で体の傷を治すの」


 キョーコの考えはわかるし、もうひとつ理由があることに気づきハヅキも口添えする。


「……レアンの故郷が近づく、です。戻ればきっといいことも起きる」


 実際にはそこに彼の家族がいない可能性はあるが、それでも生まれ故郷は特別なはずだ。


「でも帰っても本当によくなるか……。そうだ!オリアーナさんを王宮から連れ戻そう!ママならきっとレアンの母さんを連れ戻せるよね⁉」


 サツキは突然何を思ったのかとんでもないことを口走るが、キョーコは悲しそうな顔をして静かに返す。


「……サツキちゃん、落ち着いて考えてみて?仮に私が助け出せたとしても、私たちは国から確実に指名手配される。王宮に忍び込み、誘拐した極悪人としてね。それは今の王宮を支配する人たちにとって都合のいいことだと思わない?」


 そのキョーコの言葉に、サツキはうなだれる。


「……そうだよね、ごめんなさい。もう今日はお腹いっぱいだから、レアンの所にいってくるね。ごちそうさまでした」


 そして食事の半分も口にしないまま部屋を出て、隣のレアンの寝室に向かったようだ。


「……ごちそうさま、です」


 ハヅキは自分の分はしっかり食べ終え、サツキの後を追う。


 レアンの部屋に入るとサツキはベッドの隣に腰掛けて、彼の手に自分の手を重ねて泣いていた。


 ハヅキはその光景に胸の痛みを抱えながら、無表情を装いサツキの隣に椅子を持ってきてそっと寄り添う。


「……サツキ最近まともに寝てない、です。明日から長旅だから今日はゆっくり休んで。今夜は代わりに見てるから」


「お姉ちゃん……うん、ありがとう。もうちょっと……あともうちょっとだけ居させて」


 サツキがレアンの顔を見て涙をにじませる姿に胸が苦しくなり、ハヅキが後ろから無言で抱きしめる。


 そして彼女の頭を撫でてやると、サツキの方から体を預けてきた。


「……レアンのために出来ること、悲しむだけじゃないはず、です。サツキはもう充分頑張ってるから」


「……うん。うん、ありがとう。……こうやってお姉ちゃんに頭撫でてもらうのが好き。小さい頃はよくしてもらったのを覚えてるよ」


 ハヅキの声にサツキは何度も頷いて、一旦目を閉じて寄り添う。


 少し経ってからサツキは目を開くと、涙を拭って立ち上がった。


「じゃあ早めに寝るね。おやすみなさい、お姉ちゃん。レアンのことよろしくね」


「……任せて」


 サツキはそういい残して部屋を出ていく。


「……今日やるしかない、です」


 ハヅキはここ数日考えていたことを実行するために、部屋を出る。


 そして食事中のパーティーのみんなに、今晩ずっとひとりでレアンの面倒をみると宣言した。





 ハヅキは以前キョーコから聞いた話をきっかけに、今日の作戦を実行に移すことにした。


 その内容はというと。


 女ニンジャは、東方ではクノイチと呼ばれているらしい。


 クノイチは通常の情報収集や暗殺以外の仕事として、変装して目標の男性に近寄り『夜戦』の技術で骨抜きにしたという。


 またある時には、戦場に出ていった幼い後継ぎの少年が恐怖で震えているのを、君主の命令で肌を合わせて一人前の男にして戦場へ駆り立てたという。


 恐怖には肌のぬくもりがあるといい。


 だからハヅキはうなされるレアンを丸裸にしていく。


「おやめください、リグルス様……これ以上痛いのは、どうかお許しください」


 夜になりみんな寝静まった頃レアンの服を一枚ずつ脱がせていくと、ハヅキの顔をまったく見ずに弱々しい抵抗を見せた。


「……レアン、ハヅキです。リグルスじゃない、です」


 あれほど素直で優しい子がこんなに傷つくなんて。


 ハヅキは痛々しい姿に脱がせていた手を止めるが、なんらかのショックを与えないといけない気がしたから続けた。


 レアンを全裸にしてハヅキも一糸まとわぬ姿になると、同じベッドに寝てレアンを抱きしめキスする。


「おやめください、リグルス様……。家族でもないのに、キスするのはおかしいです」


 焦点の合わない目で見つめられ、弱々しい腕の力で抵抗される。


 言葉からリグルスからキスを強要されているのがわかり、好きでもない同性にされることに吐き気を覚えた。


「……レアン。早く気づいて、私のこと」


 こんなにも近くにいるのに、レアンの目にハヅキは映っていない。


 だからハヅキは女であることをわからせるため、自分の体を最大限利用する。


 自分の胸をレアンの胸板に押し付けて、抱きしめる力を強くするとレアンの反応が変わりはじめる。


「おやめください、リグルス様……。あれ?柔らかくていい匂い……」


 ハヅキはわずかな変化に喜び、レアンの小さな唇をついばみながら体を擦り付けた。


「……レアン、ちゃんと見て。私はここにいるから」


 彼の体を優しく触りながら意識を掘り起こしていけば状態は快方に向かうように思われたが、レアンは何かを思い出したのか怯えて涙を流しはじめる。


「おやめください、リグルス様……。暗いところは怖いです……鎖につないで閉じ込めないで」


 今度は何の悪夢だろうか。


 だがその言葉の意味を想像して、自分のことのように心が痛くなる。


「……これからなのに……。他に何か出来ることはないの?」


 ハヅキが悩んでいると、自分の奥底から湧き上がる力を感じて手のひらを見る。


「……これは闇の力?どうして私に?」


 ランタンの明かり以外ない暗い部屋だが、なぜか闇の力だと確信する。


 手のひらだけにとどまらず体全体を覆う謎の力は、キョーコの見せた竜気功に近いと思った。


 ミンクゥはいかずちで母が火だが、どちらかの属性を受け継いでいるわけではないようだ。


 闇の力を得た手のひらでレアンの目元を覆ってあげると、段々と落ち着きはじめる。


「リグルス様、何も見えないです……。あれ?でもなんでだろう、この暗さは安心できます……」


 それまでずっと震えの止まらなかったレアンが、落ち着いていく。


 闇というと悪のイメージはあるが人間の眠りには必要なものであり、夜に生きる動物にとっても必要なのも闇なのだ。


「……今ならもっとレアンの心に入っていけるかも」


 ハヅキはもうひと押しとレアンの上に馬乗りになって見下ろすと、その瞬間に部屋のドアが開きサツキが顔をのぞかせた。


「……お、お姉ちゃん……何をしているの?」


「……サツキ」


 鍵をかけ忘れたのはハヅキらしくないが、サツキが来るのは想定内だ。


 サツキを招き入れてから後ろ手でドアの鍵を閉める。


「え?ほんとどうしたの?裸になって……」


 状況を見たサツキが困惑するのもよくわかる。


 だが、さきほど掴みかけたきっかけを逃すつもりはない。


「……レアンのためにできることはやりたい、です。より強いショックを与えてレアンの意識を取り戻すから、サツキも手伝ってほしい」


 ハヅキが説得すると、サツキは理解できないように首を何度も横に振る。


「そんな……レアンとその……無理矢理なんて、嫌だよ。……こういうのは好きな人同士が望んでするのだから……んうっ⁉……っ!お姉ちゃん!いきなり……!」


 うるさいサツキの唇を塞ぎ、強く抱きしめたあとにゆっくり口を離して見つめる。


「……っ!……サツキ、レアンに私たちの存在を伝えるの!肌を合わせ唇も合わせて、ぬくもりを伝えて。そうじゃないとずっとこのままかもしれない。それでもいいの?レアンのそばにいるのは、リグルスという男ではない!私たちなんだって、教えるの!」


 いつにないハヅキの真剣な声に、サツキの目が戸惑いから徐々に希望の光を灯しはじめる。


「お姉ちゃん、ほんとにそんなことできるの?」


「……できるかじゃない。やるしかないの。レアンのためなら、できることをやる。それが出来るのは私たち双子なんだから」





(サツキ・サイド)





「……うん。できることをやりたい」


 サツキはハヅキの真剣な想いに応えようと生まれたままの姿になり、怯えるレアンの隣に寄り添い恐る恐るキスをする。


「おやめください、リグルス様……」


 だがレアンは人間の言葉を話す鳥のように同じフレーズを繰り返し、心がぎゅうっと締め付けられる。


 サツキは覗き込むようにじっと顔を見るが、瞳の中に自分は映っていない。


 きっと悪夢の記憶に閉じ込められてしまったのだろう。


「……サツキが連れ出してあげる」


 レアンの体に自分を押し付けながら、何度もキスをする。


 途中からハヅキも加わって、左右から抱きしめて代わる代わるレアンの唇を求めた。


「あれ?ものすごくやわらかい……それに大好きな匂い。……うう、痛いよ!リグルス様、あぶったナイフなんて!……ああ皮膚が焦げて……!」


 するとレアンは知っている感触や匂いに戸惑いながら、再び過去の記憶によって負の感情に閉じ込められそうになる。


「レアン……レアン!痛いよね……サツキが少しでも忘れさせてあげるね。んっ……」


 サツキは体の向きを変えて、レアンの焼けただれた傷にキスをする。


 その瞬間体の奥から力が湧き出て唇で触れた部分が光って、傷跡が少しだけ薄くなった気がした。


「なんだろう?ママみたいな力が溢れてきてる」


「それはきっと光の竜気功。癒やしの力、です。私のは闇の力」


 ハヅキが説明して手のひらを見せて、闇夜に溶け込まない黒い力を見せてくれる。


「姉妹で反対なんて、おかしいね。あ、ほんとだ。私も光を集められるみたい」


 サツキが意識を集中すると、手のひらに力が集まってくる。


「……でも私たちらしい、です」


 ハヅキに釣られて頬をゆるめて、レアンをはさんで手をつないだ。


 レアンに体を寄せながら、姉妹の絆を確かめるようにしっかりと握る。


「あは……そうかも?でもお姉ちゃんまでレアンのことを好きなんて思わなかった」


「……そうでもない、です。ただ、レアンとだったらエッチなことしてもいいかなって思うくらい。フフ……」


「それ、好きっていうんじゃないの?違うのかなー?サツキは胸のあたりがぎゅーってするよ」


「……私はもっと困った顔を見たい、です」


「なにそれ!あはは☆」


「フフ……」


 ふたりは数日ぶりに笑ってから真剣な顔に戻り、いまだ悪夢の中にいるレアンに寄り添った。


「レアンお願い!サツキたちを、感じて!」


「……レアン、私たちの想い受け止めて!」


 左右から真剣に呼びかけると、レアンはたしかにふたりの存在を感じてくれるのか表情を和らげる。


「ああ……すごく暖かい……。焼けた鉄の熱さじゃなくて、もっと優しくて……大好きな暖かさ……」


「レアン……レアン!サツキだよ!」


「……レアン、ハヅキです!ここにいます!」


 レアンの体にここにいるよと熱を伝える。


 悪夢から覚めてと願いを込めて。





(レアン・サイド)





 翌日レアンは目覚めると、何も着ていない姉妹に抱きしめられていて驚いた。


 だがそれよりも、人肌の温もりがこんなにも愛おしいなんて考えもしなかったのだ。


「……おふたりがボクを目覚めさせてくれたんですね」


 レアンは昔の記憶がよみがえり体の芯から震えるが、それも姉妹の体温によって氷解していく。


「おはよう、レアン☆」


「……お帰り、レアン」


 そこで姉妹は目を覚まして、優しく微笑みながらレアンに頬を寄せる。


「おはようございます。……ただいまです」


 レアンも笑顔を見せながら、慈愛に満ちたふたりに遠慮がちにキスをする。


 我が神イウリファス様、ここに双子の天使がいましたよ。





(終)

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