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第六話 シーン十二【壊れた心】

第六話 シーン十二【壊れた心】





(サツキ・サイド)





 マルウィアルの家に忘れ物を取りにいったレアンを見送って、サツキたちは買い物を続けた。


「どんなのがあるかなー!楽しみ!」


 サツキは王都に来て、服やアクセサリーを買うのがひそかな憧れだったのだ。


 それに姉妹の誕生日が七日後の二月一五日なので、母の分も合わせてプレゼントを買うつもりだ。


「ねぇ、ママ。このマフラーなんだけど。鳥のワンポイントと花のデザイン、どっちが好き?」


「ん〜……そうね。私は花のほうが好きかしら♪……ハヅキは無地が好きだから、こういうシンプルな感じも似合うかも♪」


「わー!色が落ち着いていてオトナな感じー!……サツキにも似合うかな?」


「うん♪最近サツキも大人っぽくなってきたし、きっとピッタリよ♪」


 キョーコに相談すると、すぐに誰のために買うのか察したようだ。


 イマイ家では姉妹の誕生日は母も一緒に祝うようにしている。


 母娘が再会してラパン村で迎えた姉妹の六歳の誕生日。


 サツキが母の誕生日を知らないことに疑問を抱くと、キョーコはこう答えたのだ。


『ごめんね。ママね、いつどこで生まれたのかわからないのよ。……でもふたりはそんなこと気にしないでいいから、ね♪』


『サツキそんなのやだ!たんじょうびがないなんてママかわいそう!うわあああん!』


 理由をサツキがわんわん泣いていると、ハヅキがこう提案したのだ。


『……じゃあ母さんも今日が誕生日、です。それで解決。……ブイ』


『わぁ……!うん!お姉ちゃんえらい!ママもたんじょうびいっしょ!』


 こうして母娘で迎えたはじめての誕生日が、母が生まれた日に決まった。


『……ありがとう。サツキ!ハヅキ!』


 キョーコはとまどいながらも喜んでくれて、一緒に暮らしている間は毎年お祝いをするようになったのだ。


「そういえば、レアンの誕生日って四月一三日だよね。ここから故郷まで二〇〇〇キロだから、さすがに着いてるかな?」


 かなり気は早いが、レアンの分までプレゼントを買おうか考える。


「……まだ二ヶ月先だけど?でも大きな街はルートにひとつずつしか無いから、買うのもアリかも」


「そっか……ありがとう!お姉ちゃん」


 ハヅキが相談に乗ってくれて、サツキは春先でも着られそうなものを買うことにした。


 王都フェイルナールからレアンの故郷チェリーセまでは、順調な旅程で四〇日。


 必ず雪が積もる土地を通過するので足止めを食う可能性があり、買っておくのは悪くないだろう。


「そういえば、レアンがうちに来てもう半年も経ったんだね……」


「……ん。そうね」


 サツキの声にキョーコが懐かしい目をする。


 レアンが教会で一ヶ月住み込みの修練をしたのを含めて、もうそれだけの時間が経ったのだ。


 しかし、いまだレアンは昔の夢を見ているのか、夜中にひとりで泣き出すことがある。


 その時気づいた家族が添い寝することもあり、それがサツキにとっての心配事だ。


「お祝いできるかわからないけど、今年はいい誕生日にしなきゃ」


 三月に故郷から連れ出されたレアンは、去年はきっと誕生日どころではなかっただろう。


 だからしっかり準備して、記念になる思い出を作って……笑顔でさよならして。


「笑顔でサヨナラできるのかな……サツキ」


 サツキが自分に問いかけると、灰色の濃くなった上空から雪が舞い降りてきた。


「あれ?もう結構時間経ったのに、レアン帰り遅いね」


 そこでもう三〇分以上経つのに戻ってこないことを不思議に思う。


「……ここから歩いて一〇分もかからない、です。もしかして迷子?」


「レアンに限ってそんなことは……ないよね?」


 彼は頭もいいし道はほぼ一回で覚えるから、安心してひとりで行かせたのだ。


 ハヅキの言葉に急に得体のしれない不安が膨れ上がり、なんらかのトラブルに巻き込まれた可能性が浮かんだ。


「ごめん、ママ!ちょっとレアン探しに行ってくる!」


「ええ、お願い」


 キョーコが頷いて、サツキはマルウィアルの家に向かって走り出した。





 なぜあの時ひとりで行かせたのだろう。


 どんなにしっかりしていても、レアンはまだ十一歳の子どもなのだ。


「はっ……はっ……はっ……レアン……!」


 マルウィアルの家に近づくにつれ胸騒ぎは高まり、途中から走り出す。


 本格的に降りはじめた雪が顔に張り付いて、邪魔しないでと振り払いながら進む。


 やがて家が見えはじめる頃に、何かを囲むように人だかりができていた。


「……っ!レアン!すみません!入れてください!」


 きっとそこにいる予感がして人の輪の中に体をねじ込むと、中心にレアンがペタンとお尻をつけて座り込んでいたのだ。


 フードを外したキレイな金髪に雪が積もり、目はうつろで焦点が合っていない。


「おい!君!大丈夫か⁉」


 力を無くしたレアンの側で男性が肩を揺すっていたが反応はなく、サツキが駆け寄って膝をついて呼びかける。


「レアン⁉どげんしたと⁉レアン!しっかりせんね!」


「あああ……あああ……」


 だがレアンはサツキには応えず、弱々しい声を発して全身を震わせていた。


 鼻につく排泄物の匂いと染みから、失禁していることに気づく。


「君はこの子の知り合いかね?」


「はい、私の……弟です。面倒見てくれてありがとうございました。ところで、この子が何かされるの見ましたか?」


 面倒を見ていた男性に声をかけられ、方言が出ないようにお礼をいう。


 すると、男は思い出しながら話してくれた。


「確かこの少年は三十半ばの男と、エルフの少年ふたりと話していたんだ。そしたらこの子が突然震えだして……そのまま置き去りにされた感じだったよ」


「何か魔法をかけられた感じはありましたか?」


「いや、そんな感じはなかったと思う」


「そうですか……ありがとうございました」


 サツキは男に頭を下げてレアンを立たせると、寄り添いながら人の輪から出て裏路地に連れていく。


 まだレアンを恐怖に陥れた犯人が近くにいる可能性を考えて、人目のつくところは避けたかった。


「レアン……レアン!しっかりせんね……!サツキよ!」


「あああ……あああ……」


 サツキが顔を覗き込んで揺さぶるが、レアンは壊れたような声を上げるだけだ。


 どれだけ怖い思いをすれば、こんな風になるのだろう。


 ひと通り外傷を見ても何もなく、呪いでもかけられていたのか不安で仕方ない。


「……落ち着かんね、サツキ!こげん時お姉ちゃんやったらどげんするね?ママやったら……」


 サツキは深呼吸して気持ちを落ち着かせると、レアンの光を映さない瞳に涙をにじませる。


「まず近くのマルウィアルさんの家に行こう!そのあとママたちを呼んで……!」


 下が汚れているのも気にせず、レアンを背中に抱えてエルフの家のドアを叩いた。





 サツキはマルウィアルに事情を話してレアンを預かってもらい、パーティーのみんなを呼びに戻った。


 その後全員でエルフの家に集まると、まだ残っていたレスティアーナ王女たち三人と家主のマルウィアルがリビングに集まる。


「精霊たちにも確認してもらったが体に異常はない。失禁していたのも水の精に頼んで真水に変えてキレイになっている。服は王女たちと一緒に着替えさせておいた」


 マルウィアルの説明にパーティーのみんなは頭を下げ、ベッドに横たわるレアンの容態を確認した。


「わしも表向きは問題ないと思うのじゃ。魔法や呪いといった兆候も見られないからの……。しかしの、うわ言で『リグルス様お許しください』と聞こえたんじゃ。これについては何か知ってるものはおるかの?」


 次にミンクゥがリグルスの名前を出すと、王女一行とキョーコの顔色が変わる。


 レティとキョーコは互いを見ると、先に王女が頷いて話しはじめた。


「リグルス様……いえリグルスはアウレー商会のあるじで、さきほど待ち合わせをしていた男性です。おそらく帰る途中に偶然会ったのでしょう。名前を出した時、レアンの様子がおかしかったのはそういうことだったのですね。気づかず申し訳ありません」


 レティが頭を下げると、キョーコが立ち上がって深く頭を下げる。


「いえ、謝らないといけないのは私です。レアンくんを奴隷市場で見た時に、観客の一部がアウレー商会の名前を上げていたことを忘れてました。本当にごめんなさい。ああ……私はどうして今まで……」


 落ち込んでいるキョーコにサツキは首を振ってこういった。


「別にレティもママも悪くないよ!悪いのはリグルスという人だから!」


 少年趣味と聞いてもサツキにはわからないが、傷だらけの体を見るとひどいことをされていたのはわかる。


 レアンを家に迎えた時、傷跡は本人が気に病むだろうとサツキは気にしていないといったはずだ。


 ただどうして神さまがいるのなら、レアンがこうなる前に助けてくれなかったのかと思う。


「……知らない人もいるだろうから一応説明を。レアンは半年前にカタルスという町の奴隷市場でキョーコ母さんに買われた、です。どうやら一年近く前に屋敷から宮廷鑑定財団に連れ出され売られたみたい。つまりその後半年間のどこかでリグルスに奴隷として扱われていた……最後は推測です」


 ハヅキが念の為補足を入れる。


 本来なら伏せておくべき内容だろうが、こうなってしまった以上教えないままでいるのは誠意がないと思ったのだろう。


「お姉ちゃん、ありがとう。レティ……さんたちがリグルスと関わりのあることは仕方ないことだよ。武器屋のグドルフさんもいっていたけど、商人としては悪い人ではないみたいだし」


 サツキがフォローを入れると、天馬騎士団長フェリエが頭を下げる。


「……お心遣い感謝します。王女探索を続けるため有志と共に王宮を飛び出したものの、資金面で行き詰まり最後にたどり着いたのがアウレー商会だったのです」


「……フェリエさんは悪くない、です。みんな必死」


 そこにハヅキが口を添えると、レティも頷く。


「ええ、仕事とプライベートは別物よフェリエ。……わたくしも人の趣味嗜好につて口を出すつもりは無いのですが、レアンに深い傷を負わせたものとは組めません。先方にお願いして契約を解消しましょう。サツキ……他のみなさま。レアンのことをどうかよろしくお願いします」


 そしてレティはまた深く頭を下げると、みんな頷いてシュウメイだけ「任せろ!」と声を上げた。


 そこでそれまでじっと聞いていたミヤコが口を開く。


「……ミンクゥ殿、祭壇で傷を治せないのか?」


「体の傷は大丈夫じゃ。じゃが心の傷は記憶が消えでもしない限り難しいじゃろうて」


 その回答にみんなの顔も暗くなるが、キョーコが助け船を出す。


「ひとまず眠ることができれば『記憶のカケラ』でいい夢を見せてやることは可能だわ。その場しのぎだけど、寝ている間だけはせめてね」


 過去や人の思い描いた映像を見られる古代アイテム。


 以前は神竜戦争を見せてもらったすごい物があれば、多少レアンの負担をやわらげられるだろうか。


「行こう、竜脈の祭壇へ!レアンはこの傷があればずっと思い出してしまうから、消してあげないと!この近くはどこにあるの?ママ」


 サツキが聞くと、キョーコは地図を取り出して北西の位置を指差した。


「この近くは全部回ったから、ここから北西に一五〇〇キロ。レアンくんの故郷に近い所かしら?」


「うん!レアンの故郷にも帰らないといけないし、そこにしよう!お願い!みんな!」


 サツキはみんなの顔を見て立ち上がり、レアンの寝ている部屋に移動した。


 ベッドでうなされる十一歳の少年に近づいて、頬を寄せる。


「あああ……リグルス様……おやめください」


 それすら嫌がられて、サツキの頬に一筋の涙がこぼれた。





(続)

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