第六話 シーン九【王女の槍と天使のコイン】
第六話 シーン九【王女の槍と天使のコイン】
王都で八英雄でもある武器職人グドルフとの出会いがあった。
キョーコが使っていたカタナを受け取り、レアンたちの武器を購入して研磨を依頼しすることで装備を整える。
そんな中武器を持たないシュウメイは、なにか思いついたようでグドルフに質問する。
「なぁオヤジ。八英雄が持ってる武器的なものをウチが欲しいといったら、どうするんだ?素手で戦うものにも何か方法あるのか?」
するとグドルフは少し考えて、あごひげを引っ張りながらいう。
「うーむ……要はロスト・イデアルの力を使うだけなら、お前さんのグローブかブーツあたりにジェネレーター、つまり動力部をつけてリンクさせれば可能だろうな」
「生き物の言葉で話してくれ」
「ちゃんとしゃべっとるわ!」
「難しい言葉はわからんのだ!仕方ないだろ!」
シュウメイとグドルフがにらみ合っていると、ミヤコが横から入ってくる。
「……すまぬ。そのロスト・イデアルを使うための作業はすぐにでも可能なのか?」
「……そうだな、部品はまだあるから数時間あればできる。武器を一部加工することにはなるがな」
なぜ古代アイテムそのものを持っていないミヤコが尋ねたのか不思議だったが、長髪のサムライは頭を下げる。
「……ではすまぬが、合わせてその加工も頼む」
「……本当にいいのか?これだけ使い込んでいれば、重量バランスも変わり違和感が生まれるし、なにより思い入れのある相棒に傷をつけることになるぜ」
ミヤコとグドルフが一瞬視線を合わせて、ほんの数秒見つめ合う。
「……構わぬ」
「そうか。あいよ」
それ以上追求せずに交渉は成立したようだ。
「おっといけねぇ。そろそろ客が来る時間だ、お前らは奥の工房で少し待っててくれ」
急にグドルフが壁掛け時計を見たかと思うと、レアンたちを店の奥に押しやる。
何のことかとわからずに従うと、しばらくしてドアベルが鳴って来客があったようだ。
聞くのは悪いと思ったが、木の扉越しなのでどうしても会話が聞こえてしまう。
『おう、いらっしゃい。耳長少年、何の用だね』
『……レー商会発注のミスリル槍を取りに来た使いのものです。出来上がっていますか?』
『ああ、出来ているぜ。王女殿下の槍だろう?急いで作ったから大変っだったが、ほらこの通り。いい出来だろう?』
『グドルフ様、名前を出すのはくれぐれもお控えください。ではこれを』
『おお、そうかい。すまねぇな。ん、金もたしかに受け取った。ほら帰って報告してやんな』
『はい。では失礼します』
そんなやり取りをしたあと、来客は去っていったようだ。
戻っていいのか迷っていると、サツキが最初に扉を開けグドルフの所に戻って聞いた。
「今、王女殿下っていったよね?いったよね⁉」
「……気のせいだろ。それに王女様は最近まで行方不明だったから、たまたまその話題が出ただけじゃねえか?」
グドルフが白々しくとぼけていると、サツキは得意げな顔で胸をそらす。
「クーア・トワルスの闘技場で王女殿下が華麗に登場!マンティコアやレッサードラゴンを勇者たちと倒して、観客二万人を救った!って話でしょ?」
「お、えらく詳しいじゃねえか。王都の周辺ではその話題は厳禁なのに、よく知っているな」
そこでサツキがフフンと自分を指差して、グドルフが「まさか……」とうなる。
「そう!その勇者様ご一行が、我々のパーティーなのです!」
「……ってお前らかよ!ああ、まぁでも。キョーコもいるし、強いサムライの兄ちゃんも凶暴なモンクもいる。二万人救ったなんて大げさな話だと思っていたが、不可能じゃねえな。こりゃ一本取られたわ!」
グドルフが大声で笑い出すと、シュウメイがグドルフに飛び蹴りを食らわせる。
「誰が凶暴なモンクだ!」
「……痛てえな!そういう所だぞ!」
またもにらみ合うふたりだが、そこで冷静にハヅキが聞いた。
「……王女様の槍なのに、どうして雑な対応をしたの?」
するとグドルフは途端に不機嫌になる。
「……王女の武器をプレゼントしたいと頼まれれば、いけすかねえやつでも邪険にできねぇって話だ」
「……いけすかない?」
「商売の話だいえねえよ。……ふあぁ……少し眠たくなってきたぜ。もしかすると寝言をいうかもしれねえ。寝言だったら仕方ねえよな」
グドルフはそのまま椅子に座って目を閉じて話はじめた。
「……取引先の男はな、商売人としては堅実。金払いもいいし、あくどいことはやっていない。ただ私生活の悪癖があって好きじゃねえんだ。問題はな、王女と天馬騎士団がこの商会を一番大きな資金源にしていることでな。それに今、王女は裏では指名手配されているんだ」
「そんな⁉」
サツキが間に入って大きな声を出す。
レアンも身を乗り出して「本当ですか?」と問うと、グドルフは大きく頷く。
「きっと、宰相ヴィルフレードあたりの差し金だろう。それでな、損得勘定を考えてみろ。その男も国や宮廷鑑定財団に目をつけられたら終わりだ。それでも王女側についた。だからワシも多少は手助けしなければいけないんだ」
そこまでいい終えると、グドルフはいびきをかきはじめる。
寝たフリじゃなくて、本当に寝てしまったようだ。
「……じゃあ、店を出ましょうか」
キョーコの言葉に全員頷いて、グドルフの店を後にした。
武器屋『土踏まずのすみっこ屋』を出て宿泊先を考えながら歩いていると、誰かの声が聞こえてきた。
「喧嘩だ!喧嘩だってよ!」
レアンはハッとして向かおうとすると、キョーコに止められる。
「ちょっと待って。様子を見には行くけど、警備兵が来るはずだから慎重にね」
「はい!」
レアンは返事して向かうと、広場には十二歳くらいの少年ひとりを同年代の四人の少年が囲んでいた。
囲まれた少年は刃渡り一〇センチのナイフを握りしめ、目を血走らせている。
「お前らいつも仲間はずれにして……許さない!」
体格の小さい少年はナイフを両手で胸元に構え、今にも襲いかかりそうな様子だ。
周りの市民から悲鳴が上がり「兵士を呼べ!」と誰かが叫ぶ。
「お前ナイフはやめろよ!」
「危ないだろ!やりすぎだったのは謝るから!」
囲んでいた少年たちがいじめていたのだろうか、顔をひきつらせながら一歩また一歩と後ずさる。
「……子どもの喧嘩にしては少々荒事がすぎるな」
横に並んだミヤコはいつでも動けるように身構えるが、今はカタナが手元にないためダガーを持っている。
「ごめんって、だからそのナイフは危ないからこっちに渡して、な?」
そのうち体格のいい少年がナイフの少年に近づこうとすると、魔法の衝突音みたいな音がして弾かれて尻餅をついた。
その瞬間レアンたちの表情が変わる。
「……ロスト・イデアル!止めないと!」
「任せろ!らおしー!」
キョーコの声に真っ先に動いたシュウメイが少年に一気に近寄り、ナイフを持った手に掴みかかるが弾き飛ばされて「ひゃあん」と声を上げる。
シュウメイは立ち上がり、キッとこちらをにらむが「何も聞いていませんヨ」とレアンが首を横に振る。
「……仕方ないわね。竜気功……発動」
キョーコが対処に竜の力を解放したその時、広場にやや気の抜けた声が響く。
「待ちなさぁい!お母さんが悲しみますよぉ!」
どこかで聞いた声に全員が振り返ると、以前共闘した天馬騎士シャニィが立っていた。
「……お姉さん誰⁉今の僕はこのコインのおかげで無敵なんだ!誰にも馬鹿にされない!強くなれたんだ!」
ナイフを持った少年はナイフを横に一閃し、左手の甲に張り付いた銅色のコインを見せる。
「……あれがロスト・イデアルかの?コインのタイプは見たことはないのう」
ミンクゥが冷静にコインを見て、考える仕草をする。
その間にシャニィはどんどん少年に近づいていって、両手を差し出す。
「でもそれがあったら誰も触れてもらえないですぅ。もうずうっと、好きな女の子や母さんの『あったかい』を感じられませぇん。そんなの悲しくないですかぁ?」
「それは……ううう……うううっ!」
シャニィの説得は少年の心を動かしつつあった。
少年はさきほど見た誰も寄せつけない力を目の当たりにして不安を抱いたのだろう、自分の手を見て小さく震える。
「さぁ勇気を出してくださぁい!自分の手でコインをひきはがしましょぉ!」
「ううううっ!うああああっ!」
少年はナイフを手放し頭を抱えていたが、左手に張り付いたコインを無理やり引き剥がして投げ捨てる。
シャニィはすぐに少年に駆け寄って、怪我した手にハンカチを当てたあと小さな体を胸に抱き寄せる。
「……ほら、ね?こんなに温かいんですよぉ」
「……ごめんなさい!ごめんなさい!うわあああん‼」
少年はしばらくシャニィの腕の中で泣きじゃくり、優しく彼女が頭を撫でる。
周りの人は拍手して暖かく見守った。
そのあと落ち着いた少年の手をレアンの癒やしで完治させると、喧嘩していた少年たち同士で仲直りするのを見守る。
「ねぇ、キミは誰にこのコインを渡されたのですかぁ?」
そのあとシャニィが少年に聞くと、こう答えた。
「……えっと。いじめられて町中で泣いていると、知らないお姉さんに箱を渡されこういわれました『あの子らを見返してやりたいと思わない……?中のコインを手につけると、キミは強くなれるのよ?』って。家に帰って箱にあったコインを説明書き通り身につけると、すぐに暴れたい気持ちが抑えられなくなったんです」
「そっか。ごめんねぇ、辛いこと聞いて。あとは友だちと仲良くするんだよ」
「うん。ありがとうお姉さん……」
シャニィがもう一度少年を抱きしめると、彼は顔を赤く染めて胸に顔をうずめる。
「……これね」
そんな中、キョーコが地面に転がったコインを探してハンカチに包んで拾うと、一瞬顔色が変わるがすぐに元に戻った。
「……天使の羽とティーカップ?」
ハヅキが横から覗き込んでつぶやく。
すぐにキョーコが懐にしまって見えなかったが、そういうデザインらしい。
やがて周りの人もいなくなり、シャニィとあらためて対面する。
「お久しぶりですねぇ!そんなに経ってないかもですがぁ」
「お久しぶりです。このコインのことはご存じでしょうか?」
レアンは名前はいわないように気をつけて聞くと、シャニィはうんうんと首を振る。
「それは『天使のコイン』といわれていますねぇ。ここ一ヶ月ほど十数件報告があったみたいで、入手先も露店に売っていたり老婆や少女に渡されたりとかいろいろなんですぅ」
「そんなにあるのですか……」
「そうなんですぅ。向こうが暴れちゃうと触れなくて大変なんですよぉ!だから説得が一番ですぅ!」
シャニィも実際に携わっているらしく苦労を語ると、キョーコが尋ねる。
「もし説得に応じないとき時はどうしているのですか?」
「そうですねぇ……どうにも出来ないですねぇ。魔法も物理的にもどうしょうもないですしぃ……。でも、大抵一定時間すぎると気絶しちゃいます。そしたらコインが外れて元通りですねぇ!」
「なるほど、情報ありがとう。……ところで話は変わるけど、オグト牧場に何日かお世話になったわ。縁があって助かりました」
「ほえええええ!しょうなのぉ⁉ですかぁ?」
急にシャニィが大声を上げてレアンはびっくりするが、サツキも前に出てきて頭を下げる。
「サツ……私が治療で泊まるところがない時に、お世話になったの!すごく助かりました!ゴンザさんもエキナさんも元気でした。娘に会ったらよろしく伝えてくれといわれました!」
「ほへぇ……それはよかったですねぇ!縁の下の力持ちでしたっけ?とーほーの言葉で。とにかくよかったですぅ!」
シャニィはサツキの両手を手に取ると、嬉しそうに上下に激しく振った。
レアンはシャニィの言葉は間違っている気がしたが、こういう縁は大切だなと感じる。
「あ」
そこでシャニィは声を上げると、こう続けた。
「そろそろ王……レティ様の元に帰りますぅ。それではこれで……」
「レティいるの⁉」
すぐにサツキが食いついてきて、シャニィが若干押される。
「は、はいぃ……。東の区画で話し合いの場所をお借りしているんですよぉ」
「もしよければ、お邪魔していい?ね?ママ?いいでしょ?」
サツキはレティことレスティアーナ王女が大好きなので、食い気味だ。
「ちょっと、大事な話をしに危険を承知でここに来られたんじゃないの?」
キョーコは娘に渋い顔をするが、シャニィは「にへらー」と笑う。
「別にいいんじゃないんですかぁ?いつもサツキさんやみなさんの話してますからぁ」
「ほら、ね?ね?いいでしょ?ね?みんなも!」
どうしても会いたいらしいサツキに折れて、キョーコは仕方なくシャニィに頭を下げる。
「すみません。騎士様、ご一緒させてください。パーティーのみんなもちょっと付き合ってね」
快く全員が頷くと、シャニィが東方向を指差す。
「ではぁ……れっつ・ら・ごぉ!」
こうして一行は、レティに会いに東区角に向かうことになった。
(続)