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第六話 シーン八【ドワーフの武器職人】

第六話 シーン八【ドワーフの武器職人】





 王都フェイルナールにある西区画の裏通りを抜けて、たどり着いた一軒の小さな店。


 看板には『土踏まずのすみっこ屋』と書かれていた。


「へ、変……個性的な名前だね!」


 サツキが素直にいいかけて、慌てて訂正する。


「……これじゃ何の店か意味不明、です」


 ハヅキが指摘するのはもっともで、武器屋なら武器のデザインの看板もしくは名前にそれらしいものを入れるのが普通だ。


「あまり商売熱心じゃないからのう……道楽でやっておるようでな」


 ミンクゥが含み笑いをすると、キョーコも笑って店のドアノブに手をかける。


「ちょっと変わってるけど、根は悪い人じゃないわ。入るわね」


 ドアを開けて入るなり、奥から怒鳴り声が聞こえてきた。


「……聖騎士様の武器はもう品切れだぜ!帰りな!」


 入れ違いでフェルナ王家の紋章を付けた兵士がふたり出てきて、いらだちを隠せない顔でこちらをにらんで店を出ていく。


 見送ってから奥に入り、ミンクゥはちょこちょこと先に進んで奥にいる背の低い男に声をかける。


「どうしたんじゃ?穴ぐら妖精よ。えらくご機嫌ななめじゃのう」


「なんだぁ……お前らは。……って、お前はミンクゥ!久しぶりじゃないか!」


 カウンターの椅子に座っていた男が驚いて立ち上がり、こちらにドスドスと近寄ってくる。


 身長は一六〇も無い寸胴で、髭を立派に蓄えていてすぐにドワーフだとわかる容姿だった。


「くふ♪久しいの、グドルフ」


「アカネとこの店に一緒に来たのが最後だったろ!おお……大きくなったな!」


 グドルフというドワーフはミンクゥを抱きかかえると、何度も赤ちゃんをあやすように持ち上げる。


「こらやめんか!わしは千五百年以上生きておるんじゃぞ!それに全然背は伸びておらん!」


「あり?そうだったか?すまん!ふあっはっは!……ということはアカネも来ているのか?」


 子ども扱いされ怒るミンクゥを下ろすと、グドルフはパーティーを見渡してシュウメイに駆け寄る。


「おお!アカネはかわっとらんな!」


 そのまま抱きつこうとしてかわされ、シュウメイに腕の関節を決められ床に倒される。


「いきなりなんだお前!ウチはアカネじゃなくてシュウメイだ!」


「いわれてみれば……背格好は似ているが、顔は似とらんな。痛いからそろそろ離してくれんか?」


 痛そうに見えないが降参したドワーフは解放されると、黙って見ていたキョーコが呆れ顔をする。


「……二〇年前、初対面の時にまったく同じことをして倒されたの覚えてないの?」


「ま、まさかお前さんがアカネか?」


 グドルフはキョーコの顔を見て、頭の上から足の先まで見てから信じられないという顔をする。


「だから今はキョーコと名乗ってるって……まぁいいわ。お久しぶりね、グドルフ」


「おお……キョーコ。すごくいろんなところが、立派になって……」


 グドルフの視線がキョーコの体に釘付けになると、間にサツキが入った。


「あの……ママのことそんな目で見ないでもらえますか?」


 サツキが怒って前に立つと、グドルフは頭をかいて「すまんすまん!」と謝る。


「……ドワーフは幼女趣味と聞いた、です。同族の成人女性は子どもみたいだから」


 ハヅキがジト目で見ると、グドルフは両手を広げて力説する。


「そんなことはないぞ!ワシは大きい方が好きだぞ!だがしかし!」


 そこでいきなり感慨深い顔になって、ドワーフは何度も頷く。


「……当時は無愛想で凶暴な小娘だったが、母親になっていい女になったなぁ」


 嵐のようなドタバタ劇にレアンが目を丸くしていると、サツキが眉をひそめる。


「何このセクハラドワーフさん。この人がママの知り合い?」


「うふふ♪まぁそういわないであげて。あらためて、この人がグドルフよ。私の武器を作ったり、八英雄の武器を改造してくれた鍛冶職人さん」


 キョーコが苦笑いを浮かべながら紹介すると、ミンクゥがフォローを入れる。


「あと一応は八英雄じゃ」


「んなもんワシにとってはどうでもいい。名誉なんぞ煮ても焼いても食えん!」


 グドルフはなにか思い出したのか不機嫌になるが、気を取り直してレアンたち全員で名乗って挨拶を交わす。


「ボクはレアンです。両親のジョルジュとオリアーナがお世話になりました」


「ほう、あいつらの子か。よくここまで来たな……大変だったじゃろう」


 グドルフはレアンの頭を乱暴に撫でて、髪の毛がくしゃくしゃになったのをサツキが直してくれる。


「サツキです。双子の妹です!」


「……ハヅキ、です」


「……ミヤコだ。お初にお目にかかる」


「よく覚えておけ!ウチがシュウメイだ!」


 ひと通り挨拶を交わすと、ハヅキがボソッとつぶやいた。


「……八英雄はエッチな人たちばかり、です。英雄色を好む、かも」


「ふあっはっは!まぁそういうな!でも当たらずといえども遠からずだな!」


 グドルフが笑ってミンクゥを見ると、彼女は両腰に手を当てて怒りだす。


「さすがに心外じゃのう……!わしだって力を使った反動で発情しなければ、こんなにも清楚なのじゃが」


 するとそんな竜巫女を、キョーコが含み笑いをしていう。


「じゃあ、あんなことするのは嫌で嫌で仕方ないのね♪」


「冗談じゃ♡まぐわうのは大好きなのじゃ♡おぬしが異種族で交流する素晴らしさを教えてくれたのであろう♡」


 すぐにミンクゥは頬を染めながらキョーコの腰に抱きついて、幼い体をこすりつける。


 どちらかというとご主人さまが大好きなペットのような反応にみんなが困っていると、キョーコが頭を撫でながら尋ねる。


「ねぇハヅキちゃん、私はどっち側なのかしら?」


 すると、ハヅキはニヤリと口元だけ笑ってこう答える。


「……その大きな胸に手を当てて考えてみて」


「うふふ♡」


 やり取りを見ていたレアンは、言葉に釣られてキョーコの立派なものに目が吸い寄せられ

てしまう。


「んっ♪」


「……っ!ごめんなさい!」


 視線に気づいたキョーコがウインクしてきて、慌ててレアンは謝る。


「んー?……あ、そういえば今日は預けてた武器を返してもらいにきたんだっけ?」


 そこで空気を変えるように、サツキが本来の目的を告げる。


「なんだそういうことか。いいぜ、ちょっと待ってろ」


 グドルフはカウンターの奥にある部屋に行き、五分もかからず木の箱をふたつ抱えて帰ってきて作業台の上に置く。


「預けに来たのはこの子たちが生まれる前だっけか?あれから一五年以上経っている割には、人間っぽい年のとり方していないな」


「あ~、それはミンクゥの血のせいで成長が遅くなったからなのよね。今でもまだ胸は育ち盛りなのが……こほん。どう?錆びてないかしら?」


 綺麗な白木の箱をふたつ開けると、くすんだ赤と鮮やかな赤色のカタナが二振り出てきた。


 キョーコが手にとって抜いてみせると、赤で塗られた美しい刀身が姿を現わす。


 はじめて見るレアンや姉妹、ミヤコやシュウメイは感嘆の声を上げる。


「どうだ?全然変わってないだろう?」


「本当に昔のままね。見ててくれたの?」


「ちょこちょこ手入れしてある。磨きながら武器と過去を振り返るのさ」


 グドルフとキョーコのやり取りを見ながら、特に感心していたのはミヤコだった。


「……これは見事だ。焼入れの刃文はもんや反りの造形にも東方の心を感じる」


「お、さすがはサムライだ。俺は以前東方の刀鍛冶に師事したこともあるんだ。そういうお前さんも中々の業物わざものを背負っているな」


 グドルフが指摘すると、ミヤコは腰に差したカタナを鞘ごと外してグドルフに見せる。


「……興味がおありか?」


「そりゃそうさ!俺が触ってもいいのか?」


「……もちろん構わない。出来れば状態を確認して欲しい」


「いいぜ。……こいつらの名前を聞いていいか?」


 グドルフが尋ねたところ、ミヤコは一呼吸置いて答える。


「……黒の方が時の雨と書いてシグレ、白の方が慈しむ雨と書いてジウだ」


「シグレにジウか……見させてもらうぜ」


 グドルフは抜刀してさまざまな角度から念入りに見ていく。


 二本とも隅々まで見て一度鞘に収めると、ミヤコの前に置いた。


「……どうであった?」


「……大事に使っているな。死線もかなりくぐってきている。大きな刃こぼれもないし、研ぐのなら明日の朝までには仕上げるぜ」


 グドルフの見立てを聞きミヤコはキョーコを見ると、リーダーは「元々一泊はするつもりよ」と頷く。


「……そうか。ならばよろしく頼む」


「あいよ」


 そしてミヤコはグドルフにカタナを預けて、その間サツキはキョーコのカタナを見ていた。


「ママのカタナたちにも名前付いてるの?」


「うん。茜蘭烈火せんらんれっか紅散華くれないさんげよ♪茜に花の蘭に烈火。もうひとつがくれないに散る難しい方の華」


「ふーん、特殊な漢字使っているんだね。ふたつとも見た目そっくりだけど、これはわざとなの?」


「そうね。実は色合い以外デザインも同じにしてって頼んでね。ただ違うのはロスト・イデアルが装着できるかというだけ。ここにくぼみがついているでしょう?」


 キョーコがカタナを手にとって指差すと、持ち手のつかに穴があり、そこに小さな指輪が装着されている。


「この指輪がキョーコさんのロスト・イデアルですか?」


 レアンが質問すると、キョーコは首を縦に振る。


「……ええ。グドルフがこれはお前が持っていけってうるさかったけど、もう触りたくなかったから無理やり置いてきちゃった♪」


「それはキョーコ専用のお守りだろうが。……あのあと死にかけたって噂を聞いたが、これがあればそうはならなかったはずだ」


 キョーコはおちゃらけ気味だったが、グドルフは少し怒っている様子だ。


「……ごめんなさい、心配かけて。まぁ、ただのカタナでも切れ味の同じ紅散華があれば、余裕……だったはずなんだけどね」


「ただのカタナといわれると作るのに苦労したワシが困る。オリハルコン製だぞ。売れば一生暮らせる金額になる」


「……オリハルコン製⁉」


 そこまで興味なさそうに聞いていたハヅキが珍しく驚く。


「そんなに珍しいんですか?オリハルコンは」


「……珍しいも何も、エルフの森の外れにあるユニコーンの隠れ家にしかない、伝説級の金属、です。エルフの協力がないと森で永遠に迷い続け、その場所までたどり着けないみたい」


 レアンの問いにハヅキは答えると、キョーコが「よく知っているわね♪」と感心する。


 そのうち店頭においてあるグドルフ作の武器をみんなが見て、レアンも最初は打撃棍メイスを手にとったがひとつの剣に目が留まる。


 ひとことでいうとシンプルで洗練された美しい剣だった。


 光に当たればエメラルド色の輝きを持ち、レアンでも振れる長さのショートソードとロングソードの中間くらいだ。


「お、レアン少年はそいつが気に入ったのか。それはミスリル銀をベースに、北の大聖堂の聖水を丁寧に染み込ませた試作品だ」


「そうなのですか……よくわからないですけど、強そうです」


 グドルフの説明を聞きながら値札を見ると二〇万エフと書いてあり、レアンはあまりの高さに一歩引いた。


「レアンくん、いいの見つかった?……グドルフ、これいくらなら売ってくれるの?」


 やり取りを見ていたキョーコが声をかけてきたが、値段を見て眉をひそめる。


「書いてあるとおりだよ。二〇万、金貨二〇枚だぜ」


「売るつもり無いでしょう?マジックアイテムでもないのにこの価格。うちの家族で五年位暮らせるわよ」


 グドルフの回答にキョーコが呆れたように肩をすくめると、ドワーフは笑い出す。


「じゃあいくらなら買うんだ?値段次第だ」


「銀貨ニ〇枚でどう?♪」


「おまえ……桁がふたつ違うじゃねぇか!それじゃ材料費以前の話だ。せめて金貨五枚はないときつい」


「んー……じゃあ、銀貨五〇枚。だいぶサービスしちゃう♪」


「おいおい話を聞いて……仕方ない、金貨四枚でいいぞ」


「えー?昔の仲間なんだからもう一声♪銀貨七五枚♪」


「寝言は寝てからいえ!金貨三枚出血サービスだ!」


「じゃあ、銀貨九五枚♪これ以上出せない♪」


「おいおい、そんな半端な値段あるかい!仕方ねえ、金貨二枚で!」


「ん~♪ね~え、そんなつれないこといわないでよ♪ね?金貨一枚でいいでしょ?」


 ふたりがやり取りした後に、キョーコは前かがみになって胸を強調するようにグドルフを見上げる。


 ドワーフは色っぽいキョーコに釘付けになるが、ハッとして首をブルブル横に振る。


「いかんいかん!あのクソガキがいつの間にかこんな技を覚えやがって!金貨二枚だね!これでダメなら売らん!」


「ちぇっ♪じゃあ金貨二枚ね。レアンくん、はいどうぞ♪」


 以前どこかで見たような光景だったが、キョーコからさっきの剣を渡されてとまどう。


「あ、ありがとうございます。でもボクは法の僧侶なので刃物がもてないのです」


「いいのよ♪今は使わなくても、いずれ役に立つかもしれないわ」


「はい、ありがとうございます。大事に使います」


 レアンは悩んだ末に、お礼をいって受け取ることにした。


 借りを作ってばかりで悪い気もしたが、剣を握ると鉄の半分くらいの重さに驚き手にもしっくり馴染む。


 また北の大聖堂という馴染みのある繋がりも嬉しかった。


「あー!またママがレアンを甘やかしているー!サツキもこの辺り興味あるんだけど!」


 サツキが東方のカタナを何点か手にとると、キョーコが少し驚く。


「カタナがいいの?」


「うん。何年か前はすぐ折れるからって止められたけど、今のサツキなら使うチャンスはあるなって」


「そっか……。そうね、振ってみてしっくり来るのを選んでみて?」


「うん!」


 サツキは嬉しそうにいくつか鞘から抜いて軽く素振りしてみる。


 そのうち気に入ったのを二本持ってくるが、サツキの何かいいたげな表情を察してキョーコが尋ねる。


「どうしたの?サツキちゃん」


「あの、ママのカタナも振らせてもらっていい?」


「……うん、いいわよ。紅散華くれないさんげの方でいい?持った感じは同じだから」


 キョーコは鮮やかな赤のカタナを渡すと、サツキは大事なものを扱うように他の武器を置いて両手で受け取り鞘から抜く。


「あ……」


 サツキは手に持ってしばらく赤の刀身を見ていたが、なぜか突然涙を一筋こぼした。


「え……?ど、どうしたの?サツキちゃん」


 それを見たキョーコは驚き、サツキに駆け寄る。


 サツキは首を横に振ってカタナを鞘に収めると、涙声でこういった。


「わからん……わからんと。なんでか知らんけど涙ば出てくるとよ」


 そしてサツキはカタナを鞘ごと胸に抱くと、キョーコが憂いの表情で武器ごと娘を抱きしめる。


「……サツキは武器の気持ちまでわかる優しい子ね。……グドルフ、こっちのカタナふたつもらおうかしら♪」


 気持ちを切り替えてキョーコがわざと明るい言葉を出したので、みんなそれ以上は触れないようにする。


 レアンはキョーコの奥底に、まだ見ぬ闇が隠されていることをあらためて感じていた。





(続)

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