第六話 シーン七【王都フェイルナール】
第六話 シーン七【王都フェイルナール】
(レアン・サイド)
予定通り三日目の昼頃に、王都フェイルナールに到着した。
ここは中央大陸最大の城塞都市で、繰り返された戦いの歴史から高い頑丈な壁に囲まれている。
壁の形は上空から見ると八角形の星、オクタグラムらしい。
入口は北東と北西、南東と南西の計四ヶ所で、そこから中心にある王宮に向かって騎馬隊が通るための道幅の広い道がある。
レアンたちは南西側へ来ていて、母娘三人が通行許可を取るのを待っていた。
全員念の為にフードをかぶり、すぐに顔がわからないようにしている。
以前訪れた頃のにぎわいはないが、それでも商人の数は多い。
レアンは馬車の中から行き交う人たちを見ながら、昨日のハヅキの行動について考えていた。
自分から夜の当番でペアを希望して、二回キスして押し倒されて。
あの時シュウメイが来なかったらどうなっていただろう。
レアンは無意識のうちに、離れたところにいるハヅキの唇に視線が吸い寄せられた。
「はふ……」
小さく吐息を漏らして、自分の唇をなぞりあの時の感触を思い出す。
ぷっくりしてものすごく柔らかかったな……。
その時ハヅキがこちらを偶然見て視線が合うと、すぐに戻ってきた。
レアンは横を向いて知らないふりをしていたが、ハヅキが横に座って体を押し付けてくる。
「……どうしたの?もしかして……私のことが気になりはじめた?」
「……にゃんの!何のことですか」
レアンは変な声を上げながら視線だけ横にやると、ハヅキが覗き込むように見つめていた
ので顔を赤くして下を向く。
「……ほら顔がリンゴみたい、です。食べ頃の果実、収穫はいつ頃?」
ハヅキは色っぽくささやいて耳たぶにキスすると、レアンの体に電気が流れたみたいにビクンと跳ねた。
「ひゃう!……その……あう」
レアンは言葉にならない声で返事すると、ハヅキは「フフ……」と満足したように笑って立ち去る。
「よーし!そろそろ入れそうだよ!……ってレアン、どうしたの?顔真っ赤で。熱でもある?」
次にサツキが帰ってきてレアンの様子が変なことに気づくと、両肩に手を置いて自然な動作でおでこを合わせてきた。
「にゃ!」
サツキの顔が近い。
すぐ目の前に可愛らしい顔があって、あと少し近づけばキスできそうだ。
「んー?熱いね!風邪でも引いたのかなー?……なんで猫なの?」
「にゃ!にゃああ……!」
サツキにとっては熱を測るだけでも、今のレアンにとっては刺激が強かった。
「変なレアン。……内緒だよ?ん☆」
するとそこでサツキが一瞬だけ唇を合わせてきて、レアンが目をパチパチさせる。
親しい家族のような自然なキスだったので、逆に冷静になれた。
「ありがとうございます、サツキさん」
「お礼いうなんて変なレアン。あ、ほらママが帰ってきた!」
サツキの声に外を見ると、キョーコが許可証を持って客車に座る。
御者台で待っていたミヤコが手綱を握り「……参るぞ」声をかけ、隣のシュウメイが「ごー!」と声を上げた。
「おまたせ~♪意外にすんなり入れたわ♪昔よりかなり通行料が上がっていたから、あまり何度も入りたくないわね」
馬車のまま門をくぐり、西区角と南区画の間の大通りを進んでいく。
北区画は法属性の人たちが集まり、法の神イウリファスの教会がある。
南区画は混沌属性の人たちが集まり、混沌の女神クラヴィレスの教会がある。
今回向かう西区角はドワーフや中立の人間たちが主に住む区画だ。
都会になればなるほど、その住み分けが重要になってくる。
「憧れの王都に到着ー!☆……でも思ってたほど活気がないね」
サツキのいう通り今のフェイルナールはあまりにぎやかではなく、大通りはそれなりに露天商は並んでいるが人は多くない。
「……それはいわない約束、です。母さんとパパ以外ここに来たのはレアンくらい?」
「どうでしょう?ボクは九歳の時だから、およそ二年半前に来ました。ずっと馬車の中で、危険だからと窓を開けるのも禁止されていました」
ハヅキの質問にレアンが答えると、シュウメイが御者台の方から声をかけてくる。
「なんだそれは!せっかく来たのに、金持ちは面倒なんだな!」
「……王都にいる間は狙われないが、どの馬車に誰が乗車していると知られると帰り道で襲われる危険もあるゆえな」
すると横のミヤコが答えて、レアンがその時のことを思い出した。
「そういえば王宮からの帰りは、新しい馬車をエリック様が用意してくれました。そういうことだったのですね」
つまり馬車を替えることにより、有力者がどれに乗っているかわからなくなるのだ。
昔からの伝統なのかはわからないが、もしかするとエリック王の計らいかもしれない。
「ここからが西区角よ♪馬車が通行禁止なので、降りて歩くからね」
入口から王宮のちょうど中間にある入口で馬車を預け、キョーコを先頭に徒歩で入った。
西区角はドワーフ専用住居エリアが三分の一程度あり、彼らが作った良質な武具をはじめとする鍋や包丁などの金物、建材や美術品の店があり職人通りとも呼ばれている。
「相変わらずここの店の数は桁が違うのう」
ミンクゥがいう通り武器屋も目につくだけで一〇軒以上あって、このエリアは人が多く活気もあるように見えた。
物珍しそうに姉妹とシュウメイが店を見ながら歩いていくと、キョーコが細い路地に入っていく。
「確かこっちよ。この裏通りを抜ければ」
キョーコが先導して裏路地に行くと、道端に物乞いがたくさんいて虚ろな目でこちらを見
る。
横を通る時にひどい悪臭がしたが顔に出さないように気をつけていると、その中にやせ細っているレアンと同い年くらいの少年がいた。
目があって思わず立ち止まったレアンは、財布の紐を緩めて銀貨を一枚取り出す。
「これ、どうぞ」
少年の手のひらに直接渡すと、彼は頭を下げ口をパクパクさせるが声は聞き取れなかった。
「あ……サツキも」
「ダメよ」
レアンの行動を見てサツキも財布を取り出そうとするが、キョーコに止められる。
「…………!」
頭を下げる少年に笑いかけ立ち去ろうとすると、他の物乞いが群がって銀貨の奪い合いをはじめた。
「……っ!それは!」
レアンが気づいて文句をつけようとすると、ミヤコに両肩へ手を置かれ「……レアン殿」と首を横に振られる。
「……はい」
彼らには彼らの世界がある。
その後どうなるかまでレアンは関わってはいけない。
「……以前の王都にはこんな世捨て人たちはいなかったのに。時代がそうさせたのかしら」
つぶやくキョーコの声には何の感情も感じられない。
レアンは奴隷となった方が、食事を与えられる可能性が高いことを知っている。
はたしてどちらが幸せなのかわからなかったが、レアンは二度と奴隷時代に戻りたいとは思わなかった。
(続)