第六話 シーン六【ハヅキとの夜の当番】
第六話 シーン六【ハヅキとの夜の当番】
(レアン・サイド)
オグト牧場でお世話になったレアンたち一行は、早朝から王都フェイルナールに向かって出発した。
「元気でなぁ~!」
「娘にあったらよろしく!」
ゴンザとエキナが手を振り見送る中、馬車の後ろの席でレアンとサツキが手を振り返す。
「はーい!わかりましたー!お元気でー!」
「本当にありがとー!」
オグト牧場からプリメ村に戻って街道を西に五〇キロ行くと、中央大陸を縦断するスズラー河がある。
比較的川幅が狭い部分にかかるイトラ橋を渡ると、王都まで残り一〇〇キロだ。
その日スズラー河東口についたのは一五時頃で、イトラ橋の東西にある宿泊先を迷った末渡ってから泊まることにした。
大きい宿屋の前に馬車をとめてミヤコが確認してくると、すぐにオッケーが出たので荷物を中に運び込んでから馬車を敷地内に移動する。
「ここは以前にも来たことがあるのう。いつのころじゃったかの?」
するとミンクゥが宿屋の入口を入った所で、天井や食事スペースを見渡し何かを思い出しているようだ。
「……二〇年前の決戦の前よ。当時この辺りは最前線だったから、王国が一時的に管理していたけど」
疑問にキョーコが答えて、荷物を持って二階に上がる。
ミンクゥは「おお、そうじゃったな」と頷いてちょこちょこ後をついていくと、レアンたちは顔を見合わせる。
「昼も食べてないし、人数も多いから早めに頼んでおこっか」
サツキが提案して、七人分の食事を主人に頼んでから荷物を運んだ。
「……そうか。ここが『地竜の跡』に一番近い場所だったな」
用事を済ませて一階におりて食事をしている時、ミヤコが思い出したように口にする。
「地竜の跡……神竜戦争の跡地ですよね。今は平和になって、観光スポットとして立ち寄る人もいるみたいです」
この話はレアンが母から聞いたのだが、父は徹底して神竜戦争について触れなかったのを思い出す。
「南方との境界線にある、貿易都市ヴィタラへ続く道のひとつがそこを通るわね。でも王国が管理して、遠目にしか地竜の姿を見れないようだけど」
キョーコが話していると、宿の主人が食事を持ってきて声をかけてくる。
「なんだ、あんたら詳しいじゃないか。こっちの人間かい?」
「あ、ううん。冒険者だから色んな所に行っているだけだよ、おじさん」
「……中央寄りで活動しているとみんな知っていると思う、です」
まさか八英雄がいますなんていえず、姉妹が適当にごまかす。
その後食べ終えて、みんな同じ部屋に集まってこれからの行動を確認することになる。
「王都フェイルナールには私が英雄時代の武器を取りに行くことが主な目的よ。前にユグノスを竜気功で脅したけど、本当にこの力だけで倒せたかは疑問だから」
キョーコの説明を聞いて、サツキが腕を組んだ。
「ねぇ、サツキもその竜気功の力を使えないのかな?もし使えるのなら、戦力アップになりそうだけど」
その質問にはミンクゥが答えてくれる。
「結論からいえば可能じゃろうな。しかしキョーコもその力を発動したのは、瀕死の重傷を負った時じゃった。何かのきっかけがあれば使えるようになるかもしれんの」
「……厳しい発動条件、です。どうやって絞り出しているの?」
ハヅキが眉を寄せると、キョーコが実践してみせる。
「基本的にはシュウメイちゃんも使っている気功の一種だと思うわ。こう……深呼吸して体の奥底からある一点に、もしくは全身に行き渡らせるの」
そうしてキョーコが目を閉じてゆっくり呼吸をすると、右手の拳に赤い気が立ち上る。
「……こう?……ヒッヒッフー。ヒッヒッフー」
「それは赤ちゃんが産まれる直前の呼吸じゃの……」
「フフ……」
ハヅキが何やら特殊な息遣いをしていたが、ミンクゥから突っ込まれて口元を緩ませる。
「練習するなら付き合うぞ!武器がなくても戦えるし、防御にだって使える。例のグレープサーモンから攻撃されたときも、無意識に使っていた。なければ気絶していたかもしれん!ふははは!」
シュウメイが高笑いをして、無謀に上位悪魔に突っ込んで軽傷なのはそのおかげかもと納得する。
「じゃあひとまず今日はこれでおしまい♪王都まで一〇〇キロちょっとだから三日目の昼前には着くと思うわ。じゃあ、みんな。おやすみなさい」
最後はキョーコが締めて解散となった。
(ハヅキ・サイド)
イトラ橋の宿を出て二日目の夜、ハヅキの希望でレアンとペアの当番にしてもらった。
焚き火を一晩中維持するため、ふたりで向かい合って座る。
季節は二月上旬で比較的温暖な王都周辺でも、夜は結構冷え込む。
「寒いですね……はふ」
レアンは手をこすりながら毛布の中にくるまる。
ハヅキはそんな彼を見ながら考え事をしていた。
サツキと違ってわかりやすく好きという感情はないが、可愛い弟ポジションだ。
レアンがどういう反応するか知りたくて、キョーコが材料を採取する時も魔法で声を拾って聞いたこともある。
「……寒い?そう?」
ハヅキは首を傾げて立ち上がると、レアンの座っている岩の隣にお尻をくっつける。
彼とならオトナの関係になってもいいかなって、時々思う。
なぜならハヅキももうすぐ十七歳。
十五で大人の仲間入りで、結婚もできるしお酒も飲める年齢だからいろいろ興味があるからだ。
好きな読書で恋物語を読めば、夜の濃密なシーンにもあたる。
「あ、ハヅキさん……」
隣に来たので避けてくれたレアンにさらに近寄る。
母より大きなお尻で場所を専有すると、レアンは狭そうにしながらも嫌な顔はしなかった。
「……レアンは秘薬の材料を採取されるの、好き?」
「にゃ!にゃんでそんなことを⁉」
ハヅキからの突然の話題にレアンが驚きに目を見開き、一瞬で顔を赤くする。
「……別に。少し興味あるだけ、です。それでどうなの?」
「……き、貴重なお薬のお役に立てて……嬉しく思っています」
あくまで建前を話すレアンだが、ハヅキは知っている。
誰の前でも見せたことのない切ない声をあげることを。
「……それは本当の気持ち?」
ハヅキは耳元でささやき体のやわらかい部分を押し当てると、レアンは耳まで真っ赤になって目をぎゅっと閉じてしまう。
「キョーコさんに触られるとふわふわして、すぐに何も考えられなくなるんです」
そして切なそうに目を潤ませこちらを見てくるレアンにキュンとしてしまい、あくまで冷静さを装いながら熱い吐息を耳に当てる。
「……そう。私としてみる?」
「えっ?」
「……採取の練習」
「だ、だめですよ……そんなことをしたら。あっ……」
驚くレアンの服を脱がしていくと最初だけ抵抗していたが、レアンは期待と不安の入り混じった顔でハヅキを見つめてくる。
「……大丈夫、です。採取道具は持ってるから」
ハヅキは道具袋を見せてからレアンの前ボタンをすべて外すと、刃物傷が現れて少し胸が痛む。
あの優しいオリアーナに育てられた少年が、これほどの傷を負うのは耐え難いことだろう。
家族みんなは触れないようにしているが、真夜中に部屋の中や外に出て嗚咽しているのを何度も見かけた。
そんな時は気づいたキョーコやサツキが甘えさせたり、ハヅキが体をくっつけたりして寝ている。
「ハヅキさんダメです……こんなこと」
レアンには罪悪感が勝るようでイヤイヤと首を横に振るが、ハヅキは彼にもっといい思いをして欲しいからやめはしない。
「……どうして?母さんとはしてるのに」
「秘薬には必要ですし、今の自分ではうまく採取できないから……」
「……そうなの。じゃあ、こんなのは?」
ハヅキが耳を甘噛みすると、彼は眉をハの字にして切なそうに人差し指を横向きに咥える。
「そんなこと……ダメです……ふわあっ」
次にうなじを指先で撫でると、上擦った声を出すのが可愛すぎてゾクゾクとしてしまう。
「……採取じゃなくて、エッチなことする?」
なぜそんなことを口走ったのかわからない。
だけどレアンのこんな姿を直接目にしたら、抑えがきかなくなる。
「ダメです……それは好きな人同士が、結婚してからするものです」
「……母さんとはエッチしてないの?」
「していないです!採取だけですから……本当です」
レアンはふるふると首を横に振るが、どうして母は理性が耐えられたのか不思議だ。
「……じゃあ私のことは好き?」
「えっ?そ、それは……」
レアンが質問に答えられず固まったところを、抱きしめてキスをする。
ハヅキにとって家族以外ではじめてのキス。
慣れていないのをごまかすために、すぐに離してもう一度唇を重ねて押し付ける。
「んっ……。あ……ハヅキさん」
レアンの驚いた顔が二回目でボーッとした表情にかわり、潤んだ瞳を見ていけると確信する。
ふと妹の顔がよぎるが、後か先かの問題だ。
何より我慢はよくない。
「いただきます、です」
ハヅキは美味しいものこそ先にいただくのだ。
毛布を敷いた地面にレアンを押し倒して上に乗り、切なそうにこちらを見る彼の視線を絡め取る。
パキッ
だがそこで枝を踏む音がして、慌ててその方を向く。
「……誰?」
そこには通りがかったシュウメイが、立ち止まって眠そうにこちらを見ていた。
「ん……おしっこ」
そのまま目をこすりながら、去っていく。
「……今日はここまで、です」
「……はい」
ハヅキも来訪者で一気に頭が冷えて、レアンに服をきちんと着せると隣にくっついて交代まで見張りをした。
(続)