第六話 シーン一【風まとう竜の祭壇】
第六話 シーン一【風まとう竜の祭壇】
「このりゅうみゃくをひつようとするならば」「ひつようとするならば」
『……われらにちからをしめされよ!』
サツキの治療のためにたどり着いた竜脈の祭壇。
その最深部にいた守護者の少女たちは、二メートルの風のドラゴン二匹へと姿を変える。
「みんな、いっくよー!」
サツキの声に全員が構えて、レアンが神への祈りをはじめる。
「はい!『我が神イウリファス様、どうか我々に守りの加護をお与えください。プロテクション!』」
護りの力が全員を青い光で包み、その瞬間戦士たちは駆けていった。
「ウチからだ!ふうっ!」
シュウメイが向かって右のドラゴンへ肉薄しようとする。
『させるか!』
黄緑色のドラゴンはかまいたちを放って迎撃するが、護りの壁を薄く切り裂いただけで止められずに強烈な回し蹴りを浴びせられる。
「サツキだって!」
サツキはショートソードを片手に、左手のドラゴンへ向かう。
『これはどうかな?』
そのドラゴンがかまいたちを生み出した瞬間に、サツキの投げたダガーが額に刺さり動きを止める。
「今!お姉ちゃん!」
「……おけ『原初なる力をもって、かのものを貫く槍とならん!エナジー・ランス!』」
サツキが横に飛び退いたところに、後ろからハヅキの魔法の槍が飛んできて首筋に刺さる。
「……参るぞ!『五十三式……孤影撃‼』」
次にシュウメイの後を追ったのはミヤコだった。
右側ドラゴンの次手が来る前に猛スピードで近づいて、カタナの上段から振り下した刀身を上に斬り返し、二刀流の反対の手が上下、さらに右と左から計六回の連撃を放つ。
『なんだと⁉』
あまりの速さにドラゴンは翻弄されるが、本命の一撃……最後のひと振りのみが横に切り裂く。
「じゃあ、次は私♪竜気功発動……はあっ!」
最後にキョーコが視界から消えると、左側ドラゴンの真横に移動して肩からの当身を入れる。
ドウンッ!
その衝撃で二メートルの風の守護者は吹き飛ばされ、遠くにいた仲間のドラゴンを巻き込んで壁に激突した。
「くふ♪最後はわしの出番じゃ……何⁉敵がいない⁉」
最後に出てきたミンクゥは、目の前にドラゴンがいないことに驚き口をポカンと開ける。
「てかげんを」「てかげんを」
「しらぬとみえる」「しらぬとみえる」
やがて六歳くらいの少女に戻った守護者たちは、目の前に戻ってくると不満顔でレアンたちを見た。
「えっと、これで試練は終わったのでしょうか?」
レアンが尋ねるとふたりの守護者たちは大きく頷き、高くなった祭壇を指差して同時にしゃべる。
『さいだんにあがるがよい』
促されて全員で祭壇へ登るとミンクゥが眠っていた同じ棺桶のような装置があり、地面に管がつながっているのも一緒だった。
「少し待っておれ……開いたぞ。では、サツキはここに横になるのじゃ」
ミンクゥが古代装置のボタンを押すと装置のフタが開いて、そこにサツキが入る。
「う、うん……いいよ!」
サツキが横になって緊張した面持ちで告げると、ミンクゥはノーツの村で新調したコートを外して薄着にななる。
「では今から祈りの儀を行う。少しだけ痛いかも知れぬが、我慢するのじゃぞ」
ミンクゥは真剣な表情になると、厳かに宣言して舞いはじめる。
『我は竜の巫女ミンクゥ。竜脈の力よ今ここに集え。呪いを受けし彼女を災厄から解き放ち給え……!』
ミンクゥが舞うたびに祭壇全体から黄緑色のキラキラが集まって、装置に向かって集まりサツキに吸い込まれていく。
ハヅキが施してもらった前回と違い、この祭壇の力は色も違って渦を巻いてレアンたちの髪を乱す。
「うわわ……」
「……レアン殿」
風で足をすくわれないように踏ん張っていると、ミヤコが隣に来て抱き寄せてくれたのでしがみついた。
隣ではキョーコの左右にハヅキとシュウメイが寄り添っている。
「……うっ!くっ……!……っ!」
自分の体を抱きながら痛みの声をあげるサツキは、歯を食いしばって苦悶の表情を浮かべている。
「……頑張ってサツキさん。どうかイウリファス様……少しでも彼女に安らぎを与え給え」
儀式中は触れることも許されずレアンは小さく祈る一方で、嵐の中で風と共に舞うミンクゥの美しさに感心する。
三〇分におよぶ舞いが終わって風が止むと、汗だくのミンクゥがふぅと大きく息を吐く。
「……無事に終えたようじゃ。見てやってくれんかの?」
竜の巫女の声にハヅキとキョーコが駆け寄り、レアンもその間からそっと覗き込むとサツキは苦しそうに荒い呼吸をしていた。
「……サツキ!」
「サツキちゃん!」
ふたりが声をかけるが意識は戻らず、レアンが額に手を当てるとかなり発熱している。
「一度神の奇跡を使いますね『我が偉大なる神イウリファス様、どうか癒やしの力をお与えください。ライト・ヒール!』」
手をかざし癒やしの奇跡が青くサツキを包むが、ハヅキの時と同様にあまり効果はないようだ。
ミンクゥがいうには、ロスト・イデアルの限界突破に伴うものは必要な代償であって呪いの類らしい。
それでも普段あれほど明るく元気なサツキ苦しそうな顔をしていると、何もせずにはいられないのだ。
「……やはり必要なのは休息のようだ。俺が背負ってもかまわぬぞ」
ミヤコは申し出るが、ハヅキが首を横に振る。
「……サツキに負担が少ない方法考えてきたから。だから私が……『原初なる力をもって、我が体を大地より解き放つ羽とならん!フライト・ウイング!』」
ハヅキが古代魔法を唱えると、体全体がぼんやりと光る。
そして何人かで装置からサツキを運び出すと、キョーコがハヅキの背中にロープと毛布を使って痛くならないように結びつける。
「お願い、ハヅキ。私も追いかけるから」
「……うん。みんなは後からゆっくり着いてきて」
ハヅキが背中を向けたままつぶやくと、サツキを背に空中に浮かんだ。
レアンたちに手を上げて、そのまま出口の方に人間が走るくらいのスピードで飛んでいく。
すぐにキョーコが走り出して、驚いたシュウメイが後を追う。
「らおしー!ウチも負けないぞぉぉぉっ!」
シュウメイの声が残響音となって、置いていかれたレアンはミヤコを見た。
「……えっと、行きましょうか?」
「……そうだな。しかし巫女様はお疲れのようだ」
ふたりでミンクゥを見ると、見た目八歳の少女は甘えるようにレアンの後ろから抱きついてくる。
「レアンよ、疲れたのじゃ♡わしをおんぶしてくれんかの♡」
背伸びして耳元で甘くささやかれると、妖艶な色香に背筋がゾクゾクしてしまう。
ミンクゥの汗だくの肌が背中に押し付けられ、小動物のような独特の匂いがまとわりついてレアンはパニックになってしまう。
「み、巫女様!困ります……!汗をしっかり拭いてもらって、それからにしてください!」
「そうかの?汗臭いメスは嫌いかの?♡」
「そ、そんなことはないですけど。その……ベタベタ……。うー、お願いですから!」
レアンが懇願すると、ミンクゥはようやく離れてタオルで汗を拭う。
「くふ♡本当におぬしは可愛い子よのう♡」
きれいになった竜の巫女はレアンを見て妖しく笑い、見た目にそぐわない艶っぽさにレアンは顔を赤くして下を向く。
「……では参ろうか」
それまで静観していたミヤコが促して三人で入口へ戻っていくと、一時間くらい経った所でシュウメイが座って休憩していた。
「シュウメイさん、大丈夫ですか?」
「……べ、別にバテてなんか無い!お前らが来るの遅かったから、ここで待っていただけだ!」
立ち上がるシュウメイにレアンが癒やしの奇跡をかけると、シュウメイは小さく「……ありがとう」とつぶやく。
「……キョーコ殿は先に行かれたのか?」
「うむ。ウチも必死に走ったが、らおしーは階段が長いこと続くのに、ずっと同じペースで走っていってしまった。……弟子のウチがいうのもなんだが化け物だな」
ミヤコの質問にシュウメイはげんなりした顔をする。
「くふ♪おぬし、師匠をまだ甘く見ておるようじゃな。ニンジャは誰しも総じて一日一六〇キロ走るというし、キョーコは一〇日で二〇〇〇キロを踏破できる傑物じゃぞ♪」
「え……?」
「らおしーは人間なのか⁉」
ミンクゥの言葉にレアンとシュウメイは絶句するが、ミヤコは目を伏せて神妙な顔をする。
「……ニンジャは俺が望んでもなれるとは到底思えぬ。みな人を外れた存在だ。だからシュウメイ殿と同じように、東方の民にも恐れられているのだ。……さあ、参ろうか」
ミヤコがまた歩きはじめて、他の三人は慌てて後を追った。
「お♪みんな来たわね♪馬車の準備は出来ているから、さっそく行きましょう♪」
竜脈の祭壇・風から出たレアンたちを、キョーコが出迎える。
だがシュウメイはさきほどの話を聞いてしまい、近づく前に立ち止まってしまう。
「らおしー……食わないでくれ」
格闘娘が少し怯えた目で見るのをキョーコは不思議がるが、なんとなく察したのかシュウメイの頭を撫でた。
「……どうしたの?取って食わないわよ♪……またミンクゥにあることないことを吹き込まれたんでしょう?」
キョーコはしゃがんで視線を合わせると、シュウメイがうつむいたのを見て優しく抱きしめる。
「らおしー……」
「隣に座って話しながら行きましょ♪」
「しー……」
御者台にキョーコとシュウメイが座って、残りが客車に乗り込む。
「……おかえり、です。サツキは私の時よりはだいぶいい方みたい」
そこにはハヅキがいて、サツキが寝かされた横に座っていた。
胸元が楽なようにはだけられていて、そちらをあまり見ないようにして容態を確認する。
たしかにハヅキを『解呪』したあとの苦しむ姿に比べると、比較的落ち着いている気がする。
「わかりました。ハヅキさんもお疲れのようですし、あとはボクが看ますので休憩してください」
「……ありがとう。魔法力も残ってないから少し寝る、です」
レアンの提案にハヅキが横の壁に寄りかかって、すぐに寝息を立てはじめた。
「こちらはいいぞ、キョーコよ」
「じゃあ、出発するわね♪はっ!」
ミヤコが対面に座りミンクゥがその隣に座って御者に声をかけると、キョーコが馬車を走らせる。
ハヅキでの経験があり、みんな慌てずに行動できてそれほど焦りはない。
これから王都に近いプリメ村で休息することも決まっている。
「サツキさん……頑張って」
レアンはサツキの苦しそうな顔を見ながら、彼女の手をそっと握った。
(続)