第五話 シーン一【幼き日の姉妹と今の母娘カンケイ】
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「ワンコイン少年と母娘パーティー」の続編です。
(前回までの簡単なあらすじ)
「おねショタ」x「古典ファンタジー」
貴族として平穏な暮らしをしていた十一歳の少年レアンは、フェルナ王宮からの使者『宮廷鑑定財団』の陰謀によって家族と引き離された。
その後イマイ家の三人の冒険者パーティーに拾われたレアンは、様々な冒険をした。
ハーピーと誘拐された子どもの話。
セイヒツのダンジョンでの王女レティとの再開。
少女リーナとの出会いと別れ。
闘技大会でのドラゴンとの死闘。そして形見のペンダントの力から現れた謎の武器。
やがて姉妹の呪いを解きつつ故郷への道を行くレアンと母娘パーティー。
まだ幼い少年に待ち受けているのは、どんな未来だろうか。
第五話 シーン一【幼き日の姉妹と今の母娘カンケイ】
(ハヅキ・サイド)
ハヅキの幼い記憶で一番覚えているのは、キョーコとの再会だった。
中央大陸で北西に位置する大聖堂で姉妹で五歳の誕生日を祝ってもらい、その数日後本当の母親を名乗る女性が迎えに来たのだ。
「お母様、大変です。キョーコ様が戻られました~」
いつも姉みたいに世話をしてくれる、八歳の金髪少女エルが部屋に顔を出す。
本当は長い名前だが、覚えきれないのでエルお姉ちゃんと呼んでいた。
「まぁ!ほら、あなたたちの本当のママが迎えに来たみたいよ~♪」
エルの母でいつも優しい大人の女性オリアーナが、赤ちゃんのいる大きなお腹を抱えて迎えに行くと茶髪の少女と一緒に戻ってくる。
「ハヅキ!サツキ!迎えに来たわ!ごめんね、ずっと会えなくて……」
少女はいきなりハヅキたちを両腕で抱きしめて、泣き出してしまう。
「……母さん?」
「……ママ?」
記憶にない母に姉妹とも戸惑うが、生後半年でここに預けられたらしいので仕方ない。
それに当時は見た目が近くにいた十五のシスターより若く、母親っぽさがないせいもある。
しばらく抱擁して離れたキョーコに、オリアーナが尋ねる。
「あなた、全然見た目変わっていないわね~。五年近く何をしていたの?」
「……ある組織との関係を片付けてきたわ。本当にありがとう、オリー」
「そうなのね、大変だったでしょう。それで、すぐに旅立つの?」
「うん。これ以上迷惑を掛ける訳には行かないから。お礼といっては何だけど、これを教会のために使ってほしい」
キョーコが差し出した袋をオリアーナは受け取り、中身を見て驚く。
「これ金貨三〇〇枚はあるじゃない。こんなに受け取れないわ~。それにこれからの生活費も必要でしょう?」
「ううん。赤ちゃんの時に理由も聞かず預かってもらって、本当にありがとう。これでも少ないくらいよ。お金で済む問題じゃないとわかっているけど、気持ちが収まらないから受けとって」
そしてキョーコはオリアーナとしばし抱き合ってから、ハヅキとサツキの手を取った。
「じゃあ、ふたりとも。みなさんにサヨナラの挨拶しなさい?」
急な別れの話にサツキがわんわん泣き出してしまう。
「おいあーなママ!やだ!サツキここがいい!うわああああん‼」
「……ごめんね、これからは本当のママがずっとそばにいるからね~」
泣きじゃくるサツキを、オリアーナが柔らかく包んで優しく撫でる。
「……オリアーナさん、ありがとう。エルおねえさんも」
「あら~♪ハヅキちゃんえらいわね~♪またいつか会えるわよ~♪」
ハヅキは姉代わりのエルにも挨拶すると、抱きしめられて唇にムチューッとキスされる。
「本当にお世話になりました。じゃあ、ふたりとも」
「……おいあーなママ、ばいばい。ぐすっ……えぐっ。エルおねえちゃん、ばいばい。ぜったいあいにいくから!」
「……おせわになりました、です」
別れ際にキョーコからいわれてサツキ、ハヅキの順で頭を下げる。
オリアーナとエルにもう一度ハグして、三人で大聖堂を去った。
それから東の小さな村ラパンに行って三人で暮らした。
ハヅキもサツキも最初はキョーコを母親として受け入れられなくて、よそよそしい感じだったと思う。
それでもキョーコは離れた時間を埋めるようにずっとそばにいて、一緒に勉強をしたり遊んだりお風呂に入ったりして、ご飯を食べて同じベッドで寝た。
一年以上が過ぎて六歳になったある日、三人一緒にベッドで寝る準備をしているとサツキがこんなことをいいだす。
「ねぇママ。パパってどこにいるの?」
「それはね、サツキ……遠い所で眠っているのよ」
「そうなんだ。パパずっとねむたいのかな?」
「そうね。もしかすると、私たちが会いに行ってもずっと眠ったままかもしれないわね」
遠い目をするキョーコにサツキが「よくわかんない」と口を尖らせるが、ハヅキが察してサツキに紙を束ねたものを見せる。
「……サツキ、今日はあたらしいおはなし作ってきた。ききたい?」
「うん!ききたい!おねえちゃんの作るおはなし、好き!おねえちゃんも、好き!」
サツキはハヅキに抱きついてほっぺにチューしてくる。
五歳までに染み付いた、エルの影響だろう。
ハヅキはべったりついたツバを袖で拭うと、隣に寝っ転がってサツキに読み聞かせる。
「……今日はでんせつのドラゴンの卵のはなし、です。ある日女の子が川であそんでいると、かわのじょうりゅうから、卵がゆらゆらとながれてきました」
「それでそれで?」
「……おどろいた女の子は近くの棒でタマゴをひきよせると、もってかえってへやにおいておきました。するとよるにタマゴがわれて、中からドラゴンの赤ちゃんが生まれてきたのです」
「へー!すごーい!」
お話をワクワクしながら聞くサツキに、姉らしくハヅキは続ける。
あの時ハヅキは「遠い所で眠っている」とはこの世にはもういないと思っていた。
だからあまりこの話はしないようにと幼心に誓ったのだ。
「すぅ……すぅ……お姉ちゃん……えへへ」
ハヅキの力作の絵本を読み聞かせているうちにサツキは眠ってしまう。
そこでハヅキは布団をかけてあげて、本を閉じて寝る準備をする。
ベッドはサツキが一番右端で、真ん中がハヅキ、左端がキョーコの並びだ。
「ハヅキちゃんはお姉ちゃんしていて偉いわね♪でも、ふたりきりの時は遠慮しないで甘えていいのよ♪」
隣で見ていたキョーコは、ハヅキの頭を撫でてくる。
ハヅキは聞いていないふりをして、反対を向いて布団に入ってしまう。
「ハヅキちゃん、ママは寂しいよ~」
背中側でキョーコは泣きそうな声を出してすり寄ってくる。
「……私はそんなことない、です」
キョーコのことを嫌いではないが、なぜか冷たい態度をとってしまう。
「ぐすん。じゃあ、勝手に抱きついて寝ちゃうから」
「……好きにして」
最後まで素直になれずにいると、キョーコが後ろから抱きしめてきた。
ふかふかの胸に包まれると、物心ついてずっと母親代わりだったオリアーナを思い出すのか安心する。
「……母さん」
「なぁに?ハヅキちゃん」
ハヅキはもぞもぞとキョーコに向き直ると、同じ色の目を見る。
「こんどはいなくならないでね」
「もちろんよ」
ハヅキはそれを聞いて安心して、キョーコに抱きついて眠りについた。
その約束は結局三年間しか守られず、八歳のある日手紙が残されていた。
『お母さんは少したびに出ます。今度こそずっといっしょにいられるように、話をしてくるから。身の回りは村長さんにお願いしてます。やくそくやぶってごめんね。サツキとハヅキが大好きなママより』
「ママがいなくなったよぉ!ママぁ……ママぁ……!」
「……大丈夫、サツキには私がいるから!」
泣きじゃくるサツキを抱きしめて必死になだめ、ハヅキは無責任な母親を恨んだ。
次に帰ってきたのはふたりが十歳になった時だった。
ハヅキが夢から覚めると馬車の荷台の上だった。
今日はクーア・トワルスでの闘技大会が終わり、馬車旅を開始して五日目の夜。
西南西にある竜脈の祭壇まであと七日というところだ。
「……懐かしい夢、です」
ハヅキが生まれて最初に顔を覚えたのは、レアンの母の聖女オリアーナだった。
その次はオリアーナの娘エルネスティーヌで、三歳しか違わないのに姉のように世話を焼いてくれたのだ。
レアンの父ジョルジュは遠目にしか見たことはない。
あと大聖堂の人たちはとても親切にしてくれた。
それで夢の続きはどうなったかというと。
キョーコはラパン村から旅立つ時に貧しい村を救うほどの多額の寄付をする。
その恩を返したい村人たちや母親代わりの女性に育てられ、何不自由のない生活を過ごした。
姉妹が十歳の時にキョーコが帰ってくると村を去り、中央大陸のいろいろな土地を移動して暮らすことになる。
その間、ハヅキはいつかまたキョーコがいなくなる不安がずっとつきまとっていた。
しかし身勝手な母親だが、唯一血を分ける肉親なのだ。
「……っ!また傷が開いてる」
体を起こすと脇腹に激痛が走り、服をめくって傷を確かめる。
刃物で傷つけたような一〇センチの傷から出血しているが、これは定期的に傷が開いて治らない不治の病だ。
はじめて発症したのは七歳のころだろうか。
キョーコからは不治の病といわれているが実は知っている。
とある地方の司祭から「これは呪いの一種です」と聞いてしまったこと。
それはそれで仕方ないのだが、いつもより出血がひどい。
周りは全員寝ていて、レアンが隣にいたので癒やしの力を借りようかと思ったが、気持ちよさそうな寝顔にためらう。
「……やわらかほっぺ、です」
レアンの頬を人差し指で押すと指が吸い込まれ「んん……」と声を上げる。
これ以上やると起こしてしまいそうなので、かばんに忍ばせた布と傷薬を取り出す。
「どうしたの?傷が痛む?」
ハヅキの動きに気づき声をかけてきたのはキョーコだった。
足音を立てずにそばに来ると、傷の状態を見て眉をひそめる。
「かなり悪化してるわね、これはいつから?」
「……昨日くらいから、かも」
「参ったわね。秘薬は闘技場で使い切ったから、普通の傷薬で我慢してね。明日になったらレアンくんに神の奇跡を頼みましょう」
「……うん」
キョーコは手慣れた様子で手当をして、包帯をキレイに巻きながらつぶやく。
「やっぱりどこかで時間を作って、秘薬の材料もお願いしなきゃね」
ミヤコもシュウメイもいる馬車の旅である以上、採取のチャンスが無いのはハヅキも理解できる。
「……私が採取しようか?」
ハヅキは何気なく出た言葉に自分で驚き、キョーコはわずかに眉を下げ頷く。
「……そのうちお願いしてもいいかな『生命の雫』はハヅキちゃんも作れるし、あとは増強か回復なんかの調合のレシピだけだからね」
「……うん」
ハヅキはレアンの安らかな寝顔を見て、彼のことを考えてみた。
レアンはとてもいい子だ。
誰にでも優しくて、誰かのために一生懸命になれる素敵な子。
ハヅキがからかうと反応が楽しい純真な少年で、弟みたいな存在だ。
そんな子から採取するとなると自分でもためらうと思っていたが、さほど抵抗はない。
そう、他の材料である血液や心臓よりはよほど健全だと思うから。
何よりハヅキも十六歳の大人なら大いに興味はある。
「ハヅキちゃん……ごめんね」
キョーコからこぼれた声に母の顔を見ると、泣きそうな顔に見えた。
きっとこんな体に産まれたことに負い目を感じているのだろう。
でもこの傷以外は健康体だから別に恨んではいない。
「……ん、別に。ありがとう、包帯」
お礼をいって横になりキョーコと反対を向くと、少しの間キョーコの視線を感じていたがやがていなくなった。
どうも素直になれないハヅキだが、このくらいの母娘関係でも別に問題ないと結論づける。
それはまたどこかに消えてしまいそうな母への、防衛本能なのかもしれない。
(続)
おまたせしました。
週1くらいのペースで更新していけたらと思います。