ライナとミレーヌのお茶の時間
ライナ視点
「え? モングレル先輩、ウチらのパーティーと一緒にやるの断ってたんスか?」
「んー、一度それとなくおすすめはしてみたんですけどね。アルテミスと一緒は気が向かなかったみたいで」
「えぇー……なんスかそれ……」
収穫期。それはギルドマン達にとって仕事の季節。
故郷に戻って収穫を手伝いにいく者もいれば、この時期特有の貢献度稼ぎのために仕事に奔走する人も数多くいる。
私のいるパーティ、アルテミスはほとんどが女性なもんで、貴族街の御婦人の護衛とかで仕事が結構ある。
けど、今回の派遣警備はそういうのとは関係なかったんだけど……モングレル先輩のことだから、女だらけなのは嫌だとか言ってたんスかね。言ってそうスね……。
受付のミレーヌさんに頼んでみたけど、駄目だったかぁ。うーん。
「ライナさん、モングレルさんと一緒の方が良かったですか?」
「えーまぁはい。モングレル先輩とこの前会った時、ウチらがオーガの討伐を達成した任務あったじゃないスか」
「はいあれですね。ルス養蜂場に出たはぐれオーガ。アルテミスの大金星でした」
「うっス。……あの討伐よりも、クレイジーボアを大量に仕留めた時の方が偉いとか言って褒めてきたんスよ。ヤバくないスか」
「あ、あはは……」
オーガの強さくらい、モングレル先輩も知ってるでしょうに。
クレイジーボアを何頭仕留めたってあの激戦とは比べ物にならない。私だってめっちゃ頑張って戦ったし、そのことについて少しくらい褒めてくれたっていいのに……。
その後のボア退治の方がウケ良いってどーなってんスかねあの先輩は。
肉なんスかね。肉のことしか考えてなさそうスもんね先輩は……。
「だからまぁ……先輩と一緒に仕事して、私も成長したんだってところ、見せたかったなー……と」
「ふふ」
ミレーヌさんは私の話を聞きながら、薄く笑った。そしてペン立てに、最近流行っているらしいガラスペンとかいう筆を置いた。
どうやら仕事に一区切りがついたらしい。
周りを見回せば、昼過ぎの中途半端な時間なせいか、すっかり人もはけている。
「ライナさん。そこ、座ったらどうですか。私も少し休憩するので、ちょっとお話でもしましょう。お茶でも飲みながら」
「っス。あ、お金は払います。もちろん」
「あら、偉い。奢ろうと思ってたのに」
「大丈夫っス」
ギルドの中で飲むお茶は決して高いわけじゃないけど、結構落ち着く。
何より自分で稼いだお金でつく一息は、なんていうか地に足がついてるからか、満足感がある。
……村にいた頃は、こんな気分で休憩できなかったな。
「ライナさんも最近は落ち着きましたね。最初のパーティーから……本当に良かったです。都市外からやってきた若い人のパーティーは、すぐにリタイアするか、野盗に堕ちてしまうので」
「やぁ……でもキツかったスよ。何やっても稼げないし、うまくいかないし、怪我したら儲けどころじゃないスもん……正直、最初の頃は何度も思ったっス。村に戻って頭下げて、猟師に戻してもらおうかなって」
「一緒に村からこられたお二人はそうしましたよね? ええと、名前はなんでしたっけ。男の子と、女の子と……」
そう、私は三人で村を飛び出して、レゴールへとやってきた。
田舎者からしてみたら憧れの都会。ここでなら、村でやってきた狩りの腕前で大金を稼げるはずだって。
……まー、厳しい現実にぶち当たっただけだったスね。
色々あって馴染みの二人はさっさと村に戻っちゃったし。
「あの二人は良いんスよ。村でよろしくやってるっス」
「仲が良かったですものね」
別れて、私一人になってからはさらに辛かった。
一人だと効率が悪いし、色々とお金がかかるし、何よりも寂しかったし。
他のパーティーに入れてもらったりもしたけど、全然溶け込めなくて、失敗もするし、お金をだまし取られたりなんてことも……。
「……モングレル先輩に出会わなかったら、私も村に帰ってたかもしれないス」
一年とちょっと前くらい。
パーティーを転々としていた私は、レゴール近郊の森で野鳥狩りをしていた。
そこで出会った。
黒髪に、サングレール人のような白髪の混じった、一人ぼっちの男性と。
『ふっざけんなよなんで最大まで引き絞って撃った矢が弾かれるんだよ! この弓矢壊れてるんじゃねえの!?』
一人ぼっちのあの人は、市場で安売りされていたおもちゃのような弓矢でマルッコ鳩を撃ち落とそうとしていた。
やべー奴いるな、って思った。
どうみても片腕より短い弓だったし、矢だって矢じりがついてるけど短いし。矢羽が何故か一枚無かったし。
“そんな弓で狩りなんてできるわけないっスよ”って。
相手は知らない人だっていうのに、思わず口に出ちゃったくらい。
言った直後はしまったって思った。また変なこと言っちゃったせいで、怒鳴り返されるって怯えそうになった。
『マジで? じゃあどうしたら良い?』
けどモングレル先輩は、まだちっさい子供で、女の私に対しても、たぶん……対等に接してくれた。
侮りも騙しもしない。乱暴な真似も、馬鹿にするようなことも、絶対にしなかった。
『これ子供用の練習道具なの? 嘘でしょ? 600ジェリーしたんだけど?』
『逆にそういう弓の方が作るの大変そうだし、高いかどうかは私にはわかんないスね。ちなみに普通の弓だったらこんくらいの威力は出るっスよ、っと』
『うおお!? すげぇ! 速い! 武器じゃん!』
『いや武器スけど』
私が鳥を撃ち落とすと大げさなくらい驚いて。褒めてくれて。
『なぁ、この鳥さ。たくさん狩れるんだったらできるだけ狩ってくれないか? 内臓取って羽根毟ってくれるなら相場の四割増しで買い取るぞ。依頼はちゃんとギルドで出して良い』
私がお金に困ってることを知ると、自分じゃあまり得にならないような取引を持ちかけてきて。
『狩りだけして帰ってくるのもったいなくない? こういう山菜とか木の実とか取ってくりゃいいのに。門のとこで常時買い取りしてるぞ、コレとか』
『え、こんなの売れるんスか』
『煮詰めてジャムとかにするんじゃねえの。あ、でもこっちは揚げると美味い』
私に色々と、お金の稼ぎ方だとか、ギルドでの身の振り方とかも教えてくれた。
……地道な働きをアルテミスの人らに認められて、パーティーに入れるようになったのは、全部モングレル先輩のおかげだ。
あの人とパーティーになって何かをしたって経験はないけれど、ずっとずっと裏から支えてもらえてたのはわかっている。
だから、まあ。
一度くらい一緒にパーティーに入って、仕事とかしてくれても良いんじゃないかって、思うんスけどね。
「ふふっ。モングレルさんね。結構好き勝手やってるように見えて……実際に好き勝手やっているけれど、面倒見は良い人ですから」
「スよね。私もそう思うっス。変な買い物するだけの人じゃないっス」
ギルドでのモングレルさんの立ち位置は、変人だ。
迷惑なことをするわけじゃないし、明るくて友達とかも多いけど、まぁでも遊び人で、変人だ。
「……モングレル先輩も、一人じゃ絶対寂しいっすよ。私は先輩に寂しい思いしてほしくないんス」
そのせいか、モングレルさんはずっと一人だ。
この前も流れのやつらに喧嘩を売られたっていうし、絶対に危ないと思う。
だから、どこかのパーティーに入ってて欲しい。
……ウチらのとこでもいいから。
「まあ、そうですね。心配なのは私も同じです。けれど、あの人もきっと、色々と考えがあって一人でいるのでしょうから。私達が強制できるものではないですよ」
「……んーまぁそれはそうスね」
「大丈夫です。モングレルさんはブロンズとは思えないくらい強いですし、精神的にも……まぁ時々変なことはしているようですが、誠実なのだけは確かですから。少なくともあの方は、悪事を働いたりすることはないでしょう」
「まぁ、そうスね。悪いことするっていうのは、想像できないっス」
「きっと今も派遣先で、模範的な正義のギルドマンとして働かれていますよ」
正義、かぁ。
模範的な正義の……モングレルさんが。
「フフッ」
「うふふっ」
「や、何笑ってるんスかミレーヌさん」
「いえいえ、ふふっ。ライナさんも笑いましたよ」
悪じゃあないけど、正義っていうのもどうなんスかねーあの人。
いやすげー良い人なんスけどね。