包帯男の帰還
任務は達成した。
人に話すような内容の任務でもないので、帰り道は極々あっさりとしたものだ。
適当にソロで任務に出て、適当に終わらせてきた。そんだけ。
とはいえシルバーウルフをソロで討伐がちょっとやりすぎだってことはさすがの俺もわかっている。
推奨討伐人数はシルバー5人。つまり標準的なシルバー5人で囲んでリンチにして安全に倒せるってことだが、それは一人の死闘でどうにかなるものではないはずだ。
だからまぁ色々と罠を仕掛けて手こずりながらも……どうにか倒した。そんなオーラを出して帰還しなきゃいけないわけで。
というわけでやることは簡単だ。
ひとまず腕とか脚とか……額とか……なんかそんな所に包帯を巻いておけば良いってことよ。
「モングレル? どうしたんだその怪我」
「あー、これ? ちょっと任務でな」
が、考えが甘かったかもしれない。
「モングレルどうしたそれ! 怪我なんて珍しいな!」
「まぁうん。普通に討伐でこうなったわ」
「はー……お前がか……まぁソロじゃあな……」
さっさとレゴールのギルドで報告しようってのに、道行く知り合いが声をかけてくる。
いや考えてみれば俺ってほとんど怪我をしてなかったし当然の反応かもしれん。
それまでほぼほぼ無傷で任務を達成してた男が何故か包帯まみれで帰ってきたらこうもなるか。いかんな。ちょっとダメージ主張しすぎたかもしれん。
てかこれ説明どうすりゃいいんだ。なんて言おう。実は伊達包帯ですとは言えねえしな……。
ファッションで怪我人アピールとかめっちゃ白い目で見られるだろ。厨二病を名乗るには倍近く歳とってるぞ俺。
……さっさと副長のいるとこまで行って報告しよう。
あの人はいつもギルドにいるから昼間でも会えるはず……。
「ういーっす」
「あ、モングレル先輩……って、どうしたんスか、それ」
「……えっ? モングレルさん? うわっ……すごい怪我……」
あっ。ライナとウルリカだ。うわー知り合いに見られた。
やっべ、恥ずかしいなこれ。
「おー、二人とも今日は仕事じゃないのか」
「そりゃ……まぁ……そうスけど……それよりその怪我、なんなんスか」
「あーこれ? これはまぁ任務で少しな」
「少しって……全然そんな怪我には見えないスけど……」
右腕と左足と額に巻いてるけど、この中で唯一怪我してるのがススキの葉っぱで切り傷を負った右腕だけなんだよな。帰り際にススキで遊ぼうとしたら普通にスパッと切れて痛かった。皮の表面切れた感じ。
「あの、モングレルさん……その怪我大丈夫? 任務って何を……?」
「いやーまぁ、討伐をな。今から報告だから、じゃあな」
二人を振り切って、いつもより少しだけ心配そうな顔をしたミレーヌさんに証書を渡した。
一応話の一部分は伝わっていたのか、副長の部屋へそのまま行っても良いと言うことなのでさっさと退散させてもらうわ。
俺こういう嘘が下手だわ多分。ボロ出さないうちに逃げちまおう。
「モングレル先輩っ!」
あーあー聞こえない。ごめんライナ。思わせぶりなアレでもなんでもなくマジのガチでなんでもないからこれ……。
もう二度とやらないから、うん……。
「……なるほど、確かにシルバーウルフの皮だね」
「悪いね、鞣す前で」
「いや、生皮をくれといったのはこちらの方だ。……うん、状態も……“どうにか売れる”レベルだろう。よくやってくれた、モングレル。しかし……その怪我は」
「あー、まぁちょっとね。いや、副長に隠しても意味は無いか」
俺は足と額の包帯を取り外し、無傷な生身を見せた。
「腕のは?」
「ああ、こっちは少し……シルバーウルフと戦って切っちゃったからな。これは本物ってことで」
「……まさか本当に、単独かつほぼ無傷で討伐するとは。無駄な問いかけだと思うがモングレル、シルバーに上がってみないかな?」
「お断りです」
「まぁそうだろうな。……よくやってくれた。おかげで先方の依頼を達成することができるよ」
皮を手にし、副長はご満悦そうだった。
ズタボロ具合も良かったらしい。次似たような仕事があれば言ってくれよな。毛皮をボロボロにするテクニックならこの街で一番かもしれねえから俺。
「例の没落貴族にはこの毛皮を売りつける。……向こうは度々舐めた依頼を出してきていたんだがね、今回の依頼は代理人に頼んだせいか、文言に甘い部分があってね。こういった通常なら捨てるような毛皮でも買い取りしなければならないような内容だったんだ。これは攻め時だと思ったよ」
「あー……それ俺が聞いても良い話?」
「なに、今や潰れた商会が残した少ない資産をやりくりするだけの……没落貴族の話さ。未だに昔の贅沢を忘れられない、時代の流れに取り残された哀れな連中だよ。連中には君の名前も出さないから安心すると良い。ただ評価を下げたことを伝えておくばかりさ」
商会、没落貴族、って聞くとまぁ俺の頭の中でヒットする連中は少ないな。
先代の伯爵の息子……その妻や近い連中ってところか。……ハギアリ商会、まだこの街にいたんだなぁ。そっちのが驚きかもしれん。
「これの納品は確かに確認した……が、モングレル。君の評価は少し落とさなければならない。それはわかるね? こんな酷い状態の毛皮ではギルドマンの沽券に関わってしまうよ。解体作業の心得を一度最初から学び直すべきだ」
「ウィーッス」
「態度が悪いなぁー君ぃー、それじゃもっと厳しく減点しないといけなくなるよぉー。これはもうシルバーは夢のまた夢だなぁー」
「サッセッシタァーッ」
「とはいえ、今回の任務内容はこちらとしても同情できる部分がある。傷の治療費分のポーション、討伐任務相応の現金報酬を付けさせてもらおう。これは今回が特別だからね? モングレル」
「アザーッス」
「ははは」
いやー助かる助かる。シルバーも遠のいて金も貰える。これほど良い任務はなかなかないぜ。
「副長、次も似たような任務があれば紹介してくださいよ。俺が保身できる範囲でなら、変な任務でも受けますんで」
「……こちらとしては昇格してもらいたいんだがねぇ。ま、わかったよ。また君に向いてそうな任務があれば呼び出させてもらう。その時は頼むね」
そういう流れで、俺の悪い仕事は無事に終わったのだった。
怪我も実質切り傷だけだしポーションもいらないんだけど、まぁ貰っておくとしよう。
何かと便利だし、いざとなれば売れるしなコレ。
「あ、モングレル先輩」
「……あっ、包帯取れてるー」
「よお二人共。ポーション貰ったおかげでな」
全く使ってないしでまかせでしかなかったが、ライナとウルリカにはそう言っておく他ない。
あまり怪我のフリが長引いても演技するこっちの方が辛くなるしな。
「大丈夫なんスか? モングレル先輩が怪我だなんて初めてっスけど」
「俺だってそりゃ怪我する時はするさ。シルバーウルフ相手だしな」
「うわっ……えー、モングレルさんシルバーウルフを一人で……? そりゃ危ないって……」
「やれないことはないぜ? 予め石を固めて罠を作ったり、火も利用したし肉を撒いて囮にもしたしな。頭の悪い魔物だからちょっと工夫するだけで簡単さ」
「はー……シルバーウルフを一人でって……すごいっスね……私には絶対無理っス」
「真似すんなよ?」
「絶対やらないっス。……モングレル先輩も一人はよくないっスよ……本当に……」
真似したらすぐ死ぬからなこれは。俺だって身体強化がこうじゃなかったらシルバーウルフなんて絶対に敵に回したくねえもん。
矢なんて目玉か口の中に撃って当たりどころが良くなきゃ仕留めきれないんじゃないか。
「そうだ、二人にお土産渡しておこうかな。ほれ、モーリナ村のスモークチーズだ」
「おーっ……先輩あざっス。モーリナのチーズは味が良いんスよねぇ」
「えっ、私にもくれるのー?」
「沢山買ってきたからな。配り終わったらプレゼント終了だ。食っとけ食っとけ」
「……えへへ、ありがとうねーモングレルさん。やっぱりモングレルさんは優しいなー」
「俺はハルペリア一優しい男だからな。……ところで二人は今日何を?」
「あ、私たちは他のブロンズ以下の弓使いへの指導協力っス。私はウルリカ先輩のお手伝いスけどね」
指導か。そんなのもあったな。ギルドでやってる初心者向けの実技教習みたいなの。
わずかな金で受けられる戦術訓練というか稽古というか。
「弓使いの育成はアルテミスの生命線でもあるからさー。お金はあまりもらえないけど、無視はできない仕事なんだよねー、これも。……ま、シーナさんが言ってたことだけどさ」
「なるほどねえ、後進の育成も大事ってわけだ」
「うちらはもっと人が増えても大丈夫スからね」
スモークチーズを食べながらライナがどこか得意げにしている。
まぁあの大きなクランハウスならもうちょっと入居者増やせそうだもんな。
新入りの弓使いがもっと増えるといいな、アルテミスも。
「しかしウルリカが指導してんのか……そういや俺はウルリカが弓で獲物撃ってるの見たことないかもしれないな」
「あれっ? そうだったかな……? あー、ないかもね」
「ウルリカ先輩の弓は凄いっスよ! 強烈っス!」
「へー、ちょっと見てみたいな」
他のパーティーの弓使いの技は何度か見ているけど、ライナが事あるごとに持ち上げるウルリカの弓術だ。そこらの奴らとは一線を画す腕前なんだろうとは思うが。
「あー、えっと……じゃあモングレルさん、今度一緒に森行ってさ。見てみる……? 私の……」
「お、良いな。合同任務ってわけじゃないかもしれないが、見せてもらえるなら見せてほしいな」
「一見の価値有りっスよ。モングレル先輩の弓の扱いもちょっとは良くなるかもしれないっスね」
いや俺のモチベーションにどう影響するかはしらんけどね。
今回の任務で俺、矢を一本壊しちゃったし。
また買わなきゃ駄目だわ。
「そっか、私の弓見せちゃうかぁー……よし、任せて! 私の弓を見せて……あとは、ほら……モングレルさんの弓もちょっとだけ、色々と……指導してあげるから」
弓の練習自体はそこまで気が進まねー……とは言い出しづらい空気になっちまったぜ。
でも教えてもらうのに金が必要なレベルの相手ではある……ありがたくこの機会を活用させてもらうことにしよう。