やりがいのある悪い仕事
噂をすればなんとやらと言うし、フラグになるような事を言えばだいたい起こっちゃったりするものではあるんだが、幸いまだ戦争が起こる気配はない。セフセフ。
いやそうカジュアルにアホみたいな時期の戦争起こされても困るしな。
作付けしてから大侵攻とか収穫の男手どうするんだよって話だ。いくら国のやることとはいえ、そんなことをすれば士気もガタ落ちするからほぼやることはない。絶対にやらないかというとその限りではないんだが。
そういう意味じゃ春は平和なもんである。
人が増えて街中の事件の話も聞くし、小さな諍いなんてしょっちゅうではあるが、そこらへんは衛兵さんがなんとかしてくれる。
街の外に関しては近頃はもうほとんど俺達ギルドマンの役目になりつつあるが、それでも移籍組や大勢の新人のおかげでどうにか仕事は回っている。
バロアの森の林道拡張整備事業に、レゴール外縁部拡張事業。
両方とも人手の掛かる大事業だが、豊富な働き手がいる今ならまぁどうにかなるだろう。
失業者はぶらぶらしてる暇もないぜ。何かと理由を付けて働きたくない人にとっちゃ厳しい街になってきたな!
「モングレル、任務のことで話があるからちょっと個室に来てもらえるかな」
ギルドの資料室で絵のヘタクソな魚図鑑を眺めていると、ギルド副長が声をかけてきた。
レゴール支部の副長ジェルトナさん。ほとんど貴族街で活動しているギルド長にかわり、ここレゴール支部のギルドで働いている人だ。
大体いつも疲れたような顔してるけど、最近は仕事が増えたせいで更にしんどそうにしている。
「任務ですか。……てかジェルトナさん大丈夫ですか。顔色あんま良くないですよ」
「案じてくれるのならシルバーに上がってもらえると助かるよ……今回はそれに関係する話だよ。ここで話すことでもないから、移動しよう」
「……なんだか嫌な話になりそうだ」
「んー、こちらとしては配慮した話になる。ま、聞いてからということで」
副長が俺を名指しするのは珍しいな。
……面倒な話じゃなければいいんだが。これはもう祈るしかねえな。
「話というのは簡単だ。モングレル。まずは君のこれまでの功績とその実力を鑑みて、ぜひともシルバーに昇格してもらいたい。試験は無くても良い」
「……この顔で俺の返事当ててみてください」
「受けてくれるのか、ありがとうモングレル」
「いやいやいや違う違う。嫌ですはい」
畜生すげー嫌そうな変顔したのによ。
「そう、君は昇格を拒む。それは構わないんだ。こちらとしては思うところもあるが、ギルドの制度上違反でもなんでもないからね。変わり者だとは思うけど。……ただ、外圧というかね。君を評価する周りの目があることも理解してもらいたい」
「あー……一応何かにつけて昇格イヤイヤ言ってますけど、足りないですか」
「一部のギルドマンからはやっぱりねぇ。あの人が上にいけないのはおかしいって言うわけだよ。私もそう思うしね」
「……俺の隠された力を見抜く連中がいたってことか。なかなかやるじゃねえの」
「いやモングレル、君別に隠してるわけでもないでしょうよ。時々ギルド前でも暴れてるんだから」
長年やってる奴なら俺が昇格しないのは今更だしな……新入りだろうな、違和感を持ってるのは。
ひょっとするとあいつらかもしれないな、“最果ての日差し”のフランクとか。考えてみるとマジで言いそうな感じだ。
参ったなぁ~俺は力を隠して平穏に暮らしたいだけなんだけどなぁ~周りが放っておかねえな~????
……いやマジで隠さなきゃいけない力は隠してるんだがこれでもまだ駄目なのか。
良いじゃん身体強化ぐらい……。
「そこでだ。そんな昇格イヤイヤ期のモングレル君にちょっと悪い話をもってきた」
「悪い話って……良い話じゃねえのかよ……」
「任務のことで話があると言っただろう。悪い任務を君に斡旋したくてね。渋くて報酬も僅かで依頼人の質も最悪な奴だよ」
「ええ……」
なぁにその何の魅力もない求人募集……。
「まだ張り出していないというか、内々で握りつぶす予定だった依頼でね。実際、依頼人の態度も予算も最悪だし、仕事の内容も無茶でね。毎回断っているのだがしつこくてうるさい相手なんだ」
「出禁にしろよそんなの」
「相手がとある没落貴族でね。爵位は剥奪されて人望も皆無、そしてまともに仕事を依頼する金もないという相手ではあるんだが、こちらもちょっとした事情があってそのバカ、もとい没落貴族を完全に無視することもできない」
没落貴族……権力も人望も金もない、か。ただの傍迷惑な一般人みたいなもんだな。
それでも没落貴族とはいえ元貴族。無下にできない事情もあるんだろう。……ちょっと調べたら特定できそうだな。調べたくないけど。
「依頼内容はシルバーウルフの美しい毛皮一枚の入手。これは依頼人の要望で傷一つ無い美しいものでなければならず、またシルバーウルフ特有の背中の黒い縦線がない個体を探せとのお達しだ。あ、ちなみに依頼主が提示した報酬額はこれね」
「……これ笑うところ?」
ツッコミどころが多すぎて俺をして何と言ったら良いのか困るレベルなんだが。
何より副長さんの差し出した紙に書かれた額が一番のギャグポイントかもしれない。
「そもそもモングレル、君はシルバーウルフを単独で倒せるかい。君がランク関係なく強いことはこちらもわかっているが……」
「……まぁ、倒せるは倒せるけど。傷一つ無いは無理でしょ。どう頑張ってもズタズタになりますよ」
シルバーウルフ。小さめの熊くらいあるかなーっていうサイズの狼で、白銀に輝く毛皮が特徴的な魔物だ。
群れることはなく単独行動を好む魔物で、その美麗な毛並みや凛々しい顔立ちに反してあんまり頭がよろしくなく、メチャクチャ泥臭い狩りや戦いをするアホ犬だ。
特筆すべきはその生命力と凶暴性で、ちょっとやそっと斬りつけたり殴り飛ばしただけでは怯まないし逃げもしない。最終的に殺し切ってみれば美しい毛皮は見る影もなくなっていることが多い。というか、美しい毛皮なんてかぐや姫の無茶振りレベルの珍品である。そもそもエンカウントした時点でそいつの毛皮がわりとダメージ受けてることも多い。
「……倒せるのか。すごいな」
「いや倒せますよ? 倒せますけども俺にだって無理だよそんな、シルバーウルフの毛皮の美品なんて」
「そうか……」
副長はお茶を啜り、一息ついた。
……え? このクソみたいな仕事を受けないからってクビとかそういう流れは流石にないよね?
「この仕事を見事に達成すれば……達成感が得られるんだがねぇ」
「……いや達成感って……」
「なにせ、失敗すれば多くの貢献度を失う危ない仕事だ。仮に使い物にならないようなボロボロの毛皮を持って帰ってきたとすれば……我々としてもその仕事に報いねばならないので最終的には司法の手も借りて依頼主には強引に売りつけることになるだろうが、依頼主の癇癪を鎮めるためにも君の評価を大きく落とさねばならなくなる。きっとシルバーへの昇格も遠のいてしまうだろう」
……ほぉ。
「ま、そうなればこちらも無理難題を吹っかけたお詫びとして“苦労しただけの正当な報酬を金銭で”支払うことにはなるだろうが……重ねて言うけど、シルバーへの昇格は遠のいてしまう。それは確かだ。とても危ない仕事だが……どうだい、モングレル。それでもこの仕事にはやりがいがあり、相応の達成感もあると思うが……?」
ギルドに粘着して無茶振りするケチでやかましい没落貴族。
没落貴族を理由つけてさっさと追い払いたいギルド。
昇格したくない俺。
……この依頼、三方ヨシ!
「達成感……良いですねぇ。欲しいですよ、達成感」
「だろう? どうだい、受けてみてくれるかい」
「ええ。毛皮を持ってくれば良いんですね? 状態はズタズタになってもいいから……」
「ははは、何を言ってるんだいモングレル。美品じゃないといけないと言ったばかりだろう?」
「はっはっは!」
なるほど確かにこれは悪い仕事だ。だが嫌いな仕事じゃない。
ちまちまと小物を退治するよりも面白そうだしな。個人的には没落貴族を黙らせることができるってのが嬉しいね。
「実はシルバーウルフの目撃情報が入っていてね。それもあって君に声をかけたんだ。場所はモーリナ村近くの小山だ。家畜の被害は出ていないが、急がないとドライデン支部の方に討伐依頼が飛ぶかもしれない。動くなら急いだほうが良い」
「善は急げってやつですね。ちょっと距離はあるけど喜んで行かせてもらいましょう」
「ついでに馬車の相乗り証をつけてあげよう。なるべく早く向こうで仕事をしたいだろう?」
「あざーっす」
シルバーウルフか。良いねぇ。肉も毛皮もクソな魔物って印象しかなかったけど、まさかそのクソみたいな毛皮を有効活用できるとはな。
ちょこまかと逃げない魔物だし、戦うの自体は楽で好きなんだよな。
「では、武運を祈っているよ。モングレル」
「任せてくれ、副長。必ずや美しい毛皮を手に入れてみせましょう」
「ははは」
こうして俺の、ちょっとした大きめの任務が決定した。
目指すはモーリナ村付近の小山。あとは適当に騒ぎ散らしてりゃ向こうから勝手に襲いかかってくるだろ。そういう魔物だ。
久々に俺のバスタードソードが火を吹くぜ……!




