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雨上がりのロードサービス


 低気圧と言ってもこの世界じゃ伝わらないだろう。

 だから俺の気分が落ち込み気味だったのは雨のせいだ。そういう事にしようと思う。

 部屋に一人でいると余計なことばかり考えるからな。


 こういう時は酒……を飲むとすげー気分良くなるか逆にアカンほど落ち込むかで二極化するので博打になってしまう。酒はいい気分の時に飲んだほうが良い。

 なので熱中できる事に専心し、気を紛らわせるのが一番だ。忙しければ落ち込む暇も無いって奴だな。あえて自分を仕事に追い込むことで気晴らしとしよう。

 俺は別にワーカーホリックってほどでもないけどよ。




「ああ、モングレルさん。良いところに」


 ギルドに入ると、人は少なかった。既に多くのギルドマンが任務を受け、どこか別の場所に向かっているのだろう。

 困ったような表情のミレーヌさんからは、人手不足で困っている気配が感じられた。


「どうしたんだいミレーヌさん。緊急の任務でも入った?」

「はい。実は今朝、南門側のネクタール街道でひどい泥濘が発生したみたいで……」

「あー、最近ずっと雨だったもんなぁ。それで? 馬車が立ち往生してるとか?」

「いえ、まあ立ち往生はあったんです。ただ、それ自体は無事に解消されたのですが……立ち往生した行商の馬車を強引に路肩に避ける作業をした際、さらに酷い泥濘に捕まってしまったみたいでして……そちらが復帰できず困っているそうなんです。行商の遣いの方が緊急の依頼を出してきました」

「わーお」


 この世界は当然レッカーなんてものはないからなぁ。

 一度変な道に嵌まったりすると大変そうだ。まして素直な動力を積んでいない馬車。場所によっては沼みたいになってるところに落ちたら……いやぁ考えたくもない。


「取り急ぎ、先程アイアンクラスのパーティーを向かわせたのですが、彼らで力が足りるかどうか……」

「念のため、俺に行ってきてほしいわけだ。構わないぜ。近所の力仕事は大歓迎だ」

「ありがとうございます。手続きはこちらで行いますので、この仮証書だけ持って現地へ向かっていただけますか? ネクタール街道を進めば目立つ場所で困っているそうなので、すぐにわかるかと思います」

「よーし、任せてくれ。さっさと行ってくるぜ」


 嵌まった行商人には悪いが、ギルドに来て早速こんな仕事があるとはついてるぜ。

 さっさと馬車をレスキューして小銭ゲットといくかー。




「おお、例の馬車はモングレルが助けにいくのか」

「まあな。場所はこっから遠いのか?」

「いーや、通りがかった奴の話によればそうでもないらしい。だが助けに行ったアイアンクラスの奴らが未だに戻らないから心配でな」


 南門を出る際、顔見知りの衛兵は俺を見て少しだけ安堵したようだった。

 どうやら朝から路肩に嵌まってトラブっていたのはわかっていたが、未だ解消されないことにやきもきしていたらしい。レゴールの外のことまで考えてくれるなんて心優しい奴だ。失礼かもしれないがこの街の衛兵向きの性格ではない。


「通りかかった馬車の奴らも助けようとは思ったそうだが、明らかに素人じゃ無理そうな嵌まり方してるそうでな。モングレルの馬鹿力で助けてやってくれ」

「ウハハハ……オデ、ニンゲン、タスケル……!」

「ガハハ、俺の前で不審者の真似はやめとけよ」

「ひい怖い。いってきまー」

「おー、気をつけてなー」


 びちゃびちゃに濡れてるネクタール街道の水たまりのない部分を踏むように丁寧に小走りし、事故現場へ向かう。

 まだ明るい時間帯なのでレゴールを目指す馬車の何台かとすれ違うが、向こうが俺を警戒する様子もない。普通は俺みたいに武器持った身軽そうな奴を見ると犯罪者と警戒するもんなんだけどな。

 通りかかった場所で馬車が事故ってるのを見ているから、なんとなく俺の目的も察しているのだろう。


「うわー、これはまた……派手にやらかしたな」


 そうして小走りし続けたところで、“アレに違いないな”って感じの可哀そうな馬車を見つけた。

 確かにそれは街道からは外れて渋滞を起こしてはいなかったが、畦道から外れて柔らかそうな休耕地に右側の車輪二枚分をズッポリ沈めており、とてもではないが自力では脱出できない有様であった。


「おーい、レゴールのギルドから加勢しに来てやったぞー」

「! ああ、どうも……って、モングレルさんじゃないですか!」

「よう、ブロンズ3のモングレル様だぞ。そっちは、あー……“最果ての日差し”のフランクじゃないか」

「お久しぶりです!」


 どうやら先に馬車の救出を手伝っていたのは新米パーティー“最果ての日差し”の連中だったらしい。

 独特な雰囲気のリーダーであるフランクとその妹のチェルを中心とする、若手オンリーの中ではそこそこまとまっている徒党と言えるだろう。


 ここにいる彼らは五人ほど。どうやら今は馬車の積荷を頑張って降ろしているらしい。積荷を軽くすれば引き上げられるということだろう。確かにそうするしか解決法は無さそうだ。


「ああ、レゴールから来たギルドマンの方かい。依頼を受けてもらって助かるよ。どうにか邪魔にならないよう道を外れたと思ったら……この有様でね」

「貴方が依頼人ですね。俺はモングレル、ブロンズ3のギルドマンです。こいつらよりは力があるんで、準備が整えばすぐ引き上げちゃいますよ。あ、これギルドからの証明書なんで。追加人員を受諾するならこれを」

「……うむ、確かに。いや、彼らも真面目によくやってくれるのだが、車輪が見事に嵌まってしまってね。坂を滑った時に馬も興奮してしまったせいか、深くに引きずり込まれて難儀している。通りがかりの馬車も助けてくれそうではあったが、結局諦められてしまってねぇ……」


 商人のおっさんは疲れ果てた表情で離れた草地を見つめている。

 何があるのかと思いきや、路肩では馬車を牽引していたであろう馬たちが呑気に雑草をむしゃむしゃいただいていた。全身泥まみれ土まみれだが、降って湧いた休憩とフリーダムな放牧タイムを満喫しているようだ。かわいい奴らめ。


「これで割れそうな物や重い荷物は出し切れたと思います。モングレルさん、これからどうしましょう? 全員でひとまず持ち上げてみますか……?」

「いや、まずは俺だけでやってみるよ」

「一人でですか? みんなでやりましょうよ」

「いやいや良いから。それより俺この土に入るからさ、足流せる水とかあると嬉しいんだが」

「はあ、まあ……準備はできますけど」

「頼んだぜ」


 靴と靴下(この世界の人はあまり履いてない)を脱ぎ、ねちゃねちゃする土に踏み入る。

 おお、足が沈む沈む。ひんやりしてて気持ちいいような土だから気持ち悪いような。

 それでも底なし沼というわけではないので、踏ん張りがきかないということはない。


「っし……ッ!」

「おおっ」

「持ち上がった……!?」


 荷物をどけてスッキリしたとは言え、馬車は重い。

 それでも俺の身体強化にかかれば底からグッと持ち上げることは不可能ではない。楽勝楽勝。


「よーし……ひとまず水平にはできたから……あとは男ども、横と後ろ側から持って、どうにか方向転換してくれ。坂に対して直角にバックしながら道のとこまで上げてくぞ」

「はい!」

「すごいな、本当に一人で車輪を出す所までやるなんて」

「俺達だけだと大変だったろうなぁ、これ」


 その後、“最果ての日差し”の若者たちの協力もあって、どうにか馬車を元の街道に戻すことができた。

 それまでプチ放牧されていた馬たちも繋ぎ直されて“は? また運べってのか?”みたいな顔をしていたが、まぁ頑張れ。どうせレゴールはすぐ近くなんだ。最後までやりきってくれよな。


「いやー爪の中も土まみれだ。後で宿屋でお湯借りないと駄目だな」


 レゴールへの帰り道は、商人さんの厚意で馬車に乗せてもらえることになった。

 水でざっと足の汚れも落とせたし、いやぁ無事に終わって何より。


「……前から不思議だったんですけど、モングレルさんの力ってブロンズランクよりも上じゃないですか?」


 優雅に馬車の荷台に乗る俺に、後ろから歩いてついてきているフランクが声をかける。

 相変わらずズバッと聞いてくる奴だな。別にいいけど。


「俺は実力だけならシルバー以上は間違いなくあるぜ」

「ですよね? もしかして……」

「ランクを上げてないのは俺が面倒くさいからだよ。これといって深い理由はねーぞ」

「……そうですか。なら良いのですが」

「ブロンズは良いぞ。面倒事は少ないし、変な指名依頼もほとんどこないしな。お前たちも真面目に仕事して、ブロンズになるといい」

「もちろんです! いずれ必ず“最果ての日差し”の名をレゴールに、いえ、ハルペリア中に広めてみせますから!」

「ははは。でかい夢だな。ま、ひとまずブロンズへの昇格を目指すこった」


 その後俺達は無事に馬車をレゴールへと送り届け、依頼達成となった。

 短時間でちょっとした臨時収入を得た後は都市清掃任務でざっと通りを綺麗にし、今日の仕事を終えた。


 やっぱり仕事に熱中してると気が紛れて良い。

 これからは雨が降ってる日でも、適当に羊皮紙ゴリゴリの仕事をして過ごしても悪くないかもしれないな。俺の精神衛生上は。


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