無法者の返礼品
ハルペリアにおいてあまりいい目で見られないお仕事のそこそこ上位に君臨する職業、ギルドマン。
とはいえ稼ぎや危険度もピンキリなので、ギルドマンだから必ずしも悪いってわけでは決してない。ただ、所属している連中の大多数が悪そうってだけの話である。
基本的に、健康体であれば真面目なギルドマンに引退はない。
歳をとってヨボヨボになっても、態度が真面目で自分の足で歩けさえすればランクもブロンズは維持できる。それなりに動けるならブロンズ3もキープできるだろう。
“レゴール警備部隊”のような警備専門のパーティーに所属していれば、無理なく安定した任務も割り振ってもらえる。診療所のカスパルさんのようにヒーラー技能なんかを持っていれば、更に優遇を受けられたりもする。
だが、全員が全員、ヨボヨボになるまでギルドマンを続けるわけではない。
剣を握れなくなったり、失明したり、膝に矢を受けたり、腰をやっちまったり、魔物との戦いに怖気づいたり、病気を患ったり。様々な理由によって“こりゃもう無理だわ”とドロップアウトする奴の方が圧倒的に多い。
そもそも魔物の討伐なんてものはクソほど危険な仕事なんでね……長年やってきて五体満足で引退できるってのはそれだけで勲章もんのレアケースである。危険な討伐を避けているか、しっかり安全マージンを取れているかのどちらかではあるが、危機管理能力がしっかりしているという意味では共通だ。
大多数のギルドマンは怪我をきっかけにやむなく引退するのが常であろう。
引退したギルドマンの再就職先は様々だ。
レゴールだと、そうだな……解体処理場が特に多いだろうか。討伐に詳しい元ギルドマンなので、基本的には獲物の解体のなんたるかもわかっていることが多い。ある程度魔物の知識もあるので、即戦力になるのだ。多少足や目が不自由なくらいであれば、東門近くの処理場で皮を剥いだり肉を捌いたりして糊口をしのげるだろう。
似たような職場としてはなめし場なんかもある。こっちは匂いの問題から、デカいとこは街から少し離れた場所にあるのだが、魔物の皮から脂肪などを取り除いて防腐処理を施す施設である。
ただこれはもう本当に凄まじいレベルで臭いので、人気かというと全くそんなことはない。給金は良いらしいんだけどな。俺はちょっと遠慮したい所だわ。
レゴール内にあるジェリースライムの鞣し液を使ったなめし場はかなり匂いが抑えられているらしいのだが、それでもそこそこ臭い。
魔物肉の解体に慣れているっていう繋がりから、飲食店の経営に回る奴もそれなりにいるかな。
バロアの森でとれた魔物肉を取り扱う酒場だ。食材の良し悪しや相場がだいたいわかっているし、似たような店を開いた先駆者の元ギルドマンもぼちぼちいるので取っつきやすいのだろう。
東門近くなんかだと、ギルドマンに理解のあるアットホームな酒場を経営している脱ギルしたマスターが多い印象だ。
優秀なギルドマンは兵士になったりすることもある。
これは引退というよりは栄転と言うべきだろう。勤務態度と能力を買われ、訓練生として編入されるのである。“大地の盾”で意志のある奴なんかが時々こういうルートで駆け上がっていくわけだ。
同じような感じで、任務先なんかで真面目さを買われて定職に就くこともある。工房に弟子入りしたり、工事現場に入ったり。こっちは派遣から正社員になるイメージに近いだろうか。根無し草の奴にとって定職に就くってのは結構難しいことなので、ギルドマン的には結構おめでたいことである。
あとは……女ギルドマンなんかは、妊娠してからの主婦転向が多いな。出産に子育てがあるのでどうしたって一時的には休職することになる。そのままフェードアウトしていくパターンは多い。
ちなみに職種別で言うなら、“盗賊はじめました”って連中が多いのも忘れてはいけない。
荒事で培ったパワー、任務で培った警備の薄い時間や場所の情報。そこに浅慮な脳みそがくっつけば、まあ、うん。悪事に走る奴も多いよねって話である。
なんだよ結局ギルドマンって悪いやつばっかじゃねえかよ!
一般人がそう思いたくなる気持ちもわからないでもない。
まあ……悪いやつは多いっちゃ多いぜ!
だから表の人間は真面目に働いて、ギルドマンにならないよう頑張ってくれよな!
「で、ロレンツォは盗賊にでもなるのか?」
「ならねえよ。なるわけねえだろ、人聞き悪いぞモングレル」
「いや、だって“報復の棘”を辞めたって聞いたからよ」
俺はギルドの工作室でロレンツォをからかっていた。
俺がチャクラムの研ぎ直しをしているところに、聞きつけたロレンツォがやってきたのである。
風の噂でロレンツォが“報復の棘”を脱退したって話は聞いていたから、詳しい動向が気になってたんだよな。
「……左手の指がごっそり四本も落とされて、目も片方潰された。この身体じゃ犯罪者を相手にする仕事なんかできんからな。それに、俺個人の復讐も果たされた。……“報復の棘”に居る理由もなくなったのさ」
「そうか。ローザはなんて?」
「団長はいつも通りだよ。“怨敵の末路が解っただけでも良かったじゃない”だとさ。……まったく同意だ。あっさり脱退を認めてくれて、多めの見舞金も貰った。あの人たちには感謝してる」
「はー、そういう感じか……送り出してくれたってことだよな。良かったじゃねえか」
ロレンツォはフッと鼻で笑った。アシンメトリーな紺髪は、今は左目を覆うように垂らしている。前々から陰気な風貌をしていたロレンツォだったが……不思議と今は、表情も晴れやかなように感じられる。
後光のサルバドールの死をきっかけに、色々と吹っ切れたのだろう。
「それで少し遅れたが、これがポーション代だ。受け取れ」
「お、ちゃんと返してくれたか。助かるぜ」
「助かったのは俺だがな。モングレルのポーションのお陰で、死なずに帰還できた。サルバドールを直接誅することはできなかったが……奴の死を知れて良かったと思う。……モングレルが持ち帰ってきた奴の金面、そこに刻まれていた俺の一太刀の痕……あれを見て、報われた気がしたよ」
「……そうか」
ロレンツォも過去に色々あったのだろう。詳しく聞くつもりはない。全ては終わったことだからな。ていうか俺がそういうこと深掘りすると自分の過去も話さなきゃいけない流れになるのが怖いから聞きたくないのもある。
昔のことなんて忘れようぜ。今とこれからの話をしようじゃねえの。
「しかしロレンツォはこれからどうするんだ? パーティーは辞めたけど、ギルドマンは続けてるそうじゃないか」
「……まあ、そこは迷ってるところでな。色々とハンデは負ったが……自慢になるが、それでも俺の剣の腕はギルドマンの中でも上澄みのままだ。そいつをわざわざ腐らせるのももったいないと思っているだけのことだよ」
「なるほどね。まあ確かに、眼はアレだが利き手も無事だもんな」
ロレンツォは元々片手で刺突を繰り出すのが得意な剣士だった。そして右手と右目は綺麗に残っている。半身になって得意の突きを繰り出すだけなら一応万全なんだよな。左手もガントレットでも着けてバックラーみたいなもんを装備すればひとまず完璧と言えるんじゃないだろうか。
「これからは本格的な任務には出られないが、それでも自分の才能を活かしてやっていくつもりだ。ギルドの教導役でも良いかもな」
「偉いねえ……さすがはシルバーのベテランギルドマンだ」
「……モングレルに言われると茶化された気分になるな」
「なんだよ普通に褒めてんだよ。名実ともに俺より格上のギルドマンだろうが」
「……納得いかねーけど、まあそうだな」
「そんなロレンツォに相談があるんだが、聞いてくれるか?」
「モングレルが? 俺に?」
まあそう怪訝そうな顔をするなよ。結構ガチな相談があるんだ。
「……ロレンツォと同じようなパターンで、ブレーク爺さんからもポーションの代金を受け取らなきゃいけねえんだけどさ……あの爺さん、ちゃんと金返してくれると思うかね……?」
「……よし、俺の用事は済んだ。恩に着るぞ、モングレル。じゃあな」
「おい! 恩に着てるなら相談乗れって! 行くなって! おーい!」
ロレンツォとのやり取りは円満に終わった。これはわかる。真面目な奴だしな。ちゃんと返してくれるとは思っていた。
問題はブレーク爺さんの方である。
こっちは……マジでどうすればいいかわからなくて怖いんだ……!
いや、金の問題なんでね。爺さんとはいえ泣き寝入りをするつもりは一切ないが……あの爺さんと揉めるようなことになったらと考えると、結果がどうあれマジで面倒くさい未来しかなさそうでな……。
レゴールに戻ってきてからというもの、俺は音沙汰のないブレーク爺さんに内心ハラハラしていたのだが……。
ある日、意外なことにブレーク爺さんの方から俺に接触してきたのである。
「ようモングレル! 見かけねえから死んだと思ってたぜ! ガハハハ!」
「ははは……ウッス……ァッス……」
片腕がスパッと斬られてさすがに覇気も衰えたかなと思ったのだが、ブレーク爺さんは全然そんなことがなかった。
全然元気だし、いつもみたいにすきっ歯を見せながら変な薬でもやっているかのように爆笑している。……薬やってないよな? やってないとしてもシラフでこれか……?
「ブレーク先輩、おっスおっス」
「おう大酒飲みのライナじゃねえか! 背ぇ伸びたか!?」
「っスゥウウウ……」
「ガハハハ! 肉食え肉!」
今日の俺はギルドの酒場でライナと一緒に飲んでいた。ペットのトゥーちゃん用の玩具とか餌入れについて、どんなものが良いかを話し合っていたところである。
そこにブレーク爺さんが乱入してきたわけなのだが……ライナの教育に悪いから正直静かに他所に行って欲しいところなんだよな……。
けどライナはライナで何故か爺さんに懐いてるみたいだから、無碍にはできねえ……。
「見ろよモングレル、こいつが俺の新しい右腕だ!」
「新しいって……えええ……?」
「どうだ、イカすだろ!? ヒッヒッヒ」
そう言って得意げに見せつけてくるブレーク爺さんの右腕は、まるでフック船長のような鉤爪が取り付けられていた。
なんか斬り落とされた腕からめちゃくちゃ物騒なの生えてきてるやん……イカすってよりイカれてるぜ……。
「な、なんか強そうな腕っスね……」
「舐められたらおしまいだからよ、金物屋に頼んで手頃なもんを作らせたんだ。重さもちょうど良いから走るのにも苦労しねえ。荷物を引っ掛けたり、森で殺した獲物にぶっ刺して運ぶことだってできる! 良いだろ!? ガッハッハ!」
世界観が世界観ならこの人全身サイバネ義肢にしてるタイプだよな……。
「殴ってもいいし、引っ掻いてスキルを使っても良いんだ。ヘッヘッヘ、ギルドマンは廃業かと思ったが、まだまだこれからよ」
「爺さん……あまりにも元気すぎて心配してたのがちょっと損した気分だぜ……」
「はあ? オイオイ随分なもの言いじゃねえかよモングレル!」
ハハハ……いやあのそのフックでぐりぐり絡むのやめてください……痛いっす……。
「まあ良いや、ポーションの礼もあるから許してやるよ! ガッハッハ!」
「ハハ……ああそうだブレーク爺さん、ポーション代はちゃんと」
「ほれ、こいつで支払いだ! あとは勝手にしとけ!」
「え? うおっとっと」
そう言ってぞんざいに投げつけられたのは、何枚かの書面を草紐で縛ったものであった。
間違いなく金ではないし、金目のものには見えない。
「前にお前にやるって言ってたやつな! せっかくだから今くれてやるよ! そいつで俺の借金はチャラってことにしとけ! ガハハハ!」
一方的にそう言って、ブレーク爺さんは一人だけ上機嫌にギルドを去っていってしまった。
正真正銘嵐のような人である。ああいうタイプを前にすると、人間は耐え忍ぶことしかできない……。
「……なんか、貰ったっスね」
「だなぁ……なんの紙かは知らないけど、ポーション代を二束三文でって話ならさすがに頷けねえぞ俺は……」
担保の品を勝手に渡したから終わり! が通用してたまるかって話である。こういうところで下手に出るとギルドマンとして舐められ続けるので、面倒でも毅然とした態度で反論しなければならない。
……しっかし、ロレンツォもブレーク爺さんも二人ともギルドマン引退しないんだもんな。まったく逞しい奴らだよ……って、うん……?
「モングレル先輩、なんなんスかねそれ」
「……権利書だ」
「権利書?」
「お、おう……権利書……土地の。土地っつーか、家の……」
「……えええ?」
ブレーク爺さんから雑に渡されたもの。
それはなんと、爺さんの持ち家の一つ……その権利書なのであった。
2026/2/28に小説版「バスタード・ソードマン」7巻が発売されています。神秘的で強そうなダークエルフの表紙が目印です。
店舗特典および電子特典がありますので、気になる方はチェックしてみてください。
特典付きはメロンブックス様、ゲーマーズ様、BOOK☆WALKER様の電子版となっております。
特典内容は以下の通りです。
メロブ短編:海蝕の輪
メロブ長編:先輩バルガーとレゴールの夜明け
ゲーマーズ短編:サリーさんの評判
ゲーマーズ長編:ハープと角笛
BOOK☆WALKER電子版:鹿肉で作る簡単おつまみ




