押しかけ保護者
「あら、どうしたのライナ。なんだか嬉しそうね」
「……むふっ? 嬉しくないっスよ?」
「……いえ、嬉しそうだけど……詳しく聞かせてもらおうかしら」
昨晩“アルテミス”のクランハウスにて、ライナとシーナの間でそのようなやり取りが交わされたらしい。
「聞いたわよ、モングレル。うちのライナと婚約したんですってね」
で、その翌日。“アルテミス”団長ともあろうお方がわざわざ俺の宿にまでやってきて、そのような話をしたのである。
俺の脳裏に様々な感情が去来する。
“まぁやっぱバレるよな”。
“けど逆にライナにしてはよくここまで隠せたな”。
“朝一で宿にまで押しかけてくることはなくない?”
それはもう様々だ。
けどまぁ、来客は来客である。となればだ。
「……とりあえずお茶でも淹れるから、飲んでいくか?」
「そうするわ」
俺は寝癖のついた頭をボリボリ掻きながら、ひとまず客をもてなすことにしたのであった。
「それにしても、聞いてはいたけど……本当に散らかった部屋なのね……」
そしてこれが、朝一番に押しかけて茶まで出してもらった奴の言い草である。
俺はこの女のことを貴族だと思っていたが、この無礼さ。見当違いだったのかもしれん。いやまぁ、俺の部屋に来る奴みんなそう言うから別に良いんだけどさ。
「俺なりに整頓されてるんだよ、こんなんでもな。つーかさすがに朝早すぎだろ。ギルドに来りゃ会えるんだからそうすりゃよかったのに」
「これでも気を利かせて来てあげたのよ。ギルドでおおっぴらに話したいことだったのかしら?」
「……そう言われるとありがとうとしか言えねえけどな」
「ふ」
シーナに勝ち誇った顔をされた。
しょうがねえな。気を利かせてもらったってんなら、ついでにお茶菓子も出してやるか。ドライフルーツしかねえけど。
「……別に、私はライナと貴方が付き合うことに反対しているわけじゃないわ」
「ええ……」
「なにその顔」
どういう顔かは俺視点では見えないが、おそらく今の俺は“駅のホームで電車を待ってたら後ろに並んでいたはずの奴が悪びれもせず俺の前に割り込んで並び始めた時”の顔をしていると思う。
まさかシーナからそんな言葉が聞けるとは思っていなかったんだ。真逆のこと言われるかとハラハラしてたんだが。
「……誰と誰が付き合おうが、別に自由でしょ。ライナ自身がもうすっかり貴方に惚れているんだから、私が口出しできることじゃない。本音を言えば、すぐにでも大々的に祝福してあげたいけどね」
「大々的なのはやめろよ。俺はシャイなんだ」
「どうだか……」
「まあ、ライナの保護者に祝ってもらえるのはありがたいけどな。……そうか、シーナからそう言われるとはな……」
「別に、そんな意外に思われることじゃないでしょ。私をなんだと思ってるのよ」
うるさい保護者……とはさすがに言わないが。
「ライナが幸せならそれでいいのよ。……だからモングレル、改めて聞かせなさい。ライナを幸せにできるのね?」
「……うーん」
「ちょっと」
俺が言い淀んでいると、シーナがまたガミガミ言いそうな顔になった。
まあまあ、追加でドライフルーツ足してやるから落ち着いてくれ……。
「いや、俺だって最大限幸せにするよう頑張りはするけどな……」
万が一のこともある。例えば、俺がレゴールに居られなくなったりだとか、そういう感じのことな。
“ケイオス卿”がバレて怖い連中に目をつけられたりだとか、“シュトルーベの亡霊”がバレそうになったりだとか。そうなったらさすがに俺も“一緒についてこい”とは言えない。多分その状況にまでなると、ライナを守りながらということが難しくなるかもしれないからだ。
で、そんな状況になって俺がライナを振り切って逃げた場合、ライナが安全だとしても、多分ライナはすっげぇ悲しむことになるだろう。それが“ライナの幸せ”かというと、多分違うはずだ。
俺としては悲しませたとしてもライナに生きてもらいたい。だから、幸せにはできない……そういうケースも想定しているわけで。
「……軽々と口にしないということは、真剣に考えてはいるのね」
「そりゃあな」
幸い、シーナは俺の言い淀みをあまり強く責め立てることはなかった。
俺は誠実になろうとすると断言はしねぇタイプなんだ……伝わったなら良かったが。
「けど、実際どうやっていくつもりなのよ。ライナをこの散らかった部屋に住まわせるつもりなら、さすがの私も口出しするわよ。貴方が“アルテミス”に入ってクランハウスに移るっていう手もあるけど」
「あー、それも考えないではないんだが、もっと広い部屋を借りようとは思ってるぞ。それか小さめの家を買ったりだとかな。最近は金策もそこそこ上手くいってるから、現実的な話だ」
「へえ」
宿を出るのは当然考えている。ここはあまりにも手狭だしな。
問題は経済的な事情、とは言っているがそれもさほど問題ではない。へそくりを含めれば俺は結構な資産を持っている。
ただ俺の人種的な問題で家を買うハードルがちと高いのと、単純に今現在のレゴール市内の物件の競争率がクソ高ぇってのがあって、こればかりは俺もどうすることもできない。最悪の場合土地さえあれば俺が人間重機になってパワーで建てるつもりではいるが……。
「なあシーナ、そっちのツテで買える物件とかねえかな。ギルドから離れ過ぎず、解体処理場に近すぎず、二階建て以上、築年数が古すぎない、いざとなれば喫茶店に改装できそうなタイプの物件があればベストなんだが……」
「欲を出すわね……さあ、どうだったかしら。貴族街でも長年売れ残っていた古い屋敷が続々と買われているって聞くけど、ギルドに近い……東門近くとなると。……さすがに私にもわからないわ。わかった、こっちでも調べてみるわ」
「マジか、ありがてえ。金のことは気にしなくていいぜ」
「……そう、経済的には困っていないのね。なら良いんだけど」
「おう。最近また新しいゲームをギルドに買ってもらえるみたいだからな。そっちの報酬もあるし、ギルドマン以外の収入が潤沢なんだ」
明らかに豪邸レベルの物件をよこされると目立つから嫌だが、そういうの以外だったら高くても大丈夫だ。俺が札束でビンタできるからな。
バロアの森の奥にある珍しい植物を偶然近場で発見して回収するだけでも結構な金になるんだ。数回程度なら、そのくらいのラッキーマンになってやっても構わない。必要経費だ。
「市場で発明品を出しているって話は聞いてたけど、手広くやってるわね」
「そりゃそうだ。俺はレゴールで一番手広くやってる発明家だからな。ギルドマンだからこそわかる商品の需要っての? そういう普通の連中が見落としがちなもんが見えてくるわけよ」
「そんなに発明が好きなら発明の大会に出て貴族のお抱えになればいいのに」
「貴族は嫌だって言ってるだろ」
「はいはい」
さて、そろそろ朝も良い時間だ。話は済んだだろ。茶も飲み終わったようだし、ギルドにでも行こうぜ。
そうでなくともいい歳した女と宿の部屋で二人きりは不味いだろ。ライナの脳が破壊されるぞ。
「……モングレル、金策ついでに提案があるのだけど、良いかしら?」
「ん? なんだよ」
シーナが遠慮がちに、窓際に置いてある白黒色の花瓶を指さした。
「あの花瓶、私が買わせて貰ってもいいかしら?」
「ええ? いやぁ、あれは友達から譲り受けたもんだから、売るわけにはいかねえよ」
あの花瓶は雑貨屋のユースタスから安く買ったものだ。
ユースタス自身はあまりこの手のデザインの花瓶がお好みじゃないようだったが、俺個人としては色合いがモダンで気に入っている。そうでなくとも、器好きの人間が布教目的で譲ってくれたような品物だ。そいつを金銭で売買するわけにはいかんだろさすがに。俺の持論でしかないが、こういうのは手元に置いておかなきゃいけない最低期間ってもんがあるんだよ……。
「わ、悪い金額じゃないわ。貴方とライナのこれからの生活を思えば、良い取引だと思うけれど……?」
「いやだから無理だって。金とかじゃなくて仁義としてだな……あ、お前さてはあれか?」
「!?」
「あの花瓶に相当な価値があることを知ってるんじゃないだろうな!?」
「い、いやそういうわけではない……んだけど……!」
まさか掘り出し物か? 知る人ぞ知る逸品なのか? ユースタスも結構なオタクだったが、それ以上のレア物だとすれば……尚の事売り払うわけにはいかねえなぁ!
何よりシーナ、今のお前の挙動不審さは明らかに怪しいぜ!
「おら、帰った帰った! おれんちには貴金属も電子機器もピアノもねえよ!」
「価値は、価値はないんだけど! 私はただ高値で買い取ってあげたいだけだから……!」
「支離滅裂すぎるだろ! いやもう良い、帰らなきゃ俺が今ここで生着替えを始めるからな! 二度と嫁にいけなくなるモノを拝まされたくなかったらさっさと出ていきな! はい一枚目!」
「わ、わかったわよ! 帰るわ! さようなら!」
そういう感じで、シーナは慌てて退散していったのだった。
ケッ、甘ちゃんが。二度と俺の花瓶に近づくなよ。
「……久々に花瓶、拭いてやるか」
ちょっと埃の積もっていた花瓶を、俺はいつもより綺麗な布で拭いてやるのだった。
2025/8/29に小説版「バスタード・ソードマン」6巻が発売されます。ウルリカとレオの表紙が目印です。
店舗特典および電子特典がありますので、気になる方はチェックしてみてください。
特典付きはメロンブックス様、ゲーマーズ様、BOOK☆WALKER様の電子版となっております。




