スコルの宿の代筆屋さん
ジャッジのテストプレイは盛り上がった。試行回数も増えたおかげでルールの改定も捗り、商品化に向けた調整は万全である。というより、前世のゲームに収斂したって感じなんだけどな。それでも細部で違うルールにまとまったりしているので、これはこれで面白い。
ギルドのフロレンスさんに相談してみたところ、とりあえず試作品を作ってもらえれば検討するよってことだったので、今は宿に戻って試作品の制作中だ。ゲームの物自体が面白いのは酒場の賑やかさで一目瞭然なので、製品化についてはギルドの方で斡旋してくれるようだ。俺はバロアソンヌが当たった前例もあり、その辺の融通が利くらしい。
何もかも順風満帆に聞こえるかもしれないが、ギルドを通しているだけあってマージンは相当取られている。ギルドとしても“別にわざわざうち通さなくてもよくない?”って感じらしいが、俺としては販売元はギルドであってほしいので構わない。手間と個人の名声をカットできるなら俺にはそっちの方が良い。
ギルド発ゲームシリーズ、良いじゃねえの。その他大勢を突き放して業界最大手になっちまおうぜ……。
しかし、左うちわにはまだ早い。
ちゃんとした試作品を作らないことには、ボドゲとして売り出せないからな。酒場で得た様々な知見を、ここで形にしなければならない。
「テストプレイでは硬貨を駒代わりにしたが……ありゃ駄目だな。手軽ではあるが、思っていた以上にボドゲ感が無かった」
使ったのは革のマットに描いたマス目と、駒代わりの硬貨。これだけでも十分にゲームは成り立ったが、ルール上問題なかったというだけでプレイ感はちょっと微妙だった。俺個人の意見としてはね?
なんというか……細かい感覚の話になるんだが、ジャッジは登山しながら他の参加者の駒を蹴落とすゲームなんだ。その時に、相手のコインをつまみ上げて谷底ゾーンに移動させるっていう手間が没入感を薄くさせるんだよな。
やっぱり“ボードゲーム”というからには、盤上で得られる感覚を大事にしたい。なので俺は製品版ではしっかりした駒を使うことにした。チェスの駒みたいなやつだな。
ジャッジで雷に打たれた駒はウワーッってなってコロンと転がされる。この駒がコロンってなるのが、感覚的で楽しいんだと思う。硬貨でも代用はできるが、このアクションができるかどうかってのはパーティーゲームをやる上で大事なんじゃねえかと思うんだ。少なくとも俺は酒場でそう感じたね。やっぱテストプレイって大事だわ。
「マス目は木製にしよう。革紐でそれぞれを数珠つなぎにして……縄梯子みたいになったな。これはこれで登山感があって良いんじゃないか?」
駒が歩くマス目は、木製の板にする。絵の描かれた革のマットの上に縄梯子って感じになるな。登山道っぽい雰囲気が出て良いんじゃないだろうか。駒を歩かせるとカツンカツンと硬い音がして、進んでいる感じがあってなかなか悪くない。すごろくって盤上を一歩一歩歩かせる必要はないけど、カツカツと足音させると没入感があって良いんだよな。
で、天罰を食らった駒はこの板の上からコテンと転がって滑落していくわけだ。視覚的にもわかりやすくなった……と、思う。
縄梯子の端は山頂部にグロメットで固定しとけばいいだろう。……細々とした手間がかかっているが、製品化するならこのくらいやってちょうど良いのかもな。
あとはサイコロ。このゲーム用のダイスも一緒に売り出すなら、5と6を✕とかに変えた専用のものがあって良いだろう。……と思ったけど、ダイスを作るのもタダではないからな……他のゲームで使えないダイスを抱き合わせで売っても、コストが増えるだけだろうか。ちょっと考えものだ。この辺りはギルドに考えてもらおう。
ダイスを振るための筒は……うーん。不透明ならジョッキでもコップでも使えるし、なんだって良いんじゃないか? ちょっといびつな竹筒でも代用品にはなるだろう。何かちょうどよく安いものがあれば良いんだが。
小物が色々増えてしまったが、これら全てを盤面用の革マットでグルンと包んでしまえば収納は容易だ。小物を別の容器に入れておくなら、革単体はロールして縄梯子で縛ってもいい。そんなに場所は取らないんじゃねえかな。
「あとは……はぁ。ルール説明をマットに書くだけか……」
手書き作業。これが非常に面倒くさい。
いや文字を書く事自体は嫌いじゃないんだが、俺がモングレルとして書いている文字は金釘流というか、クッソ汚え文字なんだよな。だから説明書きみたいなものを作る時にもわざと崩しているんだが、この作業が結構精神にくるんだ。どうして俺はケイオス卿の書き文字を綺麗にしてしまったのか……。
「……そうだ。宿屋のウィンに描かせてみるか。うん、そうしよう」
ウィンは宿屋の女将さんの娘であり、前にシモン君と結婚して出ていったジュリアの妹である。タックの姉だな。
昔は気弱というか大人しい雰囲気の子だったのだが、ジュリアが出ていってからは宿屋の手伝いに精力的になっており、ハキハキと喋るようになった。宿帳の手伝いもやっているので、文字の書き方はキッチリしているはずである。よし、ウィンに任せてみるとしよう。
俺は部屋を出て、宿の受付までやってきた。
女将さんは厨房でスープの仕込み作業をやっているようだ。ウィンとタックはその手伝いをしている。ちょうど良い。
「おーい女将さん」
「はぁい? なんだいモングレルさん。お湯かい?」
「いや、ちょっとそっちのウィンに代筆を手伝って欲しくてさ。ウィンはなかなか綺麗な文字が書けるだろ?」
「え、私ですか? 代筆……やってみたいです、けど」
芋の皮を剥いていたウィンが驚いたようにこっちを見た。隣のタックは自分の方が絵を描くのが上手いとか言ってるけどお前はお呼びじゃねえ。手伝い頑張れ小僧。
「小遣いやるからどうよ。……つっても今は宿の手伝い中か。女将さん、ちょっとだけウィンのこと借りて良い?」
「あはは! 平気よモングレルさん。近頃はうちの仕事手伝ってくれる人も出来たから、余裕はあるんだ。ウィン、モングレルさんの代筆やってあげな!」
「は、はぁい」
女将さんの言ってる最近手伝ってくれる人ってのは、同じスコルの宿に泊まってる客のことだな。
大柄でマッチョで浅黒い肌をした男だ。桃色の鮮やかな髪と連合国の訛りが悪目立ちするが、話してみると明るくて朴訥で感じの良い奴である。歳は俺と同い年くらいだろうか。
建築関係の仕事で朝早くから夜遅くまで働き詰めだが、全然疲れてるオーラを出さないたくましい奴である。その上たまに宿の力仕事を手伝ったりなんかもしており、“おかみサン、まかせてくだサイ!”というカタコトが聞こえてくる。
ジュリアが巣立ってからは忙しそうにしていたが、男手が加わって宿屋としてまた色々できるようになったのが嬉しいのだろう。近頃の女将さんの機嫌は良好だ。
さて、とにかく女将さんの許可は取り付けた。ウィンに書いてもらおうか。
「うわ、モングレルさん……また部屋の物増えてる……」
「まあまあ、俺なりに整理整頓はしてるから……それよりこっちだ。このマットあるだろ? こっちに書いてあるのと同じやつを、この新しい方に書いてもらいてえんだよ」
ウィンを部屋に招いて仕事の説明をする。
書くこと自体は既に酒場で固めてあるので問題はない。……まぁ相次ぐルール改定によって破線まみれではあるが、それを無視して書けばちゃんとしたルールになるはずだ。
「へー……あ、これってゲーム?」
「そうそう、俺らギルドマンが考えたゲームだ。バロアソンヌと同じようなやつでな。この試作品が出来たら、ギルドから売り出してもらう予定なんだよ」
「すごい! バロアソンヌと同じなんだ……!」
「すげぇだろ。バロアソンヌの方も俺達のレゴール支部のギルドマンたちが考えたんだぜ?」
「へー……うわ、字きったない」
「うるせぇ、だから代筆頼んでるんだよ」
「ふふふ、ここ読めないよ」
「薔薇だよ薔薇」
時々ウィンから笑われたりしながらも、スイスイと文字を書いて貰う。
ルール説明というだけあってちょっと長めではあったが、恋文の代筆ほど文量があるわけでもない。ウィンとしても珍しい文章を書けて楽しいのか、結構ノリノリでやってくれた。
「ねえモングレルさん、これジャッジっていうんでしょ。後でこれみんなでやらない?」
やはり子供はゲームが好きなのか、作業が終わった後も興味は尽きなかった。
「良いぜ……けど俺も発案者の一人だからな。もう何度かやってるし、ベテランの領域よ。ウィンやタックには負けねえぞ?」
「前に別のゲームやった時弱かったもん」
「あれは運が収束しなかっただけだから……わかった。そこまで言うならやってやるよ! あ、これ代筆の報酬な。ありがとさん」
「わ、こんなにくれるの。やった!」
その日は宿屋の家族と一緒にジャッジを楽しみ、俺はまた雷に打たれたのだった。