零れ出る幸せ
シーナはハーブティーを注文して、ゴリリアーナさんらがいる個室へ引っ込んでいった。
アレックスも同じパーティーメンバーと一緒に任務へと向かったようである。
俺とライナだけが酒場のテーブルに残り、グレゴリウスと一緒に駄弁っている感じだ。ライナもパーティーのいる個室に行けば良いと思ったのだが、別に任務のブリーフィングをやっているというわけでもないからいいらしい。まぁ、個室はそういう使い方もある。
「それでですね……」
アレックスとシーナが離れていった理由の一割くらいはこいつかもしれん。頼まれてもないのにずっと自分の好きな分野のことを喋ってやがる。
「わかった、わかったからグレゴリウス。その話はひとまず後にしてな」
「いやここからが大事なところで……」
「後だ後。それよりお前、ヴィルヘルムとカテレイネには会ったのか?」
「……ほほう? ヴィルヘルム殿がこの街で仕事をするという話は本人から聞いていましたが……カテレイネ殿もいらっしゃるので?」
「レゴールの方が売れるんだとさ。ヴィルヘルムは林業で立て込んでるし、カテレイネの方もまだ街で色々やるみたいだぞ。久々に会うんだろ? 顔出しておけよ」
「クク、ククククッ……なんということだ、これが運命というものですか!? ハハハ、まさかこの地に、この時期に、四人全員が揃うとは……!」
「祭りだからなぁ。そういうこともあるんだろうぜ」
「ええ、ええ……是非とも後でご挨拶に伺いますとも……」
「なんか面白い人っスね」
「ライナは寛容だなぁ」
十年以上会ってない相手が以前と変わらないキャラでいるってのはなんか安心感あるな。向こうもそれなりに環境が変わってるはずなんだが。
「そういやお前パトロンがついたんだって?」
「おお、モングレル殿もご存知でしたか」
「いやこれもヴィルヘルムから聞いたんだけどさ。良かったじゃねえか、仕事ができて」
「そうなのですよ、ええ。ようやく私の研究の価値を理解する方が現れたのです。今はテティアエフ家の援助を受けながら、古代魔道具の調査を行っているところです」
「え……テティアエフ家っスか?」
「ライナ殿はご存知でしたか。ええ、男爵家の……とはいえ、この程度の後援はどの家でもやっていることで特別珍しいことではありません。私も定期的に研究成果の報告をしなくてはなりませんし、滞れば援助も打ち切られてしまう。あくまで仕事の関係ですよ」
「お貴族様のご機嫌伺いは嫌だねぇ」
「いやいや、パトロンの存在は大切です。私に援助してくれる上に研究成果に耳を傾けてくれるのですからね。話し甲斐がある」
まあお前は自分の分野の話ができれば幸せなタイプの人間だろうけどよ……。
普通は貴族相手にどうこうするってのは皆緊張すると思うぜ……。
「そう、それで研究の話とも繋がるのですがね。私がレゴールに来たのは、とある魔道具を用いた調査を行って欲しいという神殿からの要請がありまして」
「魔道具っていうとモモちゃんとかヴァンダールさんを思い浮かべるっスね」
「基本的には俺らギルドマンにはあんまり縁がないよな……神殿からの要請ってのもピンとこねーわ」
「そうでしょうそうでしょう。実際に一般的なものではありません。個人が崇拝する神を調査するというものですから」
マジかよ信仰を調査すんのかい。
その必要性が出てくるって時点でなんかもう穏やかじゃねえな。踏み絵とかじゃ駄目なんか?
「まあ、実際は魔道具というよりは祭器と呼ぶべきなのでしょうが、わかりやすく言えば……古代の使い捨てスクロールというやつです。海食によってかなり損耗しているので修繕が必要ですし、起動のための触媒も色々消費するので便利とは言い難いですが、既存のギフトと似た効果を再現できる点が唯一無二でしてね。時々貴族や神殿を通じて依頼が来るのですよ」
「はえーすっごい……」
「タリスマンとは違うんだっけか」
「求める側の感覚としては近いのでしょうが……私から言わせますと全く異なりますね。しかし奥が深い分野ですので面白いものではあるのですよ……モングレル殿、お時間ありますか?」
「ないから説明しなくていいぞ」
「そうですか……では解説は今度で」
マジで長引きそうな話はこうして前もって警告を出してくれるのがこいつの唯一の良心である。
ちなみにこの手のフリが来る時に迂闊に頷くとマジで長引くから怖い。村から村への移動中以外では聞きたくないやつである。
「しっかし、そうか。まさかグレゴリウスが立派な研究者になるとはねえ……金無しのフィールドワーカーだった頃から大躍進だ」
「そういうモングレル殿も、すっかり大人になられた。昔はギルドに入ることも嫌がっていたというのに」
「えっ、そうなんスか」
「昔の話だよ」
あの頃は本当に世の中のことを何も知らずに全方位警戒してたからな。それだけだ。
「……ちなみに昔の大人じゃないモングレル先輩ってどんな感じだったんスか? 今と結構雰囲気違ってたり……?」
「ふむ……」
グレゴリウスが俺の顔を見た。
ライナもどこか期待するような眼差しをこちらに向けている。
別に大人なんてそんなガキの頃から変わるもんじゃ……っていうのはおっさんが自称するだけで、若者から見たらおっさんはおっさんにしか見えないかもしれないから迂闊なことが言えねえ……。
「雰囲気は年相応に柔らかくなったのでは。後は特に変わってない気もしますが」
「マジっスか。モングレル先輩は昔からモングレル先輩なんスねぇ」
「当然のようで別に深くもねえこと言ってるな……。ライナ、こいつあんまり人を見る目ないから気をつけろよ」
「ええその通り。よく言われますので」
良くも悪くも学者気質。それがグレゴリウスなのである。
どうもグレゴリウスは昨晩神殿に泊まったようで、しばらくはそこで厄介になるようだ。
だがどうにもグレゴリウスの研究対象が複数の神とかその辺りを対象にしているからなのか、神学と呼ぶにはちょっと踏み込みすぎなところがあるようで、その辺りかなり寛容なハルペリアの月神信仰でもかなり疎まれるタイプの学者ではあるらしい。それでも国から神殿関係者の証は貰っているようなので、最低限神殿施設に宿泊はできるという、まあ客として来られたら厄介な奴なのだとか。
昨晩もあまり歓迎はされなかったようである。多分同じ野球場でも敵球団の側の席に座っちゃってるような奴なんだろう。
「まあ私は寝ることができればどこでも構いませんので」
そういう肩身の狭い思いをしても全然辛くないってのは明確な長所だよな。
今日もまた神殿やら貴族街でやることがあるようで、グレゴリウスはギルドを出ていった。
ギルドにやって来たのは……多分、俺に会いに来てくれたんだろう。それはそれでまあ、嬉しいこったね。
「……モングレル先輩の昔の友達って、みんな変わってるっスね」
「だよな。俺もそう思う」
「モングレル先輩も変わってるっスけど」
「おいおい、俺は模範的な普通のギルドマンだろ」
「っスっス」
時間が経つごとにギルドに人が増えて、段々と賑やかさが増してくる。
祭りが終わって、日常が戻って来るのを感じるな。
「……むふふ」
ライナは俺の向かい側の席で、俺の顔を見て抑えきれない笑みを零していた。
そういう何気なく溢れ出すオーラは結構バレるぞ!
「……暇だし何か仕事でも受けるか。軽めのやつ」
「っス! 良いっスね! 一緒にやるっス!」
……まあでも、今までもずっとこんな感じではあったから、逆にバレないんだろうか?




