後方腕組みバンドマン
レゴール大劇場。このできたてホヤホヤの劇場は、大とは言うもののそこまで広くはない。少なくとも、サングレール聖王国基準で言えば中規模いくかどうかってレベルの箱なのだそうだ。
世知辛い話、原因は予算にあるらしい。俺も詳しくないからあまり正確な説明はできないんだが、ホールを作るにあたっては石材の量が大事らしい。ハルペリア王国内ではこの石材の確保がネックだ。経済的にイケイケドンドンな今のレゴールでも、石材を抑え気味の設計にせざるを得なかったのだろう。そのせいで中途半端なサイズ感のホールになってしまったのだそうな。
だが、小さいハコならそれはそれでメリットもある。
音の小さな楽器をスピーカー無しで演奏するのであれば、小さめの舞台はうってつけの環境と言えるだろう。
また、聞いたところによれば舞台背面の壁に特殊な魔道具だかなんだかが仕込まれているらしく、音を気持ち程度ではあるが増幅してくれるそうだ。ありがたいね。
「観たか、さっきの“白鳥楽団”の演奏」
「聴いてたよ。……一つ前の“詩人連盟”よりずっと盛り上がってたな」
「まあ……サングレールの曲だが……確かに、客の反応は良いな……」
「サングレール人はなんであんなに歌も楽器も上手いんだ……」
「練習してるんだろう。それだけさ。……負けを認めるにはまだ早いぞ。伝統的な音楽でも勝負できるってことを、俺達が証明しないでどうするんだ」
「……それもそうだ。よし、行くか」
控え室では、発表を控えた芸人たちが集まって楽器や衣装の調整に取り掛かっている。
ここにいる者の多くは、今日のためにいつも以上に派手な服を買い、あるいは作り、磨き抜いた演奏で舞台に臨むのだ。普段人前で演り慣れている人々も、さすがに今日のステージの規模ともなると初めての奴が多いのだろう。誰もが緊張した様子を隠せていない。
俺? 俺はむしろリラックスしてるところだぜ。
なにせ今日最大のイベントであるケイオス卿お披露目イベントが終わった後だからな。今はもう喉元過ぎた後のスポーツドリンクって感じだ。気楽に演奏して祭りを楽しみたいもんだぜ。
「おーい、モングレル」
「おっ、ヴィルヘルム。それにカテレイネも来たか」
「ウフフ……相変わらず、お祭りになるととても賑やかだね」
ヴィルヘルムとカテレイネもやってきてメンツは揃った。よしよし。誰かが風邪引いたり怪我したりでドタキャンは無しだな。良かったぜ。機転を利かせた俺のソロ弾き語りでフロア大熱狂ルートは消えたようだ。
「俺たちの演奏までまだまだ時間はあるからな。直前まではホールで他の連中の演奏が聴けるぞ」
「さっきチラッと見てきたぞ。なかなか、観客は大勢入っているものだな。祭りの日だというのに、じっと屋内にいるというのもおかしな話だが」
「おや。ヴィルヘルムはもっと観衆が少ない方が良かったのかな。恥ずかしがり屋なのは変わらずだね」
「……別にそんなわけじゃないわい」
「お、エルフとドワーフの喧嘩か? いいぞ、もっとやれ」
「だから、俺はドワーフなんかじゃないし、どうしてお前はいつも俺とカテレイネを喧嘩させようとするんだ……」
呆れつつ、ヴィルヘルムは手に持っていた何個かの太鼓を床に置いた。
この日のために何度も調整して音を整えた楽器……手作りドラムである。
いやまぁ、ドラムというのはちょっと失礼か。スネアにしたって、小樽に革を張って固定したり、スナッピー代わりの金物を付けたりした程度のものだからな。出来合いの物を色々使っているせいで、どうしても見た目のストリート感が強くなってしまった。
しかしヴィルヘルムも何度か独自の改良を加えたのか、表面は結構整った感じが出ているな。樽も磨いて艶なんか出しちゃってよぉ。
「音はいい感じだ。皮も破れないギリギリのとこまで張ってあるぞ。木こりから楽器屋になれちまいそうだ」
「マジかよ。自宅用にドラムセット注文しようかな」
「少年の宿はこういう楽器の音は大丈夫なんだ?」
「いやダメだわ。やめとくわ」
俺の部屋もある程度はお目溢しされてるが、さすがに楽器は無理だわ。
一度宿の補強工事はやったんだけどな……防音まではさすがにほとんど手が回らねえ。
「それより、私たちの番が来るまで観客席で聴いていようよ。邪魔にならないよう、一番後ろでね」
「うむ。楽器を預けて、また聴いてみるか」
「一番後ろかよ。まあ、音がどんくらい届くのかを調べるには良いかもな。後方腕組み同業者ヅラでもしてやろう」
「どういう顔だそれは」
「そりゃもう、腕組んでこう……“へえ……今年はなかなか、良い旋律出す奴らが揃ってんじゃん”みたいにな」
「俺らも今年初めてだろうが……」
「……なんか良いね、それ」
「良いか……?」
そんなわけで、俺らは自分の番が近付くまでの間、ホールの一番奥から見学することにしたのだった。
ホールは石造りが多く、また構造も扇状ってほどではないが、舞台から緩やかに広がるような、独特の形をしている。分かりづらい例えをするならカウベルに近いのかもしれない。多分、この形が音をよく遠くまで響かせてくれるのだろう。
「今歌ってるのは?」
「あー、神殿の子供達による合唱だな」
「月の神を讃える曲かな。なるほど、案外よく聞こえるものだね」
三人で壁を背にしながら音楽鑑賞をしている。
ここで聴いていると、ホールに響く音の感じや観客のリアクションも全部見えてくる。観客は……まぁ、この世界じゃ悪いことではないんだが、賑やかだな。音楽の邪魔をしようと悪意を持って騒いでる奴はいないが、音に合わせて手を叩いたりしてるやつはいる。前世のクラシックコンサートだったらとんでもない客層ばかりだが、ハルペリアではその辺りは緩いし、何より今日の演奏会は大衆音楽ばかりだ。祭りだし、一緒に盛り上がってなんぼの会であろう。
「……だが、しかし……ううむ、さすがに皆、歌は上手いな……」
「うん。皆とっても上手。ウフフ……歌は良いね。人が産んだ文化の中でも、特に……」
「なあに、気圧されることはねえよ。俺たちだって何度も練習しただろ。舞台に上がったら楽しめば良いんだよ」
「お前は本当に緊張ってものを知らんのだな」
「適度な緊張が一番良いパフォーマンスに繋がるんだぜ」
緊張のし過ぎはダメだ。かといって、完全な脱力も注意散漫になってよろしくない。本番前はじんわりソワソワするくらいが一番だよな。
特にヴィルヘルムはリズムを担ってるんだから、頼むぜホント。
「はえー、ホールすっごい広い……あれっ、モングレル先輩じゃないスか」
「おっ? なんだよライナじゃないか」
壁を背に聴いていると、重厚な扉を開けてライナが入ってきた。
その後ろにはギルドでも何度か顔を合わせたことのある弓使いの少女たちの姿が見える。確か、ライナから時々弓を教えてもらっているルーキーだったかな。今日の皆は祭りということもあって、それぞれお洒落しているのでギルドマンっぽさは全然ない。……しかし、ライナはこの中ではちょっと年上のはずなんだが、背丈のせいか同年代くらいに見えるな……。
「モングレル先輩、おっスおっス。……え、もしかしてモングレル先輩の演奏終わっちゃったんスか」
「いや、俺らの番はこれからだよ」
「やあ、あの時の少女か。また会ったね。いや……君の時間感覚で言うなら、久しぶりと言った方が良いかな? ウフフ……」
「モングレルのギルドマン仲間だったな。随分とめかし込んでいるじゃないか」
「う、うっス」
ライナは前に一緒に買った白いシャツに短いフレアスカートを履いていた。いつもショートパンツが多いから、スカート姿が新鮮だ。
「なかなか可愛い格好じゃないか、ライナ」
「……あの、はい。うっス。えへへ」
ライナが照れくさそうに笑うと、後ろにいた弓使いの後輩たちが顔を見合わせて頷き合い、ニヤニヤしながら足を忍ばせるように静かにホールの座席側へと移動していった。気を利かせてるのが丸わかりだが、ライナからは見えない角度だった。いや、それが俺から見えてるってのもどうなんよ。
「演奏が終わったら一緒に見て回ろうな。もう酒飲んできたか?」
「いやいや、まだ飲んでないっスよ。ちゃんとモングレル先輩の演奏を聴いてから、一緒に回って飲みに行きたいっス」
「飲むは飲むのな」
「当然っス。お酒の屋台もあったから、終わったら一緒に行きましょ」
「マジかよ、楽しみにしてるぜ。けどその前に、俺の演奏を楽しんでおけよ」
「うっス!」
さて、そろそろ俺たちの番が近い。準備に入るとしよう。
「ウフフ」
ホールを離れ、楽屋に向けて歩いていると、隣でカテレイネが意味深に笑った。
こいつのこういう笑い、適度に無視しといた方が良いようなどうでも良い思い出し笑いとかあるから反応に困るんだよな。
「なんだよ」
「いや。少年も、しっかり好かれているなと思ってね」
「良いことだぞ、モングレル」
「なんでお前ら二人とも俺の保護者みたいな目線なんだよ」
いや別に答えなくていいわ。絶妙なからかいオーラを感じるからな。こういうのは無視に限る。
さっさとオールディな新曲を披露しに行こうぜ。




