バロアの森チュートリアルおじさん
他所から来たギルドマンの案内役として、ソロでやっている俺とガットとヴェンジが名乗りを上げた。ガイド任務ってやつだ。
俺の依頼人はドライデン出身の若者三人組。パーティー名は“銀貨の鏃”というらしい。
内訳は弓使いが一人に剣士が二人。いずれも物静かそうな若者だ。ランクは全員ブロンズ2である。
バロアの森を見て回りたいという希望だが、レゴールではその前にチェックしておかなければならないポイントが存在する。まずはそっちを見せてからでも遅くはないだろう。
「馬車に乗る前に、東門のここを先に見ておいた方が良いぜ」
「? モングレルさん、バロアの森には行かないのか?」
「まぁまぁ。バロアの森で討伐をした後は、持ち帰った獲物はここの解体処理場に任せることになる。バロアの森をただ散歩するならともかく、討伐を念頭に置いてるんだろ? だったらここも無視はできないぜ」
「なるほど」
「こっちまで運んでやるんだな……」
バロアの森と言えば解体処理場。そのくらいセットになっている場所である。バロアの森入り口の広場で解体やってる連中もいるにはいるが、魔物が出るのでそこはちと危ない。森でやれるのは川で冷やして内臓を抜いてがせいぜいだろう。毛皮に包まれていない生肉の塊を持ち運ぶのは難しいしな。
「バロアの森との間を往復する馬車は頻繁に出てるから、移動と荷運びは楽だぜ。任務を受けていればギルドマンだったら自由に利用できるしな」
「それは助かるなぁ」
「俺らのとこはそんなことやってなかったぜ」
「いやでも俺らのは近くに良い解体所あるし……」
「そこは有志のギルドマンの先輩が作ってくれたのを使ってるだけじゃないか?」
仲間内でワイワイ話しているうちに、解体処理場の中で働くロイドさんの姿を見つけた。ここの顔役にして、仕事の非常に早い人である。
「ロイドさん、おはよう」
「おー、モングレルか。後ろの三人は後輩か?」
「いいや、ドライデンから来たギルドマンのパーティーだよ。“銀貨の鏃”だ。彼らはバロアの森に明るくないから、俺がガイドしてるとこ。でもまずはロイドさんのいるここを紹介しなくちゃ始まらねえなって思ってよ」
「わかってるじゃねえか」
ロイドさんはパイクホッパーの脚をメキメキと割りながらニヤリと笑ってみせた。
……パイクホッパーの解体なんてあまりみない光景だけど、もしかしてパイクホッパーの買い取りも始めたのか?
「三人とも、この人はロイドさんだ。元凄腕ギルドマンで、ここの解体処理場のリーダーをやっている。下手な仕留め方をしてたら解体の時に一発でバレちまうから気をつけろよ」
「ロイドだ。レゴールへようこそ、“銀貨の鏃”さん」
「はじめまして」
「よ、よろしくおねがいします」
「大物を仕留めたら、なんとか馬車に乗せてここまで運んでくれば後は俺達がやっておく。引き取る部位があれば言ってくれれば分けておくし、残りはこっちで買い取りなり処分なりするから任せておけ。捨てるような部位でも油や膠にはなる」
おかげでなかなか刺激的な臭いのする場所だ。ここで働くのは俺でもちょっと厳しい。毎日風呂有りでも遠慮したいところである。ここでずっとやっているロイドさんはすげぇよ。
「それと他の領地について腐すわけじゃないけどな、レゴール領内ではかなり厳格に狩猟のルールが定められている。他では許されていたような狩り方でもバロアの森では違法となるものだってあるから、実際に森で狩りをする時にはその辺り重々承知しておくんだぞ。他所から来た新人がヘタをこいて捕まることが多いからな。違法罠なんかはロイドさんはしっかり見破るぜ」
「違法……」
「ふん。そこのモングレルはそんなヘマをした馬鹿をとっ捕まえる天才だぞ。お前たち、モングレルに捕まらないよう気をつけろよ」
「なんだよロイドさん、俺は模範的なギルドマンとしてちゃんとやってるだけだぜ」
「森で捕まえた賊を天秤棒に吊るして持って帰ってくるような男だぞ。吊るされて運ばれた奴らは道中長々と揺らされて死にそうな顔になってる。ありゃあ憐れな姿だったぜ……気をつけろよ」
「は、はい」
「やべえな……」
人を危険な奴みたいに言うのはやめてくれよ。事実だから否定はできねえけど。
……まあ、舐められるよりもこうしてちょっと恐れられるくらいの方が案内はしやすいからありがたいんだけどさ。
「じゃあ、早速馬車に乗って行くか。明るいうちにバロアの森の主要施設を教えておかないといけないからな」
「魔物は今の時期いるのかな? モングレルさん」
「ギルドでも言ったが、今は微妙なとこだな……小物が多いから、最低限稼ぐのに困ることはないぜ。ブロンズ2だったら適正ってとこなんだけどな……お前たち“銀貨の鏃”はドライデン出身だし、そこそこ狩りの腕も立つんだろ。だったらちと物足りないかもな」
俺がちょっと褒めるようなことを言うと、三人は照れを隠すように頭を掻いたり鼻を擦ったりした。
結構物静かな連中ではあるが、厭味ったらしいというタイプではなさそうなので助かるぜ。多分、寡黙な狩人って感じなんだろうな。
馬車に乗っている間も道中に見える施設の説明だとか、これからいくバロアの森の概要なんかについても話す。ガイドだからな。黙るのはサボりだ。今日はとことん喋り倒さなければならない。
「バロアの森は冬になると魔物のほとんどが森の深部に引っ込んでいくから仕事にならないんだが……ドライデンの方はもちろんそんなことはないよな?」
「ないよ。冬でもちゃんと獲物はいる。バロアの森が特殊なんだろうな……」
「冬ごもりする奴らもいるから、数は減るけどな……冬の毛皮も良い値がつくし、俺達狩人の季節さ」
「冬に魔物がいなくなるっていうのが不思議だ……」
「それはだな、まぁ俺も直接見たわけじゃないから又聞きになっちまうんだけどな。森の深い場所に縄張りを持っているサンライズキマイラが影響してるみたいだぜ」
「サンライズキマイラ」
ハルペリア最強のライオンの名前を聞いて、三人の顔色が緊張した。
気持ちはわかる。バロアの森=サンライズキマイラのいる森で、レゴール外の人にとっちゃよくわからん魔物だしな。せいぜい伝説として語られているくらいのもんだ。俺も話に聞くだけだった頃はすげぇ怖かったしな。いや、実際に見た後もやっぱりすげぇ怖いんだけどさ。
「心配しなくても、サンライズキマイラがいるのは本当に森の奥深くだから、森で遭難したって遭遇することはないぜ」
「……そ、そうなのか。良かった……」
「万が一遭難して何日も森でサバイバルしながら歩き続けたとしても……サンライズキマイラに近付けばそこらの植生もガラッと変わるし、気温も上昇するからすぐにわかる。それと逆方向に行けば森の出口だ。わかりやすいだろ?」
「まあ、わかりやすいな」
「その暖かくなるせいで魔物が森の奥に消えていくのか……」
「だな。森の奥に行けば冬眠する必要がなくなるんだろ」
サンライズキマイラのいるエリアは常に夏のように暑いため、冬は魔物たちがバロアの森の中央に住み処を移す。リスクのある冬眠や越冬をするよりも、その方が実りもあるし快適だからだ。
もちろん、縄張りに不用意に立ち入る魔物は餌食になってしまうのだが……詳しい生態まではわかっていない。そんな命知らずな調査をする人間が居ないからだ。俺だってやりたくない。
「今走ってる街道はシャルル街道っていうんだけどな。大昔、シャルル……なんとかレゴールって偉いお貴族様からついた名前なんだよ。すぐ近くまでサングレール軍に攻め入られた時、どうにか押し返した功績でついたとかなんとか」
「へー」
「お貴族様の名前か」
それよりも昔はバロアの森の語源、バロアって人がここらへんを治めていたらしい。
バロアの森やそれを構成する樹木の語源になった偉い人だな。
昔はこの辺りも全体的に開拓されておらず木々が多いせいで、どこからどこまでがバロアの森なのかわかっていなかった。なのでサンライズキマイラのいる場所も不明で、ある時突然森で遭遇する災厄級の魔物として扱われていたという。黎明期のサングレール軍の進軍は何度もそれで大失敗したという話だ。
気持ちはわかる。サンライズキマイラのいる周辺はいかにも快適な環境に満ちているからな。その辺りに吸い寄せられる気持ちは本当によくわかる。だが、欲をかいたせいでサングレールの西進は長らく上手くいかなかったのだ。
なので危険な開拓作業には黒髪や青髪の、つまりサングレールで差別されていた特徴を持つ人々が集中的に投入されていった。渡されたのは僅かな食料と、開拓用の農具ばかり。危険な開拓作業の中で、そんな彼らはどうにか平野部に拠点となる場所を見つけ……やがて怒りに燃える彼らが一斉に蜂起して、ハルペリア人となって独立したのである。
「だから昔はこの辺りも、鎌や斧で切り拓いてきたんだろうな。長い時間をかけて、ハルペリアが暮らしやすい平地を作ってきたんだ」
「……すごいな」
「俺等の祖先の話だよな……誇らしいよ」
「モングレルさんは……ああその、サングレール混じりではあるけど。サングレールのことはどう思ってるんだ?」
「おい馬鹿」
「聞くなよそんなこと……」
俺がどう思ってるか、ねぇ。うーん……。
「よく聞かれるけど、俺は生まれも育ちもハルペリアだから、そのあたりピンとこねえんだよな。まあ、戦争の時はいつも勘弁してくれって思ってるよ。ハルペリアはハルペリア人の土地だからな」
「そっか」
「まあそういうもんだよな」
「変なこと聞いてごめん、モングレルさん」
「いいんだよ、気になることに答えるのが良いガイドってもんだ」
そんなちょっとした身の上話を交えた後は多少心理的な距離も縮まったのか、バロアの森でのガイドもやりやすくなった。俺だけがひたすら喋るわけじゃなく、向こうからも会話を投げてくれる。頭の中だけで用意した原稿を読み上げるだけってのはちょっと気疲れしてきた頃合いだったのでありがたかった。
「……で、まぁこの広場を中心に色々と準備したり、目当ての場所まで移動したりって感じだな。ただ川の流れてる場所までは自分で歩いて把握していくしかないから、説明だけじゃ厳しいぞ。全部教えてる時間もねーし、その辺りは自分らで探り探り頼むわ」
「だよなぁ……」
「山の中なら目印も見つけやすいけど、森は迷いやすそうだな……」
“銀貨の鏃”はかなり真面目で、森の中を歩いている間は常に真剣に周囲を見回していた。しかし山の多いドライデンと異なり、比較的なだらかなバロアの森では風景の移り変わりに乏しく、遠くを見渡せるスポットもなかなか存在しない。その辺りが彼らにとっては難しいポイントらしかった。
「まあ、春の間は川沿いの散策が無難じゃねーかな。不慣れでも川沿いなら散策しやすいし、春はクレータートードがいる。視界も開けてるから魔物も見つけられるかもしれない」
「確かに」
「他の人も多そうだけど、最初はそれも有りか……」
「んじゃ、そろそろ帰ろうか。今回は魔物と出会わなかったけど、無理して探して回るような相手もいねえ。ギリギリになって人の多い馬車に乗り合わせるよりは、早めの撤退が無難だぜ」
俺がそう勧めると、後ろ髪は引かれているようではあったが、三人とも渋々頷いてくれた。せっかく来たのだから一匹くらいは何か……と思っていたらしい。残念。森の浅い場所なんてそんなもんだ。
「代わりに早めにレゴールに着いたら、余った時間で……そうだな。俺らレゴールのギルドマンに人気の安くて大量に食えて美味い酒場に連れて行ってやるよ。森の恵み亭っていうんだけどな。お試しで数日活動するにしたって、その店だけでも覚えておいて損はないぜ」
「へえ、そんな酒場が……!」
「いいな、金も不安だったからありがたい」
「頼むぜモングレルさん」
「あ、別に奢りはしないからな!?」
「ははは」
「わかってるよ、自分で出す」
そんなこんなで、俺の一日ガイドは無事に終了したのであった。
最初こそちょっと気まずい雰囲気もあったが、ちょっと酒を入れてしまえば全て解決である。やはり飲みニケーション……飲みニケーションは全てを解決する……。
“銀貨の鏃”からの評価も悪くない。自分で言うのもなんだが、良いガイドになったんじゃないだろうか?
ちなみにガットとヴェンジであるが……。
「うーん。私も張り切って森の色々なスポットを回ったんだけどね……どうやら張り切りすぎたみたいで、彼らの体力の限界が来たみたいだ。街に戻るなり、すぐに宿に戻ってしまったよ」
「ガット……お前どんだけ連れ回してたんだよ……」
「それはもう、一日で詰め込めるだけさ」
ガットは濃密過ぎるハイペースの案内で依頼人の都会者をダウンさせ。
「適当に森のあることないこと教えてやって、あとは娼館の話ばっかりさ。真面目すぎんだよお前らは。観光客なんざ適当にそれっぽいとこでそれっぽい説明して、後は酒と女と飯をちらつかせておきゃいいんだよ」
「わかっちゃいたが、ヴェンジはまともに案内しなかったか……」
「ハハッ。俺は女を抱きたいおっさん共が食いつくような話をして、無駄な散策をさっさと切り上げただけだぜ。おかげで紹介料の分け前まで入ってきやがった。たまにはギルドマンの仕事ってのも良いもんだなぁ? オイ」
ヴェンジに至ってはガイドを早々に放り出し、娼館の仲介で小銭を稼いでいた。
二人のこういう……いまいち人と噛み合わなかったり、最初からまともにやる気のない態度がソロたる所以なんだろうな……。
俺も大概訳アリではあるが、ナチュラルにソロやってる連中はやっぱりどこか違うわ。