啓蟄は異国の味
サリーがなんやかんやあって貴族にロックオンされ、それからまたなんやかんやあって他の貴族たちによって助けられた。
この件については普通のギルドマンたちはあまり貴族に関わりたくないからか、あまり話題にしない。どこに貴族の目や耳があるかわかったものではないからだ。
それでもなんとなく“貴族の偉そうな奴がギルドマンにちょっかいかけて悪そうなことをしている”という話が出れば、気分も良かろうはずもない。酒場などに行けば、おのれ貴族めという適当な論調で管を巻くギルドマンたちは多かった。
それに、ギルドのお偉いさん方も今回の件についてはちょっぴりご立腹であるらしい。
珍しいことに副長のジェルトナさんや、普段は貴族関係にべったりなイメージの強いギルド長のラムレイさんまでピリついていた。ラムレイさんが怒っているのは俺からすると少し意外だった。
「王都と同じように事が通ると思っている。困りますな」
「レゴールの支部だからと力押しできると考えているのか……困ったものだ。まさかここまで食い下がってくるとは。ジェルトナの言った通りになるとはな……」
「私もまさか本当にここまで長引くとは思いませんでしたがね……」
……二人とも疲れていた。貴族絡みで色々あるとやはり対応がしんどいらしい。
春になって色々動き出して忙しいところにこれだもんな。お疲れ様って感じである。
で、肝心のサリーはまだ何かと忙しいらしく、俺もまだレゴールに戻ってから顔を見れていない。様々な人が手を回しているから心配はしてないんだけどな。
さて、それにしても春である。
人の往来が増し、ギルドを訪ねてくる顔ぶれにも見慣れない奴が多くなってくる。
勢いのあるレゴールに来ていい仕事がしたい……拠点をここに移したい。そんなギルドマンも、ここ数年は多かった。今年も多分多くなるだろう。
しかし今年はどうも、また違った理由でレゴールを訪れるギルドマンもちらほらいるようなのである。
「ここがレゴールのギルドかぁ」
「スタート地点だな」
「金貨貰えたりしてな。ガハハハ」
建物の中に入ってくる他所の街のギルドマンたち。別にそれ自体は珍しくはない。
だが今年に限ってはギルドの中をキョロキョロと見回したり、興味深そうに見学でもするような目で見回す奴の姿が多かった。
それは何故か。
……冬の間によその街に出回ったボードゲーム、バロアソンヌの影響なのだそうだ。
「せっかくだしバロアの森に潜ってみようぜ。一度でいいから軽く討伐してみてえや」
「アブルフェーダの方にもバロアの森ってあったよな? 同じバロアの森なのか?」
「レゴールのバロアの森が最初らしいぜ。アブルフェーダの方は二つ目に見つかったとこだそうだ。酒場でバロアソンヌやった時、魔法使いの友達が教えてくれたぜ」
「へー」
「確か東門から行くんだったよな?」
そう。御当地ボードゲームのバロアソンヌがハルペリアの各地に広まったことで、プレイしたギルドマンたちが思ったのである。
“なんかここ面白そうだから一度行ってみたいな”……と。
なんてことはない。俺らレゴールの人間がザヒア湖へ旅行に出かけたのと同じように、よその地方のギルドマンたちも物見遊山でレゴールへ遊びに行きたくなったのである。レゴールへ、ひいてはバロアの森へ……。
……いや、まあこういう連中もまさか本当に森の中に宝箱があったりだとか、金貨をジャカジャカ稼げたりだとか、そんな風には思ってはいないだろうが……ボードゲームでレゴールを遊び回っているうちに、なんとなく実際に足を運びたくなったのだろう。
桃鉄やってて全国を電車で旅してみたくなる的な……? いや、自分で例に上げといて俺はそこまででもないなこれは。
「よそからのパーティーもすごい増えてきたわねー。バロアの森の狩り場、荒らされたりしないかしら」
「よう、ダフネ」
「あらモングレルさん。なんか久しぶりに顔を見た気がするわね」
「しばらくザヒア湖まで遊びに行ってたんだよ」
「ザヒア湖?」
「ドライデンのちょっと先に行ったとこにある湖だよ」
「へー、そんなとこあるのね」
“ローリエの冠”のリーダーにしてまだまだ新人ギルドマンである商人娘、ダフネ。利に聡い彼女は、この時期に増えたギルドマンたちを見てちょっとした波乱を嗅ぎ取ったらしい。実際、バロアの森に詳しくないよそ者が大挙して押し寄せれば森の様相も変化するだろう。罠猟をメインにやっている彼女たちからすれば、それは他人事ではないはずだ。
「パーティーの調子はどうだ? “デッドスミス”のイーダとフーゴと一緒に組んでやってたんだろ?」
「ええ、とっても助かってる。イーダさんとフーゴさんのおかげで秋のうちは結構順調に獲物を仕留めて回れたわ。冬はさすがにダメダメだったけど……最近になってから、また二人が声をかけてくれて。私達と一緒に組んでると獲物探しが捗るから助かるって言われちゃった」
「おお、そいつは良かった。また合同パーティーで任務に臨むわけだな?」
「おかげさまでね。モングレルさんが紹介してくれてすっごく助かったわ。ありがと!」
“ローリエの冠”は商人のダフネ、大盾持ちのローサー、罠師のロディの三人による異色のパーティーである。それぞれ尖った部分というか、独特の持ち味はあり、主に罠師のロディの手腕によってクレイジーボアやチャージディアを拘束するところまでは行くのだが、いかんせんバロアの森の魔物を仕留めるために必要な決定力に欠けていた。獲物にトドメを刺したり、バロアの森を歩き回るための単純な戦闘力が低かったのである。
それを補うために一緒に組んだのが、シルバーランクの夫婦ギルドマンである“デッドスミス”のフーゴとイーダであった。こちらはこちらで戦闘力はあるものの土地勘もないし、獲物を探す能力が低かった。
互いに異なる短所と長所を持つ両者が組むことで、去年は皆が納得できる良い結果を出せたようである。春になってからまた一緒にやろうって話が出るってことは、本当にWin-Winな仕事ができたのだろう。良いことだ。
「ああそうだ、それよりモングレルさん、今は罠猟よりもパイクホッパー。結構良い感じよ!」
ダフネは俺だけに美味い話を聞かせたいのか、ちょっと悪そうな笑みを浮かべている。
「ええ、パイクホッパー……? まぁ俺も春には何度か受注はするが、別に美味い討伐ってわけでもなくねえか? いや、ダフネにとっては丁度いいくらいの任務だと思うけどな」
春になると大発生するクソデカバッタ、パイクホッパーの討伐は主にアイアンランクの仕事だ。報酬もさほど美味しくない。額の甲殻集めも大した金額にはならないしな……。個人的に趣味でやりはするけど。
「それがね、パイクホッパーから採れる肉の買い取りをやってるとこが増えたのよ。ほら、拡張区でサングレール系の料理店がいくつかできたじゃない? そこの食材で虫肉って結構需要があるみたいなの」
「あー、あれか。ロゼットの会がやってる“蔦の輪亭”とかいう料理屋みたいな?」
「そうそれ! 本場ではもっと色々な虫系魔物の肉を使うらしいんだけど、ハルペリアではそこまで虫系の魔物がいないみたいで。その中でもパイクホッパーから採れる肉は良い感じに使えるみたいなの。解体に少しコツがいるけど、ただ討伐するよりは結構稼げるわよ」
「おお、マジか……簡単な任務で金が稼げるとなると、ボロい商売だな」
俺もパイクホッパーの肉は戯れに食べたことがある。まぁあっさりしていて、ささみ系の淡白な肉だったかな。虫肉って言われるとウゲッとなるかもしれないが、パイクホッパーのサイズがサイズだからか肉塊も結構なボリュームで抵抗感は少なかった。……という覚えがある。
「そりゃ良い儲け話を聞いたぜ、ありがとな。……“ローリエの冠”ではもうやってんの?」
「ええ、それはもちろん。討伐しながら肉を集めて、ついでに額の甲殻も防具の素材として売ってやるんだから。捨てるトコないわよ、あの魔物」
「相変わらず逞しいな……」
「まあ、私達以外にも“最果ての日差し”とか“希望の萌芽”も請け負ってるみたいだから、遠からず買い取りも落ち着くでしょうけど……これが一段落したら、また“デッドスミス”の二人と森に潜ってみるつもり」
「しっかり計画を立ててるみたいで何よりだ。すっかりパーティーのリーダーって感じだな」
「ふふん、そう?」
ダフネは戦う力そのものはまだ大したことがないが、金を稼ぐための指針を定める能力はルーキーとは思えないものがある。
一緒にやっているローサーもロディも訳ありメンバーだから、お前が上手く舵取りしてやってくれ……。
「しかし、パイクホッパーの解体か……数が数だからな。可食部を集めるのも結構手間になりそうだ……上手い話とはいえ、お前たちの稼ぎを邪魔するのも悪いぜ」
「そう? まあそういうのが面倒だったら今バロアの森を案内してくれるギルドマンの募集も多いし、ガイドとかやってみても良いんじゃない? モングレルさんそういうの得意そうじゃない。そっちはソロでもできるし」
「……旅行気分で他所からやってきたギルドマンのガイドか……」
まあ俺もレゴールには詳しくなったけども。
そうだな……そういう仕事をやってみるのもありか。
……今レゴールに他地方のギルドマンが多いのも、元を正せばバロアソンヌを世に生み出した俺に原因があるっちゃある。
レゴールのガイド……そうな。ちょっとは俺もやっておくかね……。