ろくでなしの晩酌
積もった雪を回収する仕事に就いてみたり、炭焼き小屋から大量の炭を持ってあちこち納品しに回ってみたり、ある時なんかはちょっと遠方の野営地まで行って物資を届けに行ったり……冬の間も細々とした仕事は多い。
それらで暇を潰していると言っちゃなんだが、部屋でじっと暖を取っているだけというのも退屈なので、そんな日々を過ごしている。ギルドで気心知れた連中と馬鹿やるのも良いが、似たような馬鹿話をし続けるのもそれはそれでストレスを感じるからな。
「いやぁ助かったよ、ギルドマンの人。何年も前から崩れそうな場所だったんで困ってたんだ。かといって、業者呼ぶ金は惜しくてね」
「あー、確かに。まぁでも、俺みたいな素人にでもできる作業で良かったですよ。力だけはありますんでね、この手の撤去作業だったら大得意っす」
明らかに専門の建築業者が携わってなさそうな、素人が自前で組んだような煉瓦造りの小屋の解体作業。こういう仕事も時々あって、気が向いた時は手を出している。
大抵は塩漬けになってる仕事が多いので、受注する前に現場をちらっと覗きに行って出来そうだなと思った現場だけ関わる感じだな。
レゴールも古い場所は本当に古いまま残っているので、こうして自分の手で代謝を促進させてやると、なんというかレゴールを自分の力で変えている気分になれて悪くないんだ。やってることは割が良いわけでもない解体作業でしかないんだけどな。
そんな仕事に携わった件がちょっとした近所の噂にでもなったのだろうか。
ある日、俺はギルドの外で声をかけられた。
「ようモングレル! いいとこで会ったなぁオイ!」
「やっべ、ブレーク爺さんじゃん……」
正直言ってあまり会いたくないタイプの爺さんとエンカウントしちまった。
小麦色に焼けたシワだらけの肌。年齢の割に妙に生命力のある、ギラついた眼光。
アウトローなギルドマンの中でもアウトローすぎて犯罪に片足と片腕を突っ込んでいることで有名なブレーク爺さんである。
大先輩っちゃ大先輩だけども、正直厄介事が服着て歩いてるような人間だから関わりたくねえんだよな……かといって変な断り方をするとマジで厄介なキレ方しそうだし……。
「やあブレーク爺さん……これからギルドで仕事探しかい?」
「ガハハハ! 冬に仕事なんて冗談じゃねえよ! 冬は酒だろ酒!」
「ははは……けど冬は出費が気になるからなぁ……」
「そういう時はおめぇ、金持ってるやつのとこ行って飲むんだよ! そうでなきゃ博打で増やしゃいいしな! ガハハハ!」
いやー……言葉が通じないな……文化が違うぜ……。
「つうかモングレル、仕事欲しいならこっち来いよ! 仕事やるよ、仕事!」
「え、いやぁ仕事って?」
「おめぇ腕っぷし良いんだろ! 解体業者の真似事してたんだってな! だったら掃除もできんだろ! こっちこいこっち!」
「あーわかったってブレーク爺さん。行くから服引っ張るなよ……掃除? ブレーク爺さん家持ちだったよな。なんだ、家の掃除サボってたのかい?」
なんかもう絡まれるのが面倒すぎてとりあえず話に乗ることにした。
したけども、掃除の度合いによってはトンズラこきたい気分だな……下水道レベルのきったねぇ環境だったらブレーク爺さんの手前とはいえ普通に逃げてやるわ。ギルドの仕事じゃないなら俺は普通にすっぽかしてやるからなこういうのは。便利に使われるにも限度ってもんがある。
「二階にある重い家具をよ、全部一階にな、適当に降ろしといてくれりゃ良いからよ! まあ実際に見てみりゃわかんだろ! 終わったら酒やるよ酒!」
「お、なんだよブレーク爺さん、ちゃんとそういう報酬があるなら先に言ってくれよな。タダ働きは御免だが、報酬が出るなら真面目にやるぜ俺は」
「おうよ、とっておきの酒だからな! 瓶一本くれてやるよ! 感謝しろよぉモングレルお前」
どうせ強制イベントみたいなもんなら、前向きに臨みたいところではあるからな……。
何かしら貰えるなら、それを励みにやってやるとしよう。
ブレーク爺さんに連れられてやってきたのは、北西側の住宅地。前に俺がちょっとした解体作業に携わった現場に近い場所だった。
「おう、この家だ! ここだここ!」
「……え? これブレーク爺さんの家かい? なんか……普通に綺麗だな?」
住宅の他には小規模の宿屋や飲食店がぽつぽつとあるくらいの並びに、その家はあった。
レンガ造りの二階建てで、確かに古そうではあるのだが、ブレーク爺さんのような破天荒な人間が暮らしているような佇まいには見えない。俺のイメージだとブレーク爺さんの家は全体に落書きがしてあったり壁が所々崩れてたり穴空いてたりって感じなんだが……。
「ガハハハ! ここは俺の兄弟の家だからな!」
「あ、兄弟の。なるほど」
「弟でな! こまけぇこと気にする奴でよぉ! だから古い家のくせにこんなピカピカになってんのよ! まぁその弟もこの前死んじまったんだけどな!」
俺その弟さんのことは詳しく知らねえけど、生前はブレーク爺さん絡みでだいぶ苦労したんだろうなってのはわかったよ。うん。
「あーつまりなんだブレーク爺さん。この家の整理をしようってわけかい」
「家財を全部売っ払っちまおうと思ってな。この家絡みでうるせぇ連中が多いんだ。税だの相続だのなんだの……面倒くさい連中が多くてよ。殴りつけたら今度は手紙だけよこしてくるようになったんだよ。クソだろ?」
……ノーコメントでいいすか?
……まぁあれだな。家財の位置を変える程度なら俺の責任にもならないし……大丈夫か。これが家財を別の場所に運び込むとかだったらきな臭さ全開だったけども。
「よし! じゃあブレーク爺さん! それはともかくさ、やるなら早速作業を始めようぜ!」
「おーまぁそうだな! じゃあ頼むわ!」
「……え? いやどれを降ろしたらいいかとかあるじゃん?」
「あーもう良いよそんなの適当で。動かせるもんを適当に全部一階の部屋にまとめときゃ良いからよ。俺は最近ちょっと腰が悪くてな! だからモングレル、お前やっとけ! 俺はちっと酒飲んでくるわ!」
まじかよ……こんな純度の高い丸投げさすがに初めてだぞ……。
「夕方までにやっとけよー!」
しかも時間設定が雑すぎる。そこらへんの体力お化けでも無茶な指示だぞそいつは。
……だが俺が何か文句を言う前にブレーク爺さんは行ってしまった。せめて現場で監督してくれよ……。
「……まぁ、やっておくか……一応」
今後ブレーク爺さんとの付き合い方を見直すことを考えつつ、とりあえずは仕事をすることにした。
が、いざ家に入って作業に着手してみると、仕事そのものは楽だった。
もっとごちゃごちゃしたのを想像していたのだが、俺の思っていた以上に家の中の物は少なく、掃除も必要ないくらいさっぱりしていたのだ。
「普通に綺麗な家だし、無駄に散らかってないのは助かるな……兄弟でどうしてこんなに違うんだか……」
ブレーク爺さんの弟さんとやらは事務仕事をしていたのか、二階の個室にちょっとした良さげな作業テーブルがある程度で、他はさっぱりとしたものばかりである。
亡くなる前か後に一度掃除も入ったのか、生活感も残されていない。空っぽのクローゼット、引き出し、年季の入ったチェア……。
ベッドばかりは固定されていてどうしようもなかったが、それ以外を運び出してしまえば後はすっかりやることもなくなってしまうような有様だった。
運べるものを全て一階に降ろしても、一階の広いリビングにはまだまだ十分なスペースが残されている。
「……というより、重い物は全部一階にある感じだな」
とんだ貧乏くじを引かされたと思ったら、拍子抜けするほど中身のない仕事だったな。
まぁ、確かに二階にあった家財もそこそこ重かったし、ブレーク爺さんが運ぶにはちょっと厳しかったかもしれないが。
一人の力持ちが抱えられるからこそ運べる狭さってのもあるし、人任せにしたかった気持ちもわからないでもない。
「お? この流し場結構良いな。スコルの宿よりも機能性高そうじゃん」
それから俺はブレーク爺さんが戻ってくるまで、暇潰しに一階の内装を見学したり、家の前を軽く掃除したりしておいたのだった。
「おう終わったかモングレル! よくやったぞ! そこのテーブル、こいつが結構運びにくいやつでよ、面倒だったんだ!」
「あーやっぱりな。確かに階段のところもいっぱいいっぱいだったよ」
「業者の連中がよぉ、家財を傷つけたりしたら満額で引き取らねえとか抜かしてたからよ。綺麗なままで良かったぜ。傷が増えてたらお前を殴ってるとこだったけどな。ガハハハ!」
「ははは……」
よし、今後ブレーク爺さんは基本的にスルーする感じで付き合うことにしよう……。
「んでよ、ほら! 酒持ってきてやったぞ酒! 好きなの選べ!」
「あー報酬のね、酒……お? 三本もあるじゃん」
「一つだけだぞモングレル! 好きな酒選びな!」
どうやら報酬は選択制だったらしい。テーブルの上にはそれぞれ容器からして異なる三本の瓶が並んでいる。不透明なので中身は全くわからない。
まぁできれば無難な酒が良いんだけどな。欲を言えば蒸留酒がいいんだが、ブレーク爺さんみたいな古い人は多分持ってないだろう。
「こっちの瓶が俺が作った蜂蜜酒な! 腐ってるかもしれんけど多分美味いぞ! 腐ってても悪酔いするだけだ!」
「うーんそうかぁ……他のにしようかな……」
「お、いいとこに目をつけたな! その隣のはヘルギンの実を漬け込んだ酒でよ! ああヘルギンは今は違法薬物なんだっけか? ガハハ! まぁいいだろ! 飲むと視界がキラキラして気分が上がるぞ!」
「ハハハ」
ちなみにヘルギンの実が違法薬物じゃなかった時代は俺の知る限り存在しない。数百年前からずっと違法薬物である。
「あとはこっちの芋酒だな! “レゴール警備部隊”の連中から貰ったやつで、まぁ普通の酒だ」
「あ、じゃあこれにします……」
「なんだよぉモングレル、つまんねぇもん選びやがるなぁオイ!」
選択制だと思ったら選択肢がほぼ無かったでござる……。
さすがにマトモに出来てるかわからない蜂蜜酒は博打だし、違法薬物を漬け込んだ酒は論外だし……。
「まぁ座れ。一緒に飲めよモングレル。塩もあるぞ」
そしてブレーク爺さんはテーブルにつくと、ポケットから小粒の岩塩が入った袋を机上にばらまいて、選ばれなかった蜂蜜酒を呷り始めた。
酒を飲むタイミング今かよ。しかもアテが塩。ポケモンの御三家を選んだ直後のバトルを最悪にするとこんな感じになるのだろうか。どうせ飲むなら自分のタイミングが良かったんだが……。
……まぁ、でもいいか。タダ酒といえばタダ酒だし、たまにはブレーク爺さんとサシで飲むのも。けど岩塩はちっちゃいの一粒でいいよ……。
「んくっ、んくっ……ぶぁああー……」
ブレーク爺さんは岩塩の粒をボリボリ噛みながら、出来の怪しい蜂蜜酒を勢いよく飲んでいる。
どう見ても早死にしそうな人間のお手本なのだが、それでもなかなか死なない人がいるってのがこの世界の不思議なところである。
「……弟はなぁ。真面目だったんだがなぁ」
「……この家の」
「ああ」
珍しくしんみりしたような口調だった。
「俺はクソ野郎だけどな、弟は同じ血が流れてんのかってくらい真面目な奴でよ。けど、上手くいったのは仕事だけだったな。俺が誘った女遊びについてきてりゃ、嫁の扱いだってもうちっと上手くなれてたんじゃねえかって思うんだ」
「……そうか」
ブレーク爺さんが語ったのは、俺にはちょっとよくわからない過去の話だった。
弟さんの思い出を語っているというよりは、独り言で回顧しているだけなんだろう。俺はただ相槌を打ったり、続きを促すことしかできない。
けどなんとなく、思うところはあった。
多分ブレーク爺さんにとって、家族と呼べる最後の存在はその弟さんだったのだろうなと。
「だが……いや……俺のせいなんだろうけどな。俺みたいなクソ野郎なんざ無視してりゃ、間違いなくあいつは幸せだったんだ」
「……」
「俺とあいつとで同じ血が流れてるなんて、思っちゃいけなかったんだよ。そのせいであいつは、重荷ばっか背負っちまった。馬鹿だよなぁ……」
家の隅を眺めるブレーク爺さんの目は、涙で潤んでいた。
俺はそれを見なかったことにして、岩塩を少しだけ舐めて……芋酒を飲んだ。独特の匂いと微妙な酒精。けどこの田舎っぽい味が、どこか懐かしい感じもする。
しばらく誰も喋らない時間が続いたところで、ブレーク爺さんが鼻を啜った。
「……もう帰っていいぞ、モングレル。帰れ」
「ああ。ちょっと長居しちまったね。お酒ありがとうな、ブレーク爺さん」
「おう」
「身体冷えるぞ。酒のんで寝るなら暖かいところにしといた方が良いぜ」
「ああ、わかってる……」
俺は飲みかけの酒瓶を手に取って、家を出た。
「……おお、寒いな」
ブレーク爺さんは面倒くさいし厄介だし本当に心の底から関わりたくもないが……今日くらいの手伝いとか酒盛りだったらまぁ、次の機会があっても良しとしよう。
別に酒だって美味いわけでもないし、塩で飲むなんざ身体に良いわけもないんだが……。
独りきりで飲むよりは、ずっと良いだろうからな。
「バスタード・ソードマン」のコミカライズが公開されています。カドコミ、ニコニコなどで掲載されているので、是非御覧ください。
よろしくお願いいたします。




