公衆浴場で妥協入浴
次の日は宣言通り、ぐっすりと寝た。昼まで休んで良いって事だったので遠慮なく休ませてもらう。
人外じみた働きをしたからその帳尻を合わせるために人間らしく疲れたアピールしようって魂胆も無いではないが、それ抜きにしても普通に辛いしな。
けど節々に感じられるはずの筋肉痛の度合いが比較的薄いのがなんかちょっと怖いわ。思ってたよりも軽いっていうか。多分明日辺りにもっと重めの筋肉痛が来るんだろうな……そう考えると、ゆっくり休養する方が賢く思えてくるぜ。
「あー……久々に筋トレっぽいことしたな……もっと定期的にやっといた方が良いんだが……」
筋トレは大事だ。それは俺もわかってる。
俺も最低限の体格を維持するためにたまに……時々……思い出したようにやりはするんだけどな。なんかストイックには続かねえんだよな。
低脂質高タンパクな肉多めの食生活を送っているから筋肉の付きは良いんだがね……常日頃から自前の身体強化に甘えてるところはあるね……。
身体強化。それは自分の持つ魔力を身体や装備に纏わせる技術である。
自分に身体強化をかければ身体が頑強になり、単純にパワーが上がる。普段よりも楽に重い物を持てるし、早く走れるし、ちょっと殴られたくらいじゃ“何かしたか?”程度の痛みしか感じなくなったりなど色々と便利な力だ。
しかし魔法と同じように才能が関わっているものらしく、皆が皆使えるというわけではない。出来るやつは小さい頃から自然と習得しているが、覚えの悪いやつは講師を雇ってもほぼ身につくことはないという。
だからまぁ、身体強化ができる奴ってのは少ない。ギルドマンとして活動してると自然と力自慢が集まってくるからそう感じにくいとこはあるけどな。人によって身体強化の持続時間やら出力も違うから、一概に力持ちだと一括りに扱うこともできない。“身体強化はできるヒョロい奴”が“身体強化は使えないけどすげーマッチョな奴”よりも非力な場合も結構あるしな。
だからまぁ、俺みたいな出力のバグってる身体強化使いは裏方仕事では結構重宝される。重い荷物を狭い場所でもサクッと運搬できるのはどの時代でもつえーんだ。力を頼りにされるのはいい気分である。
まあ、仕事がそればっかりだと飽きちまうんだけどな。俺の場合。
「……よし」
ベッドから起き上がる。
窓の外は日が高……いわけでもなく、まだまだ朝と言って良い時間帯だ。
昼まで休んでろって言われてもね。日の出と共に始まる暮らしをやってて昼まで待機ってのは逆に暇すぎてしんどいんですよ。
「……久々に、風呂でも入ってくるか……」
レゴールの公衆浴場……行くか。
気は進まないが、風呂欲が湧いてきたなら仕方ない。
わざわざ昼から色街まで行って高い金出して風呂釜だけ貸してもらうってのもあれだし、しょうがねえ。行ってきますよ……ひとっ風呂……。
「お湯が綺麗でありますように……」
ささやかな祈りを懐きつつ、タオルと小銭を持って俺は外へ出た。
レゴール公衆浴場。
そこは……地獄である。と言ってもよくわからんよな。
具体的には一日ほぼ(俺の体感的に)お湯を変えることのない銭湯である。利用者のマナーは最悪であり、かけ湯せずに湯船に特攻かける薄汚え奴だとか大声で喚く奴だとか、まぁそうだな、地獄は地獄でも日本の猿が入る天然温泉……いやそれも例えとしては適当ではないだろう。絶対猿が入ってる天然風呂の方が快適そうだもんよ。
「男一人で……」
「はいよ」
利用方法は簡単だ。公衆浴場の施設に入ったら小銭を払って、それだけである。
一応施設の中では飲み物や軽食を売ってる人がいたり、リラックスして談話できる椅子が配置されていたりとその辺りは面白そうではあるんだけども、肝心の主コンテンツである風呂そのものが薄汚えもんだから普通に辛い場所だ。
服を脱いで扉を開けると、そこはまぁちょい広めの銭湯だねって感じの光景が広がっていた。
「もう一個の方の建設計画も纏まってな、けどそこの工事を請け負ったのが俺等の所じゃないんだ」
「昔は良かったんだがねぇ。今じゃよそ者も多くて嫌だねぇ」
「昨日のサンライズキマイラの声にびびった連中が西門に集まったんだって」
「はは、どっかの商会の連中だったら名前を覚えといてやろうか」
「んでよ、その結婚した相手ってのがとんでもない男で……」
客は常にそこそこ多い。肉体労働者やら街の風呂好きやらが常におり、よく声が反響する建物の中でぺちゃくちゃと喋っている。
で、肝心の風呂は……おっ、今日は薬湯かな? って感じの色をしているのだが、残念なことにあれは薬湯ではない。普通のお湯である。普通の、お湯なのである……。
お湯の交換頻度の少なさ。これは、正直よくわからん。燃料をケチるのはわかる。結構大変だろうしな。燃料だったらわかるんだ。
けど明らかにお湯ってか水量がケチられてるのはマジでよくわかんねえんだよな。
俺は衛生を求めにこの公衆浴場に脚を運んでるってのに、入ったら病気になるんじゃねえかってお湯が張られてるのがマジで納得いかねえんだ。絶対これローマ帝国の公衆浴場の方が綺麗な奴だろ。
いやまあ、たまにしか風呂に入らないやつにとっちゃ入ると綺麗になれるお湯なのかもしれないけどな……俺にとってはそうではないんだ……。
「……とはいえ、今の俺はそこそこ汚いし、入ったほうがギリプラスか……」
気は進まない。全くもって進まないが、入ることにしよう。
うおおおおお! ちゃぽん……うおぇえええ……。
「汚されちまった悲しみだわ……」
入浴はもう、詳しくは語るまい。立ち上るフレグランスな湯気を遮断するために鼻呼吸をやめた。それが全てである。
まぁ汗は流れたっちゃ流れたから良いだろう……やっぱお湯の桶で身体を清めるだけじゃ拭えない気分的な汚れみたいなものもあるしな……。
「……気持ちを切り替えて、仕事すっか」
そうこうしてたらもう昼だ。
さっさと東門に行って仕事貰ってこよう。今日は昨日ほど忙しくはないだろうが、まだまだ力仕事も残っているはずである。
ちゃっちゃとやっつけて、早めに日常へと帰りたいもんだね。
「おおモングレル、時間より少し早いな。今日もよろしく頼むぞ」
「ういーっす……ごめん、さすがに気になってるんだけど。向こうの人だかりについて聞いて良いかい?」
東門までやってきた俺は、勤怠のチェックもそこそこに気になっていた事を尋ねた。
全体的に昨日の夜よりはずっと落ち着いた雰囲気だし、今ではもう討伐した魔物の運び込みやその処理の方をメインにやっている様子ではあるのだが……馬車駅のところがどうも、随分と賑やかな様子である。遠巻きに人だかりまで出来てるし、なんなんだろうなあれは。
「ああ……向こうにいるのは例のレゴール伯爵夫人だよ」
「は? この間結婚した、レゴール伯爵夫人のことかい?」
「もちろんそうだ」
レゴール伯爵夫人。つまり、ステイシー・ブラン・レゴールさんだ。
そんな新婚さんがどうしてこんなまだ騒動も収まりきっていない東門にいるんだよ。
「すごいぞ、あの御方は。どうも伯爵様に私設部隊の隊長を任されているそうでな。今回のスタンピードで溢れた魔物を討伐しに来たんだよ。頭が下がる思いさ」
「いやいや……ええ? いや剣豪令嬢だとか、そういう話は聞いてたけども……お世継ぎが出来る前にそれはちょっと危ないんじゃねえの……? 今からでも引き止めたほうが良いんじゃ……」
「いや、今朝発って先程戻ってきたばかりさ」
「終わった後かよ!」
「お貴族様の道楽……とは言えんな。わずかな時間だったが、少人数の部隊で何体もの大型の魔物を討伐して戻ってきた。おかげでエルミート方面へ向かう定期便も助かったそうだ。俺たちも昨日から働き詰めだったから、正直ありがたいよ」
「……マジか」
ステイシー嬢一行はそれなりの手柄を挙げて凱旋してきたわけか。なるほど……確かに向こうの賑やかさは、帰還を祝福してるように見える。
……お、ちらっと見た感じ女だけで組まれた騎士団なのか。すげーな。華があるねぇ。……よく見たら数年前に不毛な冬の森散策で世話してやったブリジットの姿もあるな。ははは、王都へ仕事しに行ったのに、ステイシーさんの護衛としてすぐにレゴールに戻ってきちまったわけか。ほんと人生ってのはわからんもんだな。
「……俺たち下々のために身体を張ってくれる貴族様ってのは、すげぇよな。尊敬するよ」
「ああ、モングレルもそう思うだろう。立派なお方だよ」
「そうだな。……さて、俺もそろそろ働きたいんだが」
「おっと、すまない。今日の作業だな。まあ、もう事態も沈静化しつつあるからな、バリスタも片付けが始まっているから、その備品を倉庫に戻す作業が中心になるだろう。それほど仕事量は多くないだろうが、頼んだぞ」
「ういーっす」
そんなわけで、俺は今日も今日とて荷物運びである。
しかし緊急任務としての仕事は今回の分で終わりだろう。明日からは通常通りに戻るはずだ。
昼間に流した汗がぶり返さない程度に、ちゃきちゃき働くとしますかね。
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よろしくお願いいたします。