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時々ある激務


 緊急時の任務は本当に辛い。なにが辛いって、定時で終われないんだよ。働けるだけ働く。キリが良いとこかどうかは現場の判断だ。そしてギルドマンは使われるだけ使われるのが通例だ。肉体的にそうでないとしても精神的にダルい。いや、今回は普通に肉体的にもダルいわ。


「あー……疲れた……」

「おう、お疲れさん。助かったぞ、モングレル。お前だけで何人分の働きをしたのやら……とにかく、忙しい時に助かった」

「あ、はい。どうもっす。まぁ、こういう時なんで助け合わないとヤバいですからね」


 夜になって、普段ならもう寝てる時間になった。その頃になってようやく俺の力仕事は一段落したと見なされたらしい。真面目な兵站長がねぎらいの言葉をかけてきたが、正直それに丁寧な対応をするのもいっぱいいっぱいだ。

 途中で大鍋で作られた配給の粥をドカ食いして栄養補給したが、それで追いつかない程度には魔力も全身も酷使した。筋肉痛だなこりゃ……。


「もう今日は無理せず、ゆっくり休んでくれ。ギルドへの報告はこっちでやっておくから、そのまま直帰してもらって良いぞ。それと……俺個人の持ち出しになるが、追加報酬だ。受け取ってくれ」


 そう言って、兵站長さんは俺の手に銀貨を落とした。まさかのポケットマネーによる追加報酬だ。どうしよう、疲れがどっか吹っ飛んでいったぜ。


「……ありがたくいただきます。明日は……」

「無理するな。明日は昼から来てくれれば良いさ。レゴールの警戒自体は今日の夜までが山だろうからな……モングレルはもう充分に働いたさ」


 すげぇホワイト待遇でちょっとビビるわ。

 いかんな。身体強化だけなら大丈夫だろとも思ったが、際限なく使うのも良くないか。


「……じゃあ、お言葉に甘えて昼まで休ませてもらいます。今日はちょっと無理したんで、ヘトヘトですよ」

「ああ、ゆっくりな」


 良い人である。さすが兵士を取りまとめる立場の人だ。人を使うのも褒めるのも全部上手いぜ。

 衛兵でも性格の悪い奴はそこそこいるし、まぁある程度の連中から嫌われるのは仕方ないと諦めも付くが、こういう上の立場の人にはどうにか気に入られたいもんだな。街での過ごしやすさも違ってくるだろう。




 休みを貰った俺は、宿に戻る前に救護所に立ち寄ることにした。

 正直しんどくて今すぐにでもベッドにダイブしたいところだが、こういう日くらいはギリギリまで力を尽くすべきだろう。

 救護所は東門近くに設けられた仮の医療設備で、兵舎……だかなんだか、とにかく兵士の施設の一つをこういう時だけちょっと整えて、病院として機能させている。

 ある程度の数の簡易ベッドがあり、そこは今ちょっとした修羅場と化していた。


「あ、モングレルさん。お疲れ様です」

「よう。カスパルさんとこのユークス君だったか。休憩中かい? ……忙しそうだな」

「ええ、見ての通りですよ……鐘が鳴ってからずっと、ひっきりなしです」


 篝火に照らされた救護所。その周囲では、未だ多くの人が行き交っていた。

 レゴールの各所から集められた医療従事者たちが即席のチームを組み、今回のスタンピードで怪我を負った人達を救護しているのだ。

 なにせ突然の事態である。バロアの森の中にいたギルドマンだって少なくないし、運悪く近くの街道を進んでいた人達も多かったはずだ。突発的な怪我人はそれなりの数いるんだろう。俺が城壁近くで仕事している間も、血まみれ姿で運ばれてくる奴が何人もいた。


「そりゃ大変だな。何か手伝えることはあるかい? 力仕事だったら任せてくれ」

「本当ですか! 正直、かなり助かります。僕らの部隊だけじゃ足りなくて……あっちの資材置き場から燃料と、それと水を二階まで運ぶの、お願いできますか。魔法使いの人手も全然足りてないらしくて……」

「おう、ちゃちゃっと済ませてくるわ」


 救護所内に入ると、血の匂いがした。この世界の医療技術はヒールやポーションに依存しているところが大きいが、それでも全てをそれらで賄うほど余裕があるわけではない。緊急時にはヒールやポーションも使われるが、急を要さない場合には普通に外科的な応急処置が施される。

 とはいえ、治療の質は前世よりもずっと良いだろう。この世界には解毒に秀でた生薬が沢山あるし、感染症のリスクが減るだけでも随分と治療成績は変わってくる。俺もそういった薬に何度助けられたかわからんしな。


 救護所内を歩いていると、ベッドで横になっている連中のうめき声やら話し声が聞こえてくる。


「あー……ついてない……いってぇー……」

「今日我慢して、明日またヒールかけてもらえば良くなるさ……金のことは後で考えようぜ」

「水くれよ、水」

「あの声凄かったな……ビビった……」

「近くにいなかったんだろ? 信じらんねえ……すぐ近くに居たって、絶対……」


 色々な場所にちょっと顔を出して怪我人を確認するが、幸い……って言っちゃ悪いけども、深い知り合いはほぼ居なかった。

 ただ多少でも顔を知ってる奴が具合悪そうに病床で横になっている姿を見るのは、ちょっと心にくるものがある。ギルドマンなんてこういうリスクと隣り合わせだと知ってはいても、ちょっとな。


 ……うおお、つーか運搬仕事も限界だな。本格的に握力が無くなってきたぜ。

 これ運び終わったらもう手伝いも終わりにして、さっさと寝てしまおう。


「ベイン、大丈夫か?」

「ああ、平気だ……ショルトこそ、もう夜遅いぞ……俺は良いからさ、宿で寝とけよ……」

「良いよ。今日は宿取らなくても、ここで看病してて良いって言われてるからさ。それよりも、俺はベインが心配だからね」

「ケチな奴だな……」


 ふと救護所の一角を見てみると、どうやらアイアンランクのルーキーも巻き込まれていたらしい。

 装備と言うには普段着に片足突っ込んでるような中途半端な装いの少年たちだ。さっきの言葉からして、宿に泊まる金もケチっている有様なんだろう。

 それが救護所のお世話になっていると……これから冬になって、金銭面で苦労しそうだな。


「おーい、そこの二人。確か“最果ての日差し”の新入りだったな?」

「! 誰……あっ、ええと……」

「ギルドでよく見る人だ、えっと」

「俺はモングレルな。初期講習でお前らに教えただろ? 覚えとけよ」

「す、すいません」


 新入りのショルトとベイン。二人とも濃い茶髪で、ちょっと異国の雰囲気がある少年だ。

 背丈も伸び切っておらず、表情にあどけなさの残る子供だ。多分、まだ十五歳以下だろう。そんな歳でギルドマンになるなんて随分な無茶だとは思うが、そういう訳ありな奴が多いのがこの業界である。


「金に困ってるって言ってたな? まあ、怪我したんじゃそうもなるか」

「……うん。けど、ベインも大怪我ってほどではないし。明日もう少し治療を受ければ、多分大丈夫だって医者から言われました」

「治ったらまたすぐに仕事受けないと……けど、治療費がなぁ……」

「だったらそっちのショルトは明日あたり、昼に降ってた塵雪の清掃と収集作業の仕事でもやっておけよ。ギルドでアイアン向けに出されてるから今しかできない狙い目の仕事だぞ。楽な割に結構稼げるんだ」

「ほ、本当ですか」

「その仕事をこなして、街中に積もった塵雪をさっさと掃除しちまってくれ。じゃないとまともに都市清掃もしたくないからな。俺、あの雪嫌いなんだよ」

「……ベイン、俺明日その仕事受けてみるよ」

「ああ。俺は……治療に専念して、大丈夫そうならやるかも」


 ブロンズ以上はスタンピード周りの仕事で手一杯だからな。こういう時こそアイアンには普段通りの雑務をやってもらいたい。

 公衆衛生が良い医療を育むんだ……お前らも貢献してくれよな……。




「あー疲れた。ただいまー」

「あら、モングレルさんおかえり! 随分と遅かったわねえ……大変だったんでしょ、東門の方」

「ええ、すげぇ忙しかったですよ。怪我人も結構運ばれてましたね」

「まあ怖い……夕食は温めればあるけど、用意しましょうか?」

「いや向こうで粥貰ってきたんで、大丈夫っす。今日は疲れたんで部屋で寝させてもらいますわ……」

「そう、ゆっくりおやすみなさいね」


 宿に戻ってきた俺は、そのままベッドで横になった。

 今日はもう動けんわ。明日の昼まで休み貰えたのは正直助かった。救護所の手伝いはやりすぎたな。


「風呂入りてえ……」


 仕事終わりにざっと身体を拭いただけじゃ取り切れない疲れってものがある。

 風呂に入りたいぜ……風呂……今なら公衆浴場でも良いから……いや、やっぱり公衆浴場は……一番風呂だったらまぁ……。


 そんなことを考えながら、俺は眠りについたのだった。


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― 新着の感想 ―
兵站長さん、いい人やー。
室内でやってもスキマから光か何か漏れそうだものな…… 木登りプレートじゃ使い切れなかったろうから、指が疲れないフック(曲げてベルトか何かいい具合に付ける、実在商品)とかも良いですね
[良い点] 深い。手抜き無し仕事で上に信頼され、社会にも貢献し、後輩にアドバイスもするモングレル。戦闘に参加出来なくても大活躍だと思う。
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