売り子厳選マラソン
結婚祭の期間中、レゴール商業ギルドに届け出を出しておけば緩めの審査で屋台を借りることができる。
屋台ってのはまぁ、デカい台車だな。頑丈な屋根とかはついていない簡素なもので、覆いが欲しければ四隅にポールを立てて天幕を張ってくれってタイプのやつである。安い物であれば数百ジェリーで借りられるというのだから驚きだ。普段の商業ギルドはもっとケチである。
何より、屋台を大通りに出せるってのが良い。俺みたいな家持ちじゃない根無し草が商売しようと思ったら、黒靄市場か適当な裏通りくらいになっちまうからな。屋台とはいえ店を出せるのは、記念すべきレゴール伯爵の結婚祭だからこそだ。ありがとうレゴール伯爵。
申請は既に出してある。場所は……まぁ最高に良いって場所ではないが、東門近くで馴染みの所だ。鞣し場が遠くて助かった。あれが近いだけで匂いがひどすぎるからな。まぁそこらへんは商業ギルドも食品系を近づかせないように配慮しているとは思うが……。
立地は最高ってほどではないが、ギルドマンの知り合いがよく通るだろうし、そのツテで買ってもらえるかもしれん。いや、買わせる。実際に美味いものなんだし、ちょっとくらい強引な呼び込みをしても平気だろう。大丈夫。変なものは入ってないから……日頃のストレス解消になるから……。
「ウルリカ、ちょっと男を誑かす仕事をしてくれないか?」
「えっ……えっ!? ちょっ、え、なになに!?」
市場を散策中、丁度良く見かけたウルリカに声を掛けた。俺の目当てその1である。
「あ……ひょっとして屋台の話ー? 人聞きの悪い言い方しないでよもー」
「なんだ知ってるのか」
「ライナから聞いたよー。あれでしょ、屋台で揚げ物やるんでしょ? 売り子ってこと?」
「そうそう。ウルリカはギルドマンの男連中に人気あるからな。俺が出す屋台も東門側だから、ウルリカが居れば客の呼び込みに良いかと思ってよ」
「……褒められてるってことでいい?」
「褒めてる褒めてる」
わざと雑に言い直すとウルリカがむすっとした。おっとこれはまずい。
「実際、通りがかった客を呼び止めるには綺麗どころの男女が必要なんだよ。いやまぁお前はアレだけど」
「……まー良いけどね。でもごめんね、モングレルさん。私お祭りの時まで働きたくはないんだー!」
「えーマジかよ。せっかくの稼ぎ時なのに」
「祭りなんだから遊び時でしょ! モングレルさんもあんまりライナに仕事手伝わせないで、あの子をちゃんと遊びに連れ回してあげなよねー」
「いやまぁ俺だってずっと屋台をやってるわけじゃねえけどさ……ってことはあれか? もしかしてレオも一緒に回るのか?」
「あれ、よく分かるね。そーそー、二人で色々見て回るつもりー」
「マジか……なんだよレオも客引きに使うつもりだったんだけどな……」
「人を看板扱いする気満々だったんだ……ひっどー」
そりゃまぁ美男と美女っぽい奴を並べて客引きしておけば売上だって伸びるだろ。
肉の串打ちとかだってスイスイとやれそうだしな。
「とにかく、売り子探してるなら他を当たりなよー」
「しょうがねえなぁ」
そういうわけで、チャキチャキ働いてくれそうな売り子候補を探し回ることになったのだが……。
思い当たるところで、商売慣れしているダフネに当たってみることにした。
ダフネのパーティー、“ローリエの冠”はバロアの森に潜っていない時は黒靄市場の一角に店を出している。見つけるのは容易だった。
「え? 無理よ、私達はもう自分たちの屋台を出すって決まってるんだもの」
「マジか」
聞いてみたら即NGが出た。しかし考えてみれば当然のことだった。普段から店を出してるダフネがこの絶好の商機を逃すはずがないわな。
「せっかくレゴールの外から大勢のお客がやってくるんだもの。これを機に一気にパーティー資産を蓄えてやるわ!」
「ダフネぇー……それはいいけどよぉー……もうあの小物作りやめようぜー……」
「指がね……つらいね……」
「二人とも何軟弱なこと言ってるの! 普段は売れないものが結婚祭では飛ぶように売れるのよ! 暇があったら作れるだけ作るに決まってるでしょうが!」
「ひいいい」
「勘弁してくれよお」
……どうやら“ローリエの冠”は俺が声をかける前から労働基準法に抵触しているようだな。
これは付け入る隙がない。諦めよう。
「ふふふ……でもまさか、モングレルさんも私達と同じ肉の屋台を出すなんてね……」
「なに……まさかダフネ、お前ら……!?」
「そうよ! その揚げ物ってのは知らないけどね、私達はバロアの森の魔物肉を使った串焼きを出すつもりよ! しかも、モングレルさんと同じ東門側でね!」
「ぐっ!? ダフネもかよ……!? やめとけそんな平凡な料理! ローリエ茶の屋台でもやってろ! パーティー名なんだから!」
「あ、それもアリね……焼き物のついでにお湯を沸かしてお茶も売ろうかしら。脂っこい料理に爽やかなお茶……うん、悪くはない……」
しまった、提供サービスが増えた。ま、マズいな……あまり商売上手に近くにいて欲しくはないんだが……。
「ギルドではモングレルさんに色々とお世話になってるけどね、同じ商売の戦場に立つのであれば容赦も手加減もしないからね!」
「ダフネぇー……同じパーティーメンバーには優しくしてくれよぉー……」
「うるさいわね! ほら、帰ったら串作りよ! いくらあっても足りないんだから、頑張るわよ!」
「ひぃいいい」
労働者の悲しい叫びが聞こえたが、概してそういった冷血企業は短期的には成果を上げるものである。
こうしてはおれん。ダフネの屋台に負けないためにも、これは本格的にツラの良い女か男を見つけないと……。
「やあモングレル。サングレールタンポポの茎で笛を作ると動物の鳴き声みたいな草笛ができるんだよ。知っていたかな?」
色々探し回り、最後にギルドにやってくると……そこにはサリーがいた。
タンポポコーヒーを飲みながらなんか言ってる。一言で収まる範囲のセリフで聞き返したくなるような事言うのやめてくれねえかな。
「サリーは……やめておくか……」
「僕の何が気に入らないというのか。いきなり失礼だねぇ」
“黙って最低限の言葉のやりとりだけで露天商ができるか?”と質問しようとしたがやめた。サリーは無意味であっても意味があっても黙っていられるタイプじゃないからな。喋りたいときには構わず喋るタイプだ。そして客商売には壊滅的に向いていないタイプである。客商売やってる姿を見た訳では無いが俺にはわかる。こいつには向いていない。
「うーん……あ、モモとかどうだろうな。おいサリー、ちょっとお前んとこのよく出来た娘をこっちの仕事の手伝いに回してくれないか。結婚祭の時なんだがよ」
「モモをかい? どうだろうねぇ、僕はモモの予定は知らないから。本人に聞いてみなよ」
まぁ娘のスケジュールを把握してるタイプではないよなお前は。
「なんですか、モングレル。今私の話をしてましたか?」
「おおモモ、良いところに」
噂をすれば、ギルドの奥の方で資料かなにかを見ていたらしいモモがやってきた。
こうして二人が並んでいると顔立ちもそこそこ似ている。けど内面は大違いだ。俺はモモなら内面にも期待しているぞ。
「……結婚祭に食べ物の屋台、ですか……」
「金なら出すぞー、たくさん売る予定だからな。儲かるぞー」
「うーん……ちょっと興味はありますね。それにライナもいるんですよね。良いですよ、私にできることなら。けど、ずっと仕事は嫌ですよ! 祭りを楽しむ時間も残しといて欲しいです!」
「おう大丈夫大丈夫、そこらへんはしっかり時間を確保しておくから」
「だったら構いません! 手伝いますよ!」
よっしゃ売り子一人追加。モモなら金の勘定も素早くできるだろうし、売り子としては文句なしだろう。
「他にも人手が必要なら、ミセリナさんも誘えるかもしれません。ミセリナさんはあまりお祭りを見て回るのは好きじゃないようですからね! 暇かと!」
「ミセリナ。あー、あの物静かな感じの子ね」
以前路地裏で男に絡まれそうになっていた所を地味に助けたことがある。
幸薄そうだけど見た目はとても整った子だから、売り子をやってくれるのであれば頼もしいな。
よしよし……てことはもう売り子が三人揃ったってことか。三人もいりゃ十分だ。これで戦えるぜ……。
「モングレル、僕はやらなくていいのかい」
「……サリーは……まぁ、祭りを楽しんでてくれ……」
「僕は暇なんだけどなぁ」
もう定員埋まってるんで……いやすまんねサリー……また今度な、今度……。
書籍版第一巻の発売日は2023年5/30です。
もう予約はできるみたいです。電子書籍版もありますよ。
また、ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるかもしれないようなので、欲しい方はお早めにどおぞ。
よろしくお願い致します。




