収穫祭の肉々しいごちそう
モーリナ村の収穫祭はとにかく野菜が多い。
この村では穀物よりも野菜類の方を重点的に育てているため、収穫祭では採れたての野菜が大量に出てくるのだ。
「モーリナ村名物、収穫祭スープだ。さあ食え! もっと食え!」
「あ、どもどもよそっていただいて……あ、そのくらいでいいので」
「にいちゃんまだ若いねえ! そんなんでギルドマンやってけんのかい! ほらもっと食え! たくさん入れてやるからね!」
「いや良いですって! もういいって!」
葉物も多いけど大体は根菜類かな。そういうのがごっちゃになったスープを大鍋で作って、俺たちにも振る舞ってくれた。見た目は完全に芋煮会だ。
まぁ個人的にはパンよりも好きではある。それに野菜だけでなく畜産業盛んな村らしく肉もゴロゴロと入っているので、食った時の満足感はデカい。
……盛り付けのボリュームは相変わらずドカドカしてるけども。
「脂身肉のチーズ焼きありますよー」
「よっしゃ! それもらい!」
「フリード、俺の分も頼む」
「酒持ってこよう酒」
「向こうの兵士さんたちのとこにデカい樽ごと置いてあるみたいだからな……まぁ向こうが落ち着いたら少しわけてもらおう」
収穫祭の参加者は村の住民と、今日警備にあたったギルドマン、そして軍人さんたちだ。
軍人さんたちと俺たちギルドマンは仲が悪いってわけじゃないが、お互いに所属の違う腕っぷしの強い者同士ということであまり干渉し合わないようにする不文律がある。祭りの場でもなるべく互いに絡んだりしないよう、仲間内だけで盛り上がっている様子だった。
まぁ、俺たちはあくまで仕事のついでに祭りのメシを頂いてるだけみたいなとこあるからな。片隅でひっそりと盛り上がらせてもらいますよ。
「ようモングレル、飲んでるか?」
「クリームあるぞクリーム。ビスケットで挟むんだとよ」
「おー飲んでるよ。そのビスケットいいよな」
クリームに塩とあと何かを混ぜたやつをサクサクのビスケットで挟んだおやつがある。これがまたなかなか美味い。甘さは控えめだがしょっぱくて酒が進む。
いや、それよりあれだな。この二人は確か……ログテールとラダムだったか。
「村の人から聞いたぞ。モングレル、前にここでシルバーウルフを討伐したんだってな」
「ソロでやったんだろ? 本当か?」
「あー大したことねえよ。餌を使った罠にひっかけてな、遠くから色々と投げたりチクチク刺したりしてどうにかってとこだったからな。毛皮はズタボロになっちまったし、逆にそのことで依頼主からお叱りをいただいたくらいさ」
「マジかよ、知らなかったぜそんなこと。いや、でも罠にかけたにしてもすげえよ」
「やるじゃねえか」
シルバーウルフの討伐はあまりみんなに話してなかったからな。正直今更感がある。まぁ随分前の話だからこそ、適当に脚色もしやすいんだが。
「モングレルは腕も立つんだろ。“大地の盾”じゃなくても、どこかに入らないのか」
「ああ、俺はソロでやっていくよ。一人のほうが気楽だ。こうやって誰かと一緒に任務を受けるのが嫌いってわけじゃないけどな?」
「バルガーのいる“収穫の剣”は? あそこなら合ってるだろ」
「あー悪くはないんだけどな。別にそこも良いかなぁ俺は」
「変わったやつだなぁ……」
「別に一人でいるのが好きってわけでもなかろうに」
「お? ブラッドソーセージもあるのか。いいじゃん、ちょっとそれ取ってくるわ」
誘われて悪い気はしないが、パーティーに入るのはちょっとな。
たまに一緒の任務をやるくらいで勘弁してくれよ。
「ククク……モングレルもそれを食うのか……」
「おう、良いぞブラッドソーセージは。変なやつに当たると匂いがキツいけどな」
「何を。この血の匂いが良いんだろう? ククク……」
ブラッドソーセージは屠殺した時に出た家畜の新鮮な血液を材料にした保存食だ。
穀物粉をつなぎにしたり、ひき肉を入れたり、まぁ一般的なソーセージと作り方は同じようなものだ。胃袋や腸に詰めたやつを良く加熱していただく。
普通のソーセージよりちょっと柔らかいし崩れやすいが、レバーっぽい風味で俺は嫌いじゃない。
モーリナ村のはハーブもよく利いてて生臭さも抑えられてるしなかなかだ。
「だがこのブラッドソーセージがな……以前、俺が軍に居た頃はこいつでひと悶着あってな……」
「なんだよそれ」
「携帯食として持ち歩いていたこのソーセージがなにかの拍子に破れてな。まとめて保存していた食料に血の匂いが……」
「うわぁ、やべえなそれは」
「あれはさすがに悲惨だったな……俺はこの味が嫌いじゃないが、あれから数日は何を食っても血の味がしたもんだ……」
想像したくねぇな。
けど軍人となると持ち合わせの食料にも限りがあるだろうし、贅沢も言えない。食うしかなかったんだろうな。
「あーでもあれだ、俺も似たようなことあったな」
「ほう」
「料理用の酢を陶器に入れてたんだ。バロアの森で野営してるときにそいつを使おうと思ってな」
「クク……もう読めたぞ」
「で、いざ現地に向かって到着してみたらなんか酸っぱい匂いがすんなーと」
「ククク」
いやもうこの流れ最後まで言う必要もないかもしれないけど、あの時のザックに充満した香りのヤバさは誰かに語らないと……。
「おーい! チャージディアが出たぞー!」
その時、遠くで誰かの大声が聞こえてきた。
酒の入った頭でもよく通る、緊迫感を孕んだ声。
俺たちギルドマンは全員スッと立ち上がり、装備を整え始めた。
「やれやれ、仕事だな」
「防具はしっかり着込め。ゴブリンじゃないぞ」
「飲みすぎた奴は後衛だ」
「ミニール、先に声がした方に走って状況を確認してこい。頼んだぞ」
「はっ!」
下戸のミニールが伝令役となり、薄暗い夜の闇へと走っていった。
さて、俺はわざわざ着込むような防具もないし、いつでも向かえるが……。
「失礼。“大地の盾”副団長のマシュバル殿はいらっしゃるかな」
「これは、ドアン隊長殿」
伝令が戻ってくるより先に俺たちの方にやってきたのは、近くで収穫祭に参加していた軍人さん……の、まとめ役らしき男性だった。
軍人らしいがっしりした体つきに、“大地の盾”と似ているがそれよりは一段高級そうな装飾の入った鎧。隊長というだけあって、結構な腕前のお人なのだろう。
「今、魔物の報せがあったな。我々もすぐに動ける準備は整えておくが……対魔物であればそちらの方が慣れているだろう。対応を任せてもよろしいか」
「はい。数や詳細な状況は不明ですが、チャージディアであれば我々は慣れたものです。お任せ下さい」
「うむ、ではこの場はギルドマンの諸君にお任せするとしよう」
どうやらドアン部隊長さんは魔物の討伐は俺らに譲るようだ。
人数は向こうの方が多いが、それだけに何をするにも時間がかかる。それよりはすぐに動き出せる俺たちに任せたほうが良いということだろう。魔物討伐だったらギルドマンは慣れっこだしな。
ああ、伝令として走っていったミニールもちょうどよく戻ってきた。そろそろ仕事開始だな。
「マシュバルさん、チャージディアは二体です。柵の向こうでじっとこっちを見ているそうで……」
「収穫祭の気配に誘われたか。わかった、良いだろう。全員ですぐに向かう」
マシュバルさんはこれまでずっとお荷物だったカイトシールドを取り出して、左腕に装備した。
他の“大地の盾”のメンバーも、何人かちらほらと盾を身に着けている。
長いリーチを持つロングソードに頑丈なシールド。見た目だけなら重装備の騎士様だ。
「……ククク、今更だが……本当に軽装だな、モングレル」
「うるせ。良いんだよ、俺はこれで戦えるんだからな」
「そいつを本気で言ってるんだから恐ろしいもんだ……」
みんな鎧に盾も装備してるのに、俺だけ秋のハイキングに来ましたって感じだからな。浮いてるのはわかる。けどこっちのが動きやすいし着心地も良いんでね。
「モングレル、私と共に前衛いけるか?」
「ええ、マシュバルさんと一緒なら心強いや。もちろんいきますよ」
「わかった。危険だと感じたらすぐ後ろに退くようにな」
こうして俺たちはチャージディアが現れたという場所へと急行した。
「居たな、あそこだ」
「こっち見てるぞ」
チャージディアはすぐに見つかった。
村の人達が運び込んでくれた篝火……は明るさも地味だったが、闇の中で奴らの目が僅かにキラリと反射しているのがわかった。居場所が分かればなんとなく輪郭も掴める。なるほど、あの特徴的な長い角。間違いなくチャージディアだろう。
「柵を越えて向こうに移ったら、まずは盾持ちが前に出る。チャージディアが突っ込んできたら受け止めて、それから全員で叩くぞ」
「はい」
「了解です」
「スキル使い忘れるなよ」
チャージディアの討伐は、基本的に二種類だ。
ひとつは遠距離系の攻撃でロングレンジから一方的に攻撃して討伐する方法。
もうひとつはチャージディアの危険な突進をどうにか受け止め、反撃で仕留める方法だ。
基本に忠実な“大地の盾”はこの反撃をやるらしい。初心者が手を出すには危なっかしいやり方ではあるが、防御系スキルがあれば悪い選択ではない。
「お前たち、モングレルがいるからって格好付けようとするなよ。いつも通りにやれば良い」
「副団長やめてくださいよ、こいつの前でかっこつけるなんて」
「かっこつけるのは女の前だけで十分ですって」
「はははは」
「いや俺何も言ってないのにひどくねえかこの流れ」
「す、すまないなモングレル」
ちょっと気の抜ける場面はあったが、柵を越えていよいよチャージディアと対面だ。
連中は罠のゾーンに突っ込もうとはせずに、俺たちが出てくるのをじっと待っているようだった。無駄に賢い奴らだな。
「お詫びと言ってはなんだが……“戦場の鼓舞”」
「お、おお?」
マシュバルさんが左手に持った盾を俺にそっと押し付けてきたかと思うと、何やら暖かな魔力が俺の体を取り巻くように宿ったのを感じた。
これは……マシュバルさんのギフトか。
「“戦場の鼓舞”は戦友に力を貸してくれる。私のギフトだ」
そういう間にもマシュバルさんの盾に触れた者がオーラを纏ってゆく。
夜の中ではちょっと目立つが、なるほど力が湧いてくる感じはある。軽い身体強化の上書きというか、バフが掛かる感じみたいだな。こいつは便利だ。
「さあ来るぞ、前衛盾構え!」
俺たちから立ち上るオーラにただならぬものを感じたのか、チャージディアが走り寄ってきた。
頭を下げて角を向ける突進。それに対し、盾持ちがカイトシールドを構える。
「“鉄壁”! ……ぐっ!?」
「“盾撃”!」
「“鉄壁”! ぉ、おおお……! 効かねえぞ!」
「“強斬撃”!」
大質量の肉塊が刺突を携えて盾に衝突し、轟音が響く。
同時に後衛に控えていたメンバーが攻撃スキルを発動させ、隙を見せた二体のチャージディアに攻撃を加えてゆく。
一体はバッサリと首を刎ねることができたようだ。しかしもう一体の方は機敏に避け、回り込もうとしている。
「させるかよ」
「!?」
そこでマシュバルさんのギフトのおかげでいつもよりちょっとだけ調子がいい俺の登場だ。ちょっと距離を取るのを見越して動いてやれば、先回りするのも難しくはない。
ていうかここでのカバー以外に俺の仕事がなかった。“大地の盾”の連携が堅実すぎる。俺のバスタードソードじゃリーチ足りねえし。
「ギフトで強化して……物理で殴るッ!」
「ギャンッ」
よろめいたチャージディアの角に雑な一振り。
横合いから殴りつけられたチャージディアはその角を砕けさせ、脳を震わされた。チャージディアの角はおっかない矛ではあるが、同時に頭と直接繋がった弱点でもある。
「毛皮……は、欲しい!」
「ギッ」
一瞬迷ったが、首を落として終わりにすることにした。
首をスパッと斬られたチャージディアの身体が力なく倒れ込み、傷口からドクドクと血が流れてゆく。
「おおー……よくやったモングレル」
「助かった。良い動きじゃないか」
「ククク……その装備で追いかけた時はヒヤッとしたがな……」
「なぁに、勝てばいいんだよ勝てば」
「……うむ、さすがだなモングレル。よし! では……チャージディアを担いで村に入るとしよう。収穫祭の最中とはいえ、これだけの獲物を村の外で野ざらしにしておくわけにもいくまい」
こうしてチャージディアの騒動は一瞬でカタがついた。
自分から逃げることのほとんどない魔物相手の騒動はこんなもんである。こっちが倒せる時はあっけなく終わるもんだ。
「クク、良い臨時収入になるな……」
「だな。ゴブリン以外が居てくれて助かったぜ。解体は……モーリナ村の人に任せるか。解体作業なんか俺達より上手そうだし」
「ブラッドソーセージでも作ってもらうか?」
「いや、出来立てのやつはちょっとな……別に良いよ。ここでの飯くらい、普段食わない家畜の肉をごちそうになろうぜ」
「ククク」
チャージディアの討伐は村の人達に喜ばれた。
で、まぁせっかく肉の塊が手に入ったんでってことで……結局背ロースだけは祭りの飯として並ぶことになったのであった。
俺達にとってはチャージディアの肉は慣れっこだが、モーリナ村の人たちにとっては畜肉よりは珍しいものだからごちそう扱いしているらしい。
歓迎してもらってるのはわかるぜ……。
でも俺はチーズで焼いたこの村のお肉の方が好きです……。
書籍版第一巻の発売日は2023年5/30です。
もう予約はできるみたいです。電子書籍もありますよ。
また、ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるかもしれないようなので、欲しい方はお早めにどおぞ。