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家族の絆


 とある夕時。

 運良くチャージディア二体を討伐してきた俺は、ちょっと豪華にギルドの酒場でビールなんぞを嗜んでいた。

 一匹分のレバーだけ持ち帰ってそれ以外は全部売却。なかなかの収入が出来て助かったぜ。さすがにレバーとかこの手の内臓は一度に沢山食うとビタミンの過剰摂取になるので全部はいただけないんだが、そこらへんは酒場に居たライナにも手伝ってもらっている。

 こっちがレバーを分けるかわりに、ライナからは白パンを分けてもらった。柔らかくて雑味がない。非常に美味いパンである。毎食これが良いわ。


「で、そこのお店のパンは塩漬けしたミカベリーが入ってるんスよ。こう、細かいのがいくつもある感じで」

「へー、美味そうじゃん。パンが進みそうだ」

「けど近くで左官工事してる人たちがお昼にまとめて買っていっちゃうんスよねぇ……」

「ははは、人気商品だな。まぁ肉体労働やってる連中は塩気の強い食い物が好きだからなぁ」

「けどこのレバーのペーストをパンに塗って食べるのもなかなか良いっスね」

「だろ? 鳥のレバーとかでやっても美味いぞ」

「はえー」

「コツはしっかり裏ごしすることだな」


 レゴールは人が増えた。本当に増えた。

 改築、増築、新区画の工事、伐採範囲の拡大。どこもかしこも忙しい。

 増えた人に対応するため、あらゆる資材や素材が飛ぶように売れていく。俺が今日仕留めたチャージディアの肉や皮だって、すぐさま値がついて売りさばけてしまうのだろう。

 おかげで儲かるのは良いんだが、人の往来が増えたせいで治安の維持が大変だ。

 大きなパーティーなんかは討伐シーズンの今でも街道警備や近隣の任務に派遣されているという。おかげでバロアの森の討伐が捗ってるぜ。まぁ、捗るくらい魔物が多いのは本当は良くないんだけどな。事故ってギルドマンが死ぬので。


「おーライナちゃんじゃねえの。それとモングレル」

「俺はついでかよバルガー」

「バルガー先輩、おっスおっス」

「おっ、なんか美味そうなもん食ってるな。モングレル、一個分けてくれよ」

「ほらよ、五千万ジェリー」

「サングレールにつけといてくれ。おっ? なかなかうんめぇ」


 ライナと一緒にレバーペーストに合う調味料について話し合っていると、テーブルに酔っ払いが近づいてきた。

 バルガーも近頃は討伐で安定して稼げているのか、それなりに懐の余裕があるのだとか。ついこの間競馬でスッた傷もようやく癒えてきたらしい。


「バルガー先輩も討伐帰りっスか……って、お酒臭いっスね」

「いつから飲んでたんだよ……ライナ、ああいうギルドマンにはなるんじゃないぞ」

「うるせぇ。おう、朝やって昼にはもう帰ってきてな、ここが二軒目だ。ライナちゃんは“アルテミス”の任務帰りか?」

「今日はお休みの日っス。ギルドにいるのは、まぁ、なんとなくスかね」

「ほーん……お、そうだ。さっき“収穫の剣”の団員だった奴からハーブ飴を貰ったんだ。ほれ、二人に分けてやるよ」

「わぁい」

「バルガーはギルドマンの鑑のような男だぜ……ライナ、シルバーランクの先輩としてよく見ておくんだぞ」

「っスっス」

「プライドもクソもねえ奴だな相変わらず……」


 ハーブ飴おいちい。

 いやーこの世界の甘味ってだいたい干したフルーツとかショボい果実がほとんどだけど、こういう糖分がダイレクトに来る甘味ってのは良いもんだな。心が癒されるぜ……。


 ……けど欲を言えばローリエ味じゃない奴の方が良かったな……。




「……ふう、ギルドはここか……」


 ギルドは人の出入りが多い。

 ギルドマンだったり、依頼人だったりと様々な人がやってくる。

 酒場で飲んでいるとしょっちゅう人が往復するので、今の季節はまだマシだが冬になると風が吹き込みがちだ。

 今入ってきた男は見るからにギルドマンではない。装いからしてちょっと金持ちな商人か農地持ちか……依頼する側なのは間違いないだろう。


「あ……」


 その時、ライナの態度が急変した。

 先程まで楽しげに飲んでいた表情が一気に凍りつき、顔をほとんど伏せるようにして俯いてしまったのだ。


 何事だ? と俺とバルガーは顔を見合わせ、なんとなく先程入ってきたばかりの男を見やる。


 すると……なんとなく、似ていたのだ。ライナと、今入ってきた男の顔が。

 ライナの血縁であろうことは、なんとなく理解できた。


「すみません、レゴールにあるギルドはこの建物だけ……でよろしいので?」

「はい、こちらがレゴール支部のギルドとなります。レゴール内には他にも関連施設がありますが、依頼の発注や受注などは全てこちらで請け負っていますよ」


 水色の髪。どこか気だるそうな眼。全体的な顔立ち……性別も体格も違うってのに、血の繋がりがありそうだとわかるのだから不思議なものだ。

 けどライナの様子はどうも普通ではない。少なくとも、あの男を歓迎しているようには見えなかった。


「こちらにライナという……弓を使っている女猟師は所属していますか?」

「……失礼ですが、お名前は?」

「俺はレイナルド。ハイム村の者です。ライナの兄なのですが……」

「おっ? あんたライナの兄貴なのかい? だったらライナちゃんはそこにいるぜ!」


 カウンター近くで陽気に酒を飲んでいたその男の親切な言葉を“余計なことを”と恨むことはできまい。

 同じテーブルに座っていた俺たちだからこそ、ライナがどこか怯えたような様子でいるのがわかるのだから。あいつは悪くない。あちゃーって感じではあるが。


「……なんだ、ライナ。そこに居たのか」


 レイナルドと名乗った男がこっちの席のライナを認めると、受付のミレーヌさんに対して作っていた丁寧な物腰はどこかに消え、あからさまに尊大な態度に変わった。


「相変わらず小さくて、気の利かない奴だ。……おい、久しぶりに会ったんだぞ。挨拶くらいしたらどうなんだ」

「……はい」


 そして俺はもう九割方確信しているが、あえて言わせてもらおう。

 この兄貴は、良い兄貴ではない。


「ここにいるなら丁度良い。ライナ、今すぐギルドマンを辞めてうちに戻ってこい。明日、俺と一緒に馬車に乗ってな」

「……え」

「え、じゃない。蛇川の下流で養鶏やってるゴディンさん、知ってるだろ? ほら、ゴディンおじさんだ。昔、お前も卵をおすそ分けしてもらって世話になった」

「あ、いや……その……知ってるけど……?」

「最近、ゴディンさんの嫁さんが亡くなったんだよ。まだ子供も出来てないのにな……それでな、ライナ。お前、村に戻ってゴディンさんのとこ嫁いでこい」

「……え」

「ゴディンさんがお前のことを覚えていたんだよ。まぁ、ちょっと変わった人ではあるが……家業はそれなりにやっている。悪くないだろ。それでここ数年、あー二年だったか? うちを出ていったのは許してやるぞ?」


 家族のことだ。他人がそう容易く口を挟むべきことではない。

 そんな常識は、俺にもバルガーにもある。だからずっと黙ったまま、話の推移を見守っていた。


 しかしだ。

 さも“良いことをしてやってるんだぞ”とでも言いたげににこやかに語りかけるレイナルドと、顔を青くして口ごもっているライナを見比べたらだ。


 荒くれ者らしく口を挟むくらいのことはしても良いだろって思うわけよ。


「おい、そこの兄さん。あー、ここのライナの兄ということでいいのかい?」

「ん? ああ……そうだが、貴方は?」


 レイナルドは俺の白い前髪を見て一瞬嫌そうな顔になったが、すぐに態度を取り繕った。うむ。ド失礼ってわけでもないのか。俺の中ではセーフな初対面の対応だぞ。おめでとう。

 けどライナをここまで怯えさせてるだけで俺の中では第一印象3アウト9回分って感じだぜ。


「俺はモングレル。まあ、このギルドで活動してるベテランのギルドマンだよ。……しかしだな……ライナに村に戻ってこいってのはまた、急すぎる話だね」

「せ、先輩……」

「あー。うちの家族の話だ。ギルドマンが首を突っ込むのはやめてもらえるか?」

「ああ、そんなつもりじゃねえんだよ。ただね……今すぐってのは到底無理な話だと思うぜ」

「何?」

「このライナはな。あんたがどう思ってるのかは知らないが、レゴールでも一番腕が立つと言われているパーティー“アルテミス”の一員なんだよ。ゴールドクラスも何人かいるような、ベテランの俺でも全く敵わねえすげえパーティーだ……急にギルドマンを辞めさせて連れ帰るなんて、そんなこと許されたもんじゃねえよ」


 俺はライナのシルバーの認識票を指し示し、過剰なほど畏まったような態度を取った。


「む……なんだ、そんなに大きな集団に入ってるのか」


 お、ちょっとは効いてる。ギルドマンの事情に詳しくはないにしても、権力には弱いと見た。


「ああ、すぐには難しいぜ……“アルテミス”は今が一番忙しい時期だしな。しかも貴族との関わりも深い」

「あっ、俺も聞いたな。ライナちゃん、またお貴族様の弓の指南で呼ばれているんだろ? 大変だよなぁ」

「えっ、あ、はい……っス。まだまだ色々……仕事、残ってるっス……」


 俺の話に合わせ、バルガーも乗ってくれた。ライナも怯えた様子が少しだけ解れたようだ。

 さすがだぜバルガー。お前はギルドマンの鑑だよ。


「貴族……だが、そうは言ってもな……」

「今日はまだ“アルテミス”も遅くまで仕事しているから……ライナについて話があるなら、後日だな。“アルテミス”の団長はシーナって人だから、その人に改めて話すと良いんじゃないかな」

「だな。きっとその方がはえーや」

「……ふむ」


 ウソは言ってない。あんまりな。ただ、この場でゴチャゴチャとこの男の話をライナにぶつけられるよりはさっさと打ち切ってしまいたかった。それだけだ。

 今必要なのは、時間だ。ライナが落ち着ける時間。そして、“アルテミス”の連中と良く話し合える……そんな時間だ。


 顔見りゃわかるぜライナ。

 嫌なんだろ。お前、故郷の話とかほとんどしねえもんな。俺と一緒でよ。


「……わかった。明日の朝、またギルドに来よう。ライナ、その時……あー、“アルテミス”か。その代表の人を連れてきなさい。良いな?」

「……はい」

「では、これで。あ、どうも失礼しました。では……」


 レイナルドは最後にミレーヌさんに頭を下げて、ギルドから出ていった。

 行儀は良い。少なくとも外向きの顔を整えるだけのことはできる。

 けど……身内。ライナに対するそれは、あんまり良いもんじゃねえな。


 酒場にいたギルドマン達もなんとなくそれがわかったのか、微妙な空気が漂っている。


「……あの、すまねえライナ。俺、良かれと思ってつい教えちまって……」

「あ、いや、良いんス。私のこと探してたんで……遅かれ早かれ、多分バレてたんで……」


 ライナの席を教えたギルドマンはバツの悪そうな顔をしていた。まぁ今回は不運だったってことで。

 それよりも、だ。


「……なあ、ライナ。俺あんまり詳しくないけど……あれだろ。あの兄ちゃん、好きじゃないだろ」

「……っス。好きじゃないっス。……というより、嫌いっス」

「ははは、嫌いときたか。ま、そんな感じだよな。あの様子じゃあ……」


 バルガーも苦笑いしている。傍から見ても雰囲気悪かったもんなあれは。

 高圧的というか、なんというか。


「昔から、私のこといじめて……ご飯も横取りするし……卵だってあんまり分けてくれないし……鳥や獣を仕留めても、全然……」

「ライナ」


 震える声で呟くライナの頭に手を置き、撫でてやった。まあ、こういうのはあまり人にやるものではないが……今くらいは良いだろ。


「大丈夫だ。俺たちに話すまでもねえよ。それより“アルテミス”のクランハウスに戻って……シーナとか、ナスターシャとか、ウルリカとか。そいつらに今あったこと、全部話してこい」

「……“アルテミス”」

「今のお前の居場所はそこだろ。で、クランハウスにいる皆はお前の家族みたいなもんだ。俺とかバルガーはどうしても他人だからよ、そこまで力にはなれないけどな……同じパーティーの連中だったら間違いなく、お前のために動いてくれると思うぜ。より効果的にな」

「だな」


 あれだけライナを過保護に見守っている連中だ。

 きっと俺が想像してる以上に憤ったりブチ切れたり暴れたりして、レイナルドの悪口大会を開催してくれることだろう。

 そしてシーナはライナにこう言ってくれるはずだ。“私達に任せなさい”と。目に浮かぶようだぜ。


「……わかったっス。パーティーの皆に話して……相談してみるっス」


 ライナは不安げに、しかし確かに頷いた。


 ……ライナの中ではなかなか、面と向かって断るってことができないのだろう。さっきのやり取りを見ていればわかる。家族だからこそ、それまでに築き上げられた上下関係があるからこそ、はっきりと物申しにくいものがあるんだ。

 自分が嫌だと思っていてもなかなか言えない。そういうのはこんな世界でも、まぁ、ある。


 そういう時に大切なのは、一緒に共感したり、戦ってくれる仲間だ。

 運が良いことにライナはそんな仲間たちにとても良く恵まれている。


 だからまぁ、大丈夫だろう。

 仮に明日、俺がその場にいないとしてもだ。きっとライナはハッキリと兄貴に言ってやれるはずだぜ。


「……あざっス。モングレル先輩。バルガー先輩。私……ちょっと、今すぐクランハウスに行ってくるっス!」

「おう、気をつけてな」

「頑張れよ」


 最後に笑みを浮かべて、ライナはギルドから去っていった。

 これからクランハウスに戻って……作戦会議が始まるんだろうな。レイナルドがけちょんけちょんに悪く言われる会だ。きっと盛り上がるぞ。


「……ミレーヌさん、ビールもう一杯」

「お、じゃあ俺も一杯もらおうかな」

「はい。……モングレルさんとバルガーさんへのこの一杯は、私からのおごりにしてあげますね?」

「マジで?」

「よぉーし、最高だぜ」

「ふふふ」


 今日はツマミがなくても酒が進みそうだからな。助かるぜミレーヌさん。


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― 新着の感想 ―
流石ミレーヌさん、エレナと違って良い女だぜ・・・ でも外で張ってるかもしれないしクランハウスまで送っても良かったのでは
明日、代表の人を連れてきなさいじゃねーよ。お前が先方の都合を確認して、菓子折りの一つでも持って御挨拶に行くんだよって殴られてもいいような人だったな。
血が繋がってるだけの心情的ほぼ他人と、血は繋がっていないが大切な家族。やはり絆っていうのは温かいでやんす。
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