獣脂集めと二人目の仲間
バロアの森で獲れる魔物のサイズが上がってきた。
夏頃の“うーん”と首を傾げたくなるような貧しげな感じじゃない。しっかり食って肥え太ろうという意思を感じさせる肉付きである。
このままボア肉がさらにデカくなってくれば、脂身もたくさん取れるようになるはずだ。そうすりゃ十分な量のラードが手に入り、景気良く揚げ物ができるようになるぞ。
屋台で唐揚げ棒をやるからには大量のラードが不可欠だ。その点、ギルドマンは調達が楽だと言えるんだが……獣脂を利用するのが俺だけじゃないってのが異世界の辛いところだな。普通に料理に使われたり、蝋燭としても使われる。明かりにまで使われちゃ余るもんでもねぇ……。
とはいえ皆にとってのメインは肉だ。肉が先。脂身は後。
頼み込めばそこらへんのギルドマンから分けてもらえるだろう……と思ったのだが。
「ええ? 獣脂ですか……僕たち“大地の盾”は基本的に獲物は処理場に任せますからねぇ……その前に脂身を剥がすとなると手間ですし、ちょっと……」
「マジかよ」
久々に酒場に顔を出したアレックス曰く、難しい……というよりは面倒らしい。
まぁわからんでもない。脂身を剥がすってのは、その前段階として自分で解体しなきゃいけないからな。時短したいなら処理場に任せるか……。
そして処理場で加工されると買い取りがまた面倒になるんだよな……ロイドさんに頼んでも大量にはくれないだろう。相応の金が必要になってくる。
でも俺はタダで獣脂が欲しいんだ……。
「“収穫の剣”でもタダで渡すお人好しはいねぇなぁ。つーか獣脂切り分けるとこまでやったらさすがに使うだろ」
「バルガーさんもそう思いますよねぇ」
「やっぱそうかー。無理かー……自分で狩るしかねぇなぁ」
「それが一番だと思いますよ」
実際俺自身集めるのが面倒だからこうして頼んでるわけだし、他の連中にとっても面倒なのは変わらんか。そりゃそうだ。
うーむ……やっぱ自分で狩るしかないのか……。
どうせやるならいっぺんにやりたい作業だし、狩猟シーズンが本格化したら奥の方に行って何頭か仕留めないとな。
揚げ物の練習や実験をするためにも必要になるだろうし……その時にはこいつらにも食ってもらうとしよう。
「狩りといえば最近なんだか、ギルドに面白い新人パーティーができましたよね。ほら、アイアンランクの子の……」
「ああ、ダフネか? “ローリエの冠”だろ」
「はっはっは、情報が古いなぁアレックス。最近ってほどでもないぞ」
「いやぁ最近もうほんと忙しくて……街道の方も落ち着いたんで、しばらくはバロアの森の仕事ができそうですけどね」
ダフネは今も真面目に活動中だ。
大盾持ちのローサーも最初はどうなんだこいつって思ってたが、ダフネによって上手く舵取りされているようだ。財布の紐をキッチリ握られてると悪さできないタイプなんだろう。元々悪い奴というより、超絶だらしない男って感じだったからな。
「そのダフネって子、面白いことやってますよね。ギルドマンとして活動していない時は黒靄市場でギルドマン向けの商品を取り扱う店を出しているんですよ」
「おう、知ってるぜ。ダフネちゃんも偉いよなぁ、しっかり依頼もこなしつつ商売もおろそかにしない……ずっと働いてるんじゃないか、あの子」
「あれは働くのが好きなタイプなんだろうな」
ダフネは時々、黒靄市場に店を出している。
小さな台車に詰め込める程度のものだが、ギルドマン目線で見るとなかなか良いものが揃っているんだこれが。
なくなりがちな消耗品、役に立ちそうな小物、そして地味に売ってないようなタイプの、自作武器で使う中間素材というか……そんなのまで扱っている。
“ギルドマンの需要はそこそこ掴めてきたわ!”
そんなことを得意げに話していたのを覚えている。
しかしまぁギルドマンも貧乏だから、デカい儲けになるかっていうとそうでもないんだろうな。
でも仮に売れなかったとしても自分がギルドマンとして使うこともできるから、その辺りはあまり気にしていないようだ。
中には他所の露店で仕入れてきた物を転売している物もあるので、俺はダフネの開いている露店を心の中で“ダフ屋”と呼んでいる。
「でもダフネさん、大丈夫なんでしょうかねぇ……」
「あん? なにが心配なんだよ?」
「いえ。彼女って罠の勉強もしてるみたいなんですけど、罠ってほら。よく盗まれたり横取りされたりするじゃないですか」
「ああー……」
「俺もそれは伝えてはいるんだけどなぁ」
罠はマジでこの無法だらけの世界じゃどうしようもない。駄目とは言わないが、普段誰も来ないようなポイントに仕掛けないと簡単に横取りされたり罠を盗まれたりする。
言ってはいるんだが、ダフネにとって安全な狩猟はどうしても魅力的なものに感じるらしく……頑張って勉強を続けている。
バロアの森じゃあまり期待するべき猟法ではないんだが。
「ギルドの規約だけでなく、実際に罠を扱える人から聞いた方が良いですよねぇ……」
「んだな。獲物を横取りされるなんてたまったもんじゃねえし、こっちとしてもそんな連中のエサにされるのは気分が良くねえ」
「今度それとなく誰かに師事しとけって言ってみるか」
年下の真面目なルーキーに対しては、こうやっておっさんたちが世話を焼きたがるものである。相手が女ならなおさらだ。
まぁ別に俺たちは下心は無いけども。
と、後日ギルドで出会ったダフネにちょうどよかったとそのことを伝えてみたのだが。
それを聞いたダフネは、わかってますよとでも言いたげに鼻を鳴らした。
「ああ、それだったら大丈夫よ。新たに私達のパーティーに入った人は、魔物向けの罠の熟練者だもの!」
「え、マジで? つーかまた新人が入ったのかよ」
「ええ、良い拾い物をしたわ。ちょっと特殊なブロンズ1の男なんだけど結構真面目にやってるのよ」
アイアンランクが団長やってるパーティーに入るなんてまた物好きな奴が来たもんだな。
「今は資料室で……あら、噂をすれば来たみたい。ほらモングレルさん、彼がその新入りよ」
「おー……お?」
ダフネが指さした方を見る。
ちょうど別室から出てきて、こちらに歩いてくる若者がいるのだが……俺はその青年の姿に、結構な見覚えがあった。
「ダフネ、調べてきたけど……あっ、モングレルさん……ど、どうもっす……」
「あーお前……ロディだっけ」
「はい、ロディです……」
「何よ二人共、知り合いだったの?」
件の罠に詳しい青年ギルドマン、ロディ君。
彼とは浅からぬ因縁というか、まぁ過去があるんだな……具体的には、違法罠を使っていた彼を俺がブタ箱にぶち込んでやったという過去だが……。
一時期は犯罪奴隷として強制労働に従事していたロディ君だったが、犯した罪自体は軽かったのでやがて釈放された。
その後は再びギルドマンとして登録し直し、アイアン1からやり直し。かつてのお仲間とは離れ離れになってしまったが、また一人の新米ギルドマンとして真面目にやっている。
犯罪者としてパクられても釈放後は再登録できる辺り、ギルドマンがこの国でのセーフティネットであることが窺えるな。
……まぁ、違法罠の件は深く反省してるようだし、その辺りは心配はしてない……してないんだが……。
「ダフネお前……なんていうかあれだな……そういう系の男を捕まえるのが上手いな……?」
「何よそういう系って……ローサーとは全然違うでしょ」
「いやぁ遠からずっていうかなんというか……」
「まぁ過去に色々あったって話は私も聞いたけど、そのくらいは別に問題ないわ。別に私に対して悪さをしようなんて気持ちは無いんだから、平気でしょ。それより彼の持つ罠の経験の方が重要よ!」
まぁ経験者だろうしな。ロディ君に聞くのも悪くはないだろう。
作業小屋で見かけた時もクレイジーボアを引っ掛けていたし、解体作業も手慣れている様子だった。適任ではある。
「罠は盗まれないようにちょっと外れた場所に仕掛けて……設置の仕方もコツがあるらしいから、その辺りもロディから学ばないとね。せっかくの技能はフルで活用してもらうわよ」
「なるほどなぁ。……ロディ、なかなか厳しい団長さんのいるパーティーに入っちまったな」
「は、はは……まあ、前科持ちの俺を快く使ってくれるってだけでもありがたいんで……」
「前はロディも他のパーティーに入ってなかったっけ?」
「ええ、新人のパーティーに入り直してたんすけどね……ちょっと合わなくて、抜けたんですよ」
そうか。まぁ人間関係の合う合わないは重要だからな。
なかなか一度でピタリと嵌まる仲間を見つけられるもんでもないだろう。
その点、“ローリエの冠”は良いかもしれんな。とにかくダフネがグイグイ引っ張っていくから。
「さ、時間を無駄にはできないわ。やらなきゃいけない手作業があるから、モングレルさんまたね」
「おう」
「手作業って……ダフネ、またあの道具作りを俺らにやらせるつもりか!? ローサーの奴が何度手を攣ったと思ってるんだよ……」
「しょうがないでしょ今は貧乏なんだから! 三人で力を合わせてお金になることをやっていくのよ! 自作できるものがあれば自分たちで用立てる! 当然でしょ!」
「はぁー……」
……まぁ、なんだ。
しっかり働けて、食わせてくれるだけ良いパーティーだと思うぜ……? 俺は……。
うーむ。もしも罠でクレイジーボアが捕れるようになったなら、あいつらに獣脂集めを頼んでみるか。
ケチなダフネのことだ。あのパーティーだったら自分たちで解体もやりそうだし、ちょっと金を出してやれば獣脂もしっかり取り分けて売ってくれるだろう。
……ダフネとの値段交渉が強敵そうではあるけどな。




