街に潜む犯罪組織
レゴールに来れば仕事がもらえる。
一人で故郷を出てきても食っていける。
そんな甘い夢を見てやってくる若者は未だに多い。
まぁ確かに仕事はある。あるけどさすがに限度はある。
探せば結構雇ってくれるとこはあるし、使える人材を募っている店も多いのだが……田舎からポッと出てきた字も読めない計算も覚束ない信用ならない若者を即座に雇えるかっていうとそれはまた話が別なわけで。
その上、ろくな職業案内所もないこの世界じゃ職探しの方法も限られる。何日も職探しでぶらぶらできるほど若者たちに金があるわけもなく……。
そうして食い詰めた連中は、犯罪に走るのが常であった。
「二人捕まえたが、他の連中には逃げられた。クソガキどもめ……」
「手口が慣れ過ぎてやがる。トップに小賢しいのがいるな」
「居場所を吐かせてもアジトがわからん以上無駄だろうな……ふざけた連中だよ、本当に」
レゴールの衛兵は優秀だ。大体全ての人員がシルバーランク以上の実力を持つものと考えて良い。対人戦、捕縛のプロであり、その気になればレゴール支部のギルドを鎮圧できるだけの力を持っているだろう。
特にレゴール市内の地理は路地裏から地下水道まで網羅しており、彼らと追いかけっこして生き残れる人間はそうそういないと断言できるほど。
そんなプロフェッショナルであっても手を焼くのが、大量に湧いて出たストリートチルドレン。
この世界風にドライな感じで言えば、ガキの犯罪者集団である。
「お、モングレルだ」
「ああ丁度いいところに。モングレル、ちょっと今いいか」
「ん、なんだなんだ。また何か大掛かりな盗みでもあったのか」
俺は衛兵達の多くとは顔見知りだ。何年も街で過ごして顔を売っていればこうもなる。
そしてこういう連中の頼みは可能な限り聞いておくのが俺の処世術だった。
「他所から集まってきたガキを手先に使ってる組織があるみたいでなぁ……末端の連中はいくらでも捕まるんだが、幹部やトップは全く捕まる気がしないんだ」
「仕事も住む所もないガキどもを束ねているのは間違いない。末端として盗みを働く連中は“銅”、そいつらから指定した場所で盗品を預かるのが“銀”、そして更にそいつらから品を受け取る連中が幹部の“金”と呼ばれているらしい。で、組織のトップはその更に上だ。そいつは色々と呼び方があるが、多くの連中からはマスターと呼ばれている」
それはまたなんというか……明らかにギルドマンをパクったようなネーミングセンスだな。
「随分と大掛かりな組織だな……近頃市場がピリピリしてるのはそれか」
「ああ。近頃じゃどの店も子供に対する警戒心は高まっている。余所者を歓迎しない意見も多い。……街中の警備も増員されているんだが、流入してくる連中に対応できてないのが現状だ」
「モングレル、何か知ってることはないか? 怪しい子供とか、変な商売をやってる連中とか……なんでもいい」
「とっ捕まえたガキは大抵何も知らないんだが、調べないわけにもいかん。そのせいで時間が取られて仕方がないんだ。“金”まで近づければなんとかなるんだが……」
ふーむ。窃盗団ねぇ……正直ギルド周辺はおっかない連中ばかりだからそういうガキ共も近づかないようにしているんだろうが……。
言われてみるとおかしな連中に心当たりはあるかもしれん。
「ギルドに登録したけどほとんど任務を受けてる様子のない連中ならわかるぞ。やる気のないアイアンというか、ギルドマンになったくせに金に困ってなさそうな奴らだな。……そのくせ時々、下水道清掃の任務を受けている。金にもならねえ、仕事の内容もキツい。そんな仕事だけを好んで受けるってのは怪しいだろ?」
「おお、そんなのがいるのか! 下水道といえば連中の臨時のアジトにもなるような場所だ。そこを大手を振って歩けるとなれば……うむ、確かに……」
「そいつは怪しいな……モングレル、それはギルドに掛け合ってみれば詳しく調べられるか?」
「もちろん。まあ、ロビーで話すよりも個室で話すべきだろうな。受付のミレーヌさんかラーハルトさん、あとは副長のジェルトナさんなら速やかに話が通るはずだ」
エレナはまぁうん……あまりそういう話したいタイプじゃないなぁ。
別に機密を漏らしそうってわけではないけども……。
「助かった。いや聞いてみるもんだな」
「俺はベテランギルドマンだからな。ギルドに関係することならなんでも聞いてくれ」
「ははは。じゃ、良い女の子が居たら今度教えてもらうか。じゃ、俺たちは仕事だから、またな」
「おう、頑張れよー」
そうして彼らは慌ただしく去っていった。
レゴールの衛兵は真面目な連中が多くて助かるよ。もちろん、みんながみんな清廉潔白というわけではないんだが……。
「はえー、先輩そんなこと聞かれたんスか」
「ああ。俺みたいなギルドマンに声かけるあたり、相当手詰まりだったんだろうな。まぁ力になれて良かったよ」
その日の夕時、俺はライナと一緒にギルドで酒を飲んでいた。
近頃はクレイジーボアを始めとする魔物の討伐報告が増えてきた。そろそろ秋の狩猟シーズンの始まりなのかもしれない。おかげでボア肉の料理が安めに出てくるからありがたい。
それとともに収穫祭、そして伯爵の結婚式だ。忙しくなるぞ。もう昼間から酒のんでも居られねえな。
「それにしても、レゴールにそんな悪どい組織がいたなんて……しかもギルドマンみたいな階級まであるなんて。信じられないっス。迷惑っス」
「だな。まぁそのくらいシンプルな階級にした方が、田舎出身のガキにとっちゃわかりやすいんだろう」
「わざわざ田舎を飛び出して、レゴールに来てまでやることが犯罪っスか……私は仕事なら頑張るスけど、盗みとかは遠慮するっスよ」
「そりゃそうだ。犯罪なんて生涯無縁で居たほうがずっと良い」
特に盗みはクセになるっていうしな。
この世界じゃザルなとこも多いし、歯止めも利かなくなりそうだ。気がついた頃には罪を重ね続け、重罪になったり……十分ありえる話だぜ。
「けどどこにいるんスかねぇ、そのマスターとかいう組織のトップは……下水道とか、そういうところとか……?」
「いいや、俺はこの手の組織の上層部はもっと恵まれた環境にいると思うね」
「え、どういうことっスか」
「捕まらないように何層にも階級を分けて、盗品の受け渡しをやっている。これは後先考えないガキの手口じゃない。もっと……それこそレゴールで暮らしてる大人だとしても不思議じゃないぜ」
「ま、マジっスか!」
「まぁ俺の予想でしかないけどな。……でもそんなに間違ってはないと思うぞ。“金”より上の連中はきっとそのくらいのはずだ」
組織犯罪。特に無知な末端を大量に従える大組織なんかは、ちょっと上の立場になると手下を管理するために大人を使ってたりするもんな。というより子供に効率よく言うことを聞かせるためには大人でないといけないというか。
……ゲスだよなぁ。子供を使うってのは本当に気に入らねえわ。
俺はギフトを使ったところでこの手の捜査は全く向いてないけど、目の前に居たら全力でとっちめてやりたいくらいだ。気持ちとしてはな。
「……もしそいつらのマスターが賞金首になったら、私狩りに行きたいっス。レゴールの街中で狩りの始まりっスよ!」
「こらこら。街中はさすがに不利だろ。やめなさい」
市街で追いかけっこや戦闘をするのは、獣相手にトラッキングするのとはわけが違う。いくら弓の腕があってスキルも持っているからって普通に危ないと思うぞ。
こういうのは本職に任せるべきだ。
「俺たちにできるのは、衛兵が手柄を挙げられるように応援してやることくらいだよ」
「地味っス!」
「地味で結構じゃねえか。街中で犯罪者をとっ捕まえるなんて、ギルドマンにあるまじき華々しさだ。俺たちはバロアの森で魔物を仕留めてるのが一番合ってるんだよ。ライナだってその方が好きだろ?」
「……まぁ、はい」
緑と茶色に囲まれた地味~なお仕事。上等じゃないですか。
良いと思いますけどね俺は。
「堅実に働いて、堅実に稼いで、日々を慎ましく生きていく。それが人間にとっちゃ一番大事なんですよ」
「じゃあモングレル先輩、屋台出す時は慎ましくやるんスか」
「そりゃもう一か八かのメニューで勝負に出て荒稼ぎして祭りで豪遊よ」
「言ってること正反対じゃないスか!」
祭りは別だから……。