ギルドマンを志す理由と目標
依頼人はメルクリオ。仕事内容はメルクリオの知り合いの妹であるという少女、ダフネにギルドマンとしてのイロハを教えてやることだ。
ここまではシンプルだ。しかし問題は報酬の少なさである。
俺だって仏様ではない。メルクリオには世話になっているし色々と手伝ってもらってはいるが、あまり手取り足取り時間や世話をかけられるほど俺も暇じゃない。
なので教える時は必要な部分を重点的に、効率良くやらせてもらおうと思う。
ひとまず、話を聞かなければならないだろう。
俺はダフネという少女について何も知らない。ギルドマンを目指す目的も、目指す上での具体的な形も。まずはそれを聞いて、情報を共有してからだ。
そんなわけで、ひとまずギルドマンらしい格好に着替えた上で狩人酒場まで来てくれと言っておいたのだが……。
「あ、いたいた。や、モングレルさん。ちゃんと装備整えて来たわよ」
「……お、おう。いや、思いの外まともな格好で来たから驚いたな」
どれくらい森を舐めた服装で来るのかと内心楽しみにしていたのだが、狩人酒場に来店したダフネは思いの外ギルドマンらしい装いだった。
夏場のうざったい下草から防御できる長めのブーツ、生地の丈夫そうなズボン、上半身は暑さ対策のためかラフだったが、しっかりと革の軽装備は着けている。
腰にはベルトポーチに、ナイフ。そして小さめの背嚢……。
自信ありげな表情も相まって、現役のアイアンかブロンズのギルドマンだと言われてもわからないほど様になっていた。
「前々から少しずつ装備を集めてたのよ。兄さんは“ギルドマンなんかになるもんじゃない”ってずっと反対してたから、内緒で集めてたの。どういう装備が役に立つのかっていうのも、自分で調べながらね」
「……随分とやる気はあるみたいだな。けどそこまで調べているのなら、ギルドマンが儲からない上に危ない仕事だってことくらいはわかっているんだろ」
「なによ、お説教するために呼んだの? だったら帰らせてもらうんだけど」
「いや、ただ純粋に気になっただけだよ。承知の上でそれでもなりたいってんなら俺は止めはしない」
ダフネは少し言いづらそうにモゴモゴと口を動かしている。
俺はローリエ茶を啜りながら、次の言葉が来るのを待った。
「……私は今まで、黒靄市場で兄さんのやってた商売の手伝いをしてたんだけどね。つい最近兄さんが亡くなっちゃったのよ。けどやり方は私も覚えてたし、しばらくは順調だったんだけど……兄と一緒だった時とは違って、女一人でやっていくのが大変でさ。取引先にも客にも、とにかく舐めて掛かられるのよ」
「ああ……」
ダフネの兄貴は亡くなってたのか。なるほど。
それで商売を継いだはいいが、女一人じゃ難しくなってきたと。ふむ、そいつは大変そうだ。
この世界は魔力やスキルがあるおかげで見た目のいかつさだけが全てではないが、それでもどうしたって若い女は侮られがちだしな。
「黒靄市場が悪いってわけじゃないのよ、多分。私くらいの女が一人でやっていくには、どこに行っても厳しいはず。だからまずは、ただの女から脱却しなくちゃいけないってわけ」
「それでギルドマンになりたいわけか」
「そ。ちょっとランク高めの認識票を着けてるだけでも只者とは思われないでしょ? 少なくとも対等な取引はできそうじゃない?」
「まあ、確かにな。なるほど……」
この点、俺が男として生まれ育ったのは運が良かったとしか言えない。
変に身体を狙われることもないし、最低限の威圧感はあるだろうからな。まぁ生まれそのものは良いもんじゃなかったが……。
「もちろんハッタリじゃなくて、スキルとかも欲しいけどね。魔物を倒して、戦う力を手に入れてさ。……この歳でスキルを取ろうとするのは遅いのは知ってるけど。それでもあるのと無いのとじゃ違うからさ」
「だな」
「あとは、護衛依頼ができるようになりたいのよ。依頼を受けたギルドマンなら簡単に都市間を移動できるでしょ。しかもお金を稼ぎながら。そうすれば私の商売の幅も広がるわ」
ふむ。ふむふむ。
タックがギルドマンになりたいって世迷い言をほざいていた時は俺も止めにかかったが、ダフネは色々考えているようだ。
ギルドマンとしての身分の使い方も明確なビジョンがある。まぁ甘いところはありそうだが……世の中の大半のギルドマンよりはずっと計画的に考えてるな。
「よしわかった。それだけ真面目に考えてるならこっちもやりやすい。装備も自分で整えるくらいにやる気があるなら教え甲斐があるってもんだ」
「……メルクリオさんから報酬が出てるんでしょ? もし色々親切に教えてくれるなら、私からもお金は払うわよ。一応まだ、懐に余裕はあるからね」
「ああ、まぁそれは別に構わねえよ。金の無い子供から毟り取るほど俺も鬼じゃない」
「はぁ? 大人なんだけど」
「ああそういう意味じゃねえって。俺から見りゃダフネも子供だってことさ」
「……老けてる」
「うるせぇ」
確かに気の強いところはあるが、横暴ってほどじゃない。
教える間もさほど苦労せずに済みそうだ。別に人柄によって教導をおろそかにしようとは思っていなかったが、こういうタイプにはちゃんと教えてやりたくなるな。心情的にも。
「さて。じゃあまず前提から整理すっか」
「ええ」
「ダフネは護衛依頼を受けられるくらいにはなりたいと。で、スキルも欲しい。そういうことだな?」
「そうね。もちろんギルドマンとしてよろしくやっていくコツとかも、色々教えてもらいたいけど」
「そこらへんは俺の得意分野だから任せておけ。……まず、護衛依頼を受けたいのであればブロンズランクに上がることは必須だ。まともな護衛の仕事はブロンズからじゃないと受けられないからな」
「らしいわね。まぁ、もちろんすぐに上がれるとは思ってないから下積みはするわよ?」
「それまではアイアンランクで雑用に近い任務をこなして、ブロンズ目指してやっていくことになるわけだが……正直言って、アイアンランクの任務は稼ぎがしょっぱい。時間的な拘束が長いわりに安い仕事が多い感じだな。真面目にやっていてもその日暮らしをしていくので精一杯だろうし、多分ダフネ、お前が今やってる商売と同じかそれ以上にキツいと思うぞ」
特に身体強化も使えない女となると、力仕事ができない。これが厳しい。
身体を張ってやる仕事はなかなかいい稼ぎになるんだが、見たところダフネはそこまで屈強ではない。スタイルはなかなか良いが……いわゆる3Kの労働に長期間耐えられるようには見えない。異世界の3KはガチでKしてるからな……。
「……話には聞いてたけど、アイアンって本当に儲からないのね」
「ああ。しかも真面目にやっていてもブロンズに上がるまでに半年から一年くらいはかかる。あ、もちろん昇級のためには戦闘能力だって必要だぞ。最低限戦えるように訓練する時間も必要だ」
ダフネの場合はこの戦闘訓練が難しいかもな。
聞く限り商人としてやってきたっぽいし、魔物を相手にした経験はかなり薄そうだ。
「そうだ、ダフネ。ギルドマンなら何かしらの武器が必要になるが、何を使うつもりだ? それとパーティーを組むかどうかも重要になってくるぞ」
「……武器は、正直よくわかんない。私じゃロングソードが使いこなせないのはわかってるけど、だからってショートソードなら良いってわけじゃないんでしょ? パーティーもまだ考えてないわ。……やっぱり一人でギルドマンをやってくのは無理?」
「年頃の女がソロは厳しいなぁ。バロアの森に一人で潜って任務をこなすにしても、ダフネだったら多分十日もせずに森で死んでると思うぜ」
「え……弱いから?」
「弱いし一人だし良い装備持ってるし女だからな」
「……逃げるだけなら、できると思うけど」
「無理無理。悪いが賭けてもいいぜ。パーティー組まずに初心者の女がソロは自殺行為だ」
武装もちゃんとしてない上に森歩きに慣れてない美少女が一人……バロアの森に多くいるのがギルドマンじゃなくても危ないぞ。なんならレゴールの一般的な兵士しかいない状況でも危ないと思う。
犯されるだけならまだマシだが口封じに殺されても全然おかしくない。
「……あー、うーん……わかった。パーティーを組んだほうが良いってことね」
「ソロじゃなきゃ駄目な理由でもあるのか?」
「無いけど……」
どうもダフネは渋っている様子だ。
緑の眼の奥には不服そうな色が見える。
「パーティーを組むと楽だぞ。報奨金は山分けして減るだろうが、複数人ってだけで安全になる。不届き者から狙われる確率が減る。これはダフネにとってはデカいだろ」
「まぁ……」
「あとは現状の初心者状態でも討伐任務が視野に入る。討伐ができるだけでもギルドからの覚えは良いし、相手によっては結構金になるからなかなか稼ぎも良いぞ。スキルを取得しやすくなるしな」
「……討伐は正直、まだ全然自信ないんだけど」
お? そこらへんは謙虚なんだな。ちゃんと自分の力量をわかってるのか。
「まあ、自分の武器の扱い方も知らない上に森の歩き方もわからないんじゃ夢のまた夢だ。ギルドの初期講習をよく聞いて、資料室で魔物について勉強して、慣れてる連中の討伐の様子を何度も見学してようやく参加できる。そのくらいのもんだと思った方が良い。毎年勇んで討伐に行く新人ギルドマンが何人もぶっ殺されてるからな」
「……バロアの森でも?」
「もちろん。ダフネは身近にあるからちょっと甘く考えてるかもしれないが、あの森はおっかない森だぜ? まぁその辺りはすぐにわかるだろうが」
ちょっと森を歩いて小動物と出くわすだけでも危険度は伝わるだろう。なんなら死にかけのゴブリン一体と出会うだけでションベンをちびっても何もおかしくない。
「まあひとまずギルドに加入して、アイアン1になるこったな。そんで初期講習を受けて、できれば他にやってる講習も受けてくると良い。あとは街中でできる簡単な任務をいくつかこなして、ギルドマンの仕事がどんなもんなのかを体験してみな」
「……武器は?」
「それはまだまだ後で良いさ。登録する時も主力武器はナイフって書いとけ。パーティーも今のところは様子見すると良い。真面目に続いたなら、何かしら良いところ紹介してやるよ」
「……うん、わかった。ありがとう、参考になったわ。また今度相談に乗ってもらえるかな? モングレルさん」
「おう、いつでも乗ってやるよ。ギルドマンになれば俺の後輩だ。酒飲むついでに話すくらいならいくらでも相手してやる」
「ふーん、頼もしい。……よーし、色々悩んでたけど、とにかくギルド行って登録してこなくちゃいけないか。やるぞぉー……」
「おー頑張れ。お祝いに一杯おごってやるよ」
「本当? うわー、ありがとうモングレルさん!」
こうしてダフネはギルドマンになる決心を固めたのだった。
話を聞く限りでは衝動的な憧れとかでもないし、本人がよく考えてなるべきだという結論に至ったのであればこっちも止める理由はない。取り返しのつかないことでもないしな。
本人がこれから真面目にやっていくとして、後は武器と、パーティーか……その辺りはしっかり考えてやろう。