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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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予期せぬ超大物


 今日。俺の新兵器が誕生する。


 話を聞いたのは昨日の昼間だ。

 俺はギルドから請け負った新しい鏃の鋳型の配達途中だった。

 そうして鋳型を鍛冶屋に届けた時、オヤジさんから聞いたんだ。


「モングレル。お前さんの注文、今日にでも仕上がる予定だ。明日なら受け渡しができるはずだぜ」


 鍛冶屋の親父がただの酒飲みじゃなかったことを知った日だった。

 結構前の注文だったから、完全に忘れられているかと思ってたのに。まさかちゃんと作っていたとはな。


 その日の俺はまっすぐ家に帰って全力で寝た。酒も飲まずに寝たのは何日ぶりだったろう。そんな事を考えないほどに次の日が待ち遠しかったのだ。


「ふぁあ……うおっ、モングレル!? 今店開くとこだぞ……はいはい、注文のやつな。わかってる。用意だけはしてあるからな」


 そして今日。鍛冶屋に着いた俺は、例のブツを受け取った。


「全く……こんな部品、一体何に使うんだか」

「おお……流石だ。磨いてあって滑りも良い……これならいける……!」


 俺が鍛冶屋に注文した品。それは、鉄製のロッドガイドだった。

 ロッドガイドというのはあれだ。釣り竿についてる糸通す輪っかの部分。あの金具オンリーのやつな。


「釣りで使うんだったか、それ」

「ああ。俺の開発した最新式の釣り竿に必要なんだ。ありがとなオヤジさん」

「構わねえよ。どうせそいつは俺ぁほとんど手をつけてねえ。鋳物から出した後は、ほとんどうちの娘が暇な時にやってたやつだからよ」

「なんだオヤジさんが作ったわけじゃないのか?」

「バカ言え。俺は装備しか打たねえんだ。そんなもんやってる暇あるかっ。そもそも細工師に頼めっ」


 はーーーこれだからロングソードしか作らない頑固オヤジは困る。


「いつかこのロッドガイドが釣り界隈で旋風を巻き起こすんだぜ。後で悔しがっても知らないぞ!」

「そういうことは巻き起こしてから言ってくれ。大口の注文がくりゃ、俺だって少しは考えてやる。まぁ、モングレルからそんな発明品は生まれるとは思えんがな。がっはっは」

「今に見てろよぉ」


 軽口叩きながらも俺を外まで見送ってくれたオヤジさんは、ちょっと前に売り出され始めた安全靴を履いている。

 つま先を補強しただけの簡単な安全靴だが、ケイオス卿が開発し広めて以来、様々な現場で使われ始めているらしい。

 作業中の不幸な事故が減ったのであれば、きっと発明した奴も喜んでいるだろうよ。


 ……防具にもなる作業用靴っていう世間の評価は、正直どうなんかなぁって気分だが。




「んで、それから二日かけて作った釣り竿がそれっスか」

「おうよ。本当はロッドを折りたたみにしたかったんだけどな、強度的にそれは無理だった」

「折り畳んでどうするんスか……」

「邪魔にならないと思ってな。まぁそうまでするほどのもんじゃないと気づいて、諦めたんだが」


 俺は今、ライナと一緒に川辺に向かって歩いている。

 目指すはシルサリス橋の近く。前回と同じ、川エビが釣れたスポットだ。


 今回の俺はロッドガイド付きの竿を持ってきた。

 この金属製の輪っかがスルスルとスムーズに糸を導いてくれるわけよ。


 糸はスカイフォレストスパイダーの縦糸。なんか滅茶苦茶遠い国だか地域の……多分俺の見たこともない森に住んでる蜘蛛から採取できる長い糸らしい。

 これがまた細い割になかなか頑丈なので、釣りにはもってこいだと思ったんだ。

 ギルドで取り寄せしてもらったら結構なお値段したが背に腹は変えられん。化学繊維が作れないならファンタジー素材に頼る他ないからな。


 糸を巻いてあるリール、あのハンドルをジャカジャカ巻いて釣り上げるやつは、大径で一回転の距離が長いやつ。木材を削って作った俺のオリジナルだ。ベアリングもクソもない世界なのでしゃーない。俺のパワーで頑張って巻く。

 ドラグ? なにそれ知らない。ドラゴンの亜種かな?


「エビなんてそんな複雑そうなのなくても釣れるっスよ」

「ま、まぁな。いや俺も今回は釣るつもりで来てるぞ。……ただちょっとエビの時期が過ぎたかもしれないからな。そうなるとひょっとすると、今の場所にはもう居ないかもしれないんだ」

「はー、時期的なもんスか?」

「だな。まぁダメで元々でやってみようぜ。もしエビがかかりそうになかったら、こっちの俺の新しい竿で魚でも釣ろう」

「魚は何が釣れるんスかねぇ」

「それもわからん」

「わかんないことだらけじゃないっスか」


 まぁ人生だいたいそんなもんよってな感じで、川辺に到着した。

 適当に岩を転がして底についた虫を拝借し、針につけてエビのいそうなところにポチャン。


「モングレル先輩、その先についてるのなんスか」

「これか? これはルアーっていうか、まあ疑似餌だな。こっちの竿で使うんだ。こうやって……よっ」


 竿を振り、鉛入りルアーを遠くへ飛ばす。

 鉛製の重りはこの釣り竿で唯一の純粋に釣り竿らしい完成度をしたアイテムだ。ここらへんで飛距離が出てくれないと困る。


「おー……」


 ライナはするすると伸びる糸を見て感心していたが、俺からしてみると糸の出はいまいちだ。やっぱりリールが悪いなこれは。ある程度糸を出してから投げないとまともに機能しなさそうだ。


 ルアーは川の向こう岸近くに落ちた。ここからがルアー釣りの見どころよ。

 エビ釣りはひたすらに待ちが多いが、こっちの釣りは動き続けるからな。


「こうして糸を巻き取りながら、疑似餌を手前に戻していくんだ」

「へー。せっかく向こう側にやったのに、引いてきちゃうんスか」

「すると疑似餌がちゃんと泳いでいるように見えるだろ? こうして不規則に巻いたり、竿を動かしたりすれば……結構小魚っぽい動きになるからな」

「おーなるほど」


 一通り巻き取ると、ルアーは手元に戻ってきた。疑似餌を使った釣りでは餌の匂いなんかで獲物がつられないので、動きで食いつかせる必要があるわけだな。だから釣り竿を垂らしてぼやーっとする釣り方はできない。


「ま、これを繰り返していく感じだ」

「疑似餌が小魚の形してるってことは、狙ってるのはそれよりもデカい魚ってことスか」

「そういうこと。針もそれ用のちょっと大きくて頑丈なのにしてあるぞ」

「……」

「ライナもちょっとやってみるか」

「やるっス!」


 俺の説明を聞いて面白そうに見えたらしい。何よりだ。


「これを、ここをこう糸を押さえてだな。竿をこうやって、こう」

「こ、こうスか。……ええと、こう持てば良いんスか。ちょっとわかんなかったっス」

「いや、握りはこうだな」

「っス」


 リールが俺自身から見てもちょっとアレな代物なので、まぁ難しいわな。

 一通り手でガイドして教えてやると、ライナもある程度わかったのかルアーを飛ばし始めた。


「おー、飛んだっス」


 ナイスキャスト。と言っても通じないから黙っておく。


「で、巻くわけスか。あ、エビの方も見といて欲しいっス」

「おうもちろん。ってうわ、こっち引いてる引いてる!」

「まじスか! 取って取って!」


 普通ののべ竿をしばらく待ってから慎重に引き上げてみると……。


「あれ、カニだわ」

「えー」


 釣れたのは沢蟹をちょっとデカくしたようなカニだった。

 10cmちょいあるかな。結構なサイズしてるわ。引きが強かったわけだわ。


「もうエビの季節は終わっちゃったんスかねぇ……」

「かもしれないな。カニは嫌いか?」

「いや好きっスよ。焼いて食べるのわりと好きなんで。けど今回もエビ食べたかったっス……」


 言いながら、リールをガラガラ巻くライナ。

 ジャカジャカじゃなくてガラガラって音が出る辺りで竿のクオリティは察していただきたい。


「前にアルテミスのみんなにエビ食べた時の話をしたんスよー」

「ほうほう、それでそれで」

「そしたら意外と食べたこと無い人もいて。シーナ先輩とかナスターシャ先輩はなんかでっかいの食べたことあるらしいんスけどね。で、食べたこと無い人らが食べてみたいーって。だから今回釣ったやつとか、できればみんなに食べさせてあげようかなーって思ってたんスけど」


 いい子じゃん。そのまま真っすぐに育ってほしいわ。


「ま、こればかりは釣ってみないとわからないからな」

「っスねぇー……お?」

「ん? どうした?」

「なんか重いような……あ、竿が先から曲がってる……!?」

「お、おお!? きたか、ヒットしたのか!?」

「まじスか!」


 俺の新兵器の竿が、ぐいぐいと引かれて曲がっている。


「うわぁ先輩! これめっちゃ重いっス!」

「竿は立てたままにしろ!ゆっくりゆっくり、糸を巻くようにして……!」

「あ、ちょ、先輩……!」


 大物だとしたらライナの力では不安がある。

 だから後ろからライナの手ごと、竿を持ってみたのだが……。


 ……んー、このドッシリとした安定感。とくに動くことのない、振動皆無の糸。


 くぉれは……あれっすね……。


「根掛かりだな……」

「……あれ、もしかして私なんかやっちゃったっスか?」


 やっちゃったと言えばやっちゃった。でも初心者にやるなっていう方が難しいことでもある。

 まぁ、こういう時の言い換えでポジティブなものがあるとすれば……“地球を釣り上げた”ってことですな。


 どう足掻いても無理そうだったのと、この川の中をざぶざぶ横切っていくのは無理がある。

 ということで、はい。


「こういう時のためのバスタードソード!」


 スパーンと糸を切って、リタイアです。ルアーの回収は川の水が減った時にどうにか形を残して見つかれば……つまり無理だな!


「うう、モングレル先輩……申し訳ないっス……」

「いやいや気にするな。疑似餌の釣りなんてこんなもんだからな。……いや、それにしてもそうか、根掛かりか。難しいよなこれ」


 ルアーも糸も安くない。それがガンガン根掛かりするようだと……ちょっとゆるい趣味の一環としてやるには厳しいかもしれんなこれは。


 ……あれ? だとするとこの新しい釣り竿は無駄か?

 いやいや、まだ諦めるには早すぎる……。


「おっ! ライナ竿、エビのやつ引いてるぞ!」

「! うっス!」


 そうしてライナが竿を引き上げてみると……かかっていたのは先程と同じようなサイズのカニであった。


「……川エビ、もう引っ越しちゃったんスかねぇ」

「かもしれないなぁ」


 ルアー釣りは地球を引っ掛けて早々に終わり、それからエビ釣りはエビが全くかかることなくカニだけがバンバン釣れるという結果になってしまった。

 釣果はカニが23パイ。俺もライナも滅茶苦茶釣れたものの、ライナはあまりカニがお好きでなかったようだ。この釣果を見てもあまりテンションが上がっていない。


 ……よし。せっかくだし、俺が最高のカニ料理を作って元気づけてやるとしよう!


 ライナ、任せておけ! お前の笑顔は俺が守るぜ!

 まぁ泥抜きあるから明日か明後日になるんだけどな!


「じゃ、今日はこんな感じってことで」

「うぃーっス……」

「元気出せライナ。釣りなんてこんなもんだからな」

「申し訳ないっス……」

「気にすんなよ」

「いやーキツいっス……」


 真面目で責任感がある分、こういう時の落ち込みっぷりがでかいんだろうな。

 まぁあまり気にしすぎるなよ。おっさんは若いやつのこういう失敗に驚くほど寛容なもんだからな。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] これくらいの文明レベルだとハリも貴重だから、できるだけ回収を試みるんじゃないかな。 まあ、サイクロプスも足を取られる流れの速さだと、切るしかないかもしれんが、その場合もなるべく糸を長く…
[気になる点] 根掛かりした場合は竿を寝かせず真っ直ぐ引き抜きましょう。 手前で切ると糸がもったいない。
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