丸太の積み込み作業
依頼が多い。
夏なのでバロアの森はそうでもないんだが、いやこっちはこっちで道の延長と伐採区画の拡大で例年と比べれば忙しくはなっているんだが、森と関係の無い部分での依頼がめちゃくちゃ増えている。
まず街道警備。
宿場町付近の治安悪化に伴い、かなりの人が駆り出されている。
“大地の盾”も“レゴール警備部隊”も大忙しだ。
そして地味に増えているのが建材の積み下ろし作業。
製材所で作られた馬鹿でかい木材やら遠くから運ばれてきた石材やらの需要が尽きないせいで、どこに行ってもこの手の仕事が増えている。
発展するレゴールに目をつけた商人が新しく店を建てたり、宿を作ったり、あるいはちょっと遠方を根拠地としている貴族なんかが貴族街に別邸を作ろうとしているおかげで、今はもう建築ラッシュだ。
しかしこの建築ラッシュというやつがなかなか難しい。
というのも、既にレゴールにおける建築用の乾燥したバロア材ってのが枯渇しているのだ。
前々から薪にするバロア材がねえって呻いているところにさらにやってきた建築ラッシュ。当然キャパオーバーである。
製材所横の材木置場は更に拡張され、なんならレゴールの壁外にまで野ざらしにするようにバロア材が置かれたりなんかもしている。とにかく少しでも乾かせる所で乾かせ! というレゴールの叫びが聞こえてくるかのようだ……。
材木っていうのは、乾燥させなければ使い物にならない。
乾燥させるとサイズも変わるし曲がりもつく。けど乾いた後はだいたいそれで安定する。それが材木としての正しい状態だ。
それを待たずに生木でもいいやーって家を建ててしまえば……まぁ後々面倒なことになる。そもそも細かな加工がめんどいので上手く建てられるかどうかすら微妙なところだ。あと単純に水分含んでる木って乾いてるものより脆いんだよ。重いくせに脆いからマジで向いてない。
だから丸太の状態でどうにかしてさっさと乾かさなきゃいけないんだが……火で炙ったり熱風を送ったりといった急速乾燥は割れの原因になるし曲がったりもするからよろしくない。川とか水に沈めておくと何故か乾燥が早くなるというバグ技も存在することはするのだが、それだってすぐに乾くわけではない。
材木をよその村や町からレゴールへ運び込んでいるというのが現状だ。
積み下ろし作業の多さは、ここらへんの煩雑さもあるってことだ。
「さーて、たまには真っ当な肉体労働でもするかぁー」
というわけで今日、俺は丸太の運び出し任務を受注した。
基本は材木置場で待機しつつ、やってきた馬車の荷台にでっけぇ丸太を頑張って乗せる作業の手伝いである。
まぁ数人がかりで丸太を持ち上げて、よいしょっと荷台まで持ち上げてザーッと奥に押し込むって感じかな。後のことは俺らは知らん。現場に送られたら後はもう良きに計らえだ。
しかしただ積み込むだけの作業だと侮るなかれ。これが夏場で夕暮れ近くまで続く作業となるとその過酷さはなかなか侮れるものではない。
下手をすれば腰をぶっ壊しかねない危険な作業なのだ。
「あっちぃー……この天気の中でやるのか。こりゃ堪らん。もうちょっとしたら休憩入るか……」
「おいバルガー、まだ始まってねえぞ」
今回の任務で俺の相方を務めるのはバルガーだ。
夏で良い感じの討伐が少ないくせに浪費だけは立派にするものだから、案の定金に困っていたダメ人間である。
今回の仕事はキツいけど稼ぎは良いので、バルガーにとっては良い息継ぎになるだろう。息抜きではない。あくまで息継ぎだ。こいつはどうせまた浪費するだろうからな。
「よしバルガー、一緒に上げるぞ。せーのっ」
「ほっ」
普通ならもうちょい人数いたほうが良い作業だが、俺たちは魔力で身体強化できるタイプのギルドマンだ。
魔力が尽きるまでは常人よりも上の馬力で働ける。なんだかんだで、こういう現場で働いてる時が一番人から感謝されてる気がするわ。まぁギルドの任務だしそれなりの報酬を貰ってはいるんだけどな。
「うおお、わりぃなモングレル。後ろ側頼むわ」
「おう、まだ高さ出てないから平気だ」
荷台の端に材木の片方を乗せることさえできれば、後はズルーっと押し込むだけでいい。だけでいいとはいうが、これがまたなかなか力を使う作業なのでそれは俺が担当する。
バルガーも俺が馬鹿力を持っていることはわかっているし、適材適所だ。キツい仕事は俺に振ってくれたほうが早いし助かる。
「だぁー。疲れた、ちょっと休憩」
「いやそれははえーって」
しかしちょくちょくサボるのはどうかと思うぜ。
馬車も向かいたい先があるんだからな。俺たちが働かなきゃ仕事は滞るぜ。
「やれやれ……しょうがねえなぁ。給料分は頑張るかぁ……」
「その意気だぜ、おっさん」
「おめーもすぐ俺くらいのおっさんになるんだよ!」
他の作業員もいる中で、俺たちだけがやや突出したペースで搬入を続けていく。
バルガーもいい歳したおっさんではあるが、腐ってもシルバーランクだ。身体強化できるおっさんはそこらへんのマッチョな若者よりも力強い。
おかげで仕事はスムーズに進んだ。
休憩時間になると、木陰で一休み。さすがに暑い。
俺もバルガーも上を脱いで濡れタオルの世話になる。
作業員に振る舞われる塩気の強い大盛りの粥がこういう時すげー美味く感じるわ。普段は別に美味くもなんともねえのにな。さすがですねって感じだ。
「モングレル、海で鳥を釣ったって話しただろ」
「またそれかよ。もういいよ。ここ数日酒場でそればっかりだぜ」
なんなら一度の飲みで二回くらいネタになってる。さすがに飽きるわ。
「いやいや、そうじゃねえって。面白いけどよ。……ムーンカイトオウル。お前あの鳥って詳しいこと知ってるか」
「詳しいことは知らないな。すげえ避ける鳥ってのは知ってるけど」
「実は俺も最近まで知らなかったんだけどな、ムーンカイトオウルってのはクリストル侯爵家の家紋にもなってるらしいぜ」
「え、マジで? それは知らなかった」
クリストル侯爵家ってことは、今度レゴール伯爵に嫁いでくるステイシーさんの実家だ。
へえ、そんなすげえ家の家紋にねぇ……。
「……仕留めちゃ不味い鳥だったりすんのかね?」
「まさか。そんなこと言ったら手出しできねえ魔物が多すぎるぜ」
「確かにそうだ」
「しかし賢いだけに、なかなか仕留められない魔物らしいからな。羨ましいぜ、俺もそういう珍しい奴なら相手したいんだけどなぁ」
「珍しく好戦的だなバルガー」
「いやね、そろそろ“強敵!”って言えるような魔物をぶっ倒して、その牙とか角とか……素材を使った装飾品が欲しいんだよ。いつも同じようなもん着けてちゃ、娼婦だって惚れちゃくんねぇだろ?」
「んだよ娼婦意識してっつー話かよ。真面目に聞いてて損したぜ」
討伐した魔物の素材は利用価値のある物も多いが……牙なんかはサイズも半端だし使い道が少ないので、装飾品くらいにしかならない。
しかし手強い魔物の牙ともなれば、身につけているだけでなかなか威圧感があるものだ。平凡な魔物であるクレイジーボアであっても、大物のデカい牙を身に着けていれば、そのギルドマンはなかなか手ごわく見えるだろう。
そういうこともあって、粗野な感じの牙のネックレスなんかにもちょっとした需要はあるのだ。まぁ売ってるやつを買って身につけるようなギルドマンは逆に恥知らず扱いされたりもするけどな。身につけるならあくまで自分が仕留めたものをっていう不文律はある。
「よっし、作業再開すっか。立てよバルガー」
「やるかーちくしょー……あー討伐にしときゃよかった」
「あんまぐちぐち言うなよ。討伐はまた今度行けば良いだろ」
「秋になれぇー。涼しくなって魔物増えてくれぇー……金が足りねえよぉー……」
まぁその魂の叫びには全面同意だ。
もうちょい楽な仕事で稼ぎたいもんな……。