獲物を誘うまなざし
「なんと……ま、まさか半日もしないうちにムーンカイトオウルを仕留めてしまうとは……」
「我々があれだけ手を焼いた魔物をこうも簡単に仕留めてしまうなんて……」
最終的にウルリカの散弾“強射”で仕留められたムーンカイトオウルは、すぐさま船長を始めとする宿の関係者達の前に晒されることになった。
どこか黄色みを帯びた白い羽毛。メンフクロウに似たのっぺりした顔。そして何より、全体的に存在感の強いこのデカさ。ぐったりと翼を広げて地面の上に横たわっているのを見ると、まさに凧のような見た目だ。
空をバタバタと飛んでいた時は両翼を掲げて全身を丸く見せたりもしていたが、こうして翼を真横に伸ばすとなかなか凛々しい猛禽類って感じがする。
「本当にあの魔物ですね……」
「すごい、前に来た人たちは一発も当たらなかったって言ってたのに……」
「ゴールドランクがこれほどまでとは……」
俺たちの報告を受けて“孤島のオアシス亭”から慌ただしく出てきた船長を始めとした人々は、フクロウの死体を見て随分と感慨深そうにしている。
“アルテミス”が来るまではかなり悩まされていたのだろうか。
……しかし宿で働いているらしいメイドさんたちまでわらわらと見に来ている。これは死体の検分というより“せっかくだから見に来た”みたいな感じだな。気持ちはよく分かる。
「いえ、私達がここまで早く仕留められたのは偶然よ。島がそれほど広くなかったから目星をつける場所が少なくて済んだのは確かだけれど……」
「モングレル先輩の釣り竿はよく大物が釣れるっスね」
「えっ、釣り竿? 釣り竿でムーンカイトオウルを?」
「いやいやいや、それはマジで最後なんで。そっちはマジで偶然の産物なんで……」
俺としてはムーンカイトオウルの討伐を完全にサボって釣りをしていただけだ。
偶然ルアーを持っていこうとした海鳥が引っかかって、ムーンカイトオウルがその海鳥を襲って……狙ってできるわけねえだろそんなこと。釣りの神が微笑んだというよりは苦笑いしてる感じのヒットだったぜ。
「けどこのフクロウ、まともに射掛けてもぜんっぜん当たらなかったねー! 何あの動き! 途中でカッって止まったり、ジグザグしたりさぁー! 私のはともかくライナの偏差射撃も避けるし、シーナ団長の矢も空中で蹴っ飛ばすし!」
「僕も岩山を駆け上れはしたけど、剣が届く気はしなかったなぁ……」
「一射目でもう諦めたっス……」
「見事な動きでしたよね……とても美しかったです……」
「うむ。まさかシーナの矢が弾かれるとは思わなかったな」
「さすがに驚いたわよ。……まぁ、それで少しはこっちの攻撃を警戒して逃げてくれたんだけどね。結果的にはそれで……ふふっ、モングレルに釣られてくれたのだから、良かったのかもしれないわ」
「いやさすがにビビったぞあれは。釣り竿持っていかれるかと思ったからな。そこらの魚より全然引きが強いんだぜあいつ」
海鳥もなかなかだったが、さすが魔物になるとパワーが桁違いだ。
手元が緩んでいたら絶対にすっぽ抜けていただろうな。最初に食いついたのが海鳥じゃなかったら竿をロストしてるところだった。
「いやぁ……お見事です。“アルテミス”と、そちらのモングレルさん。本当に助かりました。ありがとうございます。……実際、こいつには色々と悩まされていましてね。人を襲うことは滅多になかったのですが、外での食事を掻っ攫われるもんですから、そのあたりのサービスができなかったもので……」
「あー、こういう鳥は肉とか奪りにくるんスよね」
「ええ、それはもう一瞬で的確に盗んでいくもので……しかしそんな悩みとも今日でおさらばですな。皆さんのおかげです。……おい、報酬を」
「はい」
船長さんが慣れた様子で指を鳴らすと、後ろで控えていたメイドさんの一人が革袋を持って前に出てきた。
ジャリッといい音が鳴る、なかなか夢のある感じに膨らんだ革袋である。
「こちら、ムーンカイトオウル討伐の私的なお心付けでございます。代表としてシーナ様にお預け致しますので、配分は皆様がたで……」
「分け前で揉めないでくださいね。ははは」
船長はそうやって笑うが、まぁ“アルテミス”くらいしっかりしたパーティーともなるとそういうことで揉めることはないだろう。いや、むしろそういう意味では特に関係ない部外者の俺が揉める発端になりやすいのか。
「均等に分けるつもりだけど……モングレル、どうする? 最後のあれは正直かなり助かったから、希望があるなら貴方の分け前は多めにしても良いけれど」
「面倒くさいから均等で良いよ。むしろ貰っちまって良いのか? 俺は最後以外何も苦労してないぜ」
「いやー私のスキルが当たったのはモングレルさんのおかげだよ。本当に避けまくる鳥だったんだから」
「このまま押し問答をするよりは、不満のないよう均等にするべきでしょうね。この場で皆に分配するわよ」
そんなわけで、俺も含め全員が均等に報酬を受け取ることになった。
うむ、見える所でしっかり振り分けるのは大事だな。こうするだけで後から出てくる面倒くさい揉め事も無くなるんだ。
……ちなみに俺に入ってきた報酬金は、アーケルシア侯爵の靴を舐めようかちょっと悩むくらい良いものだった。
帰りのお土産をどの程度のランクでセーブするか悩んでたが、その悩みもどうにかなりそうだぜ。
「ムーンカイトオウルの死体は仕留めた私達のものだけど……肉は不味そうね」
「この当たりだと多分……あー、内臓破っちゃったねー」
「大きめの羽根だけほしいっス! 矢羽にしたらすごい飛びそうじゃないっスか!」
「良いわね。射撃音の静かな矢になってくれそうだわ」
「つ、爪も良いですね。記念の飾りになりそうなので、取っておきましょう……!」
報酬金と高級そうな魔物素材を手に入れて、“アルテミス”はとても楽しそうにはしゃいでいた。
「……なあレオ、ちょっとこの絡まった糸を解くの手伝ってもらえるか?」
「うわぁ……そうだね、僕も手伝うよ。まだ明るいうちにやっておかないと大変そうだ」
時間的にはそろそろ良い物が釣れそうな感じなんだが、爪で惨殺された海鳥の絡まりまくった糸をなんとかしなければならない。
気軽に捨てられるほど安い釣り糸じゃないんでね……。
羽根を毟ったり爪を採取したり絡まった糸をほどいたりと作業をしているうちに、すっかり夕暮れの時間になってしまった。
離島に来て遊ぶでもなくガチの討伐と解体作業に勤しんでしまったが、それも俺らギルドマンらしいっちゃらしいんだろうな。逆に初日で大変そうなサブクエストが解決したと思えば気楽なもんだ。明日からはもう遊ぶだけだと思えば、今日の慣れない枕でだってぐっすり眠れもするだろう。
しかしそれはそれとして、俺たちにはまだもう一つ、今日中に見ておきたいものがあった。
ウルリカが新しく修得したという、3つ目のスキルである。
こいつのお披露目がなくちゃ面白くねえよな。
「いつでも大丈夫っス!」
「はーい」
少しだけ距離を空けて向かい合ったライナとウルリカ。
これからウルリカの新スキルのお披露目だ。“アルテミス”も楽しげな様子で見守っている。
「じゃあいくよーライナ……“挑発”っ!」
「! お、おおー……なんか怖いっていうか、気圧される感じがあるっス!?」
「えへへ、効いてるー?」
「めっちゃ効いてるっス! わぁー、こういうスキルなんスねぇ……」
ウルリカの目が紫色に光り、それを見たライナの身体が強張って、恐怖を覚えている。
“挑発”。相手をビビらせたり、逆に怒らせたり、気を引いたりする補助スキルだ。
「使い勝手の良いスキルを手に入れたわね、ウルリカ。それがあれば魔物を“強射”で仕留めやすくなるんじゃないかしら」
「うんうん! 最初は攻撃スキルじゃないから残念かなーって思ってたけど、補助が多い方が絶対に良いよね!」
「攻撃スキルは消耗しやすいらしいからな。複数あっても持て余すって話はよく聞くぜ。良かったじゃねえかウルリカ」
「おめでとう、ウルリカ! ……これなら逃げやすい動物相手でも仕留めやすくなるかな? 僕とかゴリリアーナさんのような近接役がいないと危なっかしいけど」
つまりはヘイトを取るスキルってことだ。
本来なら逃げるような相手を怒らせ、逆に突っ込ませる。そこを反撃して仕留めるわけだな。便利なスキルだぜ。
まぁ基本的に魔物は殺意マシマシで人間に向かってくるから、その辺りの使い方ができるのは動物系になるんだが。今回みたいな逃げの手を選んでくる魔物も多いから、使える場面はかなり多いだろう。
「さすがに“弱点看破”よりは消耗ちょっと多めだけど、万全の状態ならそこまで苦労はしないかなーって感じだねー」
「私も聞いた話でしかないが、盾持ちの兵士が身につけることの多いスキルだな。敵を引き付け、攻撃を受ける。オーガやサイクロプス相手には覿面だそうだぞ」
「さ、さすがにウルリカさんが盾を持つわけにはいきませんよね……護衛がいる場面以外では、使うべきではないでしょう……」
「さっき私に使ったみたいな、怖がらせる効果の方が安全っスね」
「あー、怖がらせる方の使い方は効果が薄めらしいぞ。“大地の盾”にそのスキル持ってる奴がいたけどな、引き付けが一番効果あるんだと」
自分に注目させて、味方が攻撃する。連携前提のスキルだな。一人だと真正面から向かってくる相手を仕留めなきゃいけないから、ウルリカだとちょっと危険そうだ。“強射”を外したら普通に死ぬだろう。俺直伝のナイフアタックが通用する相手ばかりとも思えんしな。
「……まだちょっと魔力あるから、次は惹きつける方試してみたいなー。モングレルさん、ちょっとそこに立って相手になってくれる?」
「俺かよ」
「だ、大丈夫なのかな? そういうスキルを人に使っても……」
「許可なく人に使うのは違法ね。気をつけなさいよ、ウルリカ」
まぁ試せるなら早いうちに試して仕様や挙動を確認した方が良いだろう。
いざいきなり実戦で、盗賊相手に発動して効果なし……なんてことになったら最悪だしな。
「じゃあ使ってみるからねー」
「おー」
「モングレル先輩が暴れたらゴリリアーナ先輩とレオ先輩にとめてもらうっス」
「任せて、ちゃんと止めるから」
「こ、怖くなってきました……」
念のためにバスタードソードをライナに預け、ウルリカに向き合う。
「じゃあ、使うね……“挑発”」
「……おっ」
ウルリカの紫に光る目を見て、身構えていた心構えが揺すられる。
怒り……とはちょっと違う。引き寄せられるというか、無理やり注目させられるというか……。
なんとなく“一気に距離を詰めて近づけばウルリカは逃げられないだろう”なんてことを思考させられるというか、選択肢に上がってくるというか……。
確かにこれは咄嗟の場面じゃ判断が鈍るかもしれん。こえー。
「……どう? 効いたー?」
「効いた効いた。まぁ相手が平時の状態だったらいきなりウルリカをぶん殴る……とかは無いんじゃないか? 襲いかかるような意志が少しくらい相手にないと使っても効果が薄いっていうか……だから気の大きくなってる酔っぱらいとか相手には使うなよ。いきなりキレだしたりして危ないからな」
「あ、そういう感じなんだー……ふーん……」
「今日のムーンカイトオウルにも効くなら良いっスねぇ……」
「帰ったら身近な魔物相手に検証してみたいところね」
ともあれ、ウルリカはなかなか良いスキルを手に入れたようだ。
こいつは今日の晩飯はお祝いだな。
「“アルテミス”御一行の皆様、本日のメニューの他に料金を上乗せいただくことでこちらのアーケルシア特産果実酒をお出しできますので、ご入り用の際には是非どうぞ」
「こちらで試飲していただけますので、お気に召しましたら……」
「飲むっス!」
「あら、美味しいわね。頼もうかしら」
「ん、これ美味しー!」
「他にも違ったお酒をご用意しておりますので……」
そしてお祝いの空気につけ込んでなかなかクリティカルな営業をかけてくる宿屋のメイド達にやられ、俺たちはそれぞれちょいお高めの果実酒にまんまとお金を払ってしまうのだった。
……もしやカクタス島滞在中に、こうやってちまちまとフクロウ討伐の報酬を回収されていくのでは?
アーケルシア侯爵……なかなかやりおるわ……。