現代知識でサルベージ
村長さんの息子はクラカスというらしい。歳は25だそうだ。
クラカスは桟橋に係留してある少し大きめのカヤックほどの小舟を解き放つと、慣れた様子でそこに飛び乗った。
「今更だがよ、モングレルさん。そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、多分問題ない」
俺は村での宿泊場所を決めている“アルテミス”達に一声かけた後、錨の回収用装備を見繕ってきた。
正直こういう本格的な潜水作業なんて前世でやった沖縄でのスキューバ体験くらいしかないので、不安要素は滅茶苦茶ある。けどよく考えて“まぁ無理ってほどでもないだろう”とは思ったので、挑戦することにしたのだった。
クラカスが小舟を漕ぎ、目的地の大潮溜まりへと進んでいく。
太陽はまだ出ている。あと数時間は沈まないだろうが、海底は暗いだろうな。
「あー……一応、今は波もない。けどな……やめたかったらいつでもやめて良いんだぜ? 正直、かなり危ないからな」
クラカスは漕いでいる間にこのサルベージ作業の無謀さを思い直したのだろう。遠回しにやめたほうが良いと言っているようだった。
けど、俺はそこまで難しいことではないと思っている。
「安心しろって。俺の身体強化なら水中にどんな魔物がいようが平気だからな」
「あー、まぁこの時期は魔物はそうでもないんだが……モングレルさん、あんたの装備が……ちょっとなぁ」
「これか?」
俺の今回の潜水装備を紹介しよう。
靴、ズボン、服、手袋。全部予備のやつである。パッと見た感じ、ただの着衣泳にも見える装備だった。
その上、腰には重りとしてゴロンとした大きめの石をいくつも布に包んで結びつけている。このまま海中に飛び込めばスーッと底まで沈める重量だ。別の見方をすれば、自殺セットとして見れなくもない。
「いやぁそれはさすがに……危ないんじゃねえか……」
「大丈夫さ、重い分にはいくらでもな。問題は錨がどこにあるかよ」
「ここらへんだったはずだが……」
「そのためにこいつを持ってきた!」
「ああ、その釣り竿か? 先端に付けてるのはなんなんだ?」
「磁石さ。まぁすげー強力ってほどでもないんだけどな、鉄の塊くらいには余裕でくっついてくれる」
俺が用意したのは針を付けず、磁石だけを先に付けた釣り竿だ。
こいつを海中に沈め、場所を変えながら底を叩いていく。
違ったらリールを巻いて浮かせ、また別の場所へ。カヤックの上から水深二十メートル程度であれば造作もない作業だ。
「おー、便利そうだなその糸巻き」
「だろー? こいつでちょっとアーケルシアの魚を釣ろうと思って……おっ!」
何度目かのフォール後、竿が絶妙な重さを感じ取った。
何かに引っかかっているわけでもないのに重く、一定以上の力を込めて巻き取るとスッと切れるように離れる。まさに磁石でくっついていましたって感じの反応だ。
「見つかったか?」
「ああ、磁石がついた。この糸の先にあるぜ」
「すげー、そういう見つけ方もあるんだな」
「あとはこの糸に魔道ライトをくくりつけて……」
よわっちい豆電球のような光しか発さない魔道ライトを糸にくくりつけ、海中へ落とす。
すると糸に沿ってライトが滑り落ち……多分もう錨まで届いたはずだ。魔道ライトは濡らしても問題ない光源だから、水中でも目立つはず。ちょっとした目印と多少手元を照らすくらいの役目は果たしてくれるだろう。
あとはこの光を目指してドボンすりゃいいだけよ。
「本気でやるんだな?」
「もちろん。錨は重くても100kg程度なんだろ? だったら平気だ。抱えたまま海底を歩いて、まぁ息は続かないだろうから潜り直しながら持っていけば余裕だ」
前世だったら狂人の戯言ここに極まれりって感じだろうが、この世界には身体強化がある。俺が全力で身体強化をかけていればこの程度の重量は問題ない。
ギフトを使えば一息で回収できるんだろうけど……多分俺のギフトはこの水深でもギリ目立つからな……マジで昼でも夜でも場所と時間を問わずに目立つギフトだよ。使いづれぇ……。
「……わかった。いいか、一応ここにロープも垂らしておく。底まで続いているから、手繰っていけばここまで戻れるからな。少しでも苦しくなったり駄目そうだと思ったら、すぐ上がってくるんだぞ!」
「わかってる! じゃ、行ってくるぜ!」
心配してくれる気の良いクラカスに別れを告げ、俺はロープ沿いに海中へと沈んでいった。
3m、5m、……。
ざぱぁ……。
「あれ? どうしたどうした。なんで戻ってきたんだ、モングレルさん」
「……超暗いんだが……怖くね……?」
思わずびっくりしてロープ掴んで浮上しちゃったよ!
ちょっと深く沈んだだけですげぇ闇なんだけど!
「そりゃアンタ、中天でもないんだし深い所なんだから、暗いに決まってるさ。言っただろ、この大潮溜まりは周りが高い岩礁に囲まれてるって。そのせいで真昼以外は日も射さないし、暗闇だよ」
「うおお……超こええ……」
「やっぱりやめとくか?」
「……いや怖くないが!? もう一度行ってくる!」
「気をつけ」
最後まで声を聞ききらず、俺は再び水中へと沈んでいった。
怖いは怖いが、釣り糸の先には魔道ライトが付けてある。あの光はそう長く持たねえんだ。何もせずにあの灯りを消費し切るのはさすがに惜しい。
装備に付けた石の重みで潜行していくと、やがてぼんやりとした景気の悪い光が見えてきた。釣り糸の先につけられた磁石と、魔道ライトだ。
そのくっついている先にあるのが、錨だろう。……100kg近くの鉄塊。なるほど確かに大きいが、思っていたほどではない。鉄の塊を錨にするとこんなもんかって感じだな。抱えるのも不可能ではないなって大きさをしている。
が、厄介なことにこいつは。岩礁にぶっ刺さっていた。
このお椀状の地形を形成している珊瑚のせいだろう。錨の反り返った歯先が岩に食い込んでおり、しかも長年の放置によって珊瑚が絡みつこうとしているようだった。
しかし回収できない錨なんていうからにはこんなことになっているだろうとは思っていたので、良いものを用意してある。
昨日買ったばかりのアストワ鉄鋼製のツルハシだ。錆に強く頑丈。海中作業を想定しているかどうかは知らないが、この仕事にピッタリのアイテムじゃないか……。
一瞬で組み上がったツルハシを握り、強化を込めて岩礁を殴りつける。
手間暇はかけない。容赦なく殴る。すると長年錨を封じ込めていた岩が砕け、錨が緩む。
「おっとっと……」
独り言が酸素と一緒に俺の口から溢れ、海面へ登っていく。
錨は抜けた勢いのまま倒れそうだったが、どうにかキャッチできた。あとはこいつを……。小舟に回収するにはちょっと重すぎるので、抱えたまま海底を歩きます。力技だが異世界人ならこれができるのだ。
「ほ、ほ、ほっ……」
しかし暗い。足元なんも見えん。歩く度にどっかしらの岩や珊瑚が俺の体にぶつかるが、魔力がどうにか守ってくれる。魔力なしだったら既にズタズタだったろう。
「……ぶはっ!」
「おおっ!? あがってきたのか。どうだった!」
少し歩いて限界が来たので、一度浮上する。錨は底に置いてきたが、目印も一緒なので見失うことはないだろう。
「錨の突き刺さってる岩を砕いて、外してきた。抱えて底を歩く分には問題ねーわ。このまま陸の方までちまちま歩いて行くよ」
「おお、マジかよ!? すげえなギルドマン! あれかなりデカい錨だろ!」
「おいおいレゴールのギルドマンを舐めるなよ。……もう何度か沈みながら運ぶから、一応舟から見といてもらえるかい? あと陸の方も目印もらえると嬉しい」
「わかった、任せろ!」
そうしてまた海底に沈んで、底についたら錨を抱えてえっちらおっちら歩いて、息がきつくなったら浮上してを繰り返し……。
途中、登山レベルの岩や崖に遭遇したりなんかで少々手間取ることもあったが、魔道ライトの灯りが消える頃には日差しの入る水深10m程度のところまで来れたので、そこからはあっという間に陸へ上がることができた。
見たか! これが現代知識を駆使した異世界サルベージ術だぜ!
「おーすげぇ、マジで抱えてやがる!」
「大潮溜まりから海底歩いてきたのかこいつ! やるじゃねえか!」
「おいクラカス、こんなことやるならもっと早く教えてくれよ! 最初から見たかったぜ!」
と、陸に戻ってみると何故か桟橋のところで漁村住まいらしい若者達が集まっていた。
どうやら俺のサルベージ作戦は良い見せものになっていたらしい。まぁ見るわなって感じではある。
「……ぶはぁー疲れた……うっわ、服が錆だらけ。洗わないと駄目だな。予備のやつで良かったわ」
錆びついた錨を砂浜にボトンと落とし、一息つく。さすがに疲れた。
けど錨に鎖がついてなくて助かったわ。多分、元々積んでた漁船とやらは鎖の先が千切れてしまったんだろう。そのせいで錨を回収できなくなったに違いない。
鎖もあったらあったでその分儲けにはなったかもしれないが、さすがにあの暗さの中で鎖なんて面倒くさいもんを引きずるのは嫌だな……。
「手伝いを頼んどいてなんだが、まさか本気で錨を回収しちまうとは思わなかったよ……ありがとうな、モングレルさん!」
「ああ、良いってことよ。村長さんから請け負った仕事だからな。……けど2000ジェリーはちょっと安くねえか?」
「そうだなぁ……俺から親父に言ってみるよ。この鉄で2000はぼったくりだってな」
「あんたモングレルさんっていうのか。後で飲まねえか?」
「集会場に来なよ。今日は隊商の人のもてなし料理もあるから、一緒に食おうぜ!」
お、良いねぇ。もてなし料理か。俺ら護衛ギルドマンの分も出てくれるならありがてえわ。
「よーし、じゃあごちそうになるわ。一緒に来てるギルドマンの連中も良いかな?」
「もちろん良いぜ。……あ、せっかくだしこの錨も持っていくか!」
「オヤジたちに見せてやろうぜ!」
「一緒に持つか。っせいッ……って無理無理、上がらん!」
結局、回収した錨は俺が再び抱えて持っていくことになった。ただ見せびらかすためだけの持ち運びである。
「親父、見ろよこれ。モングレルさんが錨を抱えて回収してくれたんだぜ」
「ほー……え? うおっ……お前、本気だったのか……」
「ドヤァ……」
錨が回収されたことを知った村長さんは俺の抱えているそれを見て“え、マジでやったの?”と呆れた顔をしていたのが印象的だった。無理難題を押し付けたつもりだったのもあるだろうが、やるとしても明日以降だと思っていたんだろう。
だが約束は約束だ。金は払ってもらうぜ……できればちょい上乗せの額で……。
「釣りでもしに行ったのかと思ったら、何してるのよ貴方……」
「あはは、大物だねー!」
「すごいっス! 海底って歩けるんスね!」
「うわ、重そうだな……」
「わ、私でも持てるとは思いますけど……海の深いところは、怖そうですよね……」
「……ふむ。これが錨か……」
またライナたち“アルテミス”からも半分呆れられたが、手伝いを買って出たことは素直に称賛された。
そうだもっと褒めろ。あとナスターシャさん、水ください……海水まみれはキツいので。あと服も洗いたい……。
いやー……しかし、村のローカルな伝説を作っちまったな……。
このまま語り継いでくれよ、錨を運んだ俺の伝説を……。
「うわー、モングレルさんのこの服傷まみれじゃん。錆もくっついてるし、直すのも大変そうだよこれー……」
「悪いな手伝ってもらって」
「ううん、良いんだよ全然。モングレルさんのおかげでなんか美味しいごちそうもらえることになったっぽいしさっ」
俺はナスターシャから出してもらった水で体を洗い、その近くではウルリカが俺の着ていた予備の服を洗っていた。
まぁこの服は予備のやつだし、携行性を重視した薄っぺらなやつだ。安物だから捨てることになっても特に痛くはない。
「でも突然こんな仕事をするなんてびっくりしたよ。なんで急に?」
「あーそれはな。アーケルシアに着く前にちょっと金を使いすぎてな。ほら、今洗ってるこのツルハシとか買い物したせいでな。向こうの観光で使う分の金が欲しかったから、ちょっと急いで稼ごうと思ったんだよ」
「そういうことかー……また変なの買っちゃって」
「変じゃねえって。ほらこれ、アストワ鉄鋼で出来てるから海水に濡れても錆びないんだぜ。こうやって展開して……あ、あれ?」
グッと抑えて曲げつつ、展開……はするのだが、どうも動きが悪い。
……ぱっと見た感じ錆びてはいない。いないが、ギギギと……ははは、いやぁまさかそんな。
「……あ、こいつ……可動部の軸、アストワ鉄鋼じゃない……」
よく見ると、ツルハシの可変機構の一部が普通の鉄製だった。そこがどう見ても……なんか……赤っぽくなっている……。
「……まぁ、修理すれば大丈夫だな! うん! こいつはもう洗ったからヨシ!」
「あ、見なかったことにした……」
結局、俺は今回回収した錨を3000ジェリーで買ってもらえることになった。
アストワ鉄鋼製のツルハシの修理代は……今回稼いだ額を忘れた頃になったら見積もりを出すことにしよう……それまではコレクションだ……。